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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
9/61

第五篇『人呼んで悪魔のブラックバアル』上

この作品は時々ヒトがエグい死に方します。御注意下さいませ

 それは深夜のことである。ケンが眠りに付けずに半月を見つめているまさに同時期、国境近くの森にて一つの影が佇んでいた。そこに、二つの赤く光る目が近付いた。


「遅かったじゃないか、ゼーブル」

「君こそ早すぎるのだ、デング」


 ハエの仮面に付いた、赤い複眼が闇夜の森に不気味に光る。


「その不気味な仮面を取りたまえ」

「言われなくとも取るつもりさ、君に顔を隠す必要はないからな」


 左の手袋を外して顔の前にかざすゼーブル。その甲に刻まれた、ドクロを背中に持つハエの紋章が光ると仮面が外れ、左手そのものに格納される。手袋を戻すその顔は白髪混じりの初老の男性であった。黄金色の眼、


「して、何用だね。新しい取り引きか?」

「そんなところだ。しかし聞いておきたいことがあってな」

「ほう」


 懐から出した小さな紙を月明かりに当て、その内容を見せる。男の写った写真であった。


「吾輩の仮面についた宝石を通じて見た景色を、手頃な紙に照射したモノだ。そして聞きたいのはこの男のことでな」

「……コモド・アルティフェクス。確か魔女、ラァワ・アルティフェクスに育てられた凄腕の闘術士と聞いたが」

「君の部下だったそうじゃないか。詳しく聞かせて欲しい」

「アイツは元々優れた職人の素養があった。上手く育てていればこちらにとって何処までも良い切り札になったかもしれん。しかしあんなことになるなんてな」

「あんなこと?」


 ふん、と少しだけ鼻で笑うとデングは続けた。


「ヤツは生意気にもこちらの裏取引に異を突き付け、直接叩き潰しにかかって来た。結果的には友人を失い、私を取り逃がし、最後には責任なるモノを感じて研究所を辞め、そして闘術士となった。コモドだろう、お前の配下を潰して回ってるらしい不届き者は」

「実に九割はヤツによるモノらしい。だから聞いたのだ」

「ヤツの狙いは恐らくこのデング様だ。きっと頭と胴体、五臓六腑を泣き別れにしたとしてもまだ足りぬと言うだろう。私が表舞台から姿を消して貴様に協力しているのもこのためだ。隠れ蓑と用心棒が欲しいからな」

「なるほど……」


 写真を懐に仕舞い込みつつゼーブルが口を開く。


「つまりヤツは、君を全ての元凶だと思い込んでいる、と」

「そういったところだろう、しかし私一人でそこまで深い根を張れると思い込んでる辺りやはりバカだよあの男は」

「バカな男、か……吾輩はむしろ興味が沸いていてね」

「ほう?」


 驚いた表情でデングが声を上げる。


「ヤツはつまらん男だぞ? そしてゼーブル、いや『ブラックバアル』にとっても危険な存在だ。早めに始末するに限ると思うが」

「そうだ、始末する。だがあの執念に燃える眼、オーク相手に掴みかかるような戦いぶり、何処までも戦ってみたくなる男ではないか、闘術士の端くれとしては」

「呆れた。せいぜい勝手にやってくれたまえ」

「それが、君の協力が不可欠でねぇ。取引とはまさにこのことに関してだ」


 いつの間にか仮面を身に着けていたゼーブル、後ろに隠した右手の手袋を外しながらデングに話しかけた。


「そんなことに協力だと。ふざけたことを言うと技術支援を打ち切るぞ」

「ふん……聞く前から破談とは。つまらん男は君の方だったようだな、ドクター・デング」


 次の瞬間、眼にも止まらぬ速さでゼーブルの右手がデングの首を掴んだ。ズブズブと指が皮膚の下に沈んでゆく。


「何をするゼーブル……!?」


 浮き上がり、足をジタバタさせながらデングがうめく。その様子を、仮面に付いた複眼を赤く光らせながらゼーブルは見つめていた。低く唸るような声を発しながら。


「所詮、君のようなただの強欲男には分からぬ話よ。何に価値を見出すかは個人の自由。それを君の、自身の欲望と幸だけを願うつまらん思考で邪魔をされては困るのだ。何より君の手こそ必要ないのだよ、今の我々『ブラックバアル』にはな」

