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12.ヴォルフの事情

「ヴォルフ。そなたを追放する」


豪奢に飾り立てられた謁見室で、ヴォルフは国王より、そう告げられた。


「な、なんでだ・・・・・・」

「わかっているだろう?」


王はぴしゃりとそう告げた。

ヴォルフにはわからない。

正確には、覚えていないのだった。


彼が暴走したせいで、所属部隊が壊滅した。

そんなことを聞かされてはいたのだが・・・・・・


「なあ、ほんとうなのか?俺が!!」

「アニキ、それくらいにしておいたほうがいいっす」


後ろから、ヴォルフに声がかかる。

チックだ。

ヴォルフと同じ部隊で、今回は運良く生き残ったのだと聞いている。


「追放ですんで、儲けもんじゃないっすか」

「そうだ。今までの活躍あればこそ、追放で済ませてやるのだぞ」


そういわれても、ヴォルフはまったく覚えていないのだ。

そのときの記憶が無い。

それは、たしかなことだけれど。

ヴォルフは申し開きをしようと、立ち上がろうとする。


「アニキ、もうよしましょうや」


チックは続けた。


「いいたかねえが、アニキのせいで、もう二度と戦えなくなった奴だっているんだ。それを考えたら!!」


ヴォルフはいったチックを見る。

それも、初耳だった。


もしそれがほんとうなら、とヴォルフは思う。

たしかに、責任はとらなければならないだろう。

仲間をそんなふうにして、無責任をきめこめるほど、ヴォルフはできた人間ではなかった。


ヴォルフは膝をつき、黙って頭を垂れた。


追放紋。


手首にそれがはっきりと、刻まれ終わる、その最後まで。


それから一声も発さず、ヴォルフは黙って謁見室をあとにした。


いつも後をついてくるチックも、今は謁見室に残ったようだ。


ことり、


と、彼の懐から、なにかがまろびでて床に落ちた。

小物入れ。

ヴォルフがピルケース代わりにしていたそれを拾い上げると、かちゃかちゃと中に入っている薬が音を立てた。


先ほどのチックが、ヴォルフにくれた薬である。


                  □■□


「あんたかい? ヴォルフさん、てのは」


王国軍に就職して二年。

たまの休日を利用して、酒場にいたヴォルフに、男が声をかけた。

ヴォルフが頷くと、その小さな男は彼の方に顔を寄せた。


「あんた、獣人なんだって?」

「なん・・・・・・だと?」


ヴォルフは身を固くする。

この国にかぎらず、獣人は差別の対象になりうる存在だった。

正確には獣人とのハーフ。

だから、常は人の姿をしているヴォルフのことを、ひとめで獣人だと見破る術はないはずだった。


「どうして、それを?」

「ま、いいじゃねえか、そんなことはさ」


チックはいう。

おおかた、誰かに告げ口された、ということだろうか。

なんにせよ、好んで獣人のハーフに声かけてくる人間など、いるはずもない。


「かっこいいじゃねえか。獣人ってさ。その、よければアニキって呼ばせてくれよ」


チックは、そのわずかな例外のようだった。

それから、彼は常にヴォルフについてまわった。

チックは目端が利き、人付き合いのうまくなかったヴォルフには、おおきな助けになっていく。


「おお、そなたがヴォルフか」


どういう伝手を頼ってか、国王と謁見の機会をつくってくれたのも、チックだった。


「わが軍のために、力になってくれているそうだな。これからも励んでくれ」


ヴォルフの手をとり、国王はそういった。

いままで獣人として蔑まれてきた彼が、はじめて偉い人から認められた瞬間だった。


「アニキ、これ、獣人に変身できる薬って聞いてきたんだが・・・・・・」


だから、チックがどこからか持ってきた怪しい薬を飲み下すのに、一瞬も躊躇はしなかった。


獣人とのハーフであるヴォルフが獣人形態に変身するには、月の満ち欠けをはじめとしたいくつかの条件がある。

そのことさえ、なぜか知っていたチックを、怪しむことすらせずに・・・・・・


薬の効能は、本物だった。

自由に獣人に変身できるようになったヴォルフは、国王軍の精鋭として、多くの戦果をあげていく。


戦いの最中、突然なにもかもわからなくなって記憶を失う。

そんなことが、たびたび起こるようになったとしても。


それから幾度か戦いをかさね、そうして国王に呼ばれて追放を告げられる、その瞬間まで。


                  □■□


「しかし、よかったのですか? 王よ」


チックの声だ。

謁見室の中の声が、ヴォルフの耳に聞こえてきていた。

