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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
序集 『異世界奇行』
7/61

第四篇『涙の数だけ強くありたい』上

この物語では時折十八禁にならない程度のスケベ展開が来ます。御注意下さい

「ねぇ、コモド」

「何だいラビア」


 ここはコモドの工房の中、彼が今アレコレいじっているのは義足であった。その持ち主、ラビアは長イスに横になりながら、コモドに声をかけている。


「あのケンって子、何処で拾ってきたの? 何か変な雰囲気がするのよね」

「雰囲気? 感じ取れるモノがあるのか」

「ええ。ちょっと興味が出て来たのよ。でも貴方と違って、戦って確かめるってワケにはいかなさそうだし」

「それで正解だ、アイツまともに戦ったことがないからまた腰抜かすぞ。せいぜい何処かの学び舎で、訓練用の植物で出来た剣を振ったことがある程度らしいな。母さんの占眼符によると、金属で出来たまともな得物はここに来て初めて握ったみてぇだ」

「余程つまらない所から来たみたいね。あたしそんなとこにいたら頭おかしくなっちゃう」

「分からないぜ、もっと違う刺激に溢れているかもな」


 歪んだ部品を外して取り換え、組み直す。赤銅色の隻眼が、改めて自らの作った義足を見つめている。関節部を曲げ、すねにあたる部位のしなりを見る。ラビアの義足は太ももの途中から足先までであり、滑空時の跳躍力の補助や蹴りを入れる際の支えになるような工夫が施されている。


「よし、一回着けて歩いてみてくれ。違和感があったら言ってくれよ」


 ラビアの右足に布を巻き、直した義足をはめ込み固定する。実際の義肢装具士もそうだが、この仕事はここからが本番である。手でも足でも、義肢というモノは装着者の違和感があっては意味がない。その違和感を、少しずつでも払拭していく必要があるのだ。


 これがコモドの表向きの稼業の一つである。そのキッカケこそ格闘試合を挑んで来た相手の義足を壊してしまったというモノであったが、魔動機の技術を応用した義肢は確実に誰かを救ってきた。しかし……


「俺は、俺はあの子ををどうすれば良い? どう声をかければ良いんだ? 足をなくした人は足を与えれば良い、しかし平穏だったであろう生活を失い、しかも今そこに届かないケンちゃんには何を与えれば良い?」

「えーと、あたしに聞かれてもねぇ……」


 義足の調整をしながらも、コモドは悩んでいた。オークの角を抉るだけでもガタガタしていたケン、それが目の前で見知ったばかりの人間が怪物と化し、自分を食おうと襲い掛かった挙句に、苦痛と共に滅んでいった。この世界に飛ばされて、三日も経たぬうちにここまで経験することとなった。その負担は計り知れない。


「あの子自身がキズ付いたワケじゃないんでしょう?」

「ラビア、よく聞いてくれ。俺は生まれた時からこの世界にいる。オークの存在はガキの頃から再三聞かされるし、ナイフの一本や二本は持ってるのが当然の世界だ。しかしケンちゃんは十七だぞ。十七まで、武器ともオークとも関係ない生活を送ってたんだ。それがいきなりこの辺に放り込まれてこのザマだ」

「確かに十七歳までそういうの知らなかったら、ああなるのも納得がいくわ。十代の多感な時期に、よりにもよって初めてあんな目に遭っちゃってわねぇ」


 ラビアを始めとした翼人の寿命や成長のし方はヒトのそれと変わらない。そればかりかヒトとの間に子供を作ることすら可能である。皮膜が付き、多少耳たぶが長いだけで根本的には同じ人類である。


「うん、歩いた感じならこれで良いわ。じゃあ次は……」

「分かってる。行こうか、エメト!」


 コモドとラビアが表に出る。高床式の建物に住むため、必然的に階段が付いている。これを下ることで丁度、義足のテストが出来るのだ。しかし彼女を外に出したのにはもう一つの目的がある。


