14.お化粧上手なエリィさん
「ぼく、お仕事がしたいんです」
「え、なに? ふも、ぷぎゅう」
急にそんなことを口にするリットくん。
そちらを向こうとしたわたしの口に、こまかな粉がはいりこんでくる。
「んもーう、動かないでくださいってば、お姫様」
わたしの顔を粉のついたスポンジでぱたぱたさせながら、エリィそういってきた。
エリィは、わたしのことを訪ねてくれた、追放者さんの一人である。
ヴォルフが暴れてからすこし経って、この『追放者のみなさんのためのおうち』にもぽつぽつと追放者さんがあつまりはじめた。
今いるだけでも、ヴォルフにリットくん。エリィとそれから、端の方で作業をしているツクモという男の人。
お手伝いのマルカにシエラをくわえてもまだ充分な広さがあるから、もっとたくさんの人に尋ねてほしいところだけれど。
「はい、ちゃんとこっちをむいてちょうだいな」
すっすっと手際よくスポンジを動かすエリィ。
特技はお化粧。
そう胸をはったエリィである。
まずはお手並みを、とばかりにメイドのシエラにちょちょいと触れると、彼女はすっかり美人さんになっていた。
まあ、もとがわるくないのだけれどね、シエラは。
よいところがエリィの手によって、よりひきたてられたというふうだ。
そういうことなら、わたしだってお願いしたい。
そんなわけで、わたしはお化粧の真っ最中だ。
シエラのときに比べてだいぶ時間がかかっているし、エリィもなんだか難しい顔をしているのが気になるけれど。
そういえば、とわたしは思い出す。
わたしがアンネローゼに転生するまえの話。
あのときは毎日のようにお化粧にたくさん時間をかけていたのだった。
真っ白におしろいを塗ってみたり、いろんなところを書き足してみたり。
もとのかおなんてわからないくらいにしあげるのがふつうだったっけ。
みんなは美人だ美しいって褒めてくれたけど、あれはなかなかたいへんだったな。
「さあお姫様、おわったわよ」
エリィはちょっとだけ複雑な貌のまま、わたしからはなれた。
さて、美人さんになれたかなあ。
わたしは鏡を探して視線をさまよわせた。
「おう、なかなかいいじゃねえか」
「か、かわいいです」
「あいかわらず美しいですね、アンネローゼさま」
ヴォルフにリットくん、それからマルカがかわるがわるわたしの顔をのぞききんでそんなふうにいってくる。
むむ。
かわいい、にあいかわらず、か。
ちょっと不穏なことばが並んでいる気もするな。
わたし、いつもと違った美人さんになりたいんだけど。
「あ、あったあった」
わたしは手鏡を取り上げて、まじまじとのぞき込んだ。
「ん、え、あれ?」
なんだか、まえに見たわたしの顔と、あんまりかわっていないように思えるんだけど・・・・・・
「ほんっとに、苦労したのよ。きにいっていただけたかしら?」
苦労って・・・・・・わたしの顔ってお化粧の名人の手をもっても、これ以上よくならないてことなのかな。
それって、なかなか衝撃的な事実かもだ。
「こんなにすばらなもちもち肌。へたなお化粧はかえって逆効果ってものじゃない?」
だから施術は最小限にってね。こういうところが腕のみせどころってわけなのよ。
「なるほど、よくわかっているじゃないか」
「ほんとに、かわいいです。アンネローゼさま」
エリィに続いて、マルカにリットもなにかいっていたけれど、わたしはほとんど聞いていなかった。
強く、ならないとね、アンネローゼ。
こんなことで負けてなんていられないんだから。
「あの、いいですか? アンネローゼさま」
リットくんがわたしの顔をちらちら見ながら声をかけてくる。
ちょっとだけ頬が赤いように見えるのはなぜだろう。
もしかして、あんまりかわっていないって思っているのはわたしだけで、ほんとうはおかしなことになってるとか?
わたしはこほん、と咳払いした。
うん。もうそっちのことは気にしないことにしよう。
わたしには、やるべきことがあるんだから。
「なあに? リットくん」
わたしはリットくんへと向き直った。