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いただきます。  作者: 奏 杏実
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金曜日はアイスクリーム

■実は交際中な女教師笑子×男子生徒のカレーカポー



 食堂の片隅で、黙々とカレーを口に運ぶ女教師がいた。その背後にはいつもの姿がない。彼は今日、受験校の合格発表を確認しに出向いているのだ。


(しかし、いい加減連絡が来てもいい頃だろうに)

 袖を軽くずらして腕時計を見ると、文字盤に影が差した。同時にコトリと硬い音がして、テーブルに何かが置かれた。反射的に目線を向けた先には、アイスクリームの入ったプラスチックカップ。


「……わざわざ登校してきたのかね?」

彼は自然な歩みで彼女と背中合わせになる席についてから口を開く。


「担任に報告しなきゃいけなかったですしね。あとはラッキーついでに食堂名物・数量限定アイスクリームがゲットできないかなと思いまして」

「もらっておいて何だが、わたしはあまり甘味を食べない」

「まぁそう言わず、一口食べてみてくださいよ」


 彼女はしばしの沈黙のあと、軽いため息と共にカップを手に取った。見れば、白いアイスクリームの上には何やら黄色い粉末がかかっている。

「トッピングは俺のお手製です」

 ほのかに漂う芳香に、彼女は口元へ苦笑を浮かべつつ、アイスクリームをひと匙すくって口に含んだ。


「ほう……考えたな」

「どうですか?」

「アイスクリームの甘さを殺さない刺激、さりとてクリームの濃さがスパイスの風味と香りをかき消すこともない、絶妙な加減だ。……久しぶりに、君の作ったカレーが食べたくなってきたよ」


