25.3人でお出かけ
「ううう、でも食べてみたかったな」
ぽつ、とわたしの口からそんな言葉がまろびでた。
わたしにだって覚悟ってものがあるんだから。
そんなふうに、あのときはお父さま相手に胸をはってみせたけれど
あのスフレは、その覚悟を揺るがすほどに、悪魔的にふわふわしていた。
「なんだい姫さん、そういうとこは子どもっぽいんだなぁ」
隣を歩くヴォルフが、ニヨニヨと笑っている。
「ま、気持ちはわからんでもないな。確かにアレはうまかった」
普段は甘いもんなぞ、めったに食わねえんだが、と続けるヴォルフ。
「た、食べたの?」
「応。お一つどうぞ、ってな。ありがたくいただいたぜ」
う、うらやましい。
心の声が貌にでていたのかな?
「まったく、気の利かない男だな、貴様は」
ヴォルフとはわたしをはさんで反対側からそういったのはマルカである。
ここのところ、お出かけの護衛はヴォルフに頼りっぱなしのわたしだったけれど、
今日は久しぶりにマルカもいっしょだ。
はじめて会ったとき、大げんか? をやらかしたふたりである。
いまだにギスギスしちゃっているのが、わたしとしてはちょっと心配。
年も近い男の子同士、もちょっと仲良くしたらいいのに。
わたしのそんな思いをよそに、ふたりは険悪な雰囲気だ。
「なんだよ、おまえだってあれ、うまそうに食ってたじゃねえか」
「え゛」
おもわず振り向いたわたしに、マルカはいつになく焦り顔。
「な、貴様、それは・・・・・・」
「ねえ、マルカ、美味しかった?」
「う、ええ、はい。それはもう・・・・・・」
「・・・・・・うぐぅ」
「はは、ざまあねえな」
「おまえがいえたことか!!」
やいのやいのとしているうちに、わたしたちはとある小さなおうちの前にいた。
棲むところ、というよりは、ぎりぎり屋根が付いているだけの小屋に近い。
その小屋こそ、わたしたちの目的地だった。
うん、もうスフレのおはなしはおしまいにしなくっちゃ。
王女たるもの、いつまでも甘い物なんかにココロを奪われていてはいけないもの。
・・・・・・でも、美味しそうだったな、あのふわふわ
□■□
コンコン
と三度目のノックにも、応えるひとはいなかった。
「中にも、誰もいないみたいだぜ?」
「鍵はかかっていないようですが、どうしたのでしょうね」
小屋のまわりをひとまわり、
マルカにヴォルフがそういいながら戻ってくる。
「おかしいな。約束は今日、この時間っていわれたはずなんだけどな」
「ええ、私も確認しましたから、間違いはないでしょう」
「まったく、姫さんを袖にするなんて、ふてぇ野郎だ」
「気に食わんが同意だ。こうなれば探し出して引っ立ててきてやろうか」
なんだか物騒なことをいいだすマルカである。
鍵のかかっていない扉の隙間から、小屋の中がちらり覗いた。
散らかっては見えるのだけれど……
「なんだか、ついさっきまで誰かがいたような雰囲気ね」
「そういわれりゃあ……そうかもな」
「なら、ちょっと待ってみましょうか」
そのうち帰ってくるかもだし。
わたしがそういうと、マルカは少し渋い貌をした。
「よいのですか? アンネローゼさま。私にはあの男、アンネローゼさまの信頼に足るようには見えなかったのですが」
「すっぽかされるってこと? さすがにそれはないでしょう」
「しかし、あの醜態を見せられた私としては、ですね……」
わたしは、『彼』とはじめて会ったときのことを思い出した。
まあ、そうね。あの姿を見ていたら、マルカが心配するのもわかるかもだ。
「大丈夫よ。あのときは、ちょーっとお酒を呑みすぎたってだけみたいだし」
「ちょっと、ですか? あれが」
「しばらくお酒は抜いてるっていってたし」
「……本当なんでしょうか、それ」
「おいおい、酷いいわれようじゃあないか」
かけられた声に振り向くと、口ひげを蓄えた男がひとり、酒瓶を携えてこちらへとやってくるところだった。




