22話 私のお兄ちゃんがこんなにロックなわけがない【文化祭編/中編】
「やっべぇギター難しすぎるんだけど……!!」
「そりゃそうでしょ……」
俺とリリィは、古ぼけたアンプや楽器類、机が乱雑に置かれた軽音楽部の部室でギターとベースの練習をしていた。ヤスは今日は仕事でこないから、ヤスに教えてもらったコードなるものを必死に練習している。
初心者でも弾きやすい簡単なコードらしいけれど、これがなかなか難しい、弦を押さえ間違えたり、なにより、右手で弦を撫でる、ストロークが難しかった。ヤスがやるのと俺がやるのじゃ全然音が違う。
歌いながらギターを弾くなんて、とてもじゃないけど、現段階じゃ考えられない。
「いや、弱音吐いてらんねぇ!小雪の為だ!なんとかしてマスターするぞ!わかったな、リリィ!」
「いや、アタシもうなんとなく弾けるようになったよ」
「えっ?」
「もともとちょっとだけかじってたんだよね、ベース」
そう言うと、リリィはベースを弾き始める。せまい軽音楽部の部室に、太い音が響く。俺が作詞作曲した『LOVELOVE sweet KOYUKIELU♡』のベースパート部分をほぼほぼ完璧に弾ききってみせた。いや素人目だから完璧とかわからないけれど、とにかく渋い重低音がナウくてヤングだった。……ちょっと表現古いな。
「リリィ、お前いつの間に…!」
「読モというか……まぁアイドルまがいなことしてたら、ユニットの話もたまに来るんだよ、それでちょっと前から練習してたの。まぁその話は結局なくなっちゃったけどね」
「歌は!歌えたりすんの!?」
「……歌えなくはないけど、恥ずかしいから嫌」
「なんだ……せっかくリリィとツインボーカルできるかと思ったのに……」
「ツインボーカル……?」
リリィがピクリと反応する。リリィにネコ耳がついてたらピンッと立ってそうな雰囲気だ。おもむろにベースをおろす。
「……ベースで弾き語りは、初心者の私じゃ難しいから、アンタのギター貸して。」
「おう、いいぞ」
エレキギターの弾き語りも初心者には難しいんじゃなかろうか……そう思いながら俺はリリィにギターを手渡す。
リリィはギターを構える、そして、俺の方を見つめる。
頬を赤らめているけれど、目をそらさず、まっすぐ俺の方を見つめていた。
「ここが、アタシにとっての文化祭かもね」
「……文化祭は2週間後だぞ?」
「……ばか」
見つめていた目を、ギターの方にうつして。アンプに繋ぐ。ボリュームは少し小さめだ。
リリィは大きく息を吸って、はく。
ピックで弦を撫でて、ギターを弾きはじめる。小気味いい音が軽音楽部の部室を包む。
やっぱりド素人の俺からすると、充分綺麗に弾けている気がする。ギャルっぽい見た目も相まって、まさにロッキンガールって感じだ。
大きく息を吸って、歌いはじめるリリィ。いつものハスキーな声かと思いきや、聞いたこともないような綺麗な声が聞こえてくる、
その綺麗な声がエレキの切れ味の良い音と重なって不思議な空間を演出していた。
少しだけ頬を赤らめて、伏し目がちにリリィは歌う。
どこかで聞いたことのある曲だ。片想いの恋愛ソングだろうか、感情のこもった歌は、うまく言葉にできないけれど、耳を通ってそのまま脳を直接揺さぶられるような、そんな感覚さえ覚えた。
一番のサビまで歌い終えると、リリィは恥ずかしそうに、ギターをおろした。
「どうだった……?」
未だに目を合わせないリリィは、手をもじもじさせながら、ぽしょりと呟いた。
「……なんていうか、とにかくすごく伝わったというか……うまいだけじゃなくて、心が震えたって言えばいいのかな……まぁとにかくすごかった、ありがとう」
リリィは耳まで真っ赤になって、緩む頬を必死に手でおさえながら、あっそ、とそっけなさそうに返事をする
「リリィはモデルじゃなくて、歌路線でいったほうがいいんじゃないか?あんな綺麗な声、だせるなんて知らなかったぞ?」
「……ありがと……けど、歌路線じゃダメだよ、……」
リリィと目が合う。憂いを帯びた青い瞳は、軽音楽部の部室の、小さな窓から差し込む光を反射して、サファイアのように輝いている。
「この声は、雨川の為に歌う時じゃなきゃ……たぶん…でないから……」
不覚にも、不覚にも……ドキッとしてしまう。普段のサバサバしたイメージから、こういう乙女モードに切り替わるリリィは、なんというか……悪魔的だ。反則級のかわいさだ。
……まぁ?小雪の方が可愛いけど?
