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32.帝国からの使者

「あ、あれ。クルトじゃない?」


急ぐ道の先で、クルトが誰かと話していた。

なんだか、いつになく真面目な表情。

彼がたまーにみせるそういう貌は、なんだか絵描きっていうよりはマルカやヴォルフに近いところがあるような・・・・・・

たたかうおとこのひと、ってこういうものかもしれないな。


わたしたちが近づく頃には、クルトはすっかりいつもの絵描きさんに戻っていた。


「やあ姫君。きょうも機嫌よろしいようで」

「こんにちは、クルト。そうね。さっきとってもうれしいことがあったのよ」

「それはぜひにも、聞いてみたいところではあるのだが・・・・・・」


あんまり興味がなさそな貌で、クルトはいう。


「もしかして、忙しいの?」

「いや、そういうわけではないんだがね。少々気にかかることがあって」


なにかしら、とわたしは思った。

そこは当然、絵描きさんなのだから、


「絵のことね。やっぱりあの大きさだもの。ひとりで仕上げるのは大変だった?」


クルトは一瞬、きょとんとしたような貌をした。


「え? ああ、絵。そうそう。それも、だな」


わたしがあんまりクルトの絵を褒めちぎるものだから、お父さまがリュミエール王室として、彼に絵を発注したのだ。


王宮の広間にふさわしいくらいの、おっきな絵。


「なにしろ俺もはじめての・・・・・・いや、めったにないくらい大がかりな作業になるからな。順調は順調。とはいえ、思うところはいくつもある」

「そうね。わたしもとっても愉しみよ」


クルトに絵の発注がきまったあとで、わたしの部屋に飾ってあった彼の絵をみたお父さまが


「な、なんだい? これは。アンネ、若いひとたちの間では、こういう絵が流行っているのかい?」


なんていって、むむむ、と唸っていたのがちょっと心配だったりするけれど。

でも、クルトの絵はあんなに素敵なのだから、歓声したらお父さまもきっと気にいってくれるに違いない。



・・・・・・まあ、いざとなったら、新しくなる『追放者のみなさんのおうち』に飾ったらいいのよ。


はじめのうち、閑散としていたのが嘘みたいだ。

今では『追放者のみなさんのおうち』を訪れてくれる追放者さんは数多い。

お父さまもみなさんの活躍を認めてくれて、今度、もっと大きな施設に引っ越すことになっている。


そうね。クルトの絵はそっちにこそおにあいよってそう思ったりもしちゃうのだ。


お父さまが絵を気に入りませんようにって、わたしは邪な気持ちを抱きかけて、ぶんぶんと首をふった。


気づけば、クルトをはじめマルカにヴォルフ、さんにんそろってなまあたたかい貌をしながらわたしを見ている。


「こほん」


とわたしは咳払いする。

淑女として、ちょっと恥ずかしい態度だったかもしれないな。

わたしは、ごまかすように違う話題を口にした。



「そういえば、クルトって、なんでお国を追放になったの?」


いってしまって、わたしはちょっと後悔しする。

そういうの、話したくないひとだっているだろう。

これはだいぶ、でりかしーというやつが足りなかったかもしれないわ。


クルトは、何かを考えるようにしていた。


「ごめんなさい。いいたくなければ、いわなくたってかまわないのよ」

「いやなに。そう、難しい話ではないのだがね」


クルトは気にしていないふうに、にやりと笑った。

よかった、とおもいつ、がぜん興味がわいてくる。

絵描きさんが追放されるって、いったいどういう理由があるのかな。


「ははは、ほんとうにたいした理由ではないんだが。ただちょっと、ご婦人にはいいかねる」

「えー、そうなの。もしよければ、でいいんだけど、わたしとっても聞きたいな」

「ではおしえてさしあげようか?」

「ほんと。お願い、お願い!!」


クルトはぴっと姿勢を正した。


「不肖、このクルト。女性の裸のe」


突然、わたしの耳から音が消えた。

クルトの口は動いているのに、なにひとつ聞こえてこない。


おかしいな、と見上げれば、マルカがその両のてのひらで、わたしの耳を覆っているところだった。


「いけません、アンネローゼさま。このような者の話をまともに聞いていると、お耳が汚れてしまいます」

「えー、いいじゃない。クルトの話、とっても興味があるんだから」

「いけません、クルト、あなたもだ。そのような話は謹んでいただこう」

「はは、これは手厳しい。ま、おおせには従おう」


わたしはじたばたしてみたけれど、マルカは離してくれなかった。


「おい」


ヴォルフがマルカの肩を掴む。


「なんだ、犬。今、大事な話をしているところだ。邪魔をするな」

「馬鹿、そうじゃねえよ。ほら、いいのかあれ」


ヴォルフの示すそのほうへ、皆の視線があつまった。

誰かが、こちらへ向けて走ってくる。

慌てているようすが、ここからでもはっきりわかった。


「あれ、シエラ?」


侍女のシエラが、息せき切って向かってくる。


「アンネローゼさまーー!!」


彼女の声には、緊迫感が満ちあふれていた。


「どうしたの? シエラ!!」

「ゴルドー帝国の使者が、王宮に!!」

「ゴルドー帝国の? 使者さまって」


リュミエール王国とゴルドー帝国には、ほとんど交流というものがない。

というよりは、リュミエール王国が帝国に、ほとんど相手にされてないって、そう言ったほうがあっているかも。


ふたつの国は、そんなにたくさん離れていない。


なのだけど、


大陸でも屈指の強国であるゴルドー帝国。

大陸での中でも吹いたらすぐに飛んでいってしまいそうな、貧乏国家のリュミエール。


お付き合いするには、ちょっと釣り合いがとれないなって、わたしでさえ思うのだ。


そんな帝国の使者さまが、いったいなんのご用だろうか。


「帝国は、リットを……」


リットくん?


もしかして、帝国もリュミエール産の畜産物を仕入れたいって、そういうことなのだろうか。


少し喜びかけたけど、わたしはすぐに、そうでないって気がついた。

シエラのようすはどう見ても、そんなふうにいい話を持ってきた、って感じじゃなかったから。


彼女は深呼吸して息を整えると、わたしの腕をぎゅっと握る。


「ゴルドーが、帝国の臣民であるリットを返せ、と。そういってきたのです」

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