 コモドは高い床下についた明かりを点け、近くにいた闘竜に声をかけると、その場から少し退かせた。一頭だけがその場に残り、組んだ前足にアゴを乗せて二人に目を向ける。


「それではいつも通りのやり方でよろしいかな?」


 手甲を外して布だけを手に巻き付けながら、コモドは訪ねた。いつも身に着けているターバンとマント、ゴーレムを呼ぶ魔動機は身に着けていない。片方だけで結んだ銀髪が明かりに照らされ、輝きを放っている。


「ええ、こちらからいくわよ、いつも通りに」

「いつでもどうぞ」

参爪鉄掌さんそうてっしょう、ラビア・ジュディオン」

真魔戦法しんませんぽう我流、闘竜拳とうりゅうけん、コモド・アルティフェクス」

「参るッ!!」


 ラビアもまた、布だけを手に巻き、アイサツを交わした後に構えた。格闘家である彼女にとって、義足の違和感を戦闘中に感じることこそが最も恐れていることである。自身も格闘術を使えるコモドはまさに彼女の義足を作るのに適した職人だったのだ。


 両手を外側に広げて構えるラビアに対し、コモドは片手を腰だめにしつつもう片手を突き出し、掴みかかるような手つきをしている。


 参爪鉄掌は本来、長い着け爪を親指、人差し指、中指の三つの指にはめて使う流派である。爪による一撃と掌打による攻撃を得意とし、薬指と小指に被膜が一部張っている翼人族が使うことが多い。


 一方で真魔戦法とは魔女によって開拓された、真魔術を始めとする魔術を組み入れるために編み出された基本的な体術である。コモドはこの戦い方に闘竜の観察を通して会得した動き方を組み込んで使っている。実戦であれば更に、手甲から生える刃と響牙術が組み合わされる。


「ハァッ!」


 本人の宣言通りに、ラビアの一撃から試合は始まった。義足である右足から踏み込み、左手が飛ぶ。掌を上に向けた手が、この一撃目を迎撃する。交差するラビアとコモドの手、そして視線。一瞬にして、ラビアの指がコモドの手首に絡み、一気にコモドの体を引きつつ自ら懐に飛び込んだ。繰り出された掌打を、コモドの掌が受け止める。次の瞬間、コモドの両腕が渦を巻くような動きで一気に動き、ラビアの両手を振りほどきつつ自らの体勢を直した。


「悩みが動きに出てるわよ。以前だったらさっきのあたしの掌打、受けるんじゃなくて掴み返していたわ」

「そうかい。それはそうと足の具合は?」

「今のところ問題ナシよ、さっさと終えましょ」


 軽く握った手を構え、左足を軸にコモドが回転、裏拳がラビアに迫る。背をそらし、上がった義足がコモドの拳を受け止める。すぐさま逆回転と共に捻りを加えた二撃目がラビアに打ち込まれようとしている。なびく銀髪が相手の視界から表情を隠し、何処を狙うのかを分からせない。かぶいた髪型もこのように役立つことがあるのだ。だがラビアには分かってしまった。脇腹を狙った手刀、あっさりと皮膜によって防ぎきる。


 一連の流れを見ていた竜がグルル、と声を上げた。試合終了という宣言である。


『おつかれ。じゃあ寝させてもらうよ』


 コモドの脳内に意思表示だけをすると、竜は床下に戻って横になる。


「改めて聞くが足の具合は大丈夫だね?」

「問題ナシよ、ありがとう。それにしても、どの動きをとっても変に大人しかったわね」

「むぅ……」

「試合の時くらいは集中してよ」

「すまん……ああそうだ、今夜はもう遅い、泊まっていくかい? 宿泊費はオマケしとくよ」

「そうさせて、もらおうかしらね」


 再び部屋に入って行く二人。ラビアを座らせ、並んだ樽とにらめっこしながらコモドが口を開く。


「酒でも呑むかい? ジロの焼き酒しかねぇけど」

「それいただこうかしら、水割りお願い出来る?」

「分かった、比率は?」

「一対二で頼むわ」


 二人の持ったグラスが鳴る。無色透明な液体でありつつも、その中には確かにヒトを酔わせる味と香りがある。


「……というワケでさぁ、俺はあの子を拾うことになったんだ」

「大変ね。ところでその魔動機って、床下の柱に立て掛けてあったヤツで合ってる?」

「そうそれ。見たことねぇだろあんなん。母さんの占眼符の結果からしても、ケンちゃんは異世界の人間で合ってるらしい。でもそれがさぁ、義足触りながらも言ったけどあんなんなっちゃってなぁ」

