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第7話 宝田君

「ということがあったんだ」

 月曜日の朝9時。僕と宝田は駅前の喫茶店に集まっていた。先週の土曜日にツチカから明らかにされた事実を上手いこと隠し、僕は父親が海外転勤したことやなおりに居候していることを宝田に話した。

 僕が話している間宝田は静かに頷いていた。きっと僕の気持ちを深く理解してくれているに違いない。ありがとう宝田。

「かわいそうに。そういう幻覚を見たんだな」

 違った。精神状態を疑われていた。

「見てないよ!事実だよ!」

「嘘つけ。……そんな漫画みたいな展開が実際にあるか」

 確かに説明している時に自分でもなんだか作り話みたいな展開だなと思っていたが、もしこの1週間のことが全て僕の妄想だとしたら?そうなると僕という存在も怪しくなってくる。いや、世界そのものが。

「……ひょっとして本当の僕はどこかの施設のベッドにいるのかな」

「俺もコウが作り出した想像上の存在かもしれないぞ?」

「でも……こんなにしっかりとした感触があるのに」

 僕は宝田の手を握った。

「おまえ全然日焼けしてないなー」

「きゃっ」

「えっ?」

「きゃ、キャフン!あぁ変なくしゃみがでたなー」

 宝田は急に僕が手を握って驚いたのか、両手を上へと上げたままにしている。そしてなんだか顔が赤い。

「もしかして風邪ひいてる?」

 それなのに無理して来てくれているのだろうか。僕は心配になり宝田のおでこに手をあてた。

「ひゃっ」

「熱い!やっぱり風邪ひいてるんじゃ」

「ち、違うわよ!」

「え?」

「違ぇよ!もう知らない!」

「ちょ、ちょっと!」

 宝田は急に立ち上がると「ごちそうさまでした」と代金を払って外に出ていってしまった。僕もお金を払い慌てて後を追った。店を出る時「彼女に謝らないとな」と言われた。マスターは何を勘違いしているのかは知らないが宝田は男子である。

「宝田!待てってって!どうしたのさ」

 早歩きで前を行く宝田はこちらを振り向いた。麦わら帽子に水色のティシャツに黒いハーフパンツ。夏の子みたいな恰好をしている。夏の子がなんなのかは分からないが。そんな感じだ。

「太郎」

「なに」

「……水臭いぞ」

「……ごめん」

 僕はお父さんが海外転勤になること。親戚の家に居候することを宝田にちゃんと言っていなかった。全て事後報告みたいなものだった。余計な心配をかけたくなかったということもあるけど、こういう時どうすればいいのか正直よく分からなかった。

「高校になってからの付き合いだし、言ってもしょうがないかもしれないけど」

「……うん」

「言いたくないこともあるだろうけど」

「宝田?」

「うるせぇ!……拗ねてんだよ」

「え」

「……友達と思われてないのかって」

「いやいや!そんなことはないって!」

「本当に?」

「本当。今回は……ちょっと自分でもまだ整理がついていない部分もあってさ」

「そうだよな……。ごめん」

「いや。こういうことだからこそ話しておけばよかったかも」

 宝田の言う通り、誰かに言って口に出しておけばまた何か気持ちや考え方に

何か変化があったかもしれない。今もまだ、なおりにいることや、ツチカのことや、自分の感覚として完全に受け止めきれていない部分もある。

「俺は何を聞いても馬鹿にしたりからかったりしないぞ。多分」

「多分かよ」

 そういって笑う宝田の表情を見ていると、きっと何を打ち明けても大丈夫なような気がした。そんなことを思うようなテンションになった。


「あれ?図書館逆じゃない?」

「その蕎麦屋を見てみたい」

 宝田はテンポよくこげら商店街に向かって歩いていた。どうやら実際自分の目で見ないと完全に信じられないようだ。

「中に……入れても大丈夫かな」

「いや別に外観見るだけでいいけど。……そのおじさんとおばさんとの仲は微妙なのか?」

「子供の頃から良くしてもらっている」

「ふーん。じゃあ大丈夫なんじゃね」

「これはもう知恵袋案件かな」

「親戚の家に居候して1週間ですが、友達を呼んでもいいでしょうか?」

「どう思う?」

「難しいな」

 途中小さい商店で安売りされていたラムネを飲みながら、2人でうんうん考えつつ歩いた結果辿り着いた答えは「とりあえず遠慮しておくのが無難」だった。

 そして人生はとりあえず遠慮しておけば平凡なのではないだろうかという結論にも辿り着いたが、これには宝田は反対のご様子だった。

「太郎の人生はもう平凡じゃないぞ」

「……一瞬だけだよ」

 平凡という言葉が随分懐かしく感じる。ほんのちょっと前までは自分の家があって、そこでお父さんと暮らしていたのに。でもそれはきっとほんの一瞬のことで、また直ぐになんてことのない人生に戻る。それでいいんだ。