「……」
「……」
「耳まで真っ赤にするくらいなら、そんな恥ずかしいこと言うんじゃありません!」
「うっさい!べつに恥ずかしくないし!!」
「まぁリリィがこれだけ歌えるならツインボーカルでも全然いけるな!むしろ俺が足手まといになるくらいだ……!」
「……残念だけど、私は歌わないよ」
「なんでだよ、歌唱力なら全然問題ないぞ?」
「……あのちっこいのは、アンタ一人が歌ってた方が、たぶん喜ぶよ。私はそのサポートで充分」
「……なんつーか、リリィって本当いいやつだよな」
「アタシは、カッコ悪い恋はしたくない……だけ……」
リリィの耳がまた真っ赤になる。顔はかっこつけてるのに、耳まではどうやら嘘はつけないらしい。
「……」
「……」
「耳までは真っ赤にするくらいならそんな恥ずかしいこと言うんじゃありませんっ!!」
「うっさい!練習するよ!雨川さえうまく弾ければあとはなんとかなるんだから!」
「……よっしゃ!やるぞ!!」
最終下校時刻のチャイムがなるまで、俺とリリィは部室で練習する。指の皮がむけたって、不思議と痛くはなかった。小雪をすこしでも元気づけられるなら、病気なんかに負けないよう応援できるんだったら、俺の指の皮なんてどうだっていい。
練習が終わったら、リリィと二人でお見舞いに行こう。
幸い、この大由良高校から小雪が入院している大型病院まで徒歩3分、直線距離なら50メートルもない、小さなグラウンドを挟んで反対側にある。走ればすぐだ。
「いまの音、かなり良くなかった?」
「マジで!?」
「でも、その前のコードがすこし違うよ。おさえ方は、こう……だね……」
俺がギターを構える後ろから、リリィが覆いかぶさるように、ギターを握る左手を抑える。顔は見えないけれど、リリィの綺麗な手が、見える。
そして背中に名状しがたい大きな水風船のようなものがぷにぷに当たっている。わざとか!?わざとなのか!?
「……リリィ…その……胸…」
「っ!!?」
猫が飛び退くように、リリィは俺から離れる。目には涙を浮かべている。
「……雨川のえっち」
「えっ、理不尽すぎん?」
俺とリリィが、やいのやいのと言い合いをしていると、俺の携帯がけたたましくなる。病院からだ。
不穏な空気が、一瞬、あたりを包む。
病状は良くなっていたはずだ、この前会った時も、小雪は元気だった。元気すぎて、リリィと口喧嘩するくらいだ。大丈夫、何も問題はないはずだ。
恐る恐る、電話にでる。
「もしもし……」
「〇〇総合病院の鈴木と申します、小雪さんのお兄さんの携帯でよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。その……ご用件は……」
「その、大変申し上げにくいんですけど……小雪さんの病状があまり良くなくてですね……文化祭見学の方が厳しくなったといいますか……」
「っ!……そう……ですか……」
全身の力がぬけて、ギターが落ちそうになる、あわてて持ち直した。
「……本当にすみません。彼女は絶対に行きたいと言い張っているんですけど、医者として無理をさせるわけには行きません……」
「……………わかりました。小雪には、病室で、窓でも開けてゆっくり休んでくれ、と伝えてください」
「そのように伝えておきます。では、また何かあれば連絡させていただきます。」
そう言うと、小雪の担当医は電話を切った。リリィが心配そうにこちらを伺っている。
「どう……だったの?」
「文化祭、来れないってさ」
「………そっか」
「んじゃ、練習の続きすっか!残り2週間しかないしな!」
「……文化祭、来れないんじゃ…?」
「文化祭にこれなくたって、歌さえ届けば問題ないだろ?」
ニヤリと笑う俺を、驚いたような顔でみるリリィ。コソコソと、作戦内容を耳打ちする。リリィは耳が弱いのかすこしえっちな声を出していた。やめなさい!今はシリアスなシーンですよ!
「………あんたバカァ? 良くて謹慎、下手したら退学だよ?」
二号機パイロットのような口調で忠告してくれているリリィを横目に、俺はさっき教えてもらったコードの確認をする。
「妹に、元気が出るような出し物をするって、約束したんだ。死んでも守るのがお兄ちゃんってもんだ。」
「………このシスコン」
「おいおい褒めんなよ」
「仕方ないから、私も一緒に叱られてあげる」
「……無理しなくていいんだぞ?」
「……無理じゃない、アンタのそういう、無茶苦茶してでも誰かを助けようとするところ、嫌いじゃないだけ」
「ありがとな、お母さん」
「お母さん言うな!」
いろんな人に、確実に迷惑をかける方法かもしれない。たぶん、たくさんの大人にも怒られるだろう。
だけど、これしか思いつかなかった。精一杯の俺の歌を、想いを、応援を、生で、直接伝えるためには、この方法しかなかった。
「文化祭まで2週間!!完璧パーペキに仕上げるぞ!リリィ!」
「アタシは完璧にできるかもだけど、問題はアンタよ、頑張りなさい」
「ぬっ……がっ…頑張ります」
この日の練習も最終下校時刻まで続いた。
日間ランキング1位を目標に今後は最低1日2話投稿をすることにしました。評価、感想、ブックマーク等をいただけると更新のモチベーションにつながります。できれば3話投稿したい…!
どうぞよろしくお願いします。




