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第4話 カレー南蛮そばの汁を飛ばして

 スマホのアラームではなく、「打ちたての蕎麦ぁ!」という男性の野太い声で目が覚める。何事かと僕は跳ね起きる。

 机の上に昨日までは無かった目覚まし時計があり、そこから「打ち立ての蕎麦ぁ!」という声が聞こえる。

「何なのこれは」

 スマホのアラームも鳴り始めたので両方も止める。

「また寝ちゃったのか……」

 そうだ。僕はツチカと一緒に蕎麦を食べたのだった。それで呼び捨てで名前を呼ぶことになり、思い出したと聞かれたのだ。しかしそれは僕自身が生み出した妄想という可能性は無いだろうか?昨日の夕方から実はずっと寝ていて、ツチカと一緒に蕎麦を食べたことは夢だった。同い年の女の子と一緒にご飯を食べるだなんてそんな都合の良いことがあるはずない。

 などど考えてみたが、どう考えても食べた。うん。

「鳥見に行こう」

 こんなこと考えていても仕方がないので、日課のバードウオッチングへ行こうとベッドから降りた。

 スマホを見てみると宝田からLINEが来ていた。

 来週の月曜日遊ぼうぜというお誘いだった。親の都合で今実家に帰ってきて凄い暇という文章も添えられていた。今日はまだ火曜日。頑張れ宝田。

「お土産話期待してるよっと」

 LINEを返信した後、着替えてリュックを背負い下に降りた。

 顔を洗おうと洗面台へ行くとおじさんとおばさんが今日も仲良く歯を磨いていた。

「おう、おはようコウちゃん」

「おはようコウちゃん」

「おはよう。昨日寝ちゃってごめんなさい……」

「何言ってんだ!寝る子は育つ!若い内だけだぜ!沢山寝れるのは」

「そうよ。歳を取ると5、6時間も寝れば目が覚めちゃうし」

「そういうものなんだ」

「そうよ」

 なんていう会話を交わしながら僕も顔を洗い歯を磨き、おじさん達が見送るというので3人で店先に出た。

「しかしコウちゃんは本当バードウォッチングが好きなんだなぁ」

「やっぱり朝早くに行くと沢山見れるの?」

「うん。起きて活動し始めるから色々な鳥が見れるよ」

 ふーんとおじさんとおばさんは興味があるんだか無いんだかよく分からないような感じで頷いた。興味が無い方に100円。

「そういえばあの目覚まし時計は……」

「おっ、気に入ってくれたか?」

「……心臓に悪いけどね」

「私の声の方が良かったかしら?」

「できれば……」

 楽しみにしててねとおばさんは笑った。

「それじゃあ行ってきます」

「おう」

「気を付けてね」

 それから僕は昨日と同じコースで公園に向かった。

 バスに乗り込んだのは僕1人。この時間にバスに乗って公園方面に向かう人はほとんどいない。

 通りや住宅街を縫うようにバスは走る。その間ボーっと景色を眺めているけど、人はほとんど歩いていない。今日はいつもより雲が多く、少し町は暗めな感じ。

 こんな時、世界にいるのは僕だけなんじゃないかという中二病じみた妄想をしてしまうのも、早朝という雰囲気が独特で魅力的だからだなと感じてしまう。鳥を見るのが一番の目的だけど、誰もいないような感覚を味わう為にも朝早く起きている所がほんの少しある。

 終わってしまった世界。いるのは僕1人だけ。そんな甘美な妄想に浸れた筈なんだけど、昨日から世界が終わって1人になってどうやって生きていくんだという現実的な答えが頭を過る。

