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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
序集 『異世界奇行』
8/61

第四篇『涙の数だけ強くありたい』下

この作品は時々理屈っぽいです。御容赦下さいませ。

「ふぅん。それでケン君をラァワ様の元に?」


 ピロートーク。茶の入ったカップを口に運ぶコモドに、ラビアが話しかける。


「せっかくプロが身近にいるんだ。俺のような話掛け方すら分からんヤツよりかは良いに決まっている。しかしなぁ、母さんのことを最低でも二十年は見てたっつうのに、俺には出来ねぇんだよなぁ」

「離れてた時期が地味に長いわね、研究所時代かしら」

「全く以てその通り、俺はこれでも魔動機研究の最前線にい……あっ」


 コモドの耳にラビアの舌がぬらりと走った。耳殻をなぞるように這う度に、彼の口から熱を帯びた息が漏れる。ぞくぞくするような快感に耐えながらテーブルに置いたカップ、中身は既に空である。


「もう、すぐに過去の話にこだわるクセこそ気にしなさいよ、今度は耳の穴に突っ込んじゃおうかし……ってちょっとぉ」


 ラビアの長い耳たぶを、コモドは口に含んでいた。唇を使い、麺でもすするようにスルスルと呑み込んでいくごとに彼女の口から悩ましい声が響く。やはりカップは空である。


「さっきのお返しだ。何ならもう一戦、いかがかね?」

「言ったわね。良い声で鳴かせてあげるわ」



 窓の外にいる。ヒトが、三階の部屋の、窓の外にいる。現代日本から来たケンには理解の出来ない光景である。


「ちょっと待ってラァワさん、色んな意味でちょっと待って」

「私なら大丈夫よ? 何なら十階でも二十階でも構わないわよ、そんな建物見たことないけど。それよりそこにある飛眼鏡ひがんきょうをとってくれる?」

「へ、これですか?」


 ケンはラァワの指差す先にある、航空用ゴーグルに似たモノを取り出した。


「そうそれ。じゃあちょっとむこう向いて」


 そういうとラァワはケンにこの飛眼鏡を取り付けて、頭に合わせてバンドを締めた。


「どうするんですか、お散歩ですよね?」

「そう、朝のお散歩」


 そう言うと、ラァワの腰から光が走る。まるで後光のように。


「といっても、空中散歩だけどね」


 この一言の後、彼女の腰から伸びた光が形を成した。実に大きな、蝙蝠の翼である。


「すごい……」

「思い出すわね、コモドを抱えて飛んだあの日を。さ、行きましょう」


 手を伸ばすラァワに、ケンは両手を伸ばした。すると素早く彼を背中に乗せ、


「しっかり掴まるのよ」


 そう言って窓から駆け出したラァワの翼は更に大きく開き、空中へと彼女達を持ち上げる。


「おっと、戸締りはしなくちゃね」


 窓に向かって弾指を鳴らすと、一人でに窓は閉まり鍵がかけられた。


「魔女は空も飛べるのよ。私の場合はこのコルセットを媒体に、光の翼を広げるの」

「箒に乗るんじゃないんだ……」

「何それ初めて聞いたわね。でもそちらの世界の魔女も中々面白そうじゃない」


 大きく円を描きながら、ラァワは自らの家の周りをゆっくりと見せている。


「私の家、周りと比べても大分違うでしょ」

「違い過ぎて、最初ビビってました」


 周りのアジア諸国をごちゃ混ぜにしたような木造が多い中、ラァワの家だけは中世ヨーロッパの風を吹かせている。


「この家は私の故郷で、主に貴族に使われた石造りで出来てるの。魔女の時は永くてね、長く持つ家が欲しかったのよ」


 ツタの絡む白い壁を後にして、光の翼がゆっくりと空を滑る。眼下に広がる景色は、歩いただけでは分からない混沌に満ちていた。川沿いをなぞるように街は広がり、幅の広い河には無数の船が見える。町の境目には森が広がり、豊かな水源が創り出したモノであることを示している。


「湖が見えるでしょう?」

「セピア湖でしたっけ」

「そうそう。あそこは良いわよ」


 町から少し離れた湖に、翼を広げた影が突っ込む。ブーツの先端を水面に少しだけ付けるとラァワは駆け抜ける。湖に軌跡を刻み、速度を上げ、水浴びをする蹄竜達ともすれ違いながら。ケンはラァワの背中で、風を受けながら、この今まで経験したことのない飛行体験に胸を躍らせていた。


