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いただきます。  作者: 奏 杏実
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オムライスは得意料理です

 毎週木曜日に、彼が作ったオムライスを必ず食べる女子生徒がいる。

 学生食堂は何百という生徒が利用するのだから、それを記憶するとかどんだけ好みなんだという突っ込みはスルーで。


(だって、俺が作ったメシをあんな顔して食われたら嫌でも覚えるわ!)


 というのが彼の心情。

 今日も今日とて、彼女は彼の顔より受け取った皿に全神経を注いでいる。


 彼女はいつも食堂のピークが過ぎた頃に来て、彼の自信作でもあるオムライスを注文する。時には充実したサラダメニューを追加したり、無料提供のピクルスの小皿を添える。


 そして座る席も毎週同じ。彼のいる厨房から左斜め側の、壁に近い奥まったところ。そこは食器の下げ口が近いせいか、席が全部埋まることがなく、奥の方に座れば六人掛けのテーブルだから脇を歩かれてもさほど気にはなるまい。


 色白の小作りな顔と、キッチリと結ってまとめられた艶やかな黒い髪。前髪を作っていないから、表情が全く隠れない。優美な細いフレームの眼鏡が理知的で、頭いいんだろうなぁと見た者みんなに思わせる雰囲気だ。その頬が、オムライスを前にしてほのかに緩む。


 頂きます、と唇が動いて両手に持ったスプーンを微かにかかげると、彼女は美しくも鮮やかな黄色い卵へそれを差し込んだ。食べやすい分量を乗せ、ぱくっと口の中へ。その途端、緩やかに弧を描く唇。幸せそのものという表情に、彼の心臓がドクンと跳ねた。


(可愛い)


 初めて彼女に気づいた時から、跳ねる強さは増すばかり。

「うわ。謙ちゃん顔がゆるっゆる」

 その声で慌てて右手側に顔を戻せば、従姉妹で高等部二年の少女が、彼氏と一緒ににやけた顔で立っている。


「明理っ」

「もう、手が空いてるからって油断しすぎだよ。また会長のこと見てたの?」

 従姉妹の指摘に、謙介は背中を向けて額を手で覆う。


 そう。彼女はこの学校の高等部生徒会長。

 普段生徒と接点など持ちようがない食堂職員だが、ごくたまに朝礼の壇上に立つ彼女を出勤時に見かけることがあった。


 その時の印象は勤勉で生真面目そうな、綺麗な顔をした生徒。まさに生徒会長と呼ぶべき模範的な姿。明理によれば普段からあまり笑わないらしい。その彼女が、彼のオムライスを食べる時には満面の笑みになる。


「声くらいかけてみればいいのに」

「んなことできるか。お前じゃあるまいし」

 こそこそ声を落とした親戚同士の気安いやりとりに、隣の彼氏も苦笑い。


「明理ちゃん、ご飯食べないと昼休み終わっちゃうよ」

「あ、ホントだ。謙ちゃん、オムライス二つ」

「……はいよ」

 うまく話を切ってくれた彼氏に目で礼を告げ、謙介は仕事に戻った。


 オーダー二つを作り終えて提供し、立ち去っていく従姉妹たちの背を見送っていると。

「あの」

 涼やかな彼女の声。数秒経って自分に掛けられているのだと認識した謙介は、慌ててそちらを見る。


「オレですかっ」

「はい。あの……今日も美味しいオムライス、ごちそうさまでした」

 ぺこり、と素早く頭を下げ、彼女はそそくさと立ち去った。

 残された謙介は、数分惚ける。やがてじわじわと頬が熱を帯び、それを隠すために調理場側へ顔を向けた。


(オレは思春期のガキか……!)


 自分に向けて突っ込んではみるものの、あり得ないほど高鳴った胸の鼓動はごまかせるレベルではなく。


(今度、声かけてみよ)


 などと、それこそ思春期の若者のようなことを思った。

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