2話:賢治と田川さんの出会い
そのうち三井賢治を指定する顧客が10人以上人できた。人手が足らない時には修理の仕事を終えた後、近所の人たちの稲の刈り取り、収穫、田植えも進んで手伝ってあげるので米も、無料でもらえた。そのためバイクのガソリン代位しか金がかからないし着るものも、つなぎの作業服を3着ですんだ。オシャレすることもなく冬はジャンパー夏は短パン上半身はランニングだけ。
毎年100万円近く、預金し実家の父、三井祐蔵が賢治を可愛がり小さい時から株屋に連れて行き、株取引に興味を持っていた。そして、証券会社の人が親切で、どうやって儲かったか説明し、どういう風に投資をすると勝ちが多く、負けが少なくなるなどを教えた。また、大学出たばかりの証券マンが株価チャートと時系列データと標準偏差の計算を教えてくれた。その後、2カ月した頃、1992年、夏の日、突然、田川さんが、はじめて、西藤モータースにやってきた。
今日はどうしたのですと、三井賢治が聞くと、故障ではないが、点検をしてもらいと思ってと話した。そして、バイク点検後、
「その男は、お礼に、三井賢治に、腹へったら、食べてねと、鯛焼きを渡してくれた」。
「夏は、修理と言えばオーバーヒートくらいで暇ですと賢治が田川に言った」。
「少しして、店の女将さんが、冷たい麦茶を持ってきてくれたので、賢治が田川に一緒に食べませんかと言い鯛焼きの袋を開き、うまそうに食べた」。
「点検しながら話しても良いかと田川さんが聞くので大丈夫と答えた」。そして田川さんが、自分の話をし始めた。
「僕は、東京の深川で生まれ小、中、高校を出て大学に入り大学卒業後、医者から結核と診断された」。
「そのため伊豆のサナトリウムへ隔離入院し治療を開始し1983年から始めて1984年感染がおさまった」。
「1985年10月、完治したと医者の証明書をもらい退院した」。
当時、日本は高度成長期、伊豆へ温泉湯治客が到来。早春には東京から河津桜を見に来る人も増え、にぎわった。
「田川が入院した時、近所に住み地元の漁師さんたちがの旨い魚を病院の守衛さんの所へ持ってきてくれた」。
「入院患者に旨い魚をて差し入れ、紙に一日も早い回復を願っていますと書いてあり涙がこぼれたと回想した」。
「お陰様で、東京にいた頃より元気になり、空気も富士山も、きれいで心が和んだ」。
「地元の農家の人も売り物にならない形の悪い野菜、果物、魚を患者さんへと言い守衛さんに届けてくれた」。
さらに、この当時、結核の治療も飛躍的に進み薬物治療で2年の療養で元気を取り戻し3年後の1985年、退院できることになった。しかし東京のギスギスした生活よりも人情味あふれる地元の人々と景色の良い伊豆の自然に魅了された。そして、ここに住みたいと思い、古い農家の1軒屋を月2万円で借りたと話した。
やがて1990年、田川は、バイクに買って、三島、沼津、韮山、熱海の高校生の家へ行き近所の生徒も含めて4,5人ずつ勉強を教えるようになった。週4日、月、水、金は、17時から18時。日曜は、9時から10時に教室を開き週に合計20人の家庭教師をし月に20万円を稼いだ。これは、以前、結核療養所で、この地域の人に世話になった恩返しだと思い熱心に勉強を教えるようになった。
教え子が志望校に合格できたと言って、合格時に、お礼金として1万円とボーナスを田川に渡してくれた。
「その後、地元の人達の人情と自然が好きなので1人で生活するようになり函南に居ついたと話した」。
「賢治が、田川さんに結婚してるのと聞くと、そんな話もあった」。
「でも結核を経験し他人に感染しないかという気持ちが強く他人と生活する気になれず独り身だと言った」。
「話を聞き賢治が結核にならなかったら東京で良い仕事につき結婚して華やかな生活できたのに残念だね告げた」。
「それに対して、僕はそう思っていないよ」。
「結核になったのは残念だけど、こんな素晴らしい自然と人の温かさを知ったのだからと述べた」。
「食べるものも住む所にも不自由していないし金も株を始めて少しずつ増やしたと話した」。
「賢治が、株は、おっかねえだろうと言うと、やり方、次第だねと答えた」。
「また証券会社との人間関係を構築するまでに、時間がかかると言った」。
「田川が気が変わる様な素敵な女性に会えたら結婚したいが、そう言う訳にはいかないと照れながら話した」。
「田川さんが、もし株投資に興味あるなら、賢治に株の売買方法を教えてあげると語った」。
「また、今迄、投資の勉強で使った本を貸すから勉強したらと言ってくれた」。
「田川が、賢治に数学は強いかと聞かれ得意な方だと言い計算は早いと答えた」。
「それなら話は早い今度、本を持ってくるから読んでみなさいと言ってくれた」。
「失礼だが、いくらあるのかと聞かれ全財産で300万円と答えると、それだけあれば十分だと言った」。
そのうちにバイクの点検を終えて代金はと聞かれ全部で千円ですと言った。田川さんが金を支払い話を聞いてくれてありがとうと言い、また寄らせていただきますと言い去って行った。数日後、田川さんが店に立ち寄り2冊の株投資の本を賢治に手渡して読んで解らないことあったら、次回、質問してくれと言い帰った。