17.どうぶつがかり
「おや姫様、こんにちは」
「こんにちは、ツェペットさん」
わたしたちが近づくと、椅子にこしかけていたおじいさんが立ち上がって会釈した。
ツェペットさんは、リュミエール王国に長く仕える、庭師さんだ。
庭師として、庭園 (というにはささやかなものだけど)を整えてくれる他、空いた時間に王宮で飼われている動物の世話なんかもしてくれている。
「このところ、姫様があまり顔を出してくれないものですから、このツェペット、ボケかけていたところですぞ」
「むむむ、それはこまるわ」
いわれてわたしは、そういえば、と気がついた。
追放者さんたちのために走り回っていたものだから、ここに来るのも3日にいっぺんくらいになっている。
少し前までは、毎日のように訪れていたというのに、だ。
甘い物をいただくこと。
それとならんで、動物たちともふもふするのが、わたしの愉しみのひとつだったのに。
「それで、今日はどうしましたかな? 姫様。タロでしたら、あちらで姫様のお越しをおまちしているようでしたが?」
大型犬のタロに顔をうずめてもふもふ。ココロが惹かれざるをえない……
「って、そうじゃなくって」
わたしはいって、後ろにいたリットくんをツェペットさんの前に押し出した。
「ツェペットさん、こちらリットくん。テイマーの才能があるみたいなんだけど、」
王宮のどうぶつがかりとして、どうかしら?
「そうですなあ」
彼は、白くなった顎髭に手を当てる。
「もともと儂が時間をみつけてやっていることじゃからのう。手は足りているんじゃが……」
「あの、」
リットくんがちいさく声をあげる。
「少し、動物たちを見せてもらってもいいでしょうか」
「そりゃ、かまわんが」
「わたしからもお願いするわ」
よこからわたしもいい添えた。
ツェペットさんのする動物たちのお世話には、とくに不満があるわけじゃない。
のだけれど、テイマーであるリットくんが見たならば、なにか改善することがわかるかも。
もしかして、リットくんのお仕事探しの役に立つかもしれないし。
「わかりましただ。それじゃあ少年。ついて来なされ」
「はい!!」
リットくんが、勢いよく頷いた。
□■□
「おう、もういいのかい?」
わたしがタロのおなかに頬をうずめ、もふもふとしていると、ヴォルフが片手を挙げて声を投げた。
もふもふから離れられずに、目だけを動かす。
リットくんがひとり、こちらへ歩いてくるところだった。
「ツェペットさんは、このまま裏庭に向かうそうです。なにか呼ばれていたみたい」
姫様によろしく、という伝言を受けて、わたしはもふもふから顔をあげて起き上がった。
「それで、なにかみつかった?」
リットくんはうれしいような哀しいような、なんとも難しい貌をしている。
「それなんですけど……」
「遠慮しないでね。ツェペットさんは、それで気を悪くするようなひとじゃないし」
彼は首をふる。
「それが……ツェペットさんのお世話はすばらしいです。少ない予算のなかで、充分以上にやっているって、よくわかりました」
僕なんかが、口出すところはひとつもなくて、とリットくんは続けた。
「そう、なんだ」
「わふ!!」
そうなんです!!というように吠えたタロの頭を、わたしはなでなでしてあげた。
つやつやもふもふの毛並みは、たしかにツェペットさんのお世話が並以上であることを思わせる。
「とりあえず、僕の力は必要なさそうですね……」
「そっか、それは残念かも」
なんとなく、沈んだ気配のわたしたち。
だったけれど、ヴォルフがリットくんの背中をばんばんと叩きながら、がははと豪快に笑った。
「なんだよ、なおすところがないなら、いいことじゃねえか。そうだろ? 姫さん」
「ええ、まあそういうことよね。うん。ありがとう、ヴォルフ」
わたしはタロのもふもふから離れて立ち上がった。
「リットくんもありがとう。ツェペットさんも、きっと喜んでくれているはずよ」
「ええ、はい。動物たちも、みんなツェペットさんを褒めていました」
わたしはうんうんと頷く。
「いいわ。そういうことなら、もうすこしリュミエールの王宮をみてまわりましょ。どうぶつがかりの他にも、リットくんがやりたいお仕事があるかもしれないし」
「そう、ですよね。いいですか? お願いしても」
「もちろん」
わたしはいって、ヴォルフを見る。
「護衛なら、任せておきな、姫さん」
彼は胸をどん、と叩いてそうかえした。