「着いたよ。ここ」

「おー……凄い新しいんだな」

 宝田はなおりを見て意外そうに呟いた。お店の外観を上から下へじっくり観察する宝田が動く度にラムネの中のビー玉がカラカラ音を立てている。

「木造だったんだけど、老朽化で建て直したんだよ」

「ふーん」

「で、隣が市川フラワー。今日は休みだね」

「ここに……ツチカって女がいるんだ」

「う、うん。……これで信じてくれた?」

 僕の言葉に対して宝田が何か言おうと口を開きかけた瞬間、

「あれ?幸太郎?遊びに行ったんじゃないの?」

 後ろから女の子の声が聞こえた。確認するまでもない。ツチカだった。

「うん。でも宝田がなおり見たいっていうから」

「宝田君ってこないだ話てくれた高校の同級生?」

「そう。……宝田?」

 気が付くと宝田は僕の後ろに隠れていて、ティシャツをキュッと掴んでいた。今まで一緒にいる時に他の人と会うのが初めてだから分からなかったけど、宝田は人見知りするタイプなのだろうか。確かに学校でも僕以外と話しているのを見かけたことがなかった。

「宝田。この人が市川フラワーの娘さんで市川ツチカ。僕達と同い年だよ」

 ツチカのことを紹介すると宝田は僕の横に立ち、手を握ってきた。

「た、宝田?」

「初めまして。宝田です。いつも太郎がお世話になっております」

 ツチカに挨拶した宝田の声はいつものようの感じではなくて、なんだか別人のような声色だった。

 挨拶をされたツチカは打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせていた。

「ツチカ?」

「あ、ああ。うん。えーと……市川ツチカです。幸太郎の隣に住んでいます」

「は?」

「あ?」

「ちょ、ちょっと!2人共どうしたの?!」

「別にどうもしていないけど」

「うん。どうもしてないよ」

 気のせいでなければ、宝田とツチカはビキビキと音を立てながら凄い表情で睨み合っていたように見えた。

「太郎。もう行こうぜ」

 宝田は僕の右腕にしがみついてきた。いつもはしないような行動に僕は少し戸惑った。

「幸太郎!」

 それを見た瞬間ツチカの顔が鬼のように変化した。そして叫んだ。桃太郎が目の前に現れても鬼はこんなに怒らないのではないだろうか。

「は、はい」

「宝田君は……本当に宝田君なの?!」

「ど、どういうこと?」

「何この女……」

「は?」

「あ?」

「だ、だから!どうしたの?!」

 ツチカと宝田の2人が睨み合うのかが僕には全く理解できず、一体どうしていいのかさっぱり分からないでいると、「どうしたー。騒がしいぞー」なおりから漆原さんが出てきた。助かった。

「う、漆原さん!」

 なおりから出てきた漆原さんを見た宝田は急に姿勢を正した。そして両手を組み「はぁぁぁ本物だぁ」と呟いていた。

「うん?幸太郎。この子は?」

「えと、前に話した宝田っていう同級生」

「あー……男子?」

「え?」

「わ、俺用事があるので帰ります!」

「ちょ、ちょっと宝田!」

 宝田は急に走り出してどこかへ行ってしまったので、僕もその後を追いかけることにした。

「幸太郎!戻ってきたら説明しなさいよ!」

 ツチカが叫んでいたが一体何を説明するのかさっぱり見当がつかず、僕は返事をせずに宝田を追いかけた。もう何がなんだか。おもちゃ箱をひっくり返したように騒がしい瞬間だった。

 走る宝田を追いかけていると急に止まったのぶつかりそうになってしまった。

「あ、危なっ!」

「太郎!」

「な、何?」

「私聞いてない!」

「わ、私って……。宝田今日なんか変だぞ?」

 ツチカと顔を合わせてから宝田の様子がおかしいような気がして、僕は耐え切れずに聞いてしまった。宝田は「舞い上がって一人称を間違えたんだよ!」と咳払いをした。

「舞い上がるって……」

「なんであの蕎麦屋に漆原リサがいるんだよ?!」

「バイトしてるからだけど……」

「そうじゃなくて!漆原リサはモデルだろ?!」

「そうみたいだね……」

「興味ゼロ!」

 宝田のいつものクールな装いはどこへやら。興奮しきっている様子だった。でも漆原さんのファンだったらあんま間近で見ることなんかそうそう無いし、興奮するのも無理は無いかと思った。年頃の男の子だし。

