13話 真夜中、ベットの中の告白
ベットの中。
小雪の吐息が聞こえるくらい、俺たちは密着していた。別に他意があって密着しているわけじゃない。手錠のせいで、密着しなければならないんだ。小雪が風邪をひくといけない、布団をかける。俺はすこしだけはみ出しているけれど、問題ない。
小雪の髪の匂いがする。同じシャンプーを使っているハズなのに、俺の匂いとはどこか違う。
女の子特有の匂いなのかもしれない。
「お兄ちゃん、起きてる?」
「……眠れないのか?」
「うん、すこしお話しない?」
「いいぞ」
そういうと小雪は、手錠に繋がれた俺の手を握る。いわゆる恋人つなぎというやつだ。恥ずかしそうに、嬉しそうに小雪は頬を緩めたあと、目を閉じて、天井に顔を向けた。
「小雪さん?」
「ねぇ、お兄ちゃん」
「……どうした?」
「……」
返答がないので、隣に視線を送る。
小雪は真剣な顔で、天井を見ていた。
整った顔立ち、長い睫毛、大きな瞳。整いすぎて初対面の人は怖いと感じてしまうかもしれない。それほどまでに完成された美が、そこにあった。
「……」
「……」
静寂が訪れる。小雪は目を閉じて、何かを考えている。
時計の秒針の音が、心臓の鼓動と、ちぐはぐなメロディーを奏でる。
もしかしたら、本当に何か悩み事があるのかもしれない。小雪の悩みは俺の悩みだ。
幼い頃、小雪が俺を守ってくれたように、俺も小雪を守りたい。
お兄ちゃんとしても、幼馴染としても。
俺は小雪を守りたい。
「お兄ちゃん」
「どうしたんだ、やっぱり悩み事でもあるのか……?」
小雪が、絞り出すように喋る。
「…………まだ、怖い? まだ、私の気持ちが信じられない? 」
「……」
「フライング、しちゃだめなの?」
苦しそうに、小雪は話す。
「………もう少しだけ、待ってくれ……12月まで……小雪の誕生日まで……ごめん…」
俺は最低だ。
小雪の、俺に対する好意はもう、気づいている。気づいているハズなのに、どうしようもなく怖い。
今が一番幸せだから、人生で一番幸せだから、小雪という可愛い妹がいて、リリィという同じ悩みを抱える友達もできた。
だから怖い。
変化が怖い。
ヘタレだとか、拗らせているだとか、臆病者だとか、そう言われても仕方ない。実際にそうだから。
けれど、どうしようもなく、怖いんだ。幼い日のトラウマのせいで、人間関係に対して臆病になっているのかもしれない。
俺は弱虫だから、このどっちつかずの兄妹関係に、一方的に愛を伝えてくれる小雪に甘えているのだ。
「ごめん……小雪、弱くて……ごめん」
「……いいんだよ、お兄ちゃん」
手錠で繋いだ手を、握った手を小雪は両手で包み込む。柔らかくて、優しかった。俺もその手を握り返す。
「怖いのは、私も同じだから」
「小雪も……?」
「うん、私だって、お兄ちゃんに、ユウに、甘えてる。依存していると言ったほうが正しいかもしれない……」
「……妹が、お兄ちゃんに甘えるのは当たり前だ」
「……食事を用意してくれるだとか、家事をしてくれるとか、そういった甘えじゃなくて、よくわからないけれど、怖くなるくらい、甘えてるの。」
小雪の両の手の力がすこしだけ強くなる。
「どうしようもなく、ユウのことが好きなの」
「……」
「だから、いなくなるのが怖い、手の届かないところにユウがいってしまったら、私はたぶん、私じゃいられなくなるかもしれない」
カーテンの隙間からもれる月明かりが、小雪の整った顔をてらす。
小雪は泣いていた。
月明かりが涙に反射して、まるで瞳から宝石が落ちているようにも見えた。
「俺は……どこにもいかない」
「遭難したじゃん……」
「それは……ごめん」
「本当に、怖かった。怖くて怖くて仕方がなかった。だから、繋ぎ止めたくて、なにか形がほしくて、手錠をつけたのかもしれない。」
手錠の音がジャラリとなる。小雪は握る手をさらに強くした。
「お願い、お兄ちゃん。私を飼い殺したっていい、だから、なにか、証がほしいの」
振り絞るようにだした小雪の声は、今まで聞いたことのないように、苦しそうで、哀しそうだった。
本物の好きは、残酷だ。
変化を求めるにも、現状維持を求めるにも、恐怖が伴う。
結果を相手にゆだねているから。
好きな人のたった一言で、麻薬のような快楽を得ることも、地獄のような苦しみを味わうことにも繋がる。
告白とは、相手に生殺与奪を与えるということ。
首を差し出す勇気が、小雪にはあった。俺の目の前には、小雪の首がある。人の悪意に臆病な俺に、『私はあなたを裏切らない』と伝える為に、小雪は俺に首を差し出した。
対して俺は、ただ、その優しさに、
小雪の優しさに、溺れているだけ。
昔のトラウマを、兄妹関係を、言い訳にして。
「小雪」
「……っ」
小雪を、手錠のついていない左手で抱き寄せて。
キスをした。
小雪の唇は柔らかくて、甘くて、溶けそうなほど熱かった。
ずっとくっつけていたいけれど、唇をはなす。名残惜しそうな小雪の真っ赤な顔はとても妖艶で美しかった。
「ごめん……まだ、自分の想いを、怖くて言葉にできないんだ……最低なお兄ちゃんで……ごめんな。」
小雪は驚いていたけれど、すこしして、また頬を赤くして、うつむく。
「……言葉にするのは、まだ先でもいいよ……約束の日まで、我慢する……」
うつむきながら、恥ずかしそうにぽしょりと喋る。
「……飼い殺されてあげる、最低なお兄ちゃんに……。」
目を細め、頬を朱に染めた小雪。可愛らしいとはまた違った表情。妖艶な大人の表情を浮かべていた。
「だから……もっと、証をちょうだい」
「……わかった」
俺はズルイ男だって知ってる。
だけど、もう少しだけ、あと少しだけ、このぬるま湯に浸かっていたいんだ。
約束の12月24日まで……
俺はもう一度、小雪にキスをした。
2度目のキスは、涙の味がした。
次話は中間テスト編です。勉強の苦手なお兄ちゃんに、成績優秀な妹が勉強を教えます。
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