4話:賢治商会を立ち上げ独立
「更に、顧客が古くからの付き合いで農家が多く農繁期には買い物を頼まれることもありバイクか実家の小型トラックを借りて出かけた」。
「そうなると農繁期、農閑期関係なく仕事が増え月給、平均20万円を越え、買い物の代行業も増えた」。
「運送料は買い値の食料品は買い値の5%、電化製品はを設置料金まで含め買い値の10%もらった」。
「この買い物代行と電化製品の設置、修理などを始めると年収200万円を越えた」。
そして友人の教えてもらい「賢治商会」と言う名の有限会社登録をした。
「そうする事により軽トラック、バイクのガソリン代など多くの伝票を経費で請求できた」。やがて、親しくしているお客さんから新米を5kg下さる人も農家の人もいて米代がずいぶんと助かった。
「そのうちに大きな車を買って農閑期に温泉旅行に行ったり海辺に団体で釣りに連れて行ってくれるとありがたいと言う要望が出始めた」。
そこで人目につかぬ山奥の原っぱで実家のカローラを借りて運転の練習を続けた。
「1995年9月14日、地元の運転免許試験所で学科試験と実地試験を受けて1995年10月1日合格し普通免許を手に入れ」。そこで10月16日、沼津の中古車屋でハイエースの中古車を65万円で購入、支払いを月賦にした。ハイエースを買ったと、なじみのお客さんに伝えた。
「稲刈りを終えた10月9,10日、1泊2日で下田の温泉旅館に宿泊するツアーを企画し定員8人が集まった」。
「賢治は10月9日、朝10時に家を出て8人のお客さんを拾って11時過ぎに下田の温泉に到着した」。
下田港周辺を散策した。それから昼食をとって温泉ホテルにチェックインして宴会をして大いに盛り上がった。その後、麻雀する人飲み続ける人に別れ、夜遅くまで、はしゃいだ。賢治は酒を飲むと運転の疲れか床に入って、すぐに寝てしまった。翌朝、7時に起きても、まだ仲間達は熟睡していたので1人で温泉に入り外の海が見晴らせる露天風呂に入った。 その後ホテルの食堂で朝食をとった。
その日は、天気が良かったのでホテルの外の海辺を散歩して写真を撮って部屋にもどると10時を回っていた。それでも2.3人が起きて飲みすぎたと言い、お茶を飲んでいた。11時までに全員起きて風呂に入った。昼は下田の街に出て昼食をとることになり、魚の旨そうな店を探し刺身定食やお寿司を食べたが、やはり、うまい。
「仲間の佐藤さんが、今度、西伊豆、南伊豆まで行って釣りを楽しもうと言うと、是非、農閑期に行こうと言い企画しておいてくれよと頼まれた」。
「旅から帰った10月12日に佐藤さんから電話で10月16日土曜の夕方、西伊豆へ魚釣りに行こうと言われメンバー8人を捜し電話すると言われ了解した」。その後、連絡が入り、メンバーが決まった。修善寺を出るのが夜18時で西伊豆、宇久須港に出かけた。修善寺で全員を拾って天城を越えて土肥金山から海岸線を南下した。恋人岬を過ぎると宇久須港に19時に到着。数人がおにぎり、いなり寿司を持参してくれ粉末の味噌汁に湯を入れ食べながら釣りを続けた。
その後、以前、父が世話になった証券会社の担当者が、栄転で東京の支店に異動する時の送別会の席で酒を飲みながら、そのベテラン証券マンが絶対してはいけない事として信用取引と信用売りは絶対に手を出すなと言った時の怖い顔を今でも忘れない。1995年12月25日、兄の三井浩一と長女の三井明美が東京から帰ってきた。日本でも日本電気、富士通がパーソナルコンピューターの新製品を発売していると語った。
近々インターネットを回線をNTT、KDDI、ソフトバンクを日本中にインターネット回線を引くという情報を田川が話した。そのインターネットを使って新しい商売する企業の株を是非、買いたいと田川が真剣に賢治に話していた。
「田川が、賢治に俺のNECのパソコン、買い換える予定だから古いのをやるからインターネットしろと言った」。
やがて1996年となり賢治は家族で初詣で商売繁盛の願をかけた。賢治は仕事を続けた
「農閑期に、仲間に連絡しハイエースで夜釣り、温泉、遊園地、避暑地、花見ツアーを企画し出かけた」。
「そして金は入るが忙しい日々が続き郵便局の定額貯金が増えるのが楽しくて仕方なかった」。その頃には年収が400万円を越えるようになり、大喜びだった。この頃、田川さんから電話があり一度会いたいと言われ1996年9月15日、修善寺の喫茶店で昼に待ち合わせた。
田川さんが、証券会社へ行った時、自分の担当者と、その上司に部屋に呼ばれた。
「今年1月、米ヤフーとソフトバンクの合弁でヤフー株式会社を設立」。
「4月、国内初のポータルサイト、ヤフー・ジャパンが4月1日、日曜からサービス開始する事を知らされた」。
「これから考えると近いうち日本で上場する可能性が高いと言い、新規公開株は大化けするかもと言った」。
「そのため公開株を買うべきと教えてくれ、お礼を言い公開株3株、応募しますと答えた」。この証券会社での一連の話を賢治が田川から聞かされた。それを聞き、実は、私の兄が日本電気・NECに就職してにコンピューターネットワークの時代が訪れると話していた事を伝えた。
「やっぱり、そうなる可能性が高いと田川が頷いて、ヤフーの新規公開株を買うことで意見が一致した」。




