第三篇『声を涸らしてオークを斬れ』下
この作品のオークはオリジナリティ強めです。御注意下さい。
オークの武器は鋭い爪、ズラリと並んだ牙、そして怪力である。得物を手に次々に調査隊メンバーがオークを迎え討つ。ある者は手斧を使い、真っ先に足を斬り付けて態勢を崩すと、額の角を目掛けて叩き割る。またある者は頭めがけて飛び掛かり、肩を蹴り倒し馬乗りになると短剣を用いてその角を抉り取る。いずれも手練れの手腕である。
「ケンちゃん、俺から離れるんじゃねぇぞ」
コモドはターバンを外し、ピアスを弾いて生み出した青白い揺らぎの玉を植え付ける。
「響牙術、ヴェレスネイカー!!」
まるで命でも宿されたように、川を泳ぐ蛇の如くうねりながらターバンが飛ぶ。数体のオークをまとめて絡め取り、ギリギリと締め付けていく。
「良いかケンちゃん、角だ。そこにオークの本体が入っている、角を抉り取るんだ」
ケンは前日に買った、あの刀を抜いた。しかし持つ手が震えている。その隣でコモドは、拘束したオークの角を何と素手でへし折り引き抜いていた。中から緑色のゲル状の物体が流れ出ると、オークの体が煙を発して消滅する。
「あ、あああ、ああああ」
「どうしたケンちゃん。……こりゃダメだ、怯えちまってるな、良いかこうするんだ!」
コモドはケンの持っている刀を取ると角の根元に刺し込み、グルリと周りを切るとそのまま抉り取った。そして刀を渡して再び言うのであった。
「さぁやれ。やらねばやられる、それが戦いだ。良いか!!」
そう言うなりケンの後ろに回り込んだコモド。驚いたケンの背後には、角ごと額を斬られたオークの姿があった。コモドの手甲からは刃が展開している。
「分かったね、グズグズしていればどうなるかが」
「あ、あああ、はい……」
「そこから動くなよ、縛ったオークにトドメを刺しておいてくれ、良いな!!」
「はいッ!!」
ケンの前に両手を広げて、コモドはオーク達の前に立ちはだかる。飛び掛かって来た、二メートルはあろうかという大型のオークの腕をかわすと同時に、掴む。懐に入り込んでその体勢を崩すと、何と相手の巨体が宙に浮いた。無防備にひっくり返ったその額に、手甲に付いた刃が刺し込まれる。
その背後でケンは震える手を押さえて刀を持つと、縛り付けられているオークの角の根元に突き立てた。牙をむき出しオークはこちらに噛みつこうとする。思わず刀から手が離れたケンであったが、すぐに握り直すとサックリと刺さった剣先を、恐る恐る回してゆく。角が取れたその傷口からあの体液が漏れていき、オークを縛るターバンがしぼんでいった。
「ハァ、ハァ」
肩で息をするケンにコモドが近付いた。
「おいやれたか? ……やっと一頭か、そりゃそうだろうな」
ケンはこの日初めて、得物を持って一つの命を屠った。買った時は有頂天であっても、その使い道は所詮は命を奪うこと。これこそが武器持つ者の業である。
「汗すげぇな!? あと二頭だ、やれたら今日は引っ込んでおけ」
「ハァ、ハァ、ハァ」
その二人目掛けて、オークの爪が迫る。咄嗟にケンをかばい、マントで防ごうとするコモド。しかしオークはその場で止まっている。
「コモド、戦いに集中して。ケン君だっけ、あたしが付いてるから大丈夫よ」
ラビアの指に装備された着け爪が、オークの両目と角の根元を深々と刺していた。そのままスパンと引き裂くとオークの目と角が飛んで行く。
「とにかく、オークの数を減らすわよ。廃墟にどれだけこもってるか知らないけど、この数ならまだ到底カチ込めないわ」
「ウズウズしてるな、ラビア!」
「当たり前じゃない。あたしがこの依頼を受ける理由くらい分かるでしょ?」
「『堂々と暴れたいから』だろ? あとで義足診せろよ!」
ケンを挟んで背中合わせに二人、オークに向かってその手を向ける。ケンが実質無力だと分かったためか、仲間を救出するためか、オーク達は狙ってやって来ていた。そこに気付いたコモドは牙を弾き、揺らぎを指に付けたままマントを掴んだ。その縁に、青白い光が灯り始める。
「響牙術、エッジクローカー!」
翻したマントの縁でオークを狙う。マントの縁には刃が発生しており、動かした軌跡にそってオーク達が切断されている。額ごと角を斬られた個体はそれだけで消滅した。
「そこもだッ!」
離れたオークの群れに、コモドはマントを投擲した。広がった布地が三日月型を成し、ブーメランのように薙ぎ倒して行く。その一方でラビアは腕から背中にかけての皮膜を広げ、風を起こす。指に輝く着け爪は、軌跡にいたオーク達を悉く切り刻んではその角を斬り飛ばしていく。その様子をケンは、ただ震えて見ているしかなかった。今さっき屠ったことがあるだけでは到底追い付かない位置に、この二人はいるのだから。
