35.決死
やっちゃっ、た
わたしは頭をかかえて、椅子に座りこんでいた。
となりでは、リットくん心配そうにこっちを見ている。
リットくんの首もとに迫っていた奴隷紋は、どうにか定着を免れたみたい。
よかった、とわたしは肩をなで下ろす。
『追放者さんのためのおうち』
ヴォルフになかば担がれて、わたしはここへと連れ込まれた。
怒り狂う帝国の使者、ルイを前に、わたしは一歩もひかなかった。
その後巻き起こる大混乱。
どさくさにまぎれて王宮を離れ、とりあずの落ち着ける場所が、ここだったっていうわけだ。
熱が引き、だんだん冷静になる頭のなかで、わたしはしでかしたことの大きさにおののいている。
リュミエール王国ぜんたいを危険にさらした。
ああ、わたしってば、なんてことを!!
「だって、許せないじゃない!」
そう、こころのどこかが叫んでいる。
なにひとつわるくないリットくんに、降ってわいた理不尽。
それがかたちになったのが、あのルイという男だったんだもの。
でも・・・・・・
わたしはより深く、うなだれる。
まわりでは、追放者のみなさんが、激しい口調で話し合っているみたいだ。
「まずは私。それからヴォルフだ。ふたりで奴らをくい止める」
マルカがいう。
ヴォルフはいつものように軽口で反発することなく、黙ったまま頷いた。
「・・・・・・おとりが、必要でしょうね。お姫様のかわりになる」
「それならあたしが。あたしごときではアンネローゼ様のかわりとしては不足でしょうが・・・・・・」
化粧師のエリィがいうのに、侍女のシエラが進み出る。
「諒解。ではその不足分、私の化粧で埋めましょうか」
「リット、しょんぼりしている暇はないぞ。アンネローゼ様が脱出したあとは、おまえの『ビーストテイム』がたよりだからな」
「わたしたちのアンネローゼさまをお任せるんです。くれぐれも頼みましたよ」
「みんな、なにをいっているの?」
顔を上げ、そういったわたしを、みんなのやさしい視線がつつんだ。
「姫さんは心配するこたねえよ。ちょっとばかりお外に旅にでてもらってさ」
「ええ、あとのことは私たちにまかせていただいて」
「だめよ!!」
わたしが半泣きになって叫んでも、みんなのやさしい視線はかわらない。
怒り狂った帝国の使者、ルイ。
彼はその怒りのままに、付き従ってきたという帝国軍に、進撃命令を出したのだという。
帝国臣民であるリットくん。
それからルイを怒らせたわたし、リュミエール王女のアンネローゼ。
ふたりを引き渡すことが、進軍を止める唯一の方法だという宣言とともに。
みんなは、帝国軍と戦うつもりなんだ。
マルカやヴォルフがどんなに強かったとしても、相手は帝国軍。
ルイが率いてきた兵士の数は、そんなに多くないみたいだけど、それでも、だ。
「そんなことをしたら、みんな死んじゃうわ。使者さんを怒らせたのはわたしなんだから、わたしがお詫びすればいいの」
そう簡単には、許してくれないかもしれないけれど。
もしかしたら、切り捨てられ、殺されてしまうかもしれない。
しんでしまうのは、はじめてじゃない。
もう二度とそうならないようにって、生きてきたつもりだったのに。
「でも、みんなのためだもの。それでリットくんやみんなが助かるなら、仕方が無いって思えるの」
「アンネローゼさま、いいのですよ」
わたしがちいさくつぶやくのに、マルカが近づき、そっと手を肩にのせた。
「だな。なにしろ姫さんに拾われていなければ、どこで野垂れ死んでたかもしれない身だ」
「そうですねえ。あなたを守って死ねるならってね。まあ、死ぬって決まったわけではないですが」
ヴォルフにシエラ。それからエリィも。
微笑みながら頷いている。
「そうと決まれば時間が無い。アンネローゼさま、失礼を」
「私のお古で申し訳ないですが、さ、はやく着替えちゃってください」
「だめよ、ダメ……」
わたしのお願いは、だれも聞いてはくれなかった。
着せ替えられただぶだぶの服からは、嗅ぎ慣れない香水の匂いがかすかに漂っている。
「あら、お似合いですわ、お姫様」
「ほんとですね。たまにはそういうお召し物もよいかもしれません」
「そうか? 俺はいつものほうがいいと思うがな」
みんなは「あはは」と笑い合っている。
わたしはあふれる涙を拭いながら、みんなをとめるひと言が思い浮かばないでいた
こんな、覚悟を決めてしまった人たちに、いったいなにがいえるっていうの?
わたしは……
「おまえら、ひとり残らず、間違ってんだよ」
瞬間、低く鋭い声が飛ぶ。
絵描きのクルトが発した声は、その場に漂う生あたたかな空気を一閃した。




