五番目の実力者
アネモネは急いでいた。マスターに何かあれば、それは従者である自分の責任である。部室棟が見えた時、爆発がアネモネを襲っ
た。横で第一棟が爆破したのだ。その衝撃で飛ばされるアネモネ。しかし、すぐさま立ち上がり部室棟を目指す。
部室の前に着いた。そこである異変に気づいた。どうやら先程の爆発ですこし、故障してしまったようだ。視界状態に異常がみら
れる。腕の調子も悪いようだ。
「クロノスの仲間だな」
扉を開けようとした、その時だった。暗闇から男が現れた。
「誰ですか。それ以上近づかないでください」
「逢瀬光太郎だ。クロノスとマリア嬢に用がある」
それを聞く前にアネモネは襲い掛かった。しかし、その腕は簡単に逢瀬に受け止められた。逢瀬が腕を持ちながら思い切り壁にアネ
モネを叩きつけた。アネモネは地面に倒れ込む。
「お前は機械だろ。容赦はしない。その部屋に誰かいるのだな」
部室へと向かう逢瀬の足をアネモネは掴む。絶対に行かせてはならない。たとえ体が壊れようとも。逢瀬はその手を掴みアネモネを
持ち上げる。そのアネモネの腹部めがけて蹴りを入れる。2〜3m遠くまで吹っ飛ぶアネモネ。しかし、それでもまだ立ち上がる。
もはや体は言うことをきかない。動かそうにも動かない。けど、水華とマリアは絶対に守る。それは時人との約束でもあるから。
「生身ではないから、簡単には死なないか。なら楽に殺してやる」
逢瀬は手を前に差し出し、アネモネに向かって指を拡げる。
「改めて自己紹介だ。逢瀬光太郎。デクテットの一人。フンフの名を貰い受けたリッターだ。力の序列は五番目。お前を殺す男だ」
逢瀬が『能力』を発動させる。その直後、アネモネを何かが襲う。後方へと吹っ飛び、壁に叩きつけられるアネモネ。体の何かが切
れるような音と壊れる音が聞こえ、意識が消えた。
時人が着いた時、眼前に広がった光景を否定した。アネモネが目を閉じて、倒れている。腕も、足も大破しておりいやな機械音が
聞こえてくる。そして、目の前の男に照準があった。
「お前だな。アネモネを・・・・・・」
それから先が言えなかった。言いたくなかった。信じたくなかった。だが、目の前の男が元凶だとわかった。それだけで、十分だっ
た。
「『時』よ、止まれ!」
切ることだけを考えた。どことか、どうとか、何も考えず、斬って、殺す。だが、時人の体に何かがぶつかった。壁のように男との
間に存在していた。そして、遠くへと吹き飛ばされた。
「『時』を止めても無駄だ。大神時人。その能力の弱点は知っている」
近づきながら冷静にしゃべる逢瀬。完全に見下している。時人にはそれが許せなかった。自分が神であるには見下されてはいけな
い。常に見下さなければならない。だが、逢瀬に斬りにかかっても何かで弾かれてしまう。
「おれの能力は『色即是空』。空気を自在に操れる。先程からお前に空気を凝縮させて当てている」
懐に忍ばせた銃を取ろうとした時人の手は空気により弾かれ、その衝撃で銃も飛ばされてしまう。時人はかなり疲弊していた。それ
には逢瀬も気付いている。
「お前は時を止める。しかし、そこにあるものは変わらない。お前が時を止める直前に空気の膜を作る。お前には決して見えない膜
だ。それに無意識に触れて、時が動き出す。これが、お前の弱点だ」
逢瀬の服が切れる。時人の刀が胸を切りつけたのだ。しかし、血は出ない。体を傷つけるまでには至らなかった。
「ごちゃごちゃとうるさい奴だ。俺は負けない。絶対に!」
立ち上がり、刀を構える。しかし、剣先は震えている。すでに限界だった。
「無理だと言っただろう。もう終わりだ」
「『時』よ。止まれぇ!」
だが、時は止まることはなかった。一瞬早く、空気の塊を時人の全身にぶつけたからだ。周りの建物を傷つけることなく、時人だけ
を倒したのだ。
「あっけないな。クロノスよ。その程度か」
逢瀬は再び部室を目指した。もう、誰もいない。クロノスの仲間は五人。アネモネと時人。鮫島とアリオットと戦った男二人もただ
では済まないだろう。
これでよかったのだ。犠牲は多いが、マリア嬢を捕まえることもできるし、クロノスを倒した。この部屋の中にもう一人の仲間が
いようとも、倒せないわけではない。部室の近くまで来た逢瀬はあることに気付いた。アネモネがいない。先程まで倒れていたあの
場所にいない。周りを見渡した。どこにもいない。後ろを振り返ると、クロノスもいなくなっていた。そして、辺りを暗闇が支配し
た。
何が起こったのか、逢瀬には分からなかった。廊下ではなく、自分がどこにいるのかも不明だった。地面がある感覚もない。暗闇
に放り投げられた感じだった。
そこで、ある椅子に座った男を見つけた。足を組み、手を組んでこちらを見ている。
「ようこそ、時の地へ」
「誰だ?お前は」
男は少し黙り、また話を続けた。
「時人、君たちの言い方だと『クロノス』かな。よく倒せたね。敬意を表するよ。しかし、まだ彼は『時の眼』を開けていない。そ
れ故に君は勝てたのだ」
「その、『時の眼』というのがあれば俺は負けていたと?」
「負け、では済まない。死が待っている。必ず」
男は逢瀬の戦い全てを否定しているような言い方だった。
「君はまだ、『時の支配人』のことを何も知らない。君の考えた対抗策など無意味だ。それほど、『時の眼』は強い」
「それほどまで言うのなら、お前の実力を見せてもらおう」
逢瀬は男に近づいた。しかし、いくら歩いても男との距離は縮まらない。
「無駄だ。ここは私の心の中だ。君はただ、私の話を聞けばいい。『時の支配人』について」
それから、男の話は始まった。内容はいたって簡単。ただ、『時の支配人』について話しただけだ。
「単純に、『時の支配人』は一族だけの能力だ。そして、その能力の奥に『時の眼』がある。それは全てを支配する魔眼だ。どの能
力にも決して負けない。その眼には四つの能力があり、そのどれか一つを使用することができるのだ。それは全て最強の能力を持ち
合わせている。君も気を付けたほうが良い。時人が開眼するまで、もうすぐだ。私としては楽しみでね。君には時人に近づいてほし
くない。だから、ここに呼んだのだ」
「お前は何者だ?なぜ、そんなことを教えてくれる」
「時人と同族だからだ。彼は大事な存在でね。君に殺される訳にはいかない。それに、ここでの事と、時人に関する事を全て忘れ
る」
「なに!」
「もう、遅い。『眼よ、彼の者に、一時の忘却を与えよ』
その言葉を合図に逢瀬は苦しみだした。頭を抱えて地面を転がりまわる。
「気を失うと、元の世界に帰れる。安心したまえ」
逢瀬は目を覚ました。道路の脇で蛍光灯の明かりに照らされていた。そこで、自分のことを考えてみる。たしか、誰かを探すため
に、赤羽付属に来たはずだ。しかし、誰を探しに来たのかを思い出すことはない。そして、今まで『時の地』にいたことを。




