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29.ツクモの事情

「鍛冶師ツクモ、おまえを追放する」


「なんだと!!」


普段から、言葉少なで、穏やかなことでしられるツクモである。

いきなり追放を言い渡されたその時ですら、彼は怒ったりはしなかった。

かわりに、同じ工房の職人たちが勅令をもつ役人たちに詰め寄った。


「おお、こわいこわい。さすがは人殺しの道具を造る者たちよな」


なおも挑発するようなものいいに、職人たちの熱があがる。

ツクモは1歩前に出て、職人たちを背中で制した。

役人は多数の兵士を連れている。

乱闘にでもなれば、職人たちはただでは済まないだろうから。


ツクモの工房は代々国の鍛冶を一手に願ってきた。


鍋蓋から馬車の金具。

包丁からドアノブまで。

それから軍がもつ武器だとか。


「俺だって人殺しの道具など造りたくは無いさ」


ツクモの師匠。

工房の親方は、ツクモに輪をかけて寡黙な男だった。

その親方が、いつかぽつりといっていた。


「だが、必要なものだ。世界から戦が無くならない限りは、な」


それに、道具は使う者の意思ありき、だ。

俺たちは昨日より今日、今日より明日と、よりよいものを作り続ければそれでいい。


それはツクモが胸に秘め、今も指標にしている親方の言葉だった。


その親方から認められ、彼のもつ『精錬』のスキルを受け継いでから1年と半。

工房の窯の前で倒れた親方が急死してから、まだひと月と経っていない。


親方の後を継ぎ、ツクモが工房のカシラとして立つ。

その準備をはじめようかとする、矢先のことである。


役人たちが勅令を持ち、まだ喪も明けていない工房へと踏み込んで来たのは、だ。


「いいのか?師匠……親方が亡くなった今、俺までいなくなれば、今後この国の鍛冶師たちはまとまらなくなるが?」

「おまえが心配することではないわ!!」

「まあまあ、この男も、それでは寝覚めが悪かろう」


役人が後ろへ合図すると、兵士がひと振りの剣を持ってきた。


「変な気をおこすなよ?」


そういって渡された剣を、ツクモは鞘から一気に引き抜く。

一見、剣の形はしているが……


「なんだ、この剣は。こんなもの、まともにものが斬れるのか?」


ツクモたちの工房で造ったものとは、比べるまでも無い剣だった。

質が、悪すぎるのだ。


思わずあげた視線の先で、役人はニヤとわらってみせた。


「さすがに、そのくらいの善し悪しは私でもわかるさ。だがな」


役人は数字を口にした。


「なんだ? それは」

「値段だよ。その剣の、な」

「馬鹿な。それでは材料代にもならんではないか」

「その値段でいいというものがいるのだよ。ゴルドー帝国の、商人なのだがね」

「帝国だと?」


ツクモはあらためて剣を観た。

たしかに帝国で流行のしつらえがされている。

だが、いくら帝国が大国であろうとも、そんな値段では大赤字もいいところのはずだ。


「そもそも、良い武器など不要なのだ。ここ何年も、我らは戦などしておらんではないか」

「財政難にあえぐわが国にとって、帝国の申し入れは、わたりに舟というわけだ」

「それは……」


……それは、わが国が帝国の脇で、頭を低くしているからだ。


とツクモは思った。

ゴルドー帝国自体は、その野望を隠そうともしていない。

その隣で、ツクモの国は帝国にこびへつらうことで平和を維持してきたのだ。


所詮は、帝国の意向ひとつで終わりかねない平和でもある。

それは、ツクモだけでなく、国民のほとんどが理解していることなのに。


「このうえ、武器まで帝国に依存してしまっては……それではもう……」

「その武器を卸してもらう条件の一つが、おまえの追放なのだよ」

「なに? なぜだ……?」


兵士が、もうひと振りの剣を持ってきた。

うながされ、ツクモはその剣も抜いてみる。


先ほどの剣とはうってかわって、それは見惚れるほどの刀身だった。

わずか、曇りがあるのは血を拭いた跡だろうか。


いや、それよりも、この剣は…・・


「なんでも、ゴルドー皇帝を暗殺しようとした愚か者がいたのだとか」


ツクモは、はっとして、役人の顔を見た。


「幸い、こと無きをえたそうなのだがね。その男が携えていた武器こそこれだ。どうだ? 見覚えがあろう」


親方の言葉が思い起こされる。


道具は使う者の意思ありき。


帝国皇帝の暗殺未遂に使われたのだというその剣は、まさしく、親方の打ったそれに間違いなかった。


「皇帝はずいぶんとお怒りでな。造った者、その後継者。残らず追放せよと、そう仰せなのだよ」


本当だろうか、とツクモは思った。

皇帝の怒りはもっともなことにも思えたけれど、帝国にはそれ以上の思惑があるよう、感じられてならなかった。


超一流の鍛冶師として、他国にも名を轟かせていたツクモの師匠。

その技とスキルを受け継いだツクモ。


彼の造る武器たちは、帝国兵を容易に斬り裂くことができるだろうから。


「いいのか? このままでは国が滅びかねないぞ」


役人は、もう1度、ニヤリと嗤った。


「もう、おまえの国では無い」


そういわれてしまえば、もうツクモにできることは何も無かった。

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