「1人で……生きるか」

 昨日と同じように、野鳥を眺めながら今後の人生について足りない頭で考えようと思ったけど、やっぱり昨日と同じように何か視線を感じる。

「自意識過剰……しかないよね」

 冷静に考えれば絶対に僕のことをこそこそ見る人なんていないはずだ。いや待てよ。あれか。不審か。不審者として警戒されているのかもしれない。

「……悲しい」

 実際バードウオッチングを始めてから何回か見知らぬおばちゃんに「あんた何してんの?!」と怒鳴られたことがある。

 それだ。きっとその類だ。

 ネガティブな事を考え始めたせいでテンションが下がってしまい、しかもどんどん曇ってきた上に今日は全然野鳥がいない。ヒヨドリとムクドリが騒がしくしているだけだった。

「こういう時はさっさと帰るに限る」

 こんなこともあろうかと、リュックサックに夏休みの宿題を入れてきたので、駅近くにあるサイゼリーヤンでドリンクバーをやりながら宿題に取り組むことにした。

 3時間近く集中して夏休みの宿題が出来たおかげで結構進んだ。これなら7月中に終わる気がしてきてテンションが上がってきた。

 バードウオッチング三昧の日々を過ごすことができる。宝田は全然興味無さそうだけど、2人でちょっと遠出して夏の思い出を作るのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながらなおりに帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり。ナイスタイミング」

 表の引き戸から中に入ると、丁度お昼の準備が始まっていた。

「こうちゃん今日は唐揚げよ」

 これ持ってってーと奈織さんが厨房から顔を出す。

 やった。唐揚げだ。

「幸太郎君嬉しそうだね」

 はいと厨房から町田さんが出てきて僕にお皿を渡した。

「町田さん今日もバイトなの?」

「諸々のギャラの支払いのタイミングがねー」

「よく分かんないけどギャラってすぐ貰えないの?」

「早くて翌月だけど、大体翌々月だなぁ」

「え。じゃあ例えば今日何かの記事を書いても」

「そう。今だと……9月末とかの支払いかな」

「知らなかった……」

「数か月払わないクライアントも平気でいるしね……」

 町田さんはややげっそりした様子でお皿を運んでいた。

 僕には肌身で感じることが出来ない感覚だけど、フリーランスって1人だから楽で楽しいかと思っていたけど、町田さんの話を聞くとそれだけでないんだというのがなんとなく分かる。

 その後皆で揚げたての唐揚げを食べて、僕は部屋に戻り再び夏休みの宿題にとりかかった。途中漫画を読んだり、Twitterを眺めたり、「暇」と嘆く宝田とLINEしたりしていたらもう夕方だった。

 胃の中から唐揚げもすっかりなくなり腹の虫が鳴り始めた頃、下の階から奈織さんの呼ぶ声がした。

「コウちゃん!昨日に引き続き出前を頼む!」

 奈織おばさんに岡持ちを渡され僕は首をかしげた。

「はい!で、……今日はどこへ?」

 奈織さんは親指でグイとお隣を指した。

「市川フラワーズドーター!ツチカー!」

「リングアナっぽい!ってまた?」

「毎日あんな可愛い子とご飯食べれていいわね」

 行ってこい少年!と奈織さんはなんだか楽しそう。

「今日のご飯は開けてからのお楽しみだ!」

 大介おじさんは親指を立てる。

 町田さんはニヤニヤしている。

 なんなのようもう。

 なんにせよ麺が伸びてしまうので、深く考える前に取りあえず店を出て昨日と同じ流れてで裏口の扉の呼び鈴を押した。

「はーい」

「幸太郎です」

「はーい。入ってー」

 恐る恐る扉を開けると、ちゃぶ台の上を片付けているツチカがいた。今日はジャージに白いティシャツという完全な家着使用だった。

「お邪魔しまーす」

 僕は靴を脱ぎ岡持ちを床に置いて中を開けた。

「わっ。カレーうどんだ」

「何入っているか知らなかったの?」

「うん。開けるまでのお楽しみだって」

「なにそれ」

 ツチカはクスクスと笑った。ツチカのこと全然知らないけど、なんだかとても機嫌が良さそうだった。

 楽しそうなのは良いことだと頷きながらカレー南蛮そばんが入った器をちゃぶ台に置いている時、部屋に小さいこけしとか民芸品っぽい置物が沢山あるなとふと気付いた。その中に先端が凄い尖っただるまがあった。

「三角だるま」

「え?」

「あれって三角だるまだよね?」

「そう、だけど……」

「あれは起き上がり小法師だっけ」

「うん……」

「かわいいよね」

「……あれね、私が集めてるの」

「かわいいもんね。沢山あるとなんか楽しいし」

 自分が好きな物に囲まれている暮らしはとても良いものだと、僕はそう思いながらカレー南蛮そばのラップを外した。旨味がたっぷり詰まったカレーの匂いが僕を満たす。なんて甘美な匂いなんだろう。

