39.作戦会議
「と、いうことは、緒戦が最も重要になるということだ」
「ええ、そうなのよ」
「両名には、必ず勝ってもらう必要がある。こればかりは、策の及ぶ領域ではないのだがね」
「マルカ、ヴォルフ。あなたたちならきっとできるわ。うん、ぜったい大丈夫!!」
クルトのつむじを前に見ながら、わたしはふたりを応援した。
「光栄です、アンネローゼさま」
「応。まかせときな、姫さん」
力強いふたりの言葉に立ちあがりかけて、わたしは椅子の上で居住まいを正す。
今のわたしには、威厳というものが必要なのだ。
「次に、こちらの森であるが、」
「プレジルの森よ。なつかしいわね。小さな頃迷子になって、マルカにさがしに来てもらったっけ
・・・・・・っと、ごめんなさい」
クルトの小さな咳払いに、わたしはちょっと小さくなった。
彼の言葉についつい口をはさんでしまうのは、どうにも落ち着かないからだ。
みんなが立っているフロアより一段高いところにある椅子の上。
ビロードの仕立てにふかふかのクッションは、座り心地抜群ではある。
でも、居心地はぜんぜんよくないな。
なんだか、常にみんなに見られている気がするし。
「よろしいですかな? 閣下」
気がつくと、クルトがわたしを見上げていた。
えっと、こういうときにはなんていうんだっけ。
わたしは、私だったころの過去の記憶を総動員して、やっと言葉を引き出した。
「よきにはからえ」
「では、そのように」
皆が大きく頷いた。
□■□
「『毒蛇』のクルトだって? それは本当なのかい?」
「お父さま?」
クルトが名乗りを上げた後、『追放者のみなさんのおうち』に現れたのは、意外なひと
リュミエール国王、ルクス=リュミエール。
わたし、アンネローゼのお父さまだった。
護衛もつけず、ひとりきりのお父さま。
顔にはお疲れの様子が見え隠れしていたけれど、わたしに向かってにっこりと微笑んでくれた。
「アンネがここにいるって聞いてね。でもよかった、凄く心配していたんだよ」
お父さまはわたしの肩に手を置いた。
「もしかして、あなたがなにかよくないことをしようって、考えているんじゃないかなって」
「ごめんなさい」
わたしは身体を折って頭をさげた。
「なにがだい?」
お父さまの声はどこまでもやさしい。
「帝国の使者さま・・・・・・お父さまへのお客さまに対して、あんなことをしてしまって。だからわたし、謝りに行こうって思っていたの」
「アンネ、それはとてもよくないことだよ」
わたしがもう一度さげた頭を、お父さまはそっとなでる。
「後のほうはね。はじめのほうは、むしろ私が謝らなければいけないことだ。
私自身がいわなければいけない言葉だよ、あれはね」
「お父さま・・・・・・」
「よくいってくれた、アンネローゼ。私はあなたを誇りに思う」
いって、お父さまはあたりのみんなを見渡した。
「だから、決してはやまったりしてはいけないよ。ここにいるみんなも、だ。
いざとなれば私が直接謝りに出向けばいいのだからね・・・・・・と伝えにきたんだけど、」
その視線が、クルトのところでぴた、ととまった。
「『毒蛇』。確か教国の大将軍に、そんなじんぶつが いたと聞いているけど」
「見知り置きいただいて光栄のいたり。たしかに私は元教国大将軍。クルトであります」
「帝国相手に無敗だと、」
「それは情報が間違っておりますな。過去に一度、負けたことがありまして」
お父さまはクルトの顔をじっとみた。
「わが国に、力を貸していただけるとか」
「姫君はこんな私を受け入れてくださった。ならばここは、すでに『私の国』でありましょう」
自分の国のために戦うのは当然かと、とクルトは続けた。
「なにより、芸術に理解の深い、貴重なクライアントを失うわけにはまいりませんので」
「???」
「いえ、これは私ごとにて」
お父さまは、しばらく考えるふうにした。
「ではクルト殿。リュミエールの全軍をまかせたい、といったら、受けてくれるかな?」
「よろしいので? それではあまりに障りがありましょう」
「今のリュミエール、その総指揮官は齢80を数えていてね」
今の大将軍閣下のことなら、わたしもよく知っている。
とっても優しいおじいちゃんで、たまにお会いすると、袋から飴ちゃんを取り出してわたしにくれるのだ。
「なにしろ、リュミエールには人材が少なくてね。その少ない人材を『文』のほうに回してしまうものだから、どうしても『武』のほうはそのようなありさまで」
閣下はみんなに好かれているけれど、前線に立って帝国と戦うにはお年を取り過ぎているかもだ。
「なるほど、ありがたい申し出ですな」
「それでは?」
「ですが、お断り申し上げる」
なぜ、とみんなが同じ顔をする前で、クルトは続けた。
「私にはこの国での人望がありませんでね。それではまとまるものもまとまらんでしょう。帝国軍相手にそれではいけない」
「では、どうすれば?」
「このお話をいただく前から、私には腹案がありまして」
クルトは目を瞑ると、そのままで先を紡ぐ。
「先ほども申し上げた通り、帝国軍とやりあうのに、上に立つものの人望は不可欠。加えて、その者がもともと立場のある人物であれば、尚よろしいでしょうね」
なるほど、とわたしは思った。
でも、そんなに都合のいいひとって、簡単にみつかるのかしら。
「さいわい、私はそのような人物にひとり、こころあたりがあるのです」
おお。さすがはクルトだ。『毒蛇』なんていう格好いいふたつ名は、伊達じゃなかったみたいね。
それで、だれなのかしら。
はやくはやくと見つめた先で、クルトの目がぱっと開かれ、ふたりの視線が交わった。
「アンネローゼさまこそ、我らを率いるに相応しいかと存じ上げます」