これも薬の副作用だろうか。

ここのところ、ヴォルフは獣人形態に変身していなくても、獣の鋭敏な感覚の一部を共有できるようになっていたのだ。


「しかたあるまい。奴は活躍しすぎたのだ。兵の中には、奴を英雄扱いするものまでいるしまつ。簡単に処刑というわけにもな」

「まあ、そうですな」


くつくつという笑い声はチックのものだろうか。


「我を失って暴れたとはいいましても、人的被害は皆無だったようですしな。あれで、仲間を見分ける理性の欠片は残していたようで」


おかげで、偽装には苦労いたしました、とチックは続けた。


「記憶を無くしておるとはいえ、おぬしもわるよのう」

「なに、王様にはとてもかまいませぬ」


ふたりはひとしきり笑い合ったようだ。


「しかしこの薬、効果のほどはなかなかでしたが、やはり副作用が酷いようで」

「そうだな。まだ、とてもわが軍の兵士に投入はできんか」

「おや、あの男もわが軍の兵士だったのでは?」

「冗談だろう。獣人などと、汚らわしい」


部屋の中から、なにかをこするような音がする。


「奴と握手などしたあと、どれだけ手を洗ったかしれん。もうあのようなことはないようにせよ」

「承知いたしまして。まあ、あれはあれで、よいデータがとれました」


薬の完成まではあと少し、とチックがいう。


「期待していおるぞ」


という王の声を、ヴォルフは最後までは聞かなかった。


                  □■□


その場で暴れ回って復讐してやる!

そんなことすら思い浮かばないほどに、ヴォルフは気力を失っていた。


なにもかもに裏切られて。


呆然としたまま王宮を出、さまようように国も出た。


そうしてヴォルフがさまよいついた先を、リュミエール王国といった。

まあ、彼にとっては、どうでもいいことではあるが。


どこをどうさまよって、この王国にたどり着いたのか。

それすらも、詳しくは思い出せない。

覚えているのは、追放者ある彼が、どこであっても邪険に扱われ続けてきたということだけだ。


このリュミエールという王国では、どうやら追放者に対する差別のようなものはないようだが。

気力を失っているヴォルフには、それすらどうでもいいことだった。


ぱさり、と


酒場の隅で酒を飲むことすらせずに、席を占領してつっぷしていたヴォルフの顔に、一枚の紙が被さった。


なんだ?


適当に払った手に、それがまとわりついてくる。


『いらっしゃい、追放者のみなさん』


丁寧な字で、そう大書きされているのがみてとれる。


「へへ、アニキしばらく」

「その呼び方はやめろ。気に障る」


大柄な男がふたり、ヴォルフに近づいてきた。

少し前、ヴォルフに絡んできたところを、ふたりまとめて叩きのめしてやった相手だ。


「ま、いいじゃねえかアニキ」


そういいながら、彼らは紙を手にとった。


「なんだ? これ」

「チッ、胸くそわりい。ほら、例のアンネローゼとかいうあれがはじめた・・・・・・」

「ああ、あの追放者のためのなんちゃらってやつか」


男たちは、その紙を投げ捨てようとした。


「おまえら、知ってんのか?」


なんとなく気になって、ヴォルフは聞く。


「ああ、これですかい?」

「この国の王女がはじめたって、追放者施設のチラシですよ」


「なんだ、そんなことか」


ヴォルフはつまらなそうにそういった。


「それがね、その王女ってのが酷い奴で」

「俺たちみたいなのは、カスみたいにしか思ってないってそういう奴なんで」

「おおかた、その施設だって、追放者をはめて搾取しようって、そういう腹にちがいねえ」


男の片方が、なにかを思い出したように頭を掻いた。


「ほら、ここに傷があるでやしょ? これも、その王女にやられたんだ」


ぽ、と。

ヴォルフはこころのなかに火がともるのを感じた。


「そいつは、ゆるせねえな」


彼にとって、目の前のふたりがどうなろうと知ったことではない。

偉い奴が、弱い者から搾取する。

そのかたちが、ヴォルフの深いところを揺さぶったのだ。


ヴォルフはすっくと立ち上がった。


「その話、もうすこし詳しく聞かせてくれ」


男たちは顔を見合わせ、にやりと笑って、口々に話し出した。


当然、ヴォルフは知らなかった。

数日前、彼らが王女主催の炊き出しに現れ、そこで騒動を起こしたふたりだということを。


口々にアンネローゼの悪行を騙る彼らの言葉を、


最後まで聞かずに、ヴォルフは駆け出していた。

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