2.やりなおし
わたし、アンネローゼが目を覚ますと、くたびれたベッドが目に入った。
それは、今まで夢に見ていたあのベッドとそっくりだ。
ただひとつ違っているのは、このベッドはわたしがものごころついた頃から、ずっとこんなふうだった、っていうくらい。
夢の中。
それは今ではもう遠い夢とも思えてくる、わたしの前世の記憶の中だ。
前世・・・・・・あちらの世界で目の前が真っ暗になった私は、気がつけばこちらのせかいでわたしになっていた。
リュミエール王国、王女。
アンネローゼ・リュミエール。
それが今の私の名前と肩書。
あのとき『やりなおせるなら』なんて、強く思ったのがよかったのか、それともよくはなかったのか。
前世と同じ王族として、わたしは転生をはたしていた。
「もっとも、同じなのは肩書だけよね」
ここ、リュミエール王国は、わたしが転生前に過ごしていたあの国とは比べることもできないほどに、吹けば飛んでしまうような小さな国だ。
大陸の東の果て。
ここより先には、魔族が棲んでいるだなんていわれている。
人間にとっては未踏の地だ。
魔族の世界とひとの世界。
それを隔てるように横たわる、長大な山脈の、その麓。
そこに、わたしたちは暮らしていた。
名物も産業も目立つものはとくにない、豊かとはいえない国だけど、
「なにしろなんにもない国だからね。こんなところを併合してもメリットなんてまるでないから、みんな放っておいてくれているのさ。だから平和。それだけは誇れる国なんだよ」
なんていっていたのは、お父さまだったかな?
お優しいだけがとりえ、だなんて口さがないひとたちはおっしゃっているみたいだけれど、わたしにはそれで充分だ。
前世では、父王の顔を見たことなんて、数えるほどだったのだから。
蝶よ花よ、となに不自由ない生活をさせてもらっていたのだから、文句なんていえないけれど。
あそこには、親子らしい愛情なんてぜんぜんなかったって今は思える。
わたしはベッドから起き上がって、せかせかと着替えをはじめた。
リュミエールが貧乏王国だっていうのは間違いじゃないけれど、さすがに侍女さんくらいは雇っている。
でもその数はすくなくて、みんないっしょうけんめいにたくさんのお仕事をこなしてくれているから、着替えくらいはひとりでやってしまわないと。
前世ではそんなこと、一度だってやったことはなかったら、はじめは釦のひとつもとめられなかったのだけれど。
「うん、こんなものね」
姿見の前で一回転して、わたしはふんすと息を吐いた。
と、同時に
「アンネローゼさま、おはようございます」
侍女のシエラだ。
「あら、もうお着替えになられたのですね」
駆け込むように部屋にはいってきた彼女に、わたしはもういちど、くるりとまわってみせてあげた。
どうかな。完璧な身支度じゃないかしら。
「うーん。点数は50点、といったところですね。よくがんばりました」
「うぐっ」
言葉につまるわたし。
「それでは、アンネローゼさま、失礼をば」
シエラは手をわきわきさせながら、わたしに襲いかかってくるのだった。
□■□
「アンネ、今日は例の、炊き出しの日だったろうか」
朝食の席。
お食事を終えたお父さまが、わたしにそう聞いてくる。
「ええ、そうです。お父さま」
わたしはスープとパンをやっつけていた手をとめて、そう応える。
「まあ、もうそんな曜日なのね。時の経つのは早いもの」
お后さまのお母さま。
お食事のときはいつも、家族三人いっしょである。
こんなことも、前世では考えられなかった。
わたしのことを気にかけてくれるひとが、こんなにもいてくれる。
それだけで、わたしはちょっと幸せな気分になれるのだ。
大好きな甘いお菓子が、三日にいっぺんしか食べられなかったとしても。
そりゃあ、毎日、いいえ、せめて二日にいっぺんくらいは食べたいなって思うこともあるけどね。
「ほんとうにご苦労さまだね、アンネ」
「えらいわ。あとであたまをなでてあげましょう」
お金をあんまり持っていないのは、なにも王宮だけじゃない。
リュミエール王国は、国全体が豊かでないのだ。
だから、週に一度行われる修道院での炊き出しは、結構な盛況だった。
王族の一員として、わたしがそこでお手伝いする。
それだけで、喜んでくれるひとが結構な数いるみたい。
これもたいせつなお仕事だって、わたしは思う。
「マルカ、今日もアンネのことを頼みます」
「はい、一命に代えましても」
そうして一礼した男のひと。
リュミエール王家に仕える、執事たちの一人である。
褐色の肌にすっきりとした目鼻立ち。
女の子のわたしから見ても、美しいといえるほどに整った顔の男のひとだ。
添えられた眼鏡をワンポイントに、マルカは不思議そうな貌でわたしを見た。
「アンネローゼさま、わたしの顔になにかついていますでしょうか」
「いいえ、そうではないの。マルカは忙しいって聞いているから・・・・・・なにもわたしなんかのお供をしなくたっていいのよって」
そう思ったの、とわたしはいった。
マルカは軽く首をふる。
「いけません、アンネローゼさま。あなたはこの国にとってだいじなお方なのですから。ぜひにでもお供させていただきます」
そうかしら、とわたしは思った。
わたしに、そんなにだいじにされる資格なんてあるのかな。
それよりも、もっともっとがんばらないと。
今度こそ、たくさんのひとをたいせつにして、このリュミエール王国をもり立てていかなくっちゃ。
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