「この水面に月が映るととてもキレイでね。特に満月の晩はこの水面の月を愛でる祭りが行われるの。私達、魔女にとって神聖の儀式だったけどね、今では皆が参加するのよ」


 そう言うとラァワの軌跡は円を描き、独特な揺らぎが水面をざわつかせる。まるで氷の上をスケートで滑るように、彼女のつま先は水面をなぞっていた。


「月と水面……あなた達にとって、やっぱり大事なモノなんですか?」


 成人の儀の際の言葉を思い出して、ケンは尋ねた。


「そう、湖月教こげつきょうといってね。これが魔女にとっての宗教、といっても実質的な国教になっちゃってるけどね。月の明かりと導きが水面に波を立てることで命を生み出した、と考えているの。命の本質とは揺らぎ、そう信じられているのよ」

「じゃああの、三日月を書く祈りは……」

「そうよ、元々は私達のモノなの。でも誰が信じても良いの」


 ラァワの語る教義から分かるように、広い水面をたたえて月をよく映す湖はこの世界においては神聖な存在である。そして同時にあらゆる生命の故郷として受け入れる象徴。魔女の信仰する湖月教には自然を崇拝する古代宗教としての顔も強く、自然と縁のない者はほとんど存在することがない。だからこそ、実質的な国教として受け入れられているのである。


 湖から離れ、今度は国境に向かう二人。その途中にジーペンビュルゲンの集落が見えた。コモドの工房がここにある。空から見ても分かる、闘竜達の姿。森と草原に囲まれ、縫うように人里が存在している。


「コモドがここに工房を構えたのは、私の住むペンタブルクに近いからってのもあるんだけどね。闘竜の一大生息地でもあるのよ。竜に乗って駆け抜けると分かりにくいかもしれないけど、ここは一際豊かな自然が広がっているの。それが、国境を越えた途端にね」


 ケンの目にもそれは分かった。植物が激減している。ペンタブルクとジーペンビュルゲンの間には豊かな森林が広がっているのに対し、ジーペンビュルゲンからイレザリア領に入った途端に、荒野は広がっている。上空から見れば一目瞭然であった。そしてその国境にある関所から、煙が上がっているのが見えた。


「あれは何ですか、かがり火にしてはもう明るい時間ですよ?」

「ああ、アレね。実はね、私が散歩に連れ出した理由はまさにあれなのよ」

「どういうことですか?」

「太陽が昇る頃に行うここの日課よ。まぁ降りてみれば分かるわ」


 ラァワはその場に降り立ち、翼を畳んでコルセットに格納するとその煙に近付いた。独特な香りが辺りに立ち込めている。


「ウラルさん、お久しぶりね」

「ラァワ様……」


 火を焚くそばに、関所の役人ことウラルの姿があった。木札を一つずつ火にくべていっては、祈りの仕草をとっている。


「ケンちゃん、ここを越える時に、木札を渡したのを覚えてる?」

「覚えてます」

「今、ここでやっているのはね。帰って来なかった者の木札を燃やして弔う大事な儀式なの。死体の残らぬ死に方をする人が多いでしょ、だからこうしてせめて形だけでも、ね」

「帰って来なかった……デルフ達のですか」


 するとウラルが、一つの木札を手にケンに近付いてきた。


「ケンさんでしたね。これがデルフさんの木札です。生前あの方と親しかったと聞いておりますよ、コモドさんからね」


 ウラルから受け取った木札を、ケンは握りしめた。帰って来なかった者の木札、という言葉が彼の脳裏に反響する。


「どうか、そこの火にくべてやって下さい。月の元に水面から生まれ出でた命を、朝の陽の元に炎として還してあげるのです。この木札はいわば旅人の分身、貴方が見送ることでもきっと彼の魂は旅立てることでしょう。さぁ」

「デルフ……」


 握りしめた木札を見つめるケン。浮かんでくるのは、生前ほんのわずかに会話しただけの記憶であった。年恰好の近い存在、もし生きていればこれから長い付き合いだったであろう。それが自分と会ったその日のうちに殺され、次に会った時には怪物と化して自分に襲い掛かり、終には眼前で炎の中に消えて逝ったのだ。


「さよなら、デルフ」


 ケンは木札を炎に入れた。彼の目から流れた涙は煙が入ったことによるモノか、友人を送る悲しみによるモノか。彼の前でウラルがやっていたように、ケンも額に指をあてると月を描き、そして手をそっと合わせた。


「これで、良いのですかね」

「ええ、ありがとうウラルさん。ケンちゃん、行くわよ。お散歩らしく、ちょっと歩きましょうか」


 ケンを連れて、ラァワは関所を後にした。そのケンの足取りは、昨日のような重く落ち込んだモノでは最早なかった。


「ケンちゃん。やっぱり優しい子ね。コモドを思い出すわ」

「コモドを……?」

「あの子もね、根はとても優しい子なのよ。辛い経験は時として人を優しくする、その優しさから生まれる強さこそが時に固い拳を作り、時に術に鋭い輝きを灯す。そうありたいわね、本当に」

