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11話:老人施設「富士の園」の経営サポート

 その後、2005年5月6日金曜、田川と三井が、石動健太と平野宗助と面談し、当初、半年研修後、現場責任者として、2つの老人施設のマネージャーについてもらうと、話すと了解し、6月1日付けで来るつもりだと言った。その後、5月9日に、田川と三井が、黒田さんに面会して、田川が、以前、家庭教師をして横浜国立大学、経営学部を卒業した石動健太と明治学院大学経済学部を卒業した平野宗助と23歳を採用すると言った。


 そして、半年間、老人施設で研修後、2ケ所の施設のマネージャーとして、現場責任者になってもらうことに決めたと話した。田川と三井は、2人で有限会社を設立して、資金提供をバックアップしていくことにすると伝えた。つまり、商工会議所、ライオンズクラブ、ロータリークラブ、教会、地元の金融機関、銀行に寄付をお願いに上がる仕事や自分の会社でも寄付できるようにしていくと約束した。


 この話を聞いて、黒田さんが、今後、よろしくお願いしますと頭を下げた。やがて6月1日になり、田川と三井、石動健太と平野宗助の4人が「富士の園」へ行き、黒田さんが、従業員たちに4人を紹介し、黒田さんが顧問として残るが、高齢でもあり、週に1,2度、来ることになると言い、従業員とのパイプ役になると話した。そして石動健太と平野宗助の2人が半年間の研修しますのでよろしくとあいさつした。


 そして黒田さんが田川と三井の部屋は、個室の6畳弱の洋室で電話とコンセントが2か所あった。石動健太と平野宗助は、一般の介護士さんと同じ大部屋で机を1つ与えられた。この施設でも介護士さんは女性が18人で中高年の男性が2人がマイクロバスの運転手を兼任して、事務処理中心に働いていた。そのほか10人が、パートの中高年の女性たちでローテーションを組んで働いていた。


 田川が、自分たちの部屋にパソコンとインターネット回線を入れてもよいですかと聞くと、もちろんですと言った。その費用とインターネット回線費用も自分たちで出しますからというと、ご自由にどうぞと言った。今週いっぱい、黒田さんが10時から16時まで来て、施設長の仕事を田川と三井に、教えてくださるというので、お礼を言った。その後、ちょっと待っててくださいと言い、数分後、コーヒーの良い香りがすると、黒田さんが珈琲を入れてきてくれた。


 「黒田さんが珈琲が大好きで自由に飲めるように大きな珈琲メーカー2つで12人分を毎朝いれるのですと話した。それは素晴らしいと言い、その器具を置いていきますの珈琲を入れてやってくださいというと田川も三井も喜んで、私たちも珈琲党ですと笑顔で語った。そして、おいしい珈琲を飲んでから、黒田さんに、この老人施設の状況と事務仕事の段取りなどを田川、三井の2人、同時に教えてくれた。


 そして田川さんと三井賢治が2005年6月7日、夕方会って、老人施設「富士の園」とは、別に、有限会社をつくろうと言うので、賢治が、「賢治商会」というなの有限会社をつくっていると言うと、田川が、名称変更して「修善寺商事」にしようと言った。社長を田川泰介、専務を三井賢治、常務を三井豊子としようと提案したので。三井賢治が手続きを取りに行くと言った。


 資本金は1億円で、田川が出すと言った。業務は、主に投資と融資の会社。そして老人施設「富士の園」への融資をすることにしようと考えた。所在地を「富士の園」にする事に決めた。これを決めて、6月10日、黒田さんと石動健太と平野宗助をよんで食事をしながら説明した。融資してくれる会社を作ってくれていれば、安心だと黒田さんが喜んだ。また、黒田さんが田川さんと三井賢治を沼津商工会議所、ライオンズクラブ、ロータリークラブへ挨拶に行こうと言い、来週、行くことにした。


 田川と三井賢治を黒田さんが紹介するという形で、次々とあいさつして回った。話題になるのは、日本経済の低迷の話ばかりで浮いた話は全くと言って良いほど出なかった。やがて6月が終わると、今月6人の患者さんが病院に入院し4人が、帰らぬ人になり、2人がもっと設備の整った介護老人保健施設に転院していった。ここの老人施設は、福祉型で、地元の地主さんから土地を借りて経営したりしていた。


 つまり、地元の人が高齢なり、それ程、入所金、月々の費用を抑えながら、介護サービスを提供していこうというもので、パート、アルバイトの介護福祉士が多いのが特徴だった。そういう訳で地元の名士が、歴代、この施設の施設長をやってきた。経営状態は、毎年、赤字が200万円プラスマイナス50万円と言ったところで、その分を機皮膚に頼っているという状況であった。


 暑い夏が過ぎると10月、稲刈りとなり、やがて農閑期が始まる、農閑期になると、三井賢治の所に電話が入り、釣り、温泉旅行などの企画で、来年4月まで、自分の仕事が忙しくなる。しかし、純利益をすべて、老人施設「富士の園」に融資にする形にして、税控除を受け、経費として「修善寺商事」で使用した費用をいただくような形にしていた。この話に田川さんの彼女の東出芳子も興味を持ってくれ飲食品などを寄付してくれた。

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