28話:東出さんの小説の受賞の祝賀会
東出さんは、おいしい酒を飲んで笑顔で、受け答えをしていた。そして、三井賢治が、受賞の喜びを語ってもらいましょうと言うと、東出さんが立ち上がり、思い起こせば、私がこの地、修善寺に来たのは売れない小説家で川沿いの宿に長逗留して、小説を書いていた時、偶然、亡き、田川さんと出会った。いくら頑張って、良い小説を書こうとしても評価されないのに腹を当て自暴自棄になっていた。
たまたま来ていた、田川さんが、行き詰っている私に、声をかけて、どうしたんですかと聞いてくれたのが、付き合いのきっかけだった。その時、厚かましくも、綿その小説、何で売れないの酒を飲んで荒れているのを見て、田川さんが、ちょっと読ませてと言い。原稿を読んでくれた。そして、表現の稚拙さと感動を得られる表現になっていなくて、独りよがりの小説だと酷評した。
それが悔しくて何回も書き直しているうち、こういう書き方の方が、君らしくて良いとほめてくれるようになり、自分の個性を発見できた気がして、このスタイルで書こうと決めて、いくつもの小説を書くと、君は、紀行文の方が、向いてるかもしれないと言われた。そこで、両親からの遺産や貯めた金を使って、1年近くかけて、田川さんと一緒にヨーロッパを皮切りに、全米、アジア各国をまわって来た。
その後の小説が地道に売り上げを稼ぎ、続いて、今度は、日本全国を半年かけて、田川さんと回って、日本の地方を題材にした小説を書き始め、10冊を超える本を書いて世に出した。それが、コンスタントに売れて、固定の読者をつかんだと振り返った。その田川さんが、今年亡くなってしまったと言い、しんみりしたが、私は、全精力を使い果たしてあの世に行くまでに、一生懸命精進していっぱしの女流作家になりますと言った。それまで、待っててくださいねと言った。
その時、目から涙がこぼれて話ができなくなり、皆さん本当に、ありがとございますというと、大きな拍車が送られた。その後、三井賢治が、彼女の収入の印税の10%を無条件で、私の経営する「修善寺商事」を通じて、老人介護施設「富士の園」の借入金返済に充てさせていただいていますと報告した、また、今年亡くなった、田川さんも遺産を全額寄付してくれ、「富士の園」の借入金返済に使わせていただいたと語った。そのため「富士の園」の経営状態は、劇的によくなるので従業員の皆さんの給料は間違いなく出していけると思いますと述べた。
そして、今後も何卒よろしくお願いしますと、三井賢治が言うと、よりゃー良かったと、喜んでくれた。そして、その晩22時まで飲んで、三井夫妻は、東出さんを自宅に送り届けて、自宅に帰った。その晩、三井豊子さんが、東出さんと田川さんの恋愛と内縁の妻のままでいた東出さんて何て強い人なのと感動していた。やがて、2016年が終わり2017年となった。今年は、長男、三井一郎と長女、三井早苗の横浜国大受験の年となり出願し2月10日に一次試験を受けて二次試験が2月25日となり、両親が休みを取り、ついて行った。
合格発表が3月5日、日曜日となった。その日は、朝6時に家を出て、新幹線に乗り7時過ぎに横浜国大の構内の掲示板を見ると三井一郎と三井早苗の受験番号が見つかった。当人たちはいたって冷静だったが、母が、感激のあまり涙を流した。それを見て、母って、本当に心配性なんだからと早苗が言い、そこが大好きなんだけどねと語り、抱き着いた。
一郎は、冷静に、2人とも合格てきて本当によかった、もし片方が受かり、片方が落ちたらどうしようと思っていたと話した。その話を聞き、早苗が、私もそうよと言い返した。そんな冗談を言えて本当によかったと父が言い、今日は、うまいものか食べて帰ろうちうことになり、横浜駅前のデパートに入った。その後、タクシーで中華街に入り、おいしい中華料理を食べて、川の向こうの元町をぶらついて、素敵なカフェに入って、お茶して、夕方17時頃、沼津の自宅に帰ってきた。
2017年4月になり、修善寺でも新芽が芽吹く季節になった。東出芳子さんが、亡き田川さんの事で昨年は、心がつぶれそうになって固まっていたのが、彼の死を受け止められるようになった。そうすると、彼に何とか恩返しをしなければ、という漠然とした作家魂に火が付いた。しかし、若いころの様な情熱的で一気に燃え上がるような帆能ではなく、火が付いた石炭の様にじわじわと赤くなり、いつまでも消えない情念の様な炎だった。
それからと言うもの、自宅にこもり、書き続け、気になった三井夫妻が交代で食事を差し入れたり、おにぎりを置いてきたりして、週に2回は、散歩に連れだ賞にして気遣った。小説の草稿がまとまると、以前から世話になってる出版社の担当者に送り批評や指導を仰いだ。そして4月下旬に小説の骨組みが決まり書き始めた。それは、彼女独特の書き方で、
1つのテーマについて、原稿用紙に、書きなぐった。
全テーマを書き終えて、それらをつなげていくという方法であった。全テーマの書きなぐりの原稿が完成したのが2017年の年末だった。それを聞いた、出版社の担当者が修善寺の東出芳子さんの所にやってきた。三井夫妻も興味があったので同席させてもらった。あいさつした後、ちょっと原稿を借りますと言い、隣の部屋で2時間くらい読むと、良いじゃないですかと言った。




