4.炊き出しの日
修道院の前庭に、ひとが列をなしている。
その先頭のすこしさきには、大きな鍋が置かれていて、わたしはそこで腕まくりした。
鍋の中にはたくさんの煮物とスープ。
わたしはそれを取り分けて、列のみんなに配っていく。
「いつもいつも、すみませんねえ」
「ありがとう、おうじょさま」
「ありがたいことです。本当に、ありがたいことです」
ちいさな子どもから、おばあさんまで、炊き出しにはたくさんの人が訪れていた。
みなさんそれぞれに、ありがとうっていってくれたり、中にはわたしに手を合わせ、拝み出すひとまででてくるしまつ。
王族がこういうことをするっていうのは、みんな結構珍しがっているみたい。
お父さまやお母さまも、「ご苦労さまだね」「偉いね」なんていつも褒めてくれるんだけど・・・・・・
でもわたしは、ぜんぜん大変だなんて思っていない。
むしろ、たのしいお仕事だなって、思うこともあるくらい。
こんなにもたくさんのひとと触れあえる、だなんて、転生前の私には考えられないことだったから。
「王族が下賎のものに触れるだなどと、とんでもないことだ」
なんていわれて、王宮の限られた場所から外に出たことすら、ほとんど記憶にないくらい。
世間知らずって、ああいうのをいうのかな。
わたしは煮物のはいった器を手渡し中ら、そう思った。
「アンネローゼさま、そろそろご休憩いたしましょうか?」
「まだ大丈夫よ。まだたくさんのひとがならんでいるみたいだし」
声かけてくれたマルカに、わたしは手を止めずにそうかえした。
そうね、疲れてはいないけれど・・・・・・
できれば、これ以外のお仕事もやってみたいかも。
一度だけ、修道院の調理場にお邪魔したことがあったけれど、それから2度とそこには近づけなくなってしまった。
修道院で働くシスターさんや、なんとマルカまでもが、調理場へいくのを邪魔するのだ。
なんでだろう。
わたしがこっそりためておいた甘いお菓子。
あれを煮込みに投入するっていうアイデアは、わるくなかったと思うんだけどな。
がしゃん
と列のうしろのほうで大きな音がして、わたしははっと我に返る。
なんだろう、と思う間に、続けて大きな声が聞こえた。
「なんでしょう、私がみてまいりましょうか?」
マルカがそういうのを待たずに、わたしはぱっと飛び出した。
この炊き出しの責任者は、一応わたしということになっている。
責任者っていうからには、きちんと仕切っておかなくちゃ。
「いけません、アンネローゼさま」
マルカの声が、あとからわたしを追いかけてきた。
□■□
「追放者が、でかい顔してるんじゃねえ!!」
「さっさとそこをどいて、俺たちに場所を譲りゃあいいんだよ!!」
かけつけた私の目に、大柄な男たちが、地面に横たわった男の子を脅しているのがうつりこんだ。
「どうしたの?」
あたりのひとが、口々にわたしに教えてくれた。
どうやら、男たちは男の子を突き飛ばして、列に割り込もうとしているみたいだ。
「あなたたち、ダメよ、ちゃんとならばなきゃ」
わたしは腰に手を当てて、せいいっぱい胸をはってそういった。
ズルをする人たちには、責任者として、ばしっといってやらなきゃね。
「うるせえ。そんなもの、俺たちの勝手だろうが」
あれ、ぜんぜん効いていないみたい。
男たちは倒れている男の子に近づくと、その手をとりあげてわたしに示す。
「お嬢ちゃん、識らないようだから教えてやるよ。ほら、これを見な」
男の子の手首には、なにやら黒い文様が腕輪のようにひとまわりしている。
「こいつはな、追放者の証しだ。俺たちの国ではな、追放者になにをしてもいい、ってことになってんだよ」
「そもそも、追放者がこんなところに入り込んでるのがおかしいんだ。そいつをつまみだしてやってんだから、感謝してほしいくらいだぜ」
げひひひひ、と笑う男たち。
それを聞きながら、わたしは口の中に苦いモノがこみ上げてくるのを感じていた。
『追放者』
前世の記憶の中にある、わたしの罪。
しっかりしなきゃ。
つぐなうって、ちかったじゃない。
わたしは苦いモノを飲み下すと、もういちど胸をはった。
「あなたたちの国ではどうだったか知らないけど、ここリュミエール王国では、そんなことぜったいに許さないんだから!」
男たちの貌が、歪んでいくのがはっきりわかった。
怒らせちゃったかな。
でも、ひくわけにはいかないの。
「なんだと、おまえになんの権利があってそんなことをいいやがる」
「おおかた、頭のおかしい女なんだろ。こういう女には、すこし仕置きが必要ってな!」
いうなり、男の片方が、わたしに拳を突き出して・・・・・・
「痴れ者が!」
マルカの腕が、その拳をからめとった。
「な!」
と叫び声を上げる間もなく、男の身体は一回転して宙を舞う。
「ぐへぇ」
男を床にたたきつけるや、マルカの膝がその背中の上に押しつけられた。
それだけで、男は動くどころか、それ以上のうめき声すら挙げられなくなったようだ。
「なんだ、てめぇ」
男のもう片方がマルカに向かおうとしたそのとき、
ぽかっ
と誰かの投げたコップが彼の頭を直撃した。
「いてっ、なんだ!?」
コップにお皿。それからスプーンなどが、次々に男に向かって飛んでいく。
「俺たちの姫さまに、なんてこといいやがる」
「そうよ、ほんとなら、あんたたちが口をきけるかたじゃないのよ」
「だいたい、割り込もうとしておいてなんだそのいい草は」
「おまえらに食わせる飯はねえ。とっととでていけこのやろう」
食器に混じって、次々に罵声が投げつけられて飛んでいく。
「うわ、やめろ、やめてくれ」
「わかった、わかったから」
わたしは、マルカにもういいわ、と合図した。
「よろしいのですか?」
と不満顔のマルカだったが、わたしが頷くと、男を制していた膝をどける。
「アンネローゼさまに感謝するのだな。私としては、極刑に処してやりたいくらいだ」
マルカがそう告げるのに、男たちはなにもいいかえせずに、すごすごと背中をみせて去って行く。
あたりに歓声が鳴り響く中、わたしはこほん、と咳払いした。
木製だからよかったけれど・・・・・・
でも、食器は投げつけてはいけません。
そう、みなさんにお説教をするために。