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33.お父さまとルイと

リュミエール王宮の謁見室は、いつにない緊張で満ち満ちている。


許された者以外、立ち入ってはなりません。


そういうことになっているみたいだけど、ちいさなころから遊び場がわりに王宮を探検しまくっていたこのわたしだ。

見張の使用人さんたちの目を掻い潜り、忍び込んだカーテンの隙間から、謁見室の中を覗き込んでいる。


正面の玉座(といっても、ちょっと見た目がいいだけの大きな椅子だ)に腰掛けたお父さま。


その後ろにいるのはリットくん。


緊張しているのだろうか?

いえ、ちがうわね。

あれは、なにかに怯え、縮こまっているみたい。

震えているように見えるのは、気のせいではないのかな。


お父さまとリットくん。

ふたりに対しているひとたちが、帝国の使者さんたちだろう。


真ん中に男がひとり。

それを囲むように何人か。

囲んでいるほうは皆一様に、全身真っ黒の鎧に身を包み、腰には剣を帯びている。


というか、あれってちょっと、いいえ、だいぶ失礼なんじゃないのかな。


貧乏国家といえどもお父さまは立派な王様だ。


その王様を前にして、使者さんが完全武装のままだなんて。


「その者が、わが国の臣民、リットに相違ありませんな」


真ん中にひとり立つ男が、お芝居の役者さんみたいな動きをして、大きく手を広げてみせた。


使者さんたちが立っている謁見室の床は、お父さまやリットくんがいる場所よりも一段低いところにある。

だけれども、男はその誰よりも、一番に人目を集めてみえた。


まるで、この場の主役は自分である、とでもいうように。


「あの男、まさか……」


うしろで、マルカがぽつりといった。

しっているの? マルカ、と聞く前に、お父さまが口を開く。


「ルイ、と申したか? 帝国の使者どの」

「左様にございいます。陛下」

「ではルイ。そなたの言葉には一つ、異なる点がある。この者、リットはわが国の国民である。帝国の臣民ではなかろう」


そうよ、お父さま、と私は心の中で叫んだ。

リットくんが帝国を追放されたいきさつは、わたしも、それからお父さまだってちゃあんと聞いている。


あんなにひどい追放をしておいて、どういうつもりでリットくんが臣民だなんていえるのだろう。


「不幸な、とてもに不幸なすれちがいがあったのです、陛下」

「すれちがい、とな?」

「はい。本来罪あったのは、リットの親ではなくて別の者。間違えて追放されてしまったリットやその両親には申し訳なくて・・・・・・このルカ、涙がとまりませぬ」


よよよ、と袖を目にあてて、ルカは泣き真似をしてみせる。


そう泣き真似ね。


わたしのところからもわかるくらいに、それははっきりと真似だとわかるわざとらしさだ。


「それで、その間違えられた者は?」

「煮殺しましたゆえ、リットは安心して、帝国に戻ってくるとよいですな」


リットくんがちいさく首を横に振っているのを、お父さまはちらり見た。


「しかし、リット自身が帰りたくないと、すでに私に告げている。私としても、その意思は尊重してやりたいと考えているのだ」

「おや、そうですか? まあ、(わたくし)はそのようなことを聞いておりませんので、とくに考慮にはあたいしませんが」


どうやら、ルカという男はお父さまのいうこともリットくんのいうことも、まったく聞く気はないみたい。


お父さまは眉根を寄せて、珍しく機嫌の悪さをあらわにした。


「聞くところによると、帝国の畜産は、ここ何年も右肩下がりであるのだとか」

「ほう、それは実に興味深いお話ですな」


お父さまはたたみかけるように続ける。


「今まで従順にしていた動物たちが、急にいうことをきかなくなった。そういう噂もきいている」

「なんと、それは恐ろしい」

「それはちょうど、リットの父上が処刑され、彼が追放になった、それと時同じくして、だとか」


リットくんのお父さま。

今のリットくん以上に、優秀なビーストテイマーだったって聞いている。

そのお父さまを処刑してしまったんだもの。

そうなるのは当然だ。


わたしの胸が、ちくりと痛む。

わたしが私だったころ、それで滅びた国だって、あったのだから。


でも、じゃあ、帝国はリットくんのお父さまを処刑しておいて、困ったからってリットくんを連れ戻しに来たってこと?


そんな・・・・・・、そんなのって・・・・・・!!


ルイは頭を掻きながら渋い貌を隠さない。


「本人の意向もあることだし、この話はこれで終わりにしたいのだが? どうであろう、使者どの」


いってやったわ。

さすがはお父さま。

わたしは心の中でちいさくばんざいをした、


のだが


「いやはや、とんでもない誤解があるようですな」


ルイはにっこりと笑ってそういった。

とっても素敵な笑顔だけれど、なにか、恐ろしいものを見ているような。

そんな雰囲気を漂わせて。


「誤解? なにが、かな」

「端から端まで。まるっとすべて、でございますよ」


ルイは肩をすくめてみせる。


「ご存知かとは思いますが、わがゴルドー帝国には、『敵』と呼べる国が多く存在しているのですよ」

「もちろん識って……」


といいかけて、お父さまは口をつむぐ。


「それらの国が流した、よからぬ噂もまた、数多くございましてな。よもや、信じる方もそう多くはないと思っているのですが?」

「噂、か。だが、私はそうでないと確信をもっているのだね」


お父さまは一歩も引かなかった。

がんばれ、お父さま。

わたしが思う間に、ルイも続ける。


「困りましたな。よからぬ噂を流す『敵国』。できればリュミエール王国が、帝国にとってそのようなお立場にならぬことを、わたくしめは案じておりますのに」


お父さまはおしだまった。

ひどい。とわたしは拳を握りしめる。

これって、リュミエールに対する脅しじゃないの!!


「おや、へんな空気になってしまいましたなあ。これはいけません」


ルイはにこやかな笑みを絶やさない。

彼は、両の手を、ぱんぱんとおおきく打ち鳴らした。


「陛下、およびリュミエールの方々には申し訳ない。(わたくし)がすべていけないのです」


ルイを囲む兵士たち。

その兵士たちが、次々に持っていた鞄を下に下ろした。


「帝国はリットを保護してくれたリュミエール王国に、たいへん感謝をしているのです」


ルイが一瞥すると、兵士たちが次々に鞄の蓋を開けていく。


「その証として、リットが無事、帝国に引き渡されたあかつきには、これらをすべて進呈いたしましょう」


鞄の一つひとつには、転生前の私ですら見たことがないほどの、


(きん)や宝石が、いっぱいに詰め込まれていた。

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