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25話:東出の両親のインフルエンザと田川さんの訃報

 2015年の冬になっても、勢いは衰えず、2015年11月、12月で、38人のインフルエンザ感染が見つかり病院の隔離病棟に入り、28人が亡くなった。これは、この施設だけではなく、日本中の老人介護施設で高齢者のインフルエンザ感染と死亡者数増加のニュースは、日本全国に流され、公営者たちは、恐怖のどん底に突き落とされた。


 やがて、2016年が明けた。すると、東出芳子さんの御両親が、1月5日、青森市の実家でインフルエンザにかかり病院に入院したと連絡が入った。そこで東出さんが新幹線で実家に行った。お母さんは、快方に向かい1月8日には、平熱に戻り退院したが、お父さんは、一進一退を繰り返し、1月10日に亡くなった。葬儀が1月15日と決まり、東出さんも参列して、葬儀を終えて、1月17日、11時に修善寺に帰ってきた。


1月15日に田川さんが体調が悪いと言い、修善寺の順天堂大学病院に入り、検査をすると、肺に、嫌な影が見られると言われた。その後、急に熱が上がり、インフルエンザと診断され、隔離病棟へ移された。そして、近親者を呼んで欲しいと言われ、三井賢治が病院を訪ねた。そして、肺がんの疑いがあり、かなり進行してる可能性が高いと言われた。現在、インフルエンザで隔離病棟に入院しているが、危ないかもしれないと告げられた。


 そして1月17日、1時、田川さんが亡くなったと、訃報が入った。とりあえず、インフルエンザの陽性反応がなくなるまで動かせないと言われた。その後、11時に帰ってきた東出芳子さんに三井夫妻が直接会って話をすると、あまりのショックに倒れてしまった。同行していた、奥さんの三井豊子さんが、東出芳子さんの自宅で、看病することにした。少しして回復した東出芳子さんは、実の父と内縁の夫の田川さんの2人を同時に亡くし呆然としていた。


 付き添っていた三井豊子さんが、暖かい、ぞうすいを作って、東出の枕元に置き、食べてくださいというと、本当にありがとうございますと言い、少しずつ、ぞうすいを口にした。翌日には、起き上がって、食事もできるようになった。1月20日、病院からインフルエンザ菌が消えたので葬儀ができますと連絡が入った。そこで三井賢治が、葬儀社に電話して遺体を順天堂大学病院から自宅へ移動してと連絡し、昼頃、ひつぎに入って帰ってきた。


 三井豊子さんは、田川さんの入った「ひつぎ」に、すがって、号泣した。私の愛しい人を2人同時に奪うなんて、神様は、何てひどい人と言い、しばらくの間、泣きじゃくっていた。その光景を見ても、三井豊子さんは、何も言わず、そっとしておいた。すると、気を取り直したかのように、東出さんが、三井夫妻に、この度は、本当にお世話になって、ありがとうございますと頭を下げた。


 それも見て三井賢治は、何も言えなかった。しかし、奥さんの豊子さんが、気丈にも、これから、生きている私たちが、田川さんの恩に報いることをしなければいけませんと、諭すように語った。まず、田川さんの葬儀の日程を決め案内状を親しかった人や関係者に送りますので、あて先を知れせて下さいと言った。それを聞き、東出さんが、わかりましたと答えた。その後、三井賢治が、葬儀社に斎場の空きを調べさせた。


 少ししすると1月27日、日曜日、修善寺斎場が11時から使えるというので抑えてもらった。その後、東出さんが来て、田川は、生前、親しくしていた人はいなくて、東京の実家とも音信不通だったようだと話した。三井賢治がと言うことは、老人施設関係者だけと言う事でよいでねと確認すると結構ですと答えた。そこで、静岡県議員、修善寺、沼津市、三島市会議員に田川さんの葬儀の案内状を送った。


 その他、東京都福祉課、江東区、台東区、墨田区、江戸川区、葛飾区、立川市、八王子市、府中市、三鷹市、調布市、狛江市の福祉課へ葬儀の案内状を送った。そして2日後、続々と手紙が届き、参列者が60人と判明した。その人数を葬儀社と東出さんに知らせた。すると、東出さんが、そんなに来られるのと驚いたように言った。それを聞いて、三井賢治が、田川さんは、実に素晴らしいことを大規模にやったので参列者が多いのですと言った。


 そして三井賢治が、田川さんが、結核でサナトリウムで隔離入院していた一人ぼっちの5年間の話。さらに、地元の心の優しい農民、漁民たちが、サナトリウムに隔離されてる、名も知らず、縁もゆかりもない、あかの他人に野菜、果物、コメ、魚、貝などを無償で持ってきて守衛さんに入院患者さんへ渡してとで黙々と運んでくれ、彼らは、命をつないだのですと涙声で語った。


 その話を聞いて、東出さん、豊子さん、介護老人施設の関係者、葬儀社の人たちの涙を誘った。そんな素晴らしい人と長い間、一緒にいられたのだと、東出さんが静かに語った。

実に、良い話ですねと葬儀社の人も感動していた。そして2016年1月27日となった。当日は、寒かったが、晴れ渡り、空に、いってんの曇りもなかった。10時には、関係者、東出、三井夫妻、石動健太、平野宗助、沼津、三島、修善寺、熱海の福祉課の人と東京の福祉関係者が次々と斎場にやってきた。

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