「辛さが優しさになって、優しさが強さに……」

「すでに貴方の目には、あの日のコモドと同じ光が灯っているわ。ケンちゃん、貴方はきっと優しく、強い子になる。それこそが元の世界に帰るカギになるわよ、きっとね」

「元の世界にか……」


 ケンは振り返った。木札をくべた炎が燃え盛っている。その中に、ありし日のデルフの顔が浮かんで見えた。


「デルフ……僕はきっと、君の分までも生きてみせるよ」


 それを聞いてか、デルフの顔はうなずくとそのまま炎の中に消えていった。最早ケンの目に涙はない。


「そう、その意気よ。さ、コモドの工房に行きましょう。ここから歩いて、ちょっとで着くわよ」


 振り返ることは最早なく、ケンとラァワは歩いて行く。それを背後から見守りつつ、ウラルは今最後の木札を燃やし終わった。


「血の繋がりも、生まれた世界も、本当に何もかもが違う三人が巡り合い、支え合い、家族になれる。人間まだまだ捨てたモンじゃないなって、貴女を見てると思うのですよ。ラァワ様」


 そう言って取り出した紙には、ラァワの字が書かれていた。デルフを送る役目をケンにさせて欲しいという、実にシンプルな願いが刻まれている。用事の済んだこの手紙を火に送り、いつまでもウラルは炎の向こうに歩く二人の後ろ姿を見つめていたのであった。


 コモドの住む集落に辿り着いた二人。階段を上がり、扉を開けるとそこで待っていたのは長いイスの上で布で下半身の一部だけが隠れたまま眠る裸のコモドと、彼に抱かれつつその腕を枕に眠るラビアの姿であった。


「ん……何だ……って、母さんッ!?」


 大慌てになるコモド。ラビアの肩を何度か叩いて起こしつつ、素早く服をかき集めて着始めた。


「コモドさん……まぁ……」

「ふふっ、夕べはお楽しみ、だったみたいね」


 いそいそと服を着だすコモドの横で、ゆっくりと身を起こすラビアは中途半端に何か着ただけの姿をしている。思わず鼻を押さえたケンの目を素早く手で覆い、ラァワは扉を閉めた。


「ちょっと待ってあげてね。男女の営みは後片付けまで済んで初めて終わるのよ」

「はい」

「まぁ分かってると思うけど」

「はい」

「しかしコモドも成長したわね、元々あの子とはケンカ友達だったのに」

「はい?」

「まぁ、また今度話してあげるわよ。コモド、そろそろ良いかしら?」


 扉が開き、コモドが言う。


「母さん、もう良いよ。お茶淹れるから皆で飲もうか」

「せっかくだけど、そろそろ戻らないといけないのよ。三人で飲んでてちょうだい」

「あー、コモド。あたしもそろそろ出なきゃいけないのよ。次に行く場所があるからさ」


 そう言って、ラビアとラァワはアイサツもそこそこに違う方向へと飛び去って行った。


「あれま、野郎ばっかりが残っちまった」

「ですね」

「それはそうと、匂いから察するに木札焼きにでも行ってきたみたいだね?」

「はい、デルフの分を送ってきました」

「そうか、何とか踏ん切りを付けられたみたいだな」


 長い銀髪をターバンでまとめながら、コモドがケンに尋ねた。


「すまねぇなその……俺もだんまりでさ」

「いえ、僕だってその、多分あの時は喋ったとしても……」

「んー、何かお互い、似た部分があるみてぇだな、こりゃ……」

「かも、しれないですね」


 ケンのセリフの後に眼の合う二人、思わず両者とも笑い出した。


「どう接したら良いのか分からねぇことがお互いちょいちょいあるかもしれねぇ。昨日は散々これで悩んだけど、今ちょっと分かったよ。敢えてお互いのんびり休んだ方が良いことがあるってな」

「ですよね、一人になりたい時とか、ありますよね」

「それだそれだ。何だ、そう考えると急に親しみが出てきたぞハハハ」


 コモドは残った茶を注ぐと一気に飲み、ケンから空のカップを受け取り洗い場に立った。


「そうそうケンちゃん、一つ良いかな」

「何でしょう」

「ケンちゃんの魔動機、貸してもらえねぇかな」

「魔動機?」


 一瞬だけ考え込んだケンであったが、すぐに分かった。自分が持ち込んだモノなど、服以外はアレしかない。


「自転車……床下に立てかけてある、アイツのことですか?」

「そうだ。あんな魔動機は初めて見る。だから大いに興味があってね」


 振り返ったコモドの目には好奇の輝きが灯っていた。

~次篇予告~


ケンです、やっと予告担当です。コモドさんが自転車に興味津々だけど何をする気だろう。乗りたいのかな? 

次篇『人呼んで悪魔のブラックバアル』って、何だこのサブタイ!?

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