20話 想いを伝えないで
病院の廊下、備え付けの椅子に座っている。もうかれこれ2時間ほどこうして待っている。
小雪が倒れたのを見た時、一瞬頭が真っ白になって、動きが止まったけれど、すぐに冷静さを取り戻して、俺は病院に電話した。病院が近かったというのもあって、10分ほどで救急車はやってきて、小雪は病院に運ばれた。もちろん俺も同席した。
時計の秒針の音が廊下に響く。小雪の症状は、いまのところ、命に別状はないらしい。あくまで、いまのところは、だ。
今は、さらに細かい精密検査が行われている最中だ。俺はそれを待っている。親たちにはもう連絡した。大急ぎでイギリスから帰ってきている。
昔、俺がまだ小学生低学年の時、小雪が倒れた時のことを思い出してしまう。あの時も不安で不安で仕方がなかった。
お見舞いのたびに、小雪の母親、舞子さんの泣き腫らした顔を見て、小雪の病はそんな簡単に治るものじゃないと子供ながらに感じた。
小雪が倒れてから、料理も、洗濯物だって、舞子さんや小雪のぶんまでら全部完璧にこなすって決めていたのに。小雪に負担をかけないって決めていたのに……!
……俺は小雪に甘えていたのかもしれない。
後悔と疑念に苛まれていると、カラカラと病室の扉が開く、反射的に扉の奥を見る。小雪は眠っているように見えた。
「ご家族の方ですか?」
「はい!小雪は大丈夫なんでしょうか!?」
「安心してください、さきほども言ったように、今現在は、命に別状はありません。本来患っている病気の所為で免疫力が下がり、風邪をひいてしまっているだけです。といっても、治療をしても状況の改善が見られなければ、かなり危険な状態には変わりないので、長期間の入院は必要ですけど……」
「そう……ですか…」
泣きそうになるのを、なんとか堪える。俺が悲しんでどうする。一番不安なのは小雪なんだ。
「精密検査は終わったので、面会は可能です、彼女も不安でしょうから、側にいてあげてください」
「はい」
病室に入り、小雪の側に座る。眠っているように見えた小雪は少しづつ、目を開けて、口を開いた。
「心配かけて、ごめんね」
「……なんで小雪があやまるんだよ、俺がもっとちゃんとしていれば……」
俺が遭難して倒れたときも、小雪はこんな気持ちだったのだろうか。不安で不安でしょうがなかった。心がずっと押しつぶされているみたいで、小雪がいなくなったらどうしようだとか、ネガティブなことしか考えられなくなっていた。
「お兄ちゃん、泣かないでよ」
「だって……怖くて……本当に怖くて……」
いつの間にか、俺は泣いていた。止めようとしても、止まらない。壊れた蛇口のように、次から次へと溢れてくる。
「……心配しなくても、すぐ元気になるよ、そしたら、今年はもう間に合わないかもしれないけど……夏祭りでもプールでも行ってあげるから、元気だして」
「……文化祭だって、体育祭だって……たくさんまだイベントはあるんだ……だから早く元気になってくれ、小雪……お兄ちゃん、お前がいないと、何も楽しめないよ……」
小雪が俺の頬をなでる。心配そうに、そして少しだけ嬉しそうに、笑っている。
「……私の気持ち、少しはわかってくれた?」
「……あぁ…痛いくらいわかったよ」
「鈍感ヘタレラノベ主人公のお兄ちゃんには、いい薬になったね」
けらけらと笑う小雪、俺はその笑顔さえも、俺に心配かけまいと、笑っている笑顔なんじゃないかと疑ってしまう。
自分の気持ちを、12月24日に伝えるだとか、約束を守りたいだとか、そういう変なプライドが吹き飛ぶくらいに。
俺は今、目の前の小雪が、いまもこうしているうちに、どこか遠いところに行ってしまうんじゃないかと、俺が助けに行けないところまで、行ってしまうんじゃないかと、怖くて怖くて仕方がなかった。
「小雪……俺……お前のことが……」
手を握って、小雪の瞳を見つめる。怖い、怖いからいますぐ伝えたい。誠意なんて余裕のあることは言っていられない。とにかく怖い。だから伝えたい。
「……今はダメ」
小雪が俺の唇に人差し指をあてて、その後に伝えようとした想いを、塞きとめる。
「……えっ…」
「……約束、したでしょ、12月24日に告白の返事を聞くって」
「でも……俺もう怖い、もう約束とかどうでもいい……!」
「……私も、そう思ってた。はやく、お兄ちゃんに……ユウに、気持ちだけじゃなくて、言葉で伝えてほしいって思ってた」
小雪の瞳から、宝石のような冷たい涙がぽろぽろと零れおちる。
「だけど、今聞いたら、私、頑張れなく……なっちゃう……」
小雪は不安そうに、震えながら、そう言った。俺が感じる怖さなんかより、比べ物にならないくらい小雪も怖いんだ。
そんなことも知らず、俺は小雪より先に涙を流してしまった。情けないお兄ちゃんだ。
「ごめんな、小雪……お兄ちゃんが間違ってた。」
「うん……」
「12月24日に、俺はお前に、妹のお前に、想いを伝える。」
小雪の目から涙が溢れる、俺はなんとか、涙を堪えていた。
「もしも、親父や、舞子さんが反対したって、関係ない。何が何でも、俺は妹のお前に、想いを伝える。」
「うん……っ!」
嬉しそうに、泣きながら、はにかむ小雪は不思議な表情だったけれど、誰よりも可愛くて、そして綺麗だった。
「……だから、頼むから……はやく元気になってくれ……」
俺は我慢できずに、また泣いてしまう。
「……わたし、がんばるね、お兄ちゃん」
「……おう、ずっと側で、応援してやるからな」
けれど、二人の決意とは裏腹に、小雪の状態はどんどん悪化していった。
誤解されている方がもしかしたらいるかもしれないので、あとがきに書かせていただきます。明言はできないですけど、物語はまだまだ半分いくかいかないかくらいです。まだまだ続きますよ!これからもよろしくお願いします
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