4話 お兄ちゃんが好きだから
全力で走る。
雨が全身を打ちつける。
通行人が驚いているのが視界の端にうつるけれど、関係ない、事は一刻を争う。
できれば最後まで頼りたくはなかったけど、そんなことは言ってられない。スマホをとりだし電話をかける、警察ではない、もっと信頼できる組織。
「おう、ユウちゃんや、どうかしたのか?」
「じぃちゃん!!やばい!小雪が拉致られたかもしれない!!力貸してくれ!」
関東を統べる大組織、久遠組の組長、久遠大二郎。
俺のじいちゃんに助けを求める。
「わかった、すぐに足を用意するけんの、そこで待っとれ。小雪ちゃんの場所はわかるんか?」
「わかんねぇ!けど!一度だけ電話が繋がった!いまはもう繋がんねぇ!」
「上出来じゃ、まっとれ、2分で使いをだす。」
じいちゃんの声で少し安心する。呼吸を整える。
「くそッッッ!!」
認識が甘かった。普通に考えればわかる事だ。小雪の可愛さは国を動かすレベルだと言うことを…!
祈る。小雪をさらったゴミカスが、ただの犯罪者であることを。
ただの犯罪者であるならば、何も問題はない。力と数で押しつぶせばいい。
「マジで……頼むぞ……!」
校門前あたりでじいちゃんを待つ。焦りと不安で手が震える。
「若!乗ってください!」
黒のベンツが目の前で急停車する。
「すまんヤス!恩にきる!!」
オールバックに和服、いかにもな格好の男、ヤスにスマホを渡す。ヤスが後ろに乗っている組員に話しかける。
物々しい機械を膝の上にのせている。
パソコンと、他はよくわからなかった。
「おいお前ら、これに小雪ちゃんのスマホとの通信履歴が入ってるはずだ。なんとしてでも居場所を割り出せ。」
「へい!」
「悪い……こんな時ばっか頼って。」
「気にしなさんな!それより小雪ちゃんの居場所を割り出すのが先です!」
組員がキーボードを打ちつける音が車内に響く。腕時計を見る、秒針が進みが早い。
こうしている間にも、小雪が酷い目にあわされているかもしれない。そう考えるだけで頭がおかしくなりそうになる。不安と恐怖で脳内が支配される。
こんなことになるなら、素直に想いを伝えればよかった。大好きだって、伝えればよかった。
俺はただ怖かっただけなんだ、だから兄妹という大義名分に隠れた。
兄妹だから、この好きは違う種類の好きなんだと自分に言い聞かせた。
この大好きは、家族愛だと嘘をついた。
「小雪ちゃん現在地を特定できました!」
「場所は!!?」
よし!早くに発見できた!これならまだ可能性はある!!
「場所は……練馬区……あれ?」
「どうしたんですか……!?」
「場所は、若の自宅です……」
「は?」
マヌケな声がでた。小雪はどうやら俺の家に戻っているらしい。
数分後
手が震えて鍵がうまくささらない。急いで玄関を開ける、
スマホだけ家に捨てて、肝心の小雪は別の場所という可能性もある。まだ安心はできない。
頼む……家にいてくれ……ッ!
「小雪!!!どこだ!!いるなら返事をしてくれ!!!」
家中を探す、返事は聞こえない。
「……クソ…!頼むよ!小雪!!返事をしてくれ!!プリンでもクッキーでもなんだって作ってやるから…!!頼むから…!!」
最悪の事態が頭をよぎる。普通に考えて誘拐犯がスマホの電源を切らないわけがない。おそらく事前に調べていた俺の家にスマホを投げ入れたんだ。
そうすれば俺たちを撹乱できる。
もう手がかりはなくなった。
次は……どうすれば……くそ、じぃちゃんに土下座して組員の手をもっと借りるしか……!
パンッ!