「離せぇ……離せぇ……!?」


 手袋で隠されていたゼーブルの右手は死人のように骨が張り、高級な赤ワインを思わせる紫色に染まっている。その色が、彼の指を介してデングの皮膚に少しずつ移ってゆく。


 やがて傷口から泡が噴き出し始めた。深く刺し込んだ指を引き抜くと、デングは受け身すら出来ずに倒れ込んだ。


「ガハァ、あぁ、ぁぁ……」


 喉に開けられた穴からは次々に血の混ざった赤い泡が噴き出し、最早声らしい声は上げられない。ましてや悲鳴などもっての他であった。その傷口からはゼーブルの手を染めていた赤紫が、毛細血管に染み渡るかの如く急激に広がっていた。


「夜明けまでに関所に行けば助かるだろう。だが間に合うかな?」


 手袋をはめ直した右手で弾指を鳴らして真上に掲げると、ゼーブルの姿は赤紫の炎を上げて消えた。




 高床式の床下に立て掛けられた、シンプルな銀の自転車。異世界に飛んでしまった今、ゴーレムにもあっさり追い付かれる現実の前に、最早出番はないと思われていた。


「こうやるんです」


 そこに持ち主であるケンが現れる。グリップを握り、サドルに座り、足をペダルにかけ、地を蹴ると走り出す。足を交互に踏み出すごとに車輪は回り、軽く建物を一周すると戻って来た。


「へぇ、魔力要らねぇのか」


 関心するのはコモド、彼はこの自転車に興味を示している。魔動機の一種、そう思っていた自転車は少しだけ想像と違っていた。


「足無しで、前に進むんだな。その輪っかに秘密あり、かな?」


 ケンの降りた自転車を、コモドはあちこち触ってみた。ペダルをつまんで動かしてみたり、車輪をつついてみたり。ハンドルに付いたブレーキを握ってみたりもしている。


「乗ってみますか?」

「え、良いの?」

「ちょっと待ってて下さい。コモドさんデカいなこうして見ると……」


 サドルの位置を一番高く調整する。おっかなびっくりで自転車にまたがるコモド、何だか異様な光景である。


「いきなりペダルを踏むのは難しいです。両足で、地面を軽く蹴って進んでみて下さい」

「こ、こうか?」


 補助輪などない。この自転車には一時的にキックバイクになってもらおう、そうケンは考えた。


「おう、結構進むな、これ」


 少しよろけながらも、コモドは順当に自転車のコツを掴みつつある。


「え、上手い……」

「おっしゃ、コツが分かればゴーレム使うより楽だぜ」

「あ、じゃあ、ペダル踏んでみて下さい、その黒いのに足をかけて、交互に踏み出すんです」

「ペダルペダル……コイツか」


 ついにコモドの両足がペダルにかかる。上がっていた右足をグイッと踏み出すと、同時に車体が大きく前に進み出した。上がった左足をさらに踏み込む。何と言うことだろう、コモドは乗ってから十分も経たずに、自転車を乗りこなしつつあった。


「ケンちゃんコレ良いな! このスイスイした感じがたまんねぇ、毎日コレに乗ってたのか!?」

「ええ。しかしコモドさん。ホントに、ホンットに初めて乗るんですか……?」


 自転車に乗ったコモドは工房の周りや床下を文字通りスイスイと、水を得た魚のように走り出した。その様子を、ケンは驚愕と共に見つめていた。この男、やはりタダ者ではない。


「あぁ、そうだ。ある程度速度がないとすっ転ぶので、気を付けて下さいね」

「え、何だって?」


 言った側から、コモドは派手に横転した。漕ぐのを止めてケンの方を振り返ろうとして、ハンドルを切り過ぎたのだ。


「っててて……」

「大丈夫ですか?」

「平気平気、しかし面白いなコレ、もうちょい良いかな」

「ああ、どうぞ」


 先程よりは慣れた様子で、地を蹴り出しコモドは走り出した。異世界の存在同士であるヒトとモノが今、共に互いを前に進めている。コモドは速度を落とすことなく、工房の周りや床下、里の中を自在に走り回る。


