9話 お兄ちゃんは熊にだって勝てます。
30分ほどで日は沈み、あたりは暗闇に包まれていた。崖下の小さなくぼみに俺たちは身を寄せ合っている。春とはいえ、夜は冷えるのだ。
「変なことしたら、グーだからね」
「安心しろ、俺は妹にしか興味がない。」
「………」
ジト目で、拳で抵抗するポーズをとるリリィ。
服装は動きやすい体操服。俺は大丈夫だけど、リリィは冷え性らしく、仕方なく隣に座っている。もちろんやましい気持ちは一切ない。小雪と違って肉付きがよくて柔らかいなんてこれっぽっちも思ってない。
「ねぇ、あのちっこいのと、アンタって、本当に兄妹なの?苗字とか違うし」
「あ〜、リリィには成り行きで話しちまったもんな、血は繋がってない妹、義妹ってやつだな」
「ふ〜ん」
「小雪はなまじっか美人だから、俺なんかが義兄なんてまわりに知られたら面倒だろ?だから一応隠してる。内緒にしててくれよ?」
「あのちっこいのはそうは思ってなさそうだけどね……わかった、黙っとくよ」
あたりは完全に真っ暗闇、リリィの肩が震えている、おそらく理由は寒さだけじゃない。リリィだって16歳の女の子だ。怖いに決まってる。
「ん、これ着てろ」
着ていた体操服の上着をリリィに渡す、今までは訳あって、渡せなかったけれど、暗くなれば俺の体は見えない問題ないだろう。
「アンタは寒くないの?」
「お兄ちゃんは寒さ感じねーんだよ」
「返さないからね」
「お前こそ匂い嗅ぐなよ」
嗅ぐわけないじゃんと怒るリリィ、少しでも気が紛れればそれでいい。
「雨川って、変わってるよね」
「どこがだ?」
「私みたいな見た目のやつに気負わず話しかけるなんて、珍しいよ」
「それを言ったらリリィだってそうだろ。俺に気負わず話しかけるのは同級生でお前くらいだ。」
「……態度には出さなかったけど、私だってはじめは少しビビってたからね?」
「……練馬に俺ほど優しい男はいないぞ? 」
「入学式の次の日に校内でサブマシンガン乱射するようなやつが優しいなんて、信じられる?」
「……正当防衛だ」
リリィがジト目でこちらを見ている。やっぱり噂は広まっているらしい。けれど後悔はしていない。
小雪を守るためにやったことだ、学校生活が寂しくなっても問題ない!こっち見るな!泣いてなんかないぞ!
「ま、変なやつだけど、悪いやつじゃないってのは知ってるから」
そういうと、リリィは俺の肩に頭をのせる。
落ち着け、小雪みたいな超絶美少女と毎日暮らしているじゃないか、こんなことじゃ俺は動じない。なぜならお兄ちゃんだから。
全国のお兄ちゃんは妹以外に興奮しないのが普通だって小雪が言っていた。
「さむ……」
リリィが身じろぎする。
やばいどうしようめっちゃいい匂いするんですけど!やばいってこれ!!やばっ!てかおっぱいでかっ!!やべっ!!リリィさんマジぱねぇ!!
一瞬だけ意識が飛びかけたが、正気を取り戻す。
……リリィ恐ろしい女だ、処女とはいえ、男を手玉にとる術を身につけている。小雪のブチギレ顔が頭をよぎらなければ危うかった。
「……っ」
「……」
リリィの綺麗な耳が見える。
見たこともないくらい真っ赤になっていた。
不覚にも、ときめいてしまう。
「真っ赤になるくらい恥ずかしいならそんなことすんなよ!!」
「は!?恥ずかしくないし!!寒いだけだし!!」
見た目ギャルなのに心は乙女、ギャップというものはとんでもない威力を秘めている。ちなみに小雪にはギャップはない、清純そうに見えて、清純だ。
けれど最近は『お兄ちゃんが妹しか愛せなくなるCD』を寝ながら聞けと駄々をこねている。一時の気の迷いだと信じたい。
「ねぇ、いま何か変な音しなかった?」
リリィが不安そうに草むらを指差す。
「……俺は何も聞こえなかったけど。」
「絶対聞こえたって!」
「リリィ、人間ってのはな、怖いって思い込むと、ただの風の音だって人の声に聞こえたりするんだ。」
「うっ……た、たしかに……そうだけど。」
ったく……ただでさえ、遭難なんていう非日常イベントに巻き込まれてるんだ、これ以上なにか起こってたまるか。現実世界はラノベじゃないんだぞ。
ガザガザ!!