「じゃぁ、今日はウチに来ませんか。一緒にお祝いしてくれるかなーと思って仕込んでありますんで」

 抜け目ない彼の切り返しに、彼女は苦笑を深くした。

「食後に特製スパイスをかけたアイスクリームを出してくれるならね」



☆☆☆



■食堂のおばちゃん職員×かのちゃん



 かのこは悩んでいた。頭の中は昨夜確認した数値でいっぱいになっていて、今朝はちゃんと朝食を食べられなかった。

 ため息をつきつつも食堂のドアをくぐり、おばちゃんの姿を探す。


「やぁ、かのちゃん。今日はえらく暗い顔だねぇ」

 いつも通りのおばちゃんの応対に、かのこの顔がくしゃりとなった。

「おばちゃん~どうしよう。体重が落ちない!」


 いわゆる停滞期だ。いつかはぶち当たる壁だったのだけれど、何度も挫折した過去がかのこを不安にさせる。

「なんだ、そんなことか」

 けれどおばちゃんは笑顔でそれを笑い飛ばした。


「そういう時はいつも我慢しているものを食べるんだよ」

「やだ。またリバウンドしちゃうじゃない」

「大量に食べなきゃ大丈夫さ。我慢しすぎると、え~なんだっけ。ストレス? それが溜まってよくないって、テレビでも言ってたしさ」


「……わかった。今日は食欲ないんだけど、おばちゃんの今日のオススメは?」

「そうだねぇ。サラダ蕎麦っていう新メニューが今日から始まったけど、食べてみるかい?」

「サラダとお蕎麦か」

「そうそう。ノンオイルのドレッシングがかかってて、胸肉で作った鳥ハムがトッピングだからヘルシーなんだってさ。和食担当と洋食担当が宣伝頑張ってたよ」

「ん~じゃ、それにしてみる」

「はいよ。サラダ蕎麦一丁!」


 おばちゃんの声が厨房の奥に飛び、返事が響く。かのこはオーダーが来るまで食堂の席を見回し、空いているところを探すことにした。


「はいよ、サラダ蕎麦一丁上がり」

 おばちゃんの声に振り返ると、かのこのトレーには丼とプラスチックカップが乗っていた。

「え、おばちゃん。わたしが頼んだのは」

「し~。頑張るかのちゃんに、おばちゃんからのご褒美だよ。これ食べて、また明日っからがんばりな」

 カップの中身は金曜日の数量限定商品・バニラアイスクリームだ。


「うん、頑張る。ありがとう、おばちゃん」

 かのこがいつものように笑いかけると、おばちゃんは目を細めた。



☆☆☆



■元緑豆嫌い克服女子瓔子×隣のクラスの永井くん



 瓔子は再び、眼前の皿を睨んでいた。今度は赤・黄・緑のピーマンだ。

 肉などと一緒に炒めてあれば味付け次第で何とか食べられるのだけれど、今度はサラダ。しかし、今日はどうしても引くわけにはいかない。なぜならば。


「平川、頑張れ」

 向かいの席には密かに思いを寄せていた永井。先日のグリーンピース事件をきっかけに、また話をするようになったのだ。そして今日はなんと、一緒にランチである。


「むっ」

 瓔子は気合いを入れると箸をピーマンの山に突っ込み、勢いよく一口食べた。


シャキッ シャキッ シャキッ


 瑞々しいピーマンの音が噛むたびに響く。やがて、キッチリ咀嚼した瓔子は口の中のものを飲み込んだ。


「どうだ?」

「…………てっきり生だと思ってたのに、緑のだけ軽く炒めてあって、黄色と赤いのが思ってたより甘い。あと、おかかと出汁醤油の味付けのおかげか思ったより平気かも。この油って、オリーブオイル?」

 食べていた最中はぎゅっと寄っていた眉間のしわが緩む。


「えっと、あんまり進んで食べたくはないけど、出されたら食べられる、かも」

「そっか。よかったな」

「……うん。ありがとう」


 また一つ苦手を克服できた嬉しさに、へにゃと笑う。それを眺める永井の表情が甘くなったような気がするのは果たして瓔子の目の錯覚か。


「じゃぁ、残りは俺が食べてやるよ。はい、ご褒美」

 永井はサラダボウルと小さなプラスチックカップを取り替えた。

「やった! 金曜限定のアイスクリーム! せっかくゲットできたのに、わたしがもらっちゃっていいの?」

「うん。だって平川のために買っておいたから」

「えっ」

 どきり、と心臓が跳ね、頬が熱くなる。


 そんな二人を少し離れたところで互いの友人たちが生暖かく見守っていることなど、当然瓔子は知らない。



☆☆☆



■食堂のお兄さん謙介×女生徒会長



 食堂の注文ピークもまもなく山を越えるという時間。謙介の前に彼女が立った。


「あれ? 今日は早いんだね」

「……えぇ、まぁ……」

 木曜以外にも顔を合わせることが増えた彼女が手にしたトレーには、プラスチックカップに入った金曜日の数量限定アイスクリーム。


「甘いもの、好きなの?」

「はい、わりと」

 少し恥ずかしそうな表情が可愛くて、謙介の口元へ笑みが浮かぶ。


「溶けるといけないから、高速で作るね。いつものオムライスでいい?」

「はい、お願いします」

 謙介は己の仕事に集中すべく、真剣な表情でフライパンの柄を握った。


 コンロの炎でよく熱したフライパンに作り置きしておいたチキンライスと少量のケチャップを入れ、軽くあぶる。その隣で火にかけていた別のフライパンに少し多めの油を馴染ませてお玉ですくった卵液を流し、菜箸でクルクルとかき回しながら卵がまんべんなく半熟になるように調整すると、作業台の鍋敷きの上へ下ろす。


 チキンライスが入ったフライパンを手に取り、中身を数回煽ったら味見。謙介はうん、と一つ頷くと卵の上へチキンライスを形良く乗せた。あとは再び卵のフライパンに持ち替えて柄を握る左手を数回叩いて巻くだけだ。


 いつものようにリズム良く仕上げ、おなじみの形へと成形を終えたそれをカレーライスと兼用の深皿へ盛りつける。

 謙介は業務用ケチャップの容器を傾けかけた手をふと止めた。数秒考えて、今度は迷いなくケチャップを落としていく。ただし、赤い液体が描くのは口がバッテンの可愛らしい兎の顔だ。


「はい。お待ちどおさま」

 コトン、とごく小さな音を立ててトレーに皿を置くと、彼女の目が少しだけ見張られ、次いで頬が柔らかく緩む。

「可愛い……ありがとうございます」

 そう言ってトレーを持ち上げたところを、謙介は咄嗟に止めた。


「あ、君がよければなんだけど」

「はい」

 彼女は不思議そうな眼差しで謙介を見つめる。


「駅向こうにオススメのアイスクリーム屋があるんだ。嫌なら断ってくれていい。……今度一緒に行かない?」



END.

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