20.どうぶつとおしゃべり
飛びついたリットくんを振り払おうとしてか、牛は何度か身をよじった。
ヴォルフに角を押さえられていながらも、それははげしく、リットくんは何度も振り落とされそうになる。
-危ない-
なんて声を掛けるひまもない。
わたしは汗ばむ手をぎゅっとにぎった。
「ヴモ、ヴモーーーー!!」
首にまわした腕。そこに一生懸命力を入れつ、リットくんは口元を、牛の耳へと寄せていった。
「よーしよしよしよし」
かすかに、そんな声が聞こえてくる。
こころなしか、牛の勢いがゆるんだように見えた。
「おい、こいつは……」
ヴォルフに目だけで合図して、リットくんは牛にぎゅっと抱きつきながら続ける。
「 ヴ、ウ、ヴモゥ」
「そっか、そうなんだね。そんなに痛かったんだ」
「モォウ」
「大丈夫。みんなもわかってくれるから」
よしよし、とリットくんが牛のほおをなでる。
彼が言葉を重ねるたび、暴れ牛からだんだんと力が抜けていった。
「えらいね、よく頑張った」
その声と同時に、牛は膝を折って芝の上に倒れ伏す。
リットくんはまわしていた腕をはずして、その隣に着地した。
「ツェペットさん」
呼ばれて、ツェペットさんがリットくんへと駆け寄った。
「なにか、痛み止めのようなものを持っていませんか? 彼、どうやら蜂に刺されて、それでびっくりしちゃったみたいなんです」
リットくんが示したところ、牛のおしりにみんなの視線があつまった。
いわれてみればたしかに、そこはだんだんと赤く、腫れ上がりつつあるみたいだ。
「ツェペットさん?」
「お待ちくだされ。痛み止めなら、ここに」
ツェペットさんは懐から小さな入れ物を取り出して蓋を開け、中の軟膏らしきそれを、牛のおしりに塗りつけた。
「ウ、モォーウ」
牛は小さくうめくように鳴いたけれど、ふたたび暴れるようなことはなかった。
なんとなくだけど、その顔から険がとれて、薬の効いているような気配がする。
「どう? よくなってきた? うん。それはよかった」
リットくんはひとり言をいうように、牛によりそってくれている。
わたしは、みんなを代表して口をひらいた。
「ねえ、リットくん。もしかして、牛さんとおしゃべりできてるの?」
「はい。ビーストテイマーって、そういうものですから」
なんでもなさそうに、彼はいう。
「やるじゃねえか、リット。そりゃあれだろ? 牛以外にも動物なら大体いけちまう感じなのか?」
「はい。あ、全部はためしたことないですけど、ほとんどの動物の言葉はわかります」
「すごいわ、リットくん。どうしていってくれなかったの?」
リットくんは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「ぜんぜん、自慢するようなことじゃないですから。現にツェペットさんなんて、言葉がわからなくても、こんなに動物に慕われているわけですし」
「それも、彼らから聞いたの?」
リットくんは頷いた。
ごほん、とツェペットさんは咳払いする。
「動物たちと話ができる、ですとな」
そうして、彼はリットくんの肩に手をやった。
「それがほんとうなら、ぜひとも力を貸してほしいのう」
「え、でも……」
「この歳になっても、まだまだ彼らのことは、わからないことだらけじゃ。さっきの暴走も、ワシにはとめられんかったわけじゃしの」
ツェペットさんは次にわたしの方を向いた。
「姫様、そういうことでよろしいですかな?」
「わたしは……」
動物とのおしゃべりか、とわたしは考える。
小さな頃読んだ絵本のお姫様に、動物とおしゃべりできる、そんな方がいたはずだ。
そういうことができたらいいなって、思ったこともあったっけ。
そうだ。リットくんに通訳してもらえば、わたしにも同じようなことができるかもしれない。
「アンネローゼさま?」
どうかしましたか? とわたしをのぞき込むリットくん。
いけないいけない。今はリットくんのお仕事の話をしなくっちゃ。
わたしは彼に向き直る。
「リットくんは、それでいいの? その、動物さんたちのお世話だけれど」
「はい! 願ったり、です!!」
リットくんは、勢い込んでそういった。
「そう……」
ならばと、わたしは精一杯まじめな顔を作ってみせる。
「では、リュミエールの王女として正式に依頼したいと思います」
「わかりました。僕、頑張りますね!!」
「よしなに」
そのいい方がおかしかったのか、ヴォルフが、ついでツェペットさんが、最後にはリットくんまでもがくすくすと笑い出す。
「アンネローゼさま、お怪我はございませんか?」
暴走牛事件。それをどこかで聞きつけて、駆けつけてきてくれたのだろう。
マルカが息せき切ってやってきたその時には、わたしたちは皆、笑顔で牛さんを囲んでいた。
【よんでいただき、ありがとうございました】
評価やブックマークはお任せしますので、よろしければ続きの話も読んでいただけると非常に嬉しいです。
評価はこのページの下の方にある【☆☆☆☆☆】をタップしていただくと、できるようになっています。
ブックマークしていただくと、続きが追いかけやすくなります。
こんごともよろしくおねがいします。




