グリーンピース・ピース
瓔子は眼前の皿に散る緑の粒を睨みつけた。
やがて覚悟を決めたように取り上げた先割れスプーンで、憎きそいつを慎重に脇へと転がしていく。
「…………瓔子。あんたそんなに嫌ならピラフにしなきゃいいのに」
向かいに座る弁当組の友人に至極当然の突っ込みを入れられるが、瓔子は一定のペースで作業を続ける。
「グリーンピースは大嫌いだけど、学食のピラフは美味しいんだもん」
そこまでして食べるのか、と友人があきれ果てた目を向けるが、集中している瓔子は気づかない。
「それに……今日からは残さないで、ちゃんと食べるし」
友人は、おやと軽く目を見張る。次いで近くの窓へ顔を向けるが。
「雨も槍も振らないよ。今日は降水確率ゼロだからね」
瓔子に先手を打たれて言葉も出ない。
気安さゆえの失礼な態度を取った友人には目もくれず、瓔子はグリーンピースとピラフの選別を終えた。緑の粒をスプーンいっぱいにすくい取り、じっと見つめる。
『よく嫌いなものを皿の端に残すヤツいるじゃん。オレ、あれ嫌い』
その言葉を聞いたのは数日前のこと。その日も瓔子はグリーンピースを掘り出していて、しかも声の主は背中合わせに座っていた。
(永井くんに嫌われるとか絶っっ対ヤダっ)
去年同じクラスだった永井。今年はクラスが別になってしまい、話す機会が減ってガッカリしていたところに聞いてしまったそれ。
彼は真後ろに瓔子がいると気づいていなかったようだけれど、そういう問題ではない。
「嫌いだけど……だったら先に食べちゃえばいいんだよね」
むん、と気合いを入れた瓔子は、その勢いでグリーンピースを頬張った。あの独特の青臭さと味を想像してかみしめたのだけれど……
むぎゅ むぎゅ むぎゅ
「…………あれ?」
特有の風味や味がなくなったわけではない。ないのだが。
(思ってたより、食べやすい?)
きちんと下ゆでして冷凍食特有の匂いを飛ばし、スープで煮るという手間がかかっているとは知らない瓔子。首を傾げつつもう一口食べてみる。
「瓔子、大丈夫?」
心配そうな友人に、頷いた。
「なんか……意外と美味しい?」
口にしてから、嫌いな物を克服できたという嬉しさが遅れてやってくる。
瓔子は最後のひと掬いをピラフと一緒にスプーンに乗せた。だが、あーんと口を開けたところで手を掴まれ、スプーンは明後日の方へ持って行かれる。
驚いて目で追えば、最後のグリーンピースは瓔子の手を掴んだ人物の口へと消えた。
「永井くん!?」
思わず名前を呼ぶも、永井はもぎゅもぎゅと口を動かしてピラフを咀嚼する。やがてのど仏が上下し、口の中の物が嚥下された。
「苦手を克服するとか、平川偉いな。ご褒美に最後の一口は食べてやったぞ」
ニカッと笑顔を見せた永井は、瓔子の手を離すと待ち合わせていたらしい友人が座る席へと歩き去る。
「何アレ。ひとのもの勝手に食べるとか非常識」
友人はそう言って憤慨するが、瓔子は茫然自失状態。
「…………どうしよう。このスプーン使えない」
「そういう問題!?」
突っ込まれるも、瓔子の目は永井がくわえていったスプーンに釘付けだ。その目が、ハッとしたように見開かれる。
(こ、これ使ったら、か、かかか間接なんとかになっちゃうのかなっ)
ポッと頬を染めた瓔子は友人が再び呆れた目を向けるのにも気づかず、しばしスプーンを見つめていた。