 寝そべった竜達が、通行人達が、誰もが彼の姿を見ていた。最初は得意げに手を振り、風を友としていたコモドであったが、しばらくするとその顔は焦りに染まり始めていた。


「なあケンちゃん!!」

「はい」

「これどうやって止めるの!? さっきみたいにすっ転べば良い!?」

「あぁっ、えーと、ブレーキ、握ってるモノについたヤツをグッと握って」

「これかな」


 徐々にスピードを落としていくコモド。しかしこのままで転倒する。


「今度は片足を地面に!!」


 足を降ろし、地に軌跡を刻みながらコモドが停まる。停車した途端に、彼の額からドッと汗が流れ出た。


「これ……これ……」

「コモドさん?」


 自転車から降り、ターバンを外して顔を拭くなり、コモドは叫んだ。


「これ良いなッ!! 最ッ高だァ!! ここまで刺激的な出会いは初めてだァアアアア!!」


 今まで見たことのないコモドのテンションにケンは驚いた。


「魔動機のようで魔動機でないッ! しかしここまで風を受けながら走ったことはないッ!! ゴーレムではまず経験出来ないこの疾走感ッ!! 何と、何と心地が良いのだッ!!」


 自分のモノでもないのに熱く語るコモドに、ケンはただただ気圧されるのみであった。


「ありがとうッ! ケンちゃんには感謝してもしきれないッ!!」

「いや、あの、暑苦しいですさっきから」

「すまんッ! そこで一つお願いがあってな」

「何でしょう?」

「この自転車、だっけか。少しの間で良い、貸してくれないかッ!!」

「す、少し!?」


 ケンは驚いた。ここまで叫ぶ程気に入ったにも関わらず、コモドは少しの間だけ借りようというのだ。


「あれ、借りちゃダメ?」

「いや、少しで良いんですか?」

「そうだ少しで良い! 俺はこれでも、魔動機研究で有名なとこで十年は務めてたんだ。自分の分は、自分で作って見せるッ!!」

「な、なァアアア!?」


 意気揚々と、鼻歌を歌いながら自転車を元の位置に引っ張るその姿をケンは、驚愕の表情で見つめていた。


「コモドさん、実は珍しいモン好き?」

「おう。俺は見たことないモノは大好きだぜ」

「好奇心、すごいんですね」

「俺にとって好奇心とは『なくてはならないモノ』でな。空気や水と同じ、これなしじゃ生きられねぇぜ」


 ケンが自転車を柱にくくり付けると、コモドがそこのしゃがみ込んでアレコレ手で触りながらブツブツ言い始めた。手が黒くなることにも構わず、時に匂いまで嗅ぎながら。


(コイツこっちの世界じゃ絶対不審者だよ……)

「この鎖が鍵になっているらしいな、なるほどここを踏み込むとコイツが回転し、鎖が引っかけ後ろの輪っかを……」


 今度はハンドルに興味を持ち始める。


「コイツ握ると……ほうほう、ここをね。ん~、アフリマニウムが欲しいなコレは」

「え、アフリマニウム?」

「嗚呼、アフリマニウムってのはな。イレザリアの領内でだけ採れる、銀みてぇなモンだよ。えーとそうだな」


 コモドは手甲から刃を展開した。そしてもう一度格納して見せる。


「俺の手甲に仕込んだ刃は、アフリマニウムを使った流体合金、タルウィサイトで出来ている。今みたいに俺の意志一つで、出したり仕舞ったりが出来るワケさ」

「え、それ何かの機械じゃなかったんですか……」

「コイツは魔動機じゃねぇよ、タルウィサイトに混ざったアフリマニウムの性質を使ってんだ」


 そう言うとコモドは刃を格納した手甲を外し、ケンに投げ渡して見せた。受け取ったケン、しかしこの手甲にはある違和感があった。六十センチはあろうかというドスを仕込んだ手甲、にも関わらず。


「あれ、軽い……?」

「そうだ、非ッ常に軽い。実際に付けてみると分かるがね、あまり着けているような感じがしないぜ。だがな……」


 コモドが手甲に触れて、グッと力を込めたその時である。あの刃が展開した。と、同時に、


「重ッ!? え、何で!?」


 思わず両手で支え、足がプルプルと震えだす。すぐに刃を格納するとコモドは手甲を受け取った。


「俺の意志一つでああなる」


 手甲を着け直しながらコモドは続けた。


「アフリマニウム最大の性質でな、扱うヤツの精神によって影響されるってのがあるんだ。特に重さが著しく変わる。達人ともなれば自在に浮かせて飛ばすことすら出来るんだぜ、凄ぇよな。で、その性質を特に活かせるのがこの手甲剣さ。普段は着けてることを忘れるくらいに軽いぜ、でもいざとなれば重みのある刃に変えて、斬る!! って出来るワケさ」

