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29話 小雪のいない日々






 謹慎明けの学校。教室の扉をあけて自分の席に座る。背中に不躾な視線がいくつも刺さる。まぁ覚悟していたことだからなんとも思わない。


 楽しかった温泉旅行から帰宅し、そして先日、小雪は治療の為、アメリカに出立した。


 飛行機に乗るとき、小雪は最後まで元気そうに笑顔で手を振っていた。

 多分、不安だったのだろう。小雪が本当に元気な時は、案外そっけない。おそらく、過剰な笑顔は、俺の不安を少しでも減らすため、自分を鼓舞する為だ。


 12年間、ずっと一緒だったのに、はじめてだな、こんなに離れるの。


 おもむろにスマホを取り出す。


 『さみしくなっても、電話しちゃダメだからね!会いたくなっちゃうから!』


 小雪の別れ際の約束を思い出す。電話アプリを閉じて、写真を見る。

 温泉旅行でたくさんとった小雪との思い出だ。このブレてる写真は小雪が撮ったやつか。


 海老をほうばる小雪、足湯につかる小雪、これは内緒でとった小雪の寝顔だ。


 寂しい、ただそれだけの感情に心がけ支配される。


 俺も、小雪も、お互いに依存していた。お互いの心を鎖で結んでいるようなものだ。離れれば離れるほど、締め付けられ、痛む。


 小雪も、寂しいと感じているのだろうか? 辛くてどうしようもない感情に、小雪も支配されているのだろうか? いや、俺の方が幾分かはマシなはずだ。小雪は病と闘っている。俺は甘えていた小雪がいなくなってただ、凍えているだけなんだ。


 今はただ祈る。小雪が無事に帰ってきますように、と……。



 「雨川、大丈夫?」


 「リリィ……大丈夫じゃない」


 心配そうなハスキーな声が隣の席から聞こえる。いつもなら『このシスコン、さっさと元気だしなさい』とリリィなら軽口を叩くシーンだけれど、今の俺の落ち込みようを見て、気を回してくれているのだろう。


 「心配しなくても、あのちっこいのなら元気になって帰ってくるよ。」


 「……元気になって帰ってくるのは大前提だ。小雪にもしものことがあったら俺はアメリカを滅ぼすぞ」


 「シスコンテロリストなんて今時流行んないからやめな」


 「あと2ヶ月もある……もう無理だぁ……コユキニウムが不足している……い…息が……!」


 「馬鹿なこと言ってないで、一時限目の準備しないと、移動教室だよ」


 「……こゆきぃ…」


 どろどろに溶けてしまった俺を見て、リリィは深くため息をついた。後ろでカタカタと音がしている。


 「ほらあんたの教科書とノート、早く持っていくよ」


 どうやら俺の準備をしてくれたらしい。ありがたい。ありがたいけれど、体が一歩も動かないのだ。深刻なコユキニウム不足は身体能力の低下を招いてしまう。


 頭になにか暖かいものがあたる。これは……手か? なでられているのか……?

 

 「ほら、これでリリィニウムが補給できたでしょ、さっさと立つ」


 リリィがやれやれといった感じで俺の頭を撫でている。


 しかし、リリィ検定1級の俺は見逃さない。耳が真っ赤になっていることを。


 「………ほんのちょっぴり回復した」


 「そりゃよかった」


 リリィに準備してもらった教科書をもって廊下に出る。深刻なコユキニウム不足の俺はフラフラと歩く、またもやリリィがやれやれといった具合で俺の腕を持つ。まだ耳が真っ赤になっている。萌えだな。



 「あのさ、雨川」


 「……ん?」


 「来週の日曜、アタシ久々の休みなんだ…! その……海でも行かない? ……ほらよく言うじゃん!悩み事とか心配事は海に向かって叫べばスッキリするって!」


 「……それ失恋とかの話じゃない?」


 「……そうなの?」


 「冬の海か……まぁ少しは、スッキリするかもなぁ」


 「なら決まりね!朝9時に駅前集合で!」


 「早くない?」


 「ついでにご飯とか食べにいったり、買い物とかもしたいの……ついでにだからね?」


 気分転換にはいいのかもしれない。何はともあれ、これまでいろいろなことで迷惑かけたリリィに少しくらい恩返ししなきゃバチが当たるかもな。


 「いいぜ、俺がエスコートしてやんよ」


 「……ほんと?」


 「……お…おう」


 金髪碧眼美少女の上目遣いか。威力半端ねぇな。

 急にオカンモードから乙女モードにシフトチェンジするのやめてほしい。萌えエネルギーがとめどない。リリィニウムを過剰摂取してしまう。


 「……別に、アタシは買い物ついでに行きたいだけ、なんだからね?」


 「はいはいツンデレツンデレ」


 「はい、は一回でしょ!」


 ツンデレは否定しないんですね……。



 学校を終え、帰宅する。お腹は空いていない、そのまま自室に上がってベットに倒れこむ。


 小雪のいない授業も、小雪のいない昼飯も、小雪のいない帰り道も。ゆっくり、ゆっくり、時間が流れる。

 神様が時計の秒針をつまんでいるのかってくらい、時間の進みが遅い。


 あと2ヶ月半、俺はおじいちゃんになってしまうんじゃないだろうか。


 瞳を閉じる。秒針がカチ……カチ……と、進んでいる。


 いつの間にか、眠りに落ちていた。













 「時間の進み、遅いなぁ」


 「あら、もうお兄ちゃんに会いたくなっちゃったの?」


 「……」


 いたずらっ子のように、お母さんが笑う。私はそれに軽口を叩く元気もなく、病室から遠い、空を見る。


 お兄ちゃんも、今頃、寂しいって思ってるのかな。そうだと、少しだけ嬉しい。


 「結局、お兄ちゃん……ユウ君には本当のことは言わなかったのね」


 「……うん」


 「……どうして、言わなかったの?」


 「……だって、言ったら、私が地球のどこにいたって、宇宙にいたって、お兄ちゃんは来ちゃうでしょ? 」


 「そうね」


 お母さんとけらけら笑う。


 お兄ちゃんは……ユウは、ずっとそうだ。自分の為にはぜんぜん頑張らない癖して、

 自分以外の人が苦しんでいると、その人以上に苦しんだり、怒ったり、一生懸命頑張ったりする。


 私の為だけじゃないのは……本当は嫌だけど、そこがユウのいいところであり、私が好きになったところだからしょうがない。惚れた弱みってやつだ。




 頑張って、2ヶ月半で、この病気を完全に治す

 そうすれば、過保護なお兄ちゃんに心配かけることもなく、また日常に戻れる。


 お兄ちゃんと馬鹿やって、金髪もいて、もしかしたらまた、新しい友達ができるかもしれない。


 「お母さん、私、絶対に元気になるよ」


 「……うん、一緒に頑張ろうね」



 頭が、薬の副作用でズキズキ痛むけれど、関係ない。道理もなにもかも、蹴っ飛ばして元気になる。お兄ちゃんや金髪と約束したんだから。





 約束の日、12月24日まで、あと少し……。






 あと、少しなんだから。








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