31.3人でお出かけ、その2
「アンネローゼさま、危ないですよ。さ、こちらへ」
マルカがわたしの肩を抱き寄せ、ぐい、と自分の方へひっぱった。
わたしの足が向かっていたその先には、とっても大きな水たまり。
危ない危ない。ぼーっとしてたらいけないな。
「なあ、マルカよ、ちょっとひっつき過ぎなんじゃないか? 用事が済んだんならはやく離れろや。姫さんも嫌がっているだろうが」
そんなことはないのだけれど、っていう前に、ヴォルフはマルカにずいと近づいた。
「ふん、本来ならこれは護衛の仕事だろうが。貴様こそ、仕事をサボってなにをやっているんだ?」
「いうじゃねえか。これでも周辺警戒やらなんやらで、結構忙しくしてるんだぜ? おまえこそ、姫さんにひっついてきて、ほんとは暇してるんじゃないか?」
「ええい、そのムダにでかい図体を近づけるな!! その調子でやられては、アンネローゼさまもさぞや怯えてらっしゃることだろう」
「わかってねえな。このでかい身体はな、こうやってつかうんだよ!」
いうなり、ヴォルフの腕がひょいっとわたしをかつぎあげた。
「うわわわ、なに、なに!?」
そのまま、ひといきでわたしはヴォルフの肩の上にいた。
「なにをする、きさまーー」
「大丈夫よ、マルカ。それより、これって結構いい感じね。遠くまでよく見渡せるもの」
「だってよ、マルカ」
「・・・・・・くそ、負けた」
ふふ、とわたしはとっても愉しい気持ちである。
ふたりとも、すっかり仲良しさんなんだから。
いつもよりずっと高い視線から見渡す街は、新鮮なおもむきだ。
時間はちょうどお昼時。
家々の煙突からは煙がたちのぼり、いい匂いも漂ってくる。
「しっかし、いい感じになってきたなあ」
「なあに、いい感じって」
「街のことだぜ、姫さん。ま、もともと明るくはあったがね」
「そうねえ」
ヴォルフがいうように、街には活気があふれはじめているみたい。
リットくんのおかげで、リュミエール王国の畜産物は売れ行き好調って聞いている。
リットくんだけじゃない。
ツクモさんのおかげでみんなの包丁はよく切れるようになったみたいだし、
エリィのおかげで、ゆきかうひとの顔も華やか。
この前『追放者のみなさんのためのおうち』に来てくれた植物学者さんは、こんどリュミエールの農産物たちを、観てくれるっていっていた。
元皇室料理人だったっていう追放者のあの方とは、あさって会う約束をしてたんだっけ。
「とっても忙くはあるけれど、うん。たしかにいい感じよね」
「ひめさまー」
呼ばれた声に目を向けると、男の子がひとり、わたしに手をふっている。
たしか、わたしがやっていた、炊き出しで見かけたことのある男の子。
お母さんとふたりぐらしなんだっけ。
「これあげるー」
なにかを差し出す女の子。
わたしは、ヴォルフの肩からよいしょとおりた。
飴ちゃんだ。
しかもわたしの好きなやつ。
「ありがとう。でも、わたしはいいのよ。あなたが食べなさい」
男の子は飴ちゃんをみて、それからもういちど、それを差し出す。
「ボクは大丈夫。きのうも食べたし、その前も食べたんだから」
「そうなの?」
「うん。最近は毎日お母さんがくれるんだ」
ちら、と男の子のうしろを見ると、彼のお母さんが微笑んでこちらをみていた。
「それでね、お母さんありがとうっていったら、お礼はおひめさまにいいなさいって」
「わたしに?」
「アンネローゼさまが頑張ってくださったから、ボクが毎日飴を食べられるんだって。だから、はい」
わたしは、飴ちゃんを受け取った。
「そういうことなら、いただくわ」
口に含んだそれは、いままで食べたどんな飴よりもおいしい気がする。
「おいしいわ。ありがとう」
「よかったー」
わたしは、男の子の頭をなでなでしながら続ける。
「こんないいものをもらったのだから、わたし、もっと頑張っちゃうわ」
「???」
「そうね。こんどはキミが、毎日ふわふわスフレだって食べられちゃうくらいに、してみせるんだから」
「ほんと? やったー」
「約束よ。期待していてね!!」
ぶんぶんと頭を縦にふる男の子の頭をもういちどなでなでしながら、わたしはマルカとヴォルフの顔を見る。
ふたりはやさしく微笑んで、それから力強く頷いた。




