最初の刺客
白鳥は男から全ての事情を聞いた。犯人の事。この男の事。すべてが理解できない。
「お解かりいただけましたか?」
白鳥から声は出ない。下を向いて考えているだけだった。
この男の話はこうだった。
この世界には一般人のほかに異能人と呼ばれる一種の特殊能力が使える人間が存在する。そ
の人間は一般人と混じって世の中で生活しているため、一般人には気付かれることはない。公
に能力を使うことはなく、普通に暮らしている。その異能人の中でも一番危険で最強とされて
いる能力がある。
「それが時の支配人です」
時の支配人とは、すべての時を自在に操ることが出来る。その言葉どおり時を支配できる能
力。そして、その時の支配人を護衛・監視するために彼らの様な異能人だけの機関がある。そ
れがMARBLEである。その機関が監視しているのが、時の支配人である連続強盗事件の犯
人である。彼が許可なく勝手に能力を使用し、一般人に危害を加える可能性が高いと判断した
ため、警察と共同でこの時の支配人を捕まえるというのである。
「こちらとしては、是非力を借りたいのです。お願いします」
「わかった。協力しよう」
「その言葉を聞くことが出来て助かります。では早速」
そして、MARBLEと警察のこれからについて話が始まった。
学校からの帰り道。村正の試し切りなどで遊んでいたため、夜八時を回ってしまった。後ろ
に人の気配を感じる。近からず遠からず、物影に隠れながら、こちらの動きを見ている。
「誰だ。出て来い」
確信はあった。後ろを見ずに隠れているであろう物影に向かって声を発する。その物影がこち
らに近づいてくる。後ろをゆっくり振り向くと、若い紳士風の男が立っていた。手には杖を持
っている。
「はじめまして、時人さん」
男は深々と頭を下げた、その次の瞬間。男の杖が時人の顔を横一閃に通り過ぎた。男は杖で時
人に切りかかったのだ。しかし、時人は寸前でかわしきった。ほう、と軽く感心する様子の
男。避けた事が不思議なくらいに。
「よく避けましたね?」
「知らない人間が名前を呼んだら変だろ?何の用だよ」
男は体勢を立て直し、帽子を深く被りなおした。
「MARBLEです。あなたを殺しにきました」
そのMARNLEの単語を聞いたとき、時人の顔が変わった。
「たいした自信だな。なぜ俺を殺す?」
男は大きくため息をした。そして、杖の先を時人に向ける。
「あなたは目立ちすぎだ。監視する我らが君を『必要悪』と感じたのだ」
どうやら、銀行や宝石店で強盗をしたことが俺だというのがMARBLEに気付かれたのだ。
「どうやって殺すんだ?この俺を。MARBLEなら俺の能力知ってるよな?お前も異能持ち
か?」
「そうです」
「どんな能力だ?」
「今から分かりますよ」
男は杖を地面に向かい突いた。男の周りにある無数の石。それが浮き上がり空を浮遊している
のだ。そして、杖を時人の方へと向けた。空に浮いていた石たちが一気に時人に襲い掛かってきた。時人はかろうじて全ての石を避けることに成功した。
「それが能力か?」
「ええ、『モノを操る』能力です。大小関係なくね、体力は要りますが」
「面白いな」
時人は服の胸ポケットに手を伸ばした。しかし、男はそれを許さなかった。時人に一気に近づ
き、寸前のところで杖が時人の首元を捕らえた。
「時は止めさせない」
時人は耳を疑った。コイツは、俺の能力の、弱点に気付いている。
「君の能力の弱点は知っているよ」
やはり知っているようだ。そうなると時人はかなり不利になる。
「一回、時を止めるのに、時計をひとつ壊さなくてはならない。そうだろ?」
当たっていた。当たっているため、時人は何も言えずにいた。MARBLEは犯行時の全ての
