ある冬の思出
「今日も来てくれたんだ、――さん」
その人は毎日、私のもとへやってくる。その人の笑みは、私の絶望に染まりそうな心に少しでも希望を生み出してくれる。でも、そんな些細なことに気づいたのは、その人がこの笑みを失う、少し後のことです。
「来ないで、って言ったのに。目障りなだけだから」
その人は毎日、私の毒舌を適当な理由で無視する。その人との会話は、私の絶望に蝕まれそうな心に少しでも希望を生み出してくれる。でも、そんな些細なことに気づいたのは、その人とのこの会話を失う、少し後のことです。
「――さんは、神様を信じていますか」
「神様は身勝手です」
「病気が治ったり、勝負ごとに勝ったり、奇跡とも言えるいいことが起きると、誰もが神様を信じ、そして感謝します」
「『神様が私を見てくださった』ってね」
「病気が悪化したり、勝負ごとに負けたり、奇跡なんて起きなくても、誰もが神様を信じ、そして祈ります」
「『神様はいつか私に振り向いてくれる』ってね」
「だって、私がそう想ってるんだもん」
その人は毎日、私の突拍子もない話題を黙って頷きながら聴いてくれる。その人の真剣な眼差しは、私の絶望に飲み込まれそうな心に少しでも希望を生み出してくれる。でも、そんな些細なことに気づいたのは、その人がこの真剣な眼差しを失う、少し後のことです。
「神様がどの人を見るかって、どうやって決めるのかな」
「『神様はサイコロを振らない』って言葉があったよね。それを唱えた物理学者はその言葉を証明できないどころか、逆に、反対の立場の科学者がその物理学者の研究を使って、サイコロを振っていることを決定づけられたんだっけ」
「神様はサイコロを振って、その結果をただ眺めているだけなのかな。勝者も敗者も平等に見ているのかな」
「勝者を見ては歓び、敗者を見ては悦ぶ。自分に関係ないチーム同士が戦っているスポーツ鑑賞みたいだね」
その人は毎日、私の世界に対する理不尽さを一緒に真剣に考えてくれる。その人の奇抜な考えは、私の絶望に喰われそうな心に少しでも希望を生み出してくれる。でも、そんな些細なことに気づいたのは、その人がこの奇抜な考えを失う、少し後のことです。
「あれ、――さん、もう帰るの?」
「全然さみしくなんてないんだから」
「もう、来ないでよ」
その人は毎日、私の無愛想にとりすまそうとするのを笑い、そして私の頭をわしゃわしゃするのです。その人の指使いは、私の絶望に脅かされそうな心に少しでも希望を生み出してくれる。でも、そんな些細なことに気づいたのは、その人がこの指使いを失う、少し後のことです。
その人はそのまま出口に向かうが、この日は、少し様子が違ったのです。いつもならこちらを一瞬振り向いて愛想の笑みを浮かべ、それに対して私は不機嫌を装うのですが、その日は、とても様子が違った。
私を見据えるその人の目は笑っていなかった。いつ襲い掛かってくるかも分からない獣の様なその鋭い眼差しに、私は戸惑い、というよりも金縛りのような拘束感を患ってしまいました。そして、その人は歪な笑みを崩さずに言い放った。
――きてください。
その人はいつの間にか消えている。きっと、ずっと前に去ったのだろう。その衝撃的な映像が印象的すぎて、走馬燈に似たものを感じたと分析します。鼓膜を複雑に震わせた言葉が山彦のように体内に響き渡っている。
「きてください、…………来てください?」
意味が分からず、思わず復唱してしまう。私をあの世にでも誘っているように聞こえる。
――です、おきてください。
その人の言葉はそんな生温いものではなかったはずだ。『起きてください』なんてまるで死にそうな人への呼びかけに聞こえる。
――zいkあndえsう、おkいtえkうdあsあい。
――キショ兎自艦で巣、掟くだ祭。――希少次巻です、お切て降債。――既障子館出酢、お着てくダサい。――稀少時価nデス、置き手ください。――キショう慈観です。――鬼書雲林間です。――きし幼餌漢デス。――キショうじかんデス。――キショウジカンデス。――きしょうじかんです。
『起床時間です、起きてください』
空間をこだまするその言葉は徐々に、というのは私の勘違いで元から高かったのかもしれない。女性の発すそれだ。あの緊迫した状況、猛獣に狩られるような戦慄を直感したあの状況なら誰でも、その人が発したものだと勘違いするに違いない。
――起床時間です、起きてください。
ここが煩わしい言葉で溢れる前に、この幸せな時間と別れなければいけないようです。
「ありがとう、――さん。ずっと私を見てくださっていて」
「今晩も、来てくれるよね」
「今度こそあの言葉を聴きとって、……名前を思い出すから」
「思い出してあげるから、また来てね、――さん」
窓から外を眺めてみると、辺りは雪一面で、あのでかい木も白色に染まっていた。昼間でも輝いていた、あのお星様は消えていた。
CVは石見さんがいいですね。これを書いた当時はきっと花澤さんがいいと思ってたのでしょうが。
さておき、ようやくタグにつけた女主人公が発揮されたと思われた読者もいるでしょうが、今回の主観が少女だっただけかもしれません。さて、主人公は一体誰なのでしょうかね?