28.ゆめからさめない
こんなの、夢じゃないかしら
わたしの目の前には、いろとりどりのお菓子がずらり、美味しそうに湯気をたてていた。
ことり、と音がして目をやると、そちらにメイドのシエラが新しいスフレのお皿を置いたところ。
ふわふわのスフレは、いつかわたしが食べ損ねたそれよりますますもってふわふわだ。
「姫様、どうぞ、お好きなものから」
いわれて、わたしは右側の頬をつねった。
いたい。
でも、それだけじゃまだ信じられなかったので、わたしは逆の頬もつねってみた。
やっぱりいたい!!
うん? もしかして、これって本当に夢じゃないのかな。
いえ、油断してはいけないわ。とわたしは思った。
ただの夢だったらまだマシだ。
もし、これがわたし、アンネローゼのみている夢ですらなくて、
あの、ボロボエロの天蓋をみつめる、前世の私。
その私がみている夢だったりしたのなら……
目が覚めたら、前世の私に戻っていた、だなんて、それこそ目も当てられない。
「あの、アンネローゼさま、おかげんでも悪いのですか?」
リットくんが、わたしにそう聞いてくる。
「リットくん、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「ちょっとね、わたしの頬のこのあたりを、ぱちんと叩いて欲しいんだけど」
「ええ、だめですよ、そんなこと」
「お願い。大事なことなの。かまうことないから、思い切りやっちゃって」
「だめですってば」
わたしが真剣に頼んでいるのに、リットくんは目を白黒させてるばかりで、ちっともぱちんとやってくれない。
「もう、なにやっているんですか、姫様。 はやく食べないと、せっかくのお菓子が冷めてしまいますよ?」
シエラの手で、ふわふわが目の前に差し出された。
わたしはおもわず、ふわふわにむかってかぶりつく。
「むぐむぐ、ンアマーイ」
「そうでしょうそうでしょう」
シエラがうんうんと頷く隣で、リットくんがうれしそうに笑っている。
「喜んでもらえて、うれしいです」
「やっぱり、これって夢じゃ無いのね」
「姫様、なにをいっていらっしゃるんです? そんなことじゃ、皇国の商人たちに笑われてしまいますよ」
そうだったそうだった。
わたしは口の中のふわふわスフレを飲み込みながら、いろんなことを思い出していた。
ビーストテイマーであるリットくんがお世話をする、リュミエール王国の動物たち。
そこから採れるさまざまなあれこれ。
牛乳に、卵に、
それらを加工したチーズやバター。
そこから作られるお料理やお菓子。
それらはたちまち評判になった。
まずはリュミエール王国の人たちの中。
それからリュミエールに訪れる、数少ない旅人さんたちの中で。
しばらくしてそれらは国の垣根さえ越えて、リュミエールのお隣の国へと。
それからそのお隣の国へって、段々と広まっていったらしい。
「皇国の商人が、リュミエールの畜産物を仕入れたいと、そう申し入れてきたそうです」
「皇国って、あの皇国?」
わたしが驚かされたのも、無理ないって思うのよ。
皇国といえば、リュミエール王国からは遠く離れた、伝統ある国のこと。
あまり大きな国ではないけれど、大陸で一番古くからある国で、あのゴルドー帝国すら一目置いているんだって。
もうひとつ、皇国といえばお洒落でセンスがいい人がたくさんいて、流行の発信地としても知られているのだ。
皇国で、いいっていわれた服やお芝居が、そのあと大陸全土で大流行することだって珍しくない。
その皇国の商人がリュミエールからものを仕入れたいっていってきたのだ。
「そんなわけで、皇国の商人さんに試食しておらうお菓子の試食会なのよね」
「はいはい、もちろん、ここにいる皆が存じておりますわ。それで、どうです?」
「そんなの、美味しいに決まっているじゃない」
「いや、試食会なんですから、もうちょっとこう、具体的な感想を」
「あまくて、とっても美味しいわ」
「はあ、もういいです。姫様のうれしそうなお顔を拝見できただけで、ここは良しとしておきましょうか」
シエラの隣で、リットくんが首をぶんぶんと縦にふっている。
彼女がより高みを目指そうとするのは、わからないではないけれど。
と私は思った。
なにしろ、相手は皇国の商人だものね。
でも大丈夫。
わたしはリットくんのほうをみる。
だって、このお菓子、こんなにも美味しすぎるんだもの。