カメラを警察から借りて研究した。そして、知ったのだ。警察程度の一般人には決して分から
ないと思い、堂々と壊したのが仇となってしまった。
「もう、終わりだ。楽に殺してあげよう」
男は無数のナイフを取り出した。時人の顔が一気に青ざめる。
「さっきの石が、ナイフに変わる。避けられるかな?」
男と距離を取る間もなく、ナイフが飛んでくる。必死に避ける時人。ナイフは危険だ。刺され
ば死ぬだろう。時人は何とか全てのナイフを避けることが出来た。瞬間、時人の頬を何かが通
り過ぎた。そして、頬に一線の小さなキズができ、そこから血が流れる。ナイフだ。後ろから
一本、飛んできたのだ。
「さすがに避けられないか」
得意げに話し始める男。時人の耳には届いていない。時人は頬を指で少し触り、見る。
血。真っ赤な、綺麗な血。
時人の眼が変わった。今までの余裕のある眼ではない。狂気に満ちた眼だ。
「お前、俺を傷つけたな。俺に、血を出させたな」
ゆっくりと男の方へとあるく時人。
「今度は、それだけでは済まないぞ」
男は先程の倍近くのナイフを取り出した。それを空に浮かして切っ先を時人に向ける。
「これで終わりだ」
杖の号令ととともにナイフは時人をめがけて飛んでいく。時人に刺さる瞬間、ナイフは止まっ
た。それと同時に、男の動きも止まった。
「ど、どういうことだ。体が動かん」
「俺が、『時』を止めた」
男は時人の回りを確認する。しかし、どこにも壊れた時計の破片はない。見逃したわけでもな
い。まったく分からない。
「お前のせいで、台無しだ」
時人は動けない男のモモに銃を突きつけ、銃弾を放つ。銃声が響き、血が噴出す。しかし、男
は叫び声を上げない。上げられないのだ。
「時よ、動け」
時人のその声で全ての時が動き出す。先程、時人に向かっていたナイフは地面に転がってい
る。男はモモを抑えながら、時人を見上げる。
「どうしてだ、なぜ時を止められる」
「お前の言っていたことは、全てウソだ。時を止めるのに、時計は要らない。俺にとって時を
止めるのは呼吸と一緒だ。他人に気付かれるほど、愚かな能力ではない」
時人はため息をひとつ。そして、再び喋り続ける。
「せっかくのウソがお前で台無しだ。いいか、あれは罠だ。お前みたいに勝手な勘違いをして
勝った気になる奴を倒したかったんだよ。もっと楽しめたのに」
更に時人の顔が狂気に満ちる。殺意さえある顔だ。
「情報が漏れないように、お前を殺す」
その言葉がウソ偽りのない、本当の言葉と悟った男は傷ついた足を引きずりながら逃げようと
する。時人は少し笑った。
「もう無駄だ。いくら逃げても、時からは逃げられない」
時人は男の飛ばしたナイフを拾い集める。その間にも男は逃げ続ける。少しずつ少しずつ。歩
くたびに足に激痛が走る。しかし、この男のことを伝えなければならない。その思いだけが男
を動かしていた。時人と男の距離は徐々に離れる。恐怖で、声が出ない。民家に逃げ込むか、
人が来れば助かる。その直後、前方に人の気配を感じた。これで助かる。そう、思ってしまっ
た。だが、そこから男の記憶は飛ぶ。
「『時』よ。止まれ」
その言葉で全ての時が止まった。先程までは、身体的に止めるだけにしていた。今度は総てを
止めた。肉体も、精神も。時を止められた人は、止められてから動くまで、何もなかった様に
感じるのだ。死ぬことも同じである。死ぬまでの動作を見ずに死ぬことになるのだ。ゆっくり
と男に近づく時人。男の全身に向かってナイフを投げる。そのナイフは男の全て一寸前で止ま
る。
「時が動き出したとき、お前は何も知らずに死ぬ」
時人はゆっくりとその場から立ち去る。角を曲がった後で時の支配を中止する。
「時は、動き出す」
その言葉の後、悲鳴と、叫び声がこの近くに響き渡った。




