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夏のホラー2020

"Feel no fear" is the gratest fear

 真っ暗だ。こんなに暗い所を歩いたことなど、人生で一度もない。ざわざわと、そこかしこから声や叫びが沸き上がる。音が大きく近づいたと思うと、すぐさま離れていく。そしてまた次の音がやってくる。

 肩に衝撃が走る。始めの内は都度驚いてしまい、何度もため息を吐いていた。少し馴れはしたものの、あの衝撃が、前後左右のどこからやってくるのか検討もつかないから恐ろしい。

 私は孤独だった。これまでの人生で味わったことのない焦燥や、苦痛に苛まれ、胸が張り裂けそうになる。

 ふいに私は倒れた。やや遅れて顔面に激痛が伴う。

 大きな堅くて冷たいものが、私の進路を塞いでいたらしい。

「大丈夫ですか」

 背中を支えられて、ようやく私はすっくと立ち上がった。

 声をかけてくれたのは、きっと天使に違いない。

「もし良かったら、あなたの行くべきところへご案内しましょうか」

 ここで天使の力を借りるわけにはいかない。なぜなら私の願いが夢半ばにして、成就しなくなってしまうからだ。

 かぶりを振った私は、天使の気配を感じなくなるまで待っていた。しばらく固まっていると、どうやら天使は去っていったようだ。

 懸命に歩き続け、天使の気遣いに心震わせながら、私は戸惑いつつも、一つ目の試練を受けることとなった。

 幾つもの困難が待ち受けていた。手始めに定められた列に並ぶこともままならず、例え順番が来たとしても、何をすればいいのか、成す術がない。

 壁に手を当ててみても、ぶつぶつとした突起が散りばめられているだけで、途方に暮れてしまった。

 このときほど己の無知、無力さを痛感したことはない。

 そこに再び天使がやってきた。それは先ほどの天使とは違っていた。

「一体何がしたいんだ」

 詰問口調に思わず身を縮こませてしまう。完全な闇に放り込まれたら、誰だって何でも余計に恐ろしく感じる。天使の表情が明らかになれば、そんな気持ちにはならないだろうに。

 些細な、それでいて重要な願いを小さな声で呟くと、天使は私の掌から一枚のカードを奪い、ややあって、

「終わったぞ」

 カードを手渡された私は咄嗟に礼を言ったが、天使はもうすでにいなくなっていた。背中を押された私はよろめきながら、次の試練へと急いだ。

 二つ目の試練は、重力との闘いだった。少しでもバランスを崩せば、真っ逆さまに墜落してしまう。慎重になり過ぎることはなく、半身になって降りていく。

 天から声が届くと、私は焦った。もう残された時間は僅かしかない。ところが少しでも急ごうとすると、足元が滑るのだ。そういえば空間にこだます断続的な音と、土や泥の含まれた湿気た香りが鼻をかすめる。

 外は雨だ。雨水が、こんなにも脅威となり得ることを、私は一生忘れないだろう。

 二つ目の試練を解決したころには、猛烈な虚脱感にしがみつかれて、心身ともに蝕まれていた。

 なけなしの気力を振り絞り、ゴールへと急ぐ。

 想像を絶する疲労が蓄積した私の感覚は麻痺し、足の裏の軽微な変化に気づくことができなかった。

 昨晩はよく眠れたし、体調は抜かりなく整えたはずだったのに、

「危ない!」

 三人目の天使に掴まれた方と、反対の手が空を切った。私はその場にへたりこみ、しばし呆然としていた。

 とうとう私はゴールに辿り着く前に、最期の試練を乗り越えることができなかったのだ。

「やっぱり無茶だよ、こんなこと」

 アイマスクを取ると、三人目の天使が心配そうな顔をしていた。彼は私を常に遠くから見守ってくれていた。

 周囲のざわめき程度なら聞こえていたが、やはりほとんどの感覚が失われてしまう。耳栓を外すと、嫌というほどクリアに駅構内の音が飛び込んできた。

 点字ブロックの上に蹲る私は、あわやホームから転落するところだった。友人に感謝せねばなるまい。

「ありがとう、助かった」

「今回の検証で何か分かったかい」

 友人の問いかけには、答えたいことが山ほどあった。

「避けてくれる人もいるけど、ぶつかってくる人もいる。点字が読めないと、これまでできたあらゆることが難しく感じる。そして、」

 ホームにやってきた、私が乗るはずだった電車は、大勢の乗客を抱えて出発した。

 友人は私の言葉の続きを待っている。

「毎日このような危険にさらされると思うとぞっとしたよ。自分のことしか考えない私自身にもね」

 



何気ないことは、時に一大事にも



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