1.或る女王の死
見上げれば、ベッドの天蓋がそこにある。
職人達が技術の粋をあつめて織り上げた、レースの端が目に入った。
お気に入りの逸品は、今はもう日焼けて煤け、破りとられて、
少しだけ残ったかけらが、がひらひらと風にあおられているだけだ。
私が王位についたときには、宝石や黄金。それから純白のレースが一面に縫い止められ、よい匂いの香だって焚きしめられていたはずだ。
今はもう、見る影もないけれど。
あたりにはカビ臭い、饐えた匂いが漂っている。
私は耐えきれずに、ゴホゴホと咳をした。
ぬるり、とした嫌な感触。
口に当てた手に目をやると、そこには赤い、血が混じる。
女王である私が、こんな状態にあるというのに、誰ひとり様子を見に来る気配もない。
「なぜ、こんなことになったのでしょう」
理由なんてわかりきっていることを、私はぽつりとつぶやいた。
それは、私自身のおこないのせい。
私が『追放』してしまった、あの『ビーストテイマー』のことだ。
畜産王国として周囲に識られる大国だった私の国は、彼を追放してから没落の一途をたどった。
『彼のつかう『ビーストテイム』の技術こそが、この国を支えていたのです』
そんなこと、私はぜんぜん知らなかった。
急に身罷られた父王さま。
その後を継ぐことになった、王女の私。
政治のことなんて、まるで知らなかった私は、親切に補佐をしてくれた大臣に、たよりきにりになってしまった。
「あのビーストテイマーは、何の役にも立っていません」
彼がそういうのを、私は疑いもしなかった。
私は、まんまと彼を追放してしまったのだ。
「あなたのような無能ものなど、この国には必要ありません」
そんな酷い罵声まで浴びせかけて。
知らなかった、なんて言い訳にもなりはしない。
だって、私は女王なんだもの。
その大臣も、もう私の側にはいない。
ビーストテイマーと酷く対立していたのだ、という彼は、国が傾きかけた頃、真っ先に亡命をしてしまった。
あのような人間を信じてしまっただなんて、後悔のしようもない。
かさ、と感触がした手の先を見ると、一枚の紙が目に入った。
何度も捨てようとして、捨てられなかった、ただ一枚の手紙だ。
『お願いだから戻ってきて』
ビーストテイマー宛てにしたためた、私の手紙。
その返信だ。
『こっちは新しい地でみんなに必要とされ、スローライフで毎日が楽しい。だから、戻ってくれ、だなんていわれても「いまさら遅い」』
丁寧な文章で、そのようなことが書かれている、拒絶の手紙。
もしやりなおせるなら、と私は思った。
もうかんたんに、ひとを追放したりだなんてしないのに。
そう思ったときには、すべてが遅かった。
視界がぼやけ、暗いものがそれすらも覆っていった。