「せっかく出来た友達が、次の日には目の前で怪物となって襲い掛かってきて、しかもその前にはまさに噛みついて来ようとするオークに上手くトドメが刺せなくて……ショックを与え過ぎよ、結果的には仕方ないけど」

「俺の責任なんだよな半分くらい……連れて行かなければ良かったのかなぁ」

「でも、行きたいって言ったのはケン君本人なんでしょ?」

「そうだけど、そうだけどさ……止めるべきだったのかなぁ、と思ってさ」

「納得しなかったと思うよ。それに、きっと連れて行かなかったらそれはそれで、苦しむことになるわあの子は。どちらにしても避けられないわよ、何よりまた同じことが起きないとも限らないわ」


 悩むコモドに対し、ラビアは実にサバサバと返していた。


「いっそ慣れてもらうしかないわよ、辛いけど。ただ世界の姿を隠し通すことが、果たしてその子のためになるかしらね」

「そうか……だよなぁ。俺、ああなってるヤツに、何と話しかけりゃ良いのか、実は分かんねぇんだよ」

「無理しなくても良いのよ、コモドの方こそ。敢えて淡々と接した方が良いことがあるの。それにコモドの悩んだ顔、少なからず向こうも察してるわよ」

「見られちゃってるってことか。すまんな、ケンちゃん。俺、母さんみたいに出来ないよ……」


 グラスをグイッと流し込むコモドの目から、涙が伝う。それを見たラビアは、何処か優しい声に切り替えた。


「すぐに出来ることじゃないわ。コモドったら相変わらずねぇ、でもそこが良いんだけど」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。嗚呼、グラスは片付けるよ」


 流しに持って行ったグラスを桶に浮かべたその時、彼の胸元を指が伝った。背後には、いつの間にかぴったりと寄り添うラビアの姿がある。薄暗い部屋の中、ラビアの黄金色の目が、何処か懐かしい輝きを放っている。彼女の指がアゴを伝い、いざなわれるままに顔を近付ける。


「ふふふ……スキだらけよ、コモド。薄めずに呑んだわね?」

「君こそ、一杯だけだというのに随分と酒が回ってるな」


 耳元でラビアがささやく。その舌が彼の頬を伝い、先程流れた涙を舐め取った。


「優しい人の味ね、そしてあったかい。あの時、足を直してくれたみたいに……」

「ケンちゃんも君もそうだが、放っとけないんだよ。俺だって拾われた身だ、そうでなければ五つで死んでいる」


 ラビアのしなやかな手が優しくコモドの胸元を撫でると、着ている服の襟から指をなぞらせスルリと脱がせた。その下にあったのは、大きなキズを二カ所も持つ屈強な背中。彼女に向き合ったコモドは厚い胸板に、腹部に巻かれたサラシが特徴的だった。


 コモドの手をとり、自らの腰に回すラビア。彼女の服は脇腹を露出し、くびれを強調している。その隙間にコモドの手は入り込んだ。カゴに置いたグラスから、一滴の雫がこぼれた。