「それ……だけ?」

「ど、どいうこと?」

「変じゃない?」

「何が?」

「民芸品集めてるの……」

「いや、変じゃないでしょ。なんで?」

「よかった」

 ツチカは手を胸にあて、ホッとしたかのように微笑んだ。その表情を見て、僕は一瞬何か得たいの知れない感情が沸き起こるのを感じた。

「それよりも早くしないと麺が伸びちゃう」

「幸太郎は食べ物が関わると強気なんだね?」

「熱いものは熱い内に!」

 僕が宣言するとツチカはケラケラと笑った。別にウケを頂きたいわけじゃなかったけど。

「いただきます」

「いただきます」

 さぁ食べようと思い箸を伸ばした瞬間、僕はあることに気が付いた。白いティシャツを着ていたことに。

 カレーうどんは最強に美味しい代わりに、食べる時に必ず汁が飛ぶ。どれだけ気を付けていても必ず飛ぶ。でもだからといって躊躇していたらどんどん麺が伸びてしまう。

 全神経を研ぎ澄まして箸で麺を掴みちょっと引き上げた瞬間もう汁が飛び白いティシャツにシミをつくった。

「あ」

「あ」

 お互い間の抜けた声を出し合い思わず顔を見合わせた。ツチカも白いティシャツにカレーうどんの汁が飛んでいた。

 それがなんだか可笑しくて、僕達は笑いあった後、もういいか頷いた。

 僕達はこれまでの人生の中で1番激しくそして何も気にさずカレー南蛮そばを思い切りすすった。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

 食べ終わった後のティシャツに、無数の茶色の染みがついていた。何も考えないですするとこんなになるのかと経験になった。

「ママに怒られるだろうなぁ」

 ツチカは僕の分の器も持って流しで洗い始めた。

「手伝うことは?」

「大丈夫」

 洗い終わった後器をツチカから受け取り岡持ちに入れた。

「前に同級生にさ、民芸品を馬鹿にされたことがあってさ」

 ツチカは手をタオルで拭きながら話始めた。

 冷蔵庫から麦茶を出してくれたので、僕とツチカは再びちゃぶ台の前で向き合った。

「年寄り臭いって?」

「やっぱりそう思う?」

「お母さんが凄い好きだったから、家に赤べことか三角だるまが沢山あってさ、それを見た同級生に同じようなこと言われた」

「それでどうしたの?」

「お母さんの形見なんだけど?って凄い真顔で言った。……後でごめんって言われたからいいけど、ちょっと大人げなかったかな」

「私はねその同級生にめっちゃ腹立ってさ、年寄り臭かろうがなんだろうがいいじゃん!ってキレて言い争いになった」

 ツチカがキレたら怖そうだなと、僕は麦茶を飲んだ。

「最終的には仲直りしたけど、元々そんなに仲良くもなかったから全然喋らなくなっちゃって」

 だけどとツチカは低い声を放った。怖いです。

「正直今でも思い出すと腹が立つ。本当意味分かんない」

 ツチカは麦茶を一気飲みした。お酒感がある飲み方。

「あかべことか起き上がり法師とかかわいいのにね」

「そうでしょう」

 ツチカはにんまりと嬉しそうに笑う。その表情を見て、凄い魅力的だなと素直に思った。絶対学校でモテるタイプ。

 それとは別に、ツチカが怒る気持ちにも僕は同意した。

「バードウオッチングもそう言われることあるなぁ」

「年寄り臭いって?」

「好きっていうと今の所必ずおじいちゃんみたいって」

「嫌な感じだね」

「イメージだけで語ってしまう部分って少なからず人にはあるよ。だから自分も気を付けないと」

「フーッ!大人!」

「中学の時散々からかわれて辿り着いた境地」

 僕が手を合わせるとビルマの竪琴みたいと渋いツッコミを頂いた。

 その後何てことのない話をダラダラとしていると、市川のおばさんからそろそろ戻ってきてーと声がかかったので帰ることにした。

「じゃあまたね」

「うん……」

「どうしたの?ボーっとして」

「いや、あかべことか家から持ってきているはずなんだけどなーって」

「戻ったら探してみたら」

「うん。そうする。見つけたら写真送るね」

「……どうやって?」

「あ」

 ツチカにそう言われて気が付いた。僕はツチカの連絡先やLINEも知らなかった。勝手に知っている感じで喋ってしまって凄いキモイと思ったし、新手のナンパというかそんな感じがして凄い嫌だった。