「考えられない、色んな意味で考えられない……質量保存の法則は何処へ……」

「まぁしかしいつまでも外で喋っててもしょうがねぇや。中入ろう、図面引きたい」


 二人が工房に入ろうとした、その時であった。


「コモドさんはいらっしゃいますか」 


 低めの声が引き留めた。


「え、あ、ウラルさん。コモドさん、ウラルさん来ましたー!」

「ウラルさんが? ちょっとお待ち下さい」


 大急ぎでターバンを巻き直しながら、コモドが階段を駆け下りてくる。


「これはどうもウラルさん、今日は非番ですかい」

「いや、仕事なんですがね。貴方にも大いに関係のあるお話なんですよ。デングという男を御存知ですね」


 ピクッ、と眉毛を動かすと、コモドの顔が険しいモノに変わった。


「……ヤツが見つかったのですか」

「見つかりました」

「何処にいるんです」

「関所にいますよ。ただし」

「ただし?」


 怪訝そうな顔をするコモドを見たウラルは一度目を閉じ、少しだけ間を置いてから話を続けた。


「もう、貴方が手を下すことは叶いません」

「何故だッ!!」


 グワッと隻眼を開き、噛みつくようにコモドが吠えた。しかしウラルは少しも臆することなく、続けた。


「亡くなりました。今朝、関所の近くにある森で発見されたのです」

「何だって……」


 肩を落とし、茫然とコモドが呟く。それでも淡々と、ウラルは職務を果たそうとしていた。


「関所まで御同行願えますか。貴方にだけは、是非とも見せておかねばならぬのです」

「分かりました、向かいましょう。ケンちゃん、留守番頼むぜ」

「あ、はい。でもコモドさん、そのデングって人と一体何があったのですか?」

「俺のかつての上司だ。しかし八つ裂きにしても足りない程のクズ野郎さ」


 コモドの顔は複雑な表情をしていた。喜ぶべきか、悔しがるべきか、しかし不審がるべきであると。


「ああ、失礼。ケンさんにもお尋ねしなければなりませんでした」

「え、何ですか?」


 懐から紙を取り出しつつ、ウラルが口を開く。


「このマークに見覚えは?」


 そこに描かれていたのは、ハエであった。しかし胸にあたる部分にドクロをあしらった、とても不気味なモノである。


「知りません、ただ……」

「ただ?」

「僕見たんです。ハエです、ハエみたいな顔の男です」

「ハエみたいな顔?」


 コモドとウラルが顔を見合わせた。


「このマークは、貴方が保護されたらしい地下アジトにて見つかったモノでしてね。また、デングの腕に刺青として彫られてたんですよ」

「ハエ男、ドクロを背負ったハエの刺青……何か繋がりがありそうだな」

「ああ、そう言えば!」

「何か思い出しましたか?」


 ウラルが尋ねる。ケンは少し考えた後、こう答えた。


「何かそのハエ男、自分のことを貴族から沸いたハエ、みたいなこと言ってましたよ。確か……ミスター・ゼーブルとか呼ばれていた、ような」

「ミスター・ゼーブル……?」


 コモドは名前を繰り返しつつ、ウラルに目を合わせた。しかしウラルは首を横に振る。知らないらしい。


「他には、他には何か言ってませんでしたか?」

「いや、その後すぐに、そいつの目が光ったと思ったら意識が飛んで……」

「どうやら相当厄介なヤツが絡んでるらしいな」

「とりあえず書いときましょう。では二人とも、御同行願えますか」

「俺は良いが、ケンちゃん大丈夫か?」

「大丈夫です。それにこのまま放っておくと、自分自身が危ない気がするんです」

「分かりました、参りましょう」


 関所に向かう道すがら、ケンはコモドに尋ねていた。


「あの、コモドさん。ちょっと聞きづらいんだけど、そのデングって人はどんな上司だったんですか?」

「マジメで仕事に妥協のない、完璧な職人さ。魔動機の最前線を引っ張る、一流の研究者としても大いに尊敬していた。しかしそれはあくまで表の顔でな……」


ついに、本編でも名前が出ましたアフリマニウム。職人から見れば良い素材なんですよ

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