「辛い過去が貴方を優しくしたのなら、きっとあの子も優しいをとこになるわ。その優しさこそが人を強くするのよ。あたし、そうやって優しく強くなった漢に弱いの……」

「それは、強い相手を求め続けた君なりの結論かい?」


 ラビアに誘われるままに、コモドの足が長イスに向かう。外したサラシの下から、見事に割れた腹筋が現れた。広がったラビアの皮膜がコモドの体を包み始める。


「ええ、本当に強い闘士ほど、笑顔と手付きは優しいのよ。男でも、女でも」

「……明日の朝は遅くなるぜ、良いかな?」

「喜んで」


 赤銅色の目を一瞬だけ光らせ、コモドはラビアの唇を奪った。彼女の手が後頭部に回され、コモドの銀髪をかき撫でながら長イスに押し倒す。夜はこれからである。




「……そうなの、目の前でオークになったのね」


 所変わってラァワ宅にて。彼女の出したスープを飲みながら、ケンは話していた。


「もう、僕のことは分からない様子でした。さっきまで、確かに人間だったのに……」

「オークはね、一度死んだ人間に因子を打つことで出来るの。オークと化してからはね、少しの間なら人の姿も、記憶も理性も保っていられるのよ。でもね……」


 一瞬だけためらった後に、ラァワは口を開いた。


「すぐにオークとしての性質が表に出てくるのよ。それでも人としての記憶はしばらくは保っているわ。……身近な存在ほど、手に掛けたくなるためよ」 

「だからあの時、デルフは僕を……」


 牙を剥き出し、執拗にケンを狙って襲ってきたあの姿が脳裏に浮かぶ。


「助けることは、出来なかったのですか……?」

「オーク因子は空気中のある要素と、生きた体にある物質に弱いの。オーク化した人間を助けるには元になった死体を生き返らせるしかないわね、でも残念だけど死人を蘇らせる方法はないの」

「やっぱり……」

「どの聖典にもそんな話はないわ、もしあったらオークなんてとうの昔に絶滅しているわよ」


 現代日本出身のケンから見て、魔法と呼べるモノがここにはある。それでもなお手の届かぬ領域があり、人類にとっての脅威は脅威のままであり続けている。


「あの子、コモドにとってもこの世界はきっと残酷ね。五歳であんなことがあって、私に拾われた後もね」

「あの人に、一体何があったのですか?」


 ラァワが弾指を鳴らすと、一冊の本が彼女の手元に飛んでくる。開くとそこには写真と共に一言二言書いてあった。


「すごい、写真あるんだ……」

「昔ね、当時高かった魔動機を一つ買ってね、よくこうして写真を撮ってはこの本に綴じていってね。嗚呼、あった」


 その中に一枚、ラァワとコモドが二人で写るモノがあった。ラァワはファー付きの灰色のマントを羽織り、コモドは眼帯こそ相変わらずだがうんと若く、髪も短くまとまっている。


「あの子が十五歳の時の写真よ」

「十五歳!? 若いな……このマント、ひょっとして?」

「そう、今はあの子が身に着けてるわよ。この時にあの子は、この国の中でも最高の研究機関に就職してね」

「研究者だったんですか。何の研究してたんですか?」

「魔動機、特にゴーレムの開発よ。あの子がゴーレム使ってるの見た?」

「見ました、この世界に来ていきなり見ました」


 そうそう忘れることは出来ないだろう。ロボットアニメかと言いたくなるほどに派手なゴーレム召喚、ゴーレムを使った戦闘をケンは目撃していた。


「あの子がゴーレムを呼ぶのに使うサモナーとカードね。あの子が研究してたのはまさにその開発なのよ」

「え、コモドさんの開発したモノなんですか!?」

「正確にはチームの一人よ。アレが出来る前はゴーレムなんて一部の富裕層が持つだけの贅沢品だったの。確かに力強くて色々出来るけど、徐々に命令を聞かなくなり始めるから定期的に土に戻してまた最初から土をこねて造らないといけないモノだったのよ」

「コモドさんも、ゴーレムを使った後は土に戻してましたがそういうことだったんですか」

「いいえ、あれは単に持ち運びやすくしてるだけよ。コモド達が作った技術により、ゴーレムの生命はサモナーの内部に宿り、必要に応じて土の体をその場で作り上げるようになったのよ。これによって作り直す手間と費用が一気に省かれ、ゴーレムを持てる層は一気に増えたわ。でも問題が発生してね……」


 この言葉を受け、ケンの脳裏にある言葉が思い出されて来る。


『ちょっと前から、ある技術でゴーレムを比較的容易に使えるようになってから、この密造ゴーレムが社会問題になってね。ああいう粗悪品がマトモに動くのは最初のうちだけさ』