草むらが揺れる音が聞こえた。
「ほら、やっぱり聞こえたって……!」
リリィが俺にしがみつく、おっぱいが腕におっぱいしてて正常に脳が働かない。
「リリィ、落ち着け、あれは風で草が揺れた音だ。」
「そんなことないって!今もガサガサいってるよ!」
さきほども言ったように、もう非日常イベントは遭難でお腹いっぱいなんだよ。これ以上なにかおこるというのだ。隕石でも落ちてくるのか?まずい、おっぱいのせいで正常に脳が働かない。
草むらが揺れる、中から茶色い前足のようなものが現れる、暗くてよく見えない。おそらく狸かなにかだ。
「グルルルッ」
熊だった。
「ひぃっ……くまぁ…!」
「リ、リリィ落ち着け、熊は動かなければ襲ってこないと、どこがで聞いたことがある……。」
心臓がドッタンバッタン大騒ぎしているけれど、冷静に考える。
そう、姿かたちは違っても、おなじひとつの命、尊重しあえば共存できるのだ。けものはいても、のけものはいない、本当の愛はここにあった。
「そんなこといったって……!」
「グルァァァァ!!」
茶色いフレンズは目を血走らせながら殺意剥き出しでこちらに全力疾走していた。
「めちゃめちゃこっちに走ってきてるんだけど!!」
この畜生が!!人間様に楯突くとはいい度胸だ!!生き残ったら害獣駆除センターに連絡してやるからな!!ぶっ殺して熊鍋にしてやる!!!
「リリィ悪い!かつぐぞ!変なとこ触ったらすまん!!」
「きゃっ!」
足がすくんでいるリリィを、いわゆるお姫様だっこしながら全力で走る。100m走11秒台の健脚があれば熊を振り切るなんて容易いぜ!!!
「ガァッ!!」
しかし、どんどん熊との距離が縮まっていく。
えっ?熊さん足速すぎじゃない??
「ちょっ!!雨川!追いつかれるって!!」
「だってリリィ!小雪と違って」
「それ以上言ったら殺すわよ?」
熊はどうやら2匹いたようだ。いやいやそんな冗談を言っている場合ではない。熊はもう俺のおしりに食いつかんとしている。
「グルァッッッ!!」
熊が噛み付く。
俺のリュックサックに。
「っぶね!!」
肩にかけていたリュックサックを急いで背中からおろす。
「……ハァ……ハァ…ッ!」
リリィの手を引いて全力で熊から離れた。
どうやらリュックサックの中身に興味があったようだ。弁当に使うためにもってきた各種調味料の匂いにつられていたのかもしれない。
まだ油断はできない、熊が見えなくなっても走り続けた。
数十分後
「ハァ……ハァ……マジで、死ぬかと思った…!!」
「ほんとだよ!!普通熊なんてでる!?」
「遭難して、熊に追いかけられて……こんなの一生たっても忘れねぇよ。」
「不幸ね……。」
「不幸だ……。」
某ライトノベルの主人公のセリフを言ってしまう。まさか素で使うことになるとは思わなかった。
リリィの目が合う。
不思議と笑いがこみ上げてくる。
森の中、二人、熊のことを忘れたかのように、大声で笑う。
たぶん、これが青春ってやつなのかもしれない……いや違うな。遭難して熊に追いかけられる青春ってなんだよ。
30分後、俺たちは崖下から救助にやってきた先生に保護された。
「よかった…なんとか生き延びたわね……」
「そう……だな……」
「どうしたの、雨川?」
「…………。」
無言で倒れこむ、口の中に土が入る。
リリィは目を見開く。
雨川 ユウの体操着に大きな赤いシミができていた。
ついさっき、日間ランキング3位にまで浮上しました!これも呼んでいただける読者様のおかげです、ありがとうございます!
次回は、ユウの入院編、小雪ブチギレ編です。
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