「漆原リサがいるなんて聞いていない」

「……言ってないしね」

「太郎って……意外とハーレムクソ野郎なんだな」

「なにその悪口?!」

 宝田は僕の言葉を無視して「あー今ので腹減った」と背伸びをしながら呟いていた。

「昼太郎の奢りな」

「なんで?!」

「なんでも」

 そうして僕達は奢る奢らないを議論しながらサインゼリヤに向かったが、あまりにも汗だくになってしまったので宝田は一回家に帰ってシャワーを浴びて着替えてくるといった。それならまだ朝風呂で開いている銭湯があるからと誘ったが、何故か「変態」と罵られてしまい、結局僕だけで入浴した。

 その後サインゼリヤ前で待ち合わせをしてお昼を食べて(結局僕が奢った)、ダラダラとドリンクバーで過ごしていたらもう夕方前だったので店を出た。それから少し本屋に寄った。

「あー今日はなんか長い1日だったな」

「そうだね」

 僕と宝田は駅から少し離れた川沿いを歩いていた。

「……本当にあそこにいる感じだったな」

「感じじゃなくて本当だから。今度店に来たらいいよ。漆原さんに接客してもらえるかもよ?」

「まじか!」と宝田は目を輝かせていた。それからしばらく無言が続いた。ランニングや犬の散歩をしている人達と何回もすれ違った。

「太郎が……カナダに行かなくてよかったよ」

 宝田が静かに呟いた。声色は僕を咎めるようなものではなく、本当に、本当にそう思っていてくれるようで、とても申し訳ない気持ちになった。

「……うん」

「でもお父さんよく許したよな。寂しいだろうし、年頃の子供を1人日本に残すなんてさ」

「住んでいたマンションも売るって聞いた時はなんでそこまでと思ったよ」

 日本に帰ってくることもあるかもしれないし、帰る家があってそこに家族がいた方がいいのに。そんな風に思っていたけど、引っ越しの準備をしている時にお父さんがお母さんの写真を見て泣いていて、それを見た時は僕は確信してしまった。

「お父さんさ、まだお母さんのこと忘れられていないんだよ」

「……そうなのか」

「だからマンションを売って海外に行くという方が、お父さんにとって気持ちの切り替えが出来たんじゃないかって」

「……」

「本人に聞いてないから憶測だけど。あと僕がお母さんに凄い似ているっていうのも……色々考えちゃうのかも」

 じゃなきゃあんなにあっさりと日本に残ることを許すだろうか。どうだろうか。日本国内ないならまだしも、海外転勤となると無理に連れていかないものだろうか。

「どうなんだろう?」

「……答えてやりたいけど」

「ごめんごめん」

「……太郎ちょっと疲れてない?」

 宝田の言葉を否定しようと思ったけど、正直疲れてはいた。でもそれはまだなおりに着て1週間も経っていなかったし、この生活に全然慣れていないので当然のことでもあった。

「考えてみればお父さんも仕事で帰りが遅かったからさ、僕ずっと1人で過ごしてきたんだよね」

「うん」

「だから今みたいな生活は初めてだから……ちょっと慣れないだけだと思う」

「そうか」

 今まで1人で過ごしてきたのに急に色々な人が自分の生活に関わってくることのストレス。そんな風にふと思った。もしかしたらお父さんはこの部分を心配して僕をおじさんの所に預けたのだろうか。ずっと1人でいたら、色々わがままになってしまって社会性が身に着かない、とか。

 色々考えてみたけど、僕の頭ではどうにもこうにも上手に着地点を見つけられなかった。

「今までとは正反対の生活だしね。考えることが一杯だ」

「何かあったら……相談しろよ」

「うん。ありがとう」

「よろしい」宝田はニコリと嬉しそうに笑った。

「じゃあまたな。今週またどっか遊びに行こうぜ」

「うんOK。またね」

 僕と宝田は駅まで戻り、そこで別れた。

 なおりに向かって歩いている時、こげら商店街で行われる七夕祭りの張り紙を見た。

 僕はその時見知らぬツチカのお父さんのことをなんとなく考えながらこげら商店街を歩いた。


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