「ドッキリ大成功〜!!」
乾いた音がリビングに響く。後ろから火薬の匂いがする、振り向くと、小雪が満面の笑みで立っていた。クラッカーを鳴らして。
「まったく!ユウが悪いんだよ!私を放っておいて!」
安堵感と困惑で頭が真っ白になる。
「最近のスマホアプリはすごいね〜、動画や音声をネットから引っ張ってきて、あたかも誘拐されているように編集できちゃうんだから」
小雪が笑いながら喋る。
「でもさっきのうろたえっぷりすごかったね!どんだけ私のこと好きなのよ!!」
「……」
「あ……でも嬉しかったよ、すごく。……ちょっとびっくりさせすぎちゃったかもしれないけど、ユウにも反省してほしいんだよ!あの金髪女にデレデレしちゃって!ユウの料理はもれなく全部私が食べるの!」
「小雪」
「なに?さみしくなっちゃった?えへへ……抱きしめてもいいんだよ?お兄ちゃん!」
「歯を食いしばれ」
「え……?」
小雪を頬をはたく、右手がすこしだけ痺れる、気づけば俺は泣いていた。
「どれだけ……心配したと思ってるんだ……!」
「……ごっ…ごめんなさい……」
赤くなった頬に、涙が通る。
「……よかった……本当によかった……!」
細い右手を掴んで、抱き寄せる。柑橘系の香りに包まれる。
「ごめん……わたし…さみしくてっ……!」
堰を切ったように小雪の涙が溢れだす。
「だって兄妹になってから……ユウ、よそよそしいし……わたし、家のことなにもできないし……嫌われたかなって……おもって…!」
「嫌いになるわけないだろ……!!」
「でも…金髪に浮気した……!」
「浮気って……リリィとはクッキー作ってただけだ!」
「名前で呼んでるしぃぃ!」
「あーー!もう!お前を嫌いになんてならない!神様にだって誓える!」
「本当?」
「本当だ。」
「わがまま言っても嫌いにならない…?」
「嫌いにならない。」
「プリン食べ過ぎても?」
「たまになら大丈夫だ。」
12年間も、大好きだったんだ。嫌いになれるわけがない。
遠足で弁当忘れてぐずる小雪も
リレーで男子を抜かす小雪も
劇でセリフを忘れてアドリブで劇の内容を変えた小雪も
ずっと、ずっと好きだった。
「小雪……俺……お前のことが……っ」
細い体を、強く抱きしめる。
親父の言葉が頭をよぎった。
(これからは妹なんだからな、ユウ、お兄ちゃんらしく、小雪ちゃんを守ってやるんだぞ。)
「………でも……お前は俺の大切な家族だから……妹だから……っ!俺の一方的な感情を……押し付けるわけには…っ!!」
涙が、溢れる。
「お前を……傷つけてしまうかもしれない気持ちを……伝えることは……できない……っ」
「……臆病だね、ユウは」
唇に、柔らかいものがあたる。
小雪の唇だった。
「……お兄ちゃん、大好き」
「え……?」
「家族としてじゃなくて、キスしたくなるくらい好きって意味の、大好き」
「えっ…ちょっ!!」
小雪に押し倒される。小雪の綺麗な黒髪とこぼれ落ちた涙が頬にあたる。
「こ…小雪さん?」
「……昔した約束、忘れてるでしょ。だからもう、待たないことにしたの」
「へ……?」
「チャンスはたくさんあげてたんだよ? 2人きりで行った花火大会、福引で当たって行った東京ネズミーランド、イルミネーションを見にいったクリスマスの帰り道。ユウったらもじもじするだけで結局言ってくれなかった……!」
「……なんか、ごめんなさい」
「……怖がらなくてもいいんだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの気持ちが、私にとって迷惑じゃないことを、私が証明してあげる」
「…………情けねぇな、俺…」
「……ほんとだよ、最低ラノベ主人公の烙印を押してあげるよ」
女の子にここまで言わせておいて、返事を告げないなんて、男がすたる。
「俺…も………小雪のことが……」
ガチャ
扉が開く音が聞こえた。
「若ー!?大丈夫ですかーー!小雪ちゃんいましたかーー!?」
「うおーーー!ヤスーー!!いたぞー!!小雪いたぞー!!だからちょっとそこ動かないでくれーっっ!!!」
小雪から急いで離れる。
小雪の可愛らしい舌打ちが聞こえた。
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次回は小雪とユウの甘々回です。
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