 めっちゃ恥ずかしい。

「ちょっと何よ~いつもその手使ってんの?」

「ち、違うよ!」

「チャラめ~」

「だから違うって!」

 ツチカに物凄い勢いでいじられて更に恥ずかしくなった。そしてキモイ。

「しょうがないな。そのチャラさに免じて教えてあげる。ったくこれで何人目だぁ?」

 ツチカはそういいながらLINEのQRコードを見せてくれた。

「女子の連絡先なんて……そういえば奈織おばさんだけだ」

「ふ、ふーん。あっそう」

「ツチカが初めて」

「そ、そういう手口かぁ!この天然チャラ男め!」

「な、なんのことだよ?!」

「ツチカ―!まだー?」

「戻らなきゃ!じゃまた明日!」

 明日もという僕のツッコミを与える暇なく、ツチカは颯爽と店先に消えていった。

 僕はスマホに表示されたあかべこがアイコンのツチカを追加した。

 結果として本当に新手なナンパな感じで女子のLINEをゲットしてしまった事実に、7割り嬉しさ3割りキモさを感じつつ、岡持ちを持ってなおりに戻った。

 その後部屋に戻り少しダラダラした後シャワーを浴びると20時過ぎだったので、閉店の準備を手伝って皆と晩御飯を一緒に食べた。といってもさっき食べたばっかりだったので、奈織おばさんのきゅうりとかぶのぬか漬けをつまむ程度。

 そして皆が晩御飯を食べた後に聞いてみた。

「そういえば、家から持ってきた荷物って……」

「えーと……奈織さんどこだっけ?」

「こうちゃんの前に部屋があるでしょ?あの中に幸太郎って書かれている段ボールがあるから」

「ありがとう。後で見てみる」

「何か探しているのかい?」

 町田さんはそばがきをつまみにビールを飲んでいた。大介おじさんも奈織おばさんも美味しそうに飲んでいた。

「う、うん。漫画とかノートパソコンとか出そうかなーって」

 勘のいい奈織おばさんは直ぐに気付きそうで面倒なことになりそうだったので、民芸品を探しているとは言わなかった。

 その後皆が好きな漫画とか映画とかそういう話をして、後片付けをして、町田さんを見送って部屋に戻った。

 そのままベッドに寝転がり思わず目を瞑ってしまい、しまったと体を起こした。

 さっき奈織おばさんから聞いた部屋に入ると、幸太郎と自分の名前が書かれた段ボールが何箱かあった。全部ひっくり返さないと駄目かなと思ったけど、何が入っているかちゃんと書いていた。多分お父さんの文字だ。

 小物(お母さん)と書かれた箱があったので、間違いなくこれに入っているはずだ。

 段ボールを開けてみると、くるまれた新聞紙が沢山入っていた。適当に1つ取って開いてみると、赤べこと同じよう首が揺れる黒い熊のような置物が出てきた。

「へぇ。こんなのあったんだ」

 それから幾つか開いてみると三角だるまだったり起き上がり小法師や名前の分からない物が色々出てきた。

 全部開けていたらキリがないので、開いて取り出した数個だけを部屋に持って帰って机に飾った。そしてそれをスマホで撮りツチカに送った。すると直ぐに既読になり返信がきた。

「くそかわいいって言葉遣い悪っ」

 変な化け物が赤面しているスタンプも送られてきた。

「怖ぇ!」

 そんな感じで何回かやりとりした後、ツチカからまた明日ねというメッセージが送られてきた。

 明日もまた一緒に晩御飯を食べるということだろうか。

「3日連続か」

 まだ3日しか経っていないけど、でも本当はもっと経っているような、前から知っているような、何だか不思議な感覚がやってきて、気が付いたら目を瞑っていた。


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