「待って、待って。確かそれって密造品?」


 まさに、ケンがこの世界に来て最初に巻き込まれた事件、それがゴーレムの密造であった。


「あら、よく御存知ね」

「密造ゴーレムが社会的な問題になってるってコモドさん言ってたけど、その原因となった技術を開発した一人もコモドさんってこと……?」

「そうよ、あの子が携わってるの。だから責任を感じてるのよ。コモドが密造アジトに潜入してたのはそのためなの」

「責任……」


 携わっただけとはいえ、何が彼をそこまでさせるのか。ケンには分からなかった。


「あの子が研究所を辞めて、今のような闘術士となったのは二五歳の頃だったわ。この家に帰って来て早速大声で泣いていたのを今でもハッキリと覚えてるの。よっぽど悔しかったみたいね」

「あの人があの姿で泣く姿が想像出来ない……僕は何落ち込んでるんだろ」

「辛さは比べるモノじゃないわよ。それに落ち込んでも、悲しくても、生きてるうちは明日は来るの。あの子が闘術士になってから十年経つけど、当時と比べても密造ゴーレムの話やニュースは随分と減ったわよ。コモドの悔しさと怒り、何よりも責任感がよく分かるわね、こうして話してみると」

「十年もかけてそこまで……」


 ケンは一瞬、コモドという男が怖くなった。初めて会った時、彼はその密造者の親玉を、背後から容赦なく斬り殺した。ああやって散らした命は数知れずということなのだ。その動機こそが、自分がこの原因となってしまったという責任感、という衣を着た執念と怒りなのである。


「さ、そろそろ遅くなるから寝た方が良いわ。コモドの部屋、使って良いわよ」


 部屋に入ったケンは、ベッドに入って空を見た。下弦の月が浮かんでいる。故郷の日本に比べ、排気ガスや夜の明かりの少ないペンタブルクの夜空には無数の星が瞬いていた。


「中国の何処だっけか。半月の舟に仔ウサギが乗って、母さんを探す唄があったな。何のドキュメンタリーで見たんだっけか」


 ベッドに潜り込んでみてもなお、眠れぬケンは外を見る。ぼぉっと外を眺めながら、彼は一人物思いにふけっていた。コモドの部屋は三階にあり、大き目の窓からは月がよく見える。


「僕はまさに仔ウサギか……迷子になって、びくびく怯えて、何も出来ない、仔ウサギだ。あの人に拾われなけりゃ奴隷になってたんだっけ。ここは日本とは違うんだ、何もかもが違うんだ。母さん、父さん、そっちへ帰りたいよ……」


 彼の目から涙が伝う。枕でそれを拭い、そのまま寝入ろうとする。しかし眠れない。ふと、近くに置いてあった月刀が目に入る。買った時はあんなに有頂天だったのに、今ではほぼ無用の長物だ。


「どうして、刀買っただけで強くなったような気になれたんだろう。こんなんじゃあ銃を握ったって同じじゃないか。竹刀とオモチャの剣しか握ったことないんじゃ、やっぱり何も出来ないんだ、ここでは。異世界か……僕は、とことん向いてなかったよ。あの時、財布もスマホも忘れずにちゃんとしていれば……」


 呟きは止まらない。後悔したところで帰れるはずもなく。ホームシック、それを彼は今まさに初めて体験していた。



 どれだけ時が経ったであろうか。眠れもしなければ言葉も発さず、ただぼぉっと天井を見つめるだけのケンは、すでに涙すらも流れていなかった。気が付けば、窓から光が差し始めている。朝が来たのだ。


「眠れなかったな、結局。コモドもきっと、拾われて初めての夜は眠れなかったんだろうな……」


 寝ることを諦めて、服を着替え始めるケン。するとそこにコン、コンと窓ガラスを叩く音がした。何だろう、そう思って窓を見た彼の目に飛び込んだモノ、それは。


「ラ、ラァワさん!?」


 彼女が指を示す通りに窓を開けるや否やケンは言った。まるでピーター〇ンかと言いたくなるような登場に、ただただ驚愕するしかない。


「ラァワさん!? 何やってるんですか、ここ三階ですよ、落ちたらまずいですよ!?」

「これくらい何ともないわよふふふ。それよりどうかしら、朝のお散歩にでも出掛けてみない?」


窓の外からグッモーニン、ラァワの目的は何か!?

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