「トドメは刺せたか! よし下がれ!! 響牙術、ヴィブロクラッカー!!」
指に作った揺らぎを地面に打ち込み、コモドの前方にいくつもの亀裂を描く衝撃波が走る。思わぬ一撃の前に、オーク達が散り散りになっていく。コモドはターバンを拾い上げると、手が震えているケンに声をかけるのであった。
「テント張るから、今は休め」
かくして張られたテントの中、面々はこの後の作戦を話し合っていた。というのも血の跡やキャラバンの痕跡こそ見つけたものの、生存者も死体も確認出来ないためである。それだけではない。
「……何より厄介なのは、オークの数が多いってとこだ。通常なら多くても五頭だろう、しかし十数頭も群れているのは初めて見た」
「廃墟の中、より多く潜伏していると考えるのが妥当でしょう。恐らく、商団のメンバーは……」
「食われた、か。もしくはオークにされてしまっているか」
「それだと籠城戦も可能な数になる。最初に商団を壊滅させた時点で結構な数がいたと考えて良いな」
「イヤになるね、世の中荒んでる証拠だよこんなんよォ……」
「ひとまず今必要なのは、あの廃墟の中にどれだけのオークがいるか。探りを入れる必要があるってことです」
「中に二人ほどで入り込み、残りは外で待機、といったところか」
パーティの面々が顔を合わせる中、ラビアはコモドに声をかけた。その傍らでは、刀を抱きしめたまま震えるケンの姿がある。
「どう、その子戦えそう?」
「ショックが大きすぎたらしい、こりゃ無理だぜ」
「すると、誰かはテントに残った方が良いわ。今回のオークは知能が高いようね、薬草と治癒符を狙ってくる可能性もあるわよ」
作戦会議をする面子が顔を見合わせる。するとコモドが、懐から封印符を取り出しながら口を開いた。
「俺が残ろう。何かあったらすぐに知らせてくれ。結界を張っておく、これならすぐには攻め入れないだろう」
「分かりました、コモドさんにお願いします」
「城への潜入ならあたしに任せて。いざとなったら飛んでテントに戻るわよ」
かくして作戦は決まろうとしていた。まず翼人族のラビアが廃墟のバルコニーから潜入し、入口を二人が固める。そしてテントのそばにも二人をつけ、中にはコモドがいざという時に備える。中で震えているケン以外はいずれも手練ればかり、役人が来るまでにはオークの数をいくらかは把握出来るだろう。
「では皆さん、よろしく御願いしま……誰だッ!!」
テントの一部に人影が映る。全員が構えをとった。今訪れる存在として真っ先に考えられるのはオークである。まさかあちらから仕掛けてきたか。戦々恐々とするパーティに、テントの布の下をくぐって現れたのは、
「助けて……くれ……」
「お前は、エポラールの!!」
「デルフ!?」
気が付いたコモドがすぐにテントの中に引き入れる。デルフは頭から血を流し、包帯替わりに商品だったであろう布切れを額に巻き付け、息も絶え絶えに這いつくばって来たようだ。
「生存者アリだ! 大丈夫か!!」
「何……とか……抜け出して……来まし……た……」
「抜け出しただと、ビーネハイムの屋敷か!」
「そうです……まだ、何人か、生き残って……」
「何だって!?」
全員が顔を合わせた。生き残っている、今デルフは確かにそう言った。
「作戦変更だ、商団の面々がまだ生きているなら、オークの数は増えてはおるまい。それに一刻も早く救出する必要がある! よって、コモドさんとケンさん以外は全員で突撃!!」
「コモド、その子のことをお願い。あとテントに厳重な結界を!」
「分かった、頼むぜ、一人でも多くこの中に!」
高まった士気の中、五人がテントの外に出る。当初の作戦と同じく、ラビアは背中の皮膜を広げるとバルコニーに着き、合図を送った。それと同時に四人が中に入り込んで行く。その様子を見ながら、コモドは封印符をテントに貼り付けていた。
「デルフ、やっぱり生きてたんだ!」
袋の中から治癒符を取り出しながら、ケンが話しかける。薬草を取り出し、慣れない手つきで薬研にかけていた。
「ケン……ありがとう、来てくれたんだね……」
「僕は、ほとんど何もやっていない……コモドさん達みたいには出来なかったんだ、オークを一頭トドメを刺すだけでも手が震えて、今でも止まらないんだ。昨日買った刀、アレを買った時は何でも出来るような気がしてたよ。でも、現実は……」
「仕方ないさ……武器一つで、いきなり強くなれる人なんていないんだから……」
封印符を貼り終えたコモドがテントの中に入ってきた。そしてデルフの様子を見ながら、口を開く。
「ケンちゃん、相手を斬るだけが戦いではないぞ。今君は確実に誰かの命を助けている。デルフだったっけ、テントに結界を張っておいたから安心して欲しい」
「ありがとう、ございます」
「もうしばらくすれば他にもここに運び込まれるだろう。よくぞ抜け出してきた、君の行動も確実に誰かを助けるんだ、今は休むと良い。ケンちゃん、薬草見せてくれ」
コモドが薬研をとり、素早く磨り潰す。流石は魔女に育てられたと言うべきか、手慣れたモノである。出来たペーストをデルフのキズに塗り、上から治癒符を貼り付けて再び横にする。
「ケンちゃん、君が異世界というモノにどういう幻想を抱いていたかは分からないが、今いるところは決して架空のモノではない。牙を剥き出し暴れるオークにトドメを刺しただろう、命を奪うのは本来とても怖いことなんだ。同時に、命を救うということも極めて重いことなんだよ」
「うん……」
「ロクに戦えなかったということを、そこまで悔やむ必要はない。さぁ、忙しくなるぞ、次から次にここに来るからなァ!!」
コモドはテントの外に出た。廃墟の様子を見ると、今はまだ誰かが運ばれてくる様子はない。革で出来た水筒を軽く口に含むと、飲み口に筒状のパーツをくっつけてテントの外に繋いでいる蹄竜にも分け与える。
『もう一杯要るか?』
『いや、良い』
目を合わせ、短い会話を交わす一人と一頭。他の竜にも飲ませようと水を汲みにテントに入ろうとした、まさにその時であった。
「デルフ! やめろ!! 何するんだ!!」
「ケンちゃん!?」
中の声に驚きテントに転がり込んだコモドが目にしたモノ、それはケンを押さえつけて首を狙う、デルフの姿であった。よく見るとその手は鋭い爪があり、振り向いた顔には真っ赤に血走った目と、額に生えた角があった。
「貴様、デルフじゃないな!!」
「ギィィ……いやおれは確かにデルフだった、つい、さっきまで!」
「デルフ、やめて、僕だ、ケンだよ!!」
コモドの脳裏に、かつて読んだオークの情報がよぎる。
『オーク化した人間は、しばらくは生前の記憶と感情を保っている。だがすぐに、身近な人間を優先的に襲い、食い殺そうとする習性がある』
拳を握りしめ、コモドは腰だめに構えている。
「ケンちゃんから離れろ……今すぐにだ!」
「断るゥ! ケン、おまえ、なかま、なレェエ!!」
言葉が徐々に失われると同時にデルフが変化していく。着ていた服は体の膨張と共に破れ、その顔は青黒く変化すると同時に白い模様が浮かび上がる。
「デルフ! 僕の声が分からないの!?」
「ケンちゃん、言ってもムダだ! ヤツは分かった上で、襲い掛かってくる!!」
「シャアア……」
尖った牙がズラリと並んだ、大きく裂けた口が開く。コモドがその蛮行を止めようとしたまさにその時、ケンを押さえていたオークの腕が宙を舞った。ケンの腕には、あの隕鉄で出来た刀が血を浴びて光っている。ついに彼は、自らの意思で刀を抜き、斬ったのだった。
廃墟に潜入した五人は、部屋という部屋を見て回っていた。
「そっちの部屋は!?」
「いない! オークもヒトもだ!」
「ならばもっと奥ですな」
一方で、五人の中でも唯一バルコニーから進入したラビアは大広間に出ていた。かつては豪華なタペストリーだったらしい布切れが、至る所にかかっている。テーブルに置かれた燭台は、もう何十年も火を灯していないらしい。朽ち果てたシャンデリラが床に落ちている。
「中に入ったのは初めてだけど、こんなに悲しいモノだったとわね」
その様子を見つめる者がいた。ゼーブルである。彼は左手を顔にかざして仮面を出現させると、その複眼を光らせる。すると、ラビアのいるすぐ近くの壁から、鋭い爪の生えた腕が生えた。鏡に映るそれに気付き、咄嗟に掴んだラビアであったがその腕はいつの間にかヒトの腕と化している。
「どういうこと?」
掴んだ腕の主を確認すると、何と頭から血を流して息も絶え絶えな男であった。
「大丈夫!?」
その男を抱きかかえ、ラビアは声を上げた。
「生存者よ! 大広間まで来て!!」
駆け寄って来た四人と合流したラビア。だがその四人の顔が引きつり、そして叫ぶ。
「ダメだ、今すぐそいつを放り投げろッ!!」
「何ですって!?」
ラビアが確認した時には男の額に角が生え、服を破ってオークの筋骨隆々たる姿が現れていた。それに呼応してか、次々にオークが集まって来る。一部はまだ生前の衣服を残したまま。
「クソッ、罠だったか!」
「脱出するぞ、テントが危ない!!」
「ハァ、ハァ、ハァ……デルフ、デルフゥゥウウ!!」
「よくやったぞケンちゃん、と言いたいところだがね」
デルフだったオークは一瞬だけたじろぐも、すぐに斬られた腕を拾うなり切断面に押し当てる。すると何ということだろう、腕は元通りに再生していたのだった。
「オークは角以外を損傷した