カレーは辛口
「……むっ」
スプーンひと匙分のそれを口に含むや、彼女は微かに唸った。ゆっくりと動く口元から、じっくりと咀嚼し、料理を味わっているのが分かる。だが、
「足りん」
「何がですか」
背中合わせの席に座る男子生徒から、即座に入る突っ込み。
「スパイスの香りからもっと芳醇な味わいを期待していたのだが、煮込み方が悪かったのか風味が損なわれ、折角の味わいを駄目にしてしまっている。それに肉が少ないし野菜の形もサンプルに比べて崩れすぎている。さらに」
「いや……先生、学食でどんだけの人数がコレ注文すると思っているんですか。ましてカレー専門店でもないのにそこまでこだわりを求めるのは酷ってもんでしょう」
至極真っ当な台詞で彼女の言葉を途中でぶった切った生徒だが、そういう彼も一口食べて黙り込む。
「……確かに。俺としてはレッドペッパーをもうほんの少し足して、福神漬けを気持ち甘めにしたものを添えてもらえると価格的に妥協できるかなぁ」
「お前の言い分も大概だ」
そこでしばし、二人共に食べることに専念する。
先に食べ終わったのか、生徒の方のスプーンが皿に置かれる硬い音がした。
「先生、今度○○軒のカレー食べに行きませんか」
「○○軒か……そう言えばしばらく足が遠のいていたな。だがわたしは最近スープカレーを開拓中なんだ」
「あぁ、そう言えば一時流行ってましたっけ。今頃ブームきました?」
「流行っている時に行くなど愚かだ。過熱期が去って残った店から開拓してこそ意味がある。まぁ、わたしが意固地で天邪鬼だからという理由ももちろんあるが」
フッと苦笑する彼女。その表情を気配から想像したのか、生徒の方は軽く笑った。
「それが先生でしょ。じゃぁ今度店を何軒かピックアップしておきます」
「あぁ、頼む。けれどやはり……」
理系口調な古典教師がそこで言葉を切ると、見た目チャラ男系の実は成績上位保持中受験生の背中が問うように身じろぐ。
「君が作った、ほんのり辛口カレーに勝る物はないのだがね」
「………………ずるいですよ、笑子さん」
おそらく頬を赤く染めているに違いない素直な恋人の顔を思い浮かべた彼女は、自分の口角が微かに上向いているのを自覚しつつ、残りひと匙分のカレーを口に入れた。