22.エリィの事情(中)
「なにこれ、どういうことなの?」
ホールに集められた、マリア邸ではたらく使用人は、エリィを入れても10人にすら満たなかった。
そうして、それをはるかに超える数の兵士たちが、彼女たちをとり囲んでいる。
先触れもなく、いきなり踏み込んできた彼らは屋敷中を荒らし回っていた。
エリィたちは拘束こそされていないものの、事情も説明されることなく、ホールから出ることも禁じられていた。
家の主人たるマリアが不在にもかかわらず、こんな蛮行など、いくら王直属の軍隊であろうと、許されるはずがないのに。
「黙れ」
と、脅す兵士をエリィは睨み返した。
怒った兵士が、持っていた槍を振り上げる。
「まあまあ、おちつきなさい。ほら、あなたもお静かに」
そんな兵士をとめたのは、黒い服に全身をつつんだ男だった。
まわりの兵士とは数段上質の装いで、ひとりだけ緊迫感のかけらもない。
それが、あたりから彼だけをひとり、浮きだたせている。
「ルイ閣下、ここにおられましたか」
荒々しい音を立てて、今ひとり、男がホールの入り口をくぐりやってくる。
こちらは兵士たちと同系統に武装していて、
「ご苦労さまです、隊長。あとはまかせても?」
「ええ、はい、もちろん。帝国のかたにこれ以上お手間はとらせませんので」
どうやらここの責任者らしかった。
物々しい雰囲気はそれまでとかわらない。けれども、エリィは少しだけ緊張を緩めていた。
他国の、それも帝国の人間が同道しているのだ。
彼の目があれば、兵士たちもいきなり無体に及ぶことはないだろう。
エリィの視線に気づいたか、ルイと呼ばれた帝国人は、にっこりと笑みを浮かべた。
その笑いは、なぜだかエリィの心を泡立たせた。
「それで、なにか出たのか?」
「いえ、それがなにも・・・・・・」
「チッ、まあいい。もう裁可は下ったのだ。おい!!」
いわれて、傍らの兵士が隊長になにかを手渡した。
彼はその巻物を広げ、厳めしく読み上げる。
「告。王女マリア。アレン皇子への暗殺未遂は白日の下へと晒された」
――え
馬鹿な、と側で誰かが叫ぶのを、エリィは呆然と聞いていた。
暗殺? 誰が、どうやって?
「罪人マリアは、王国法にのっとり、死刑、と――」
死刑? なんで、どうして?
あまりの現実感のなさに、エリィはひとことすら発することができないでいる。
死ぬの? マリア様が?
ほんの数日前、あんなに幸せそうに、微笑んでいたあの娘が?
あたりの混乱を意にも介さず、隊長は続きを読み上げる。
「屋敷は国によって接収される、また、法によれば一族郎党はこれに連座するから・・・・・・」
郎党、家臣。それはエリィたち使用人を含んでいる。
「・・・・・・貴様らにも死刑がいいわたされる」
「そんな!!」
「なにかの間違いだ。そもそも、マリア様が暗殺なんてするはずがないのに」
「いや、死刑だなんて、そんなの嘘よ」
「ええい、うるさい。黙れ黙れ、一度に喋るな」
隊長はハエでも払うかのように、右手を二三度振って見せた。
「その、ほんとうなのですか? マリア様が暗殺などと」
マリアの仕様人のなかで、もっとも年かさの家宰が、代表してそう聞いた。
「信頼あるかたがたからの、告発あってのことである。それにな、」
信頼あるかたって? とエリィは思った。
誰だろう。まさか相手のアレン皇子本人だろうか。
そう思って彼女はルイのほうを見た。
ルイもなにか察したようにエリィを見返し、それから首を横に振って見せる。
違うの?なら、誰が?
エリィは思い出していた。
マリアとアレン皇子が踊っていたあのときに、それを憎々しげに見ていた、彼女の姉たち。
この国の、三人の王女たちのこをと。
彼女たちが、嫉妬心かなにかから、マリアを罪に陥れた。
そういうことなのだろうか。
ほんとうに?
エリィはいくつかのものごとを思い出していた。
マリア様に対する、彼女たちのあれこれを。
ほとんどいじめとかわりない、仕打ちの数々。
あの王女様がたならば、罪を作ってマリア様を貶めることくらい、やりかねない!!
「・・・・・・なにより、マリア王女はすでに罪を認めておるのだ」
エリィの思考は、続けて放たれた隊長の言葉によって遮られた。
「ほ、ほんとうなのかよ、それ?」
「じゃあ、マリアさまが悪……いえ、そんなはずないわ」
使用人たちからいくつかの声があがった。
それはどれもが弱々しい。
「続きがある。聞け!!」
もう、彼を遮ろうとするものはいなかった。
「本来であれば貴様らも全員死刑なのは先ほどもいった通りである。だが、」
隊長は使用人たちを見渡した。
「罪人マリアは、すべての罪が自分ひとりにあり、と宣言した」
え? とエリィははじ彼たように隊長の顔を見上げた。
「貴様ら仕様人は、なにひとつ知らぬことである、ともな」
えへん、と咳払いがひとつ挟まれる。
「で、あるからして、貴様らは罪一等を減じられる。つまり、死刑ではなくなる、ということだな」
「なんだって?」
「よかった、私たち、死ななくてすむのね!!」
「待って、ならマリア様は?」
「そんなわかりきったことを、私の口からいわせる気かね?」
使用人たちは顔をみあわせるばかりだった。
下手に口を出せば自分たちに累が及ぶ。
そんな空気が流れている。
エリィも同様になにもいえないままだ。
いや、
エリィは考えている。
隊長がなにをいおうとも、やっぱりマリア様が暗殺なんて考えもするはずがない。
それに、とエリィは思った。
なにもかもが、あっという間に進みすぎている。
まるで、なにかの陰謀みたいに。
エリィはもう一度ルイという帝国将軍のかたを見た。
一介の化粧師でしかない彼女にできることなんて、もうほとんどないように思える。
でも、この国の仕組みの外にいる、彼を巻き込むことができたなら・・・・・・
「あの、ルイ将軍閣下」
彼だけに聞こえるように、小さな声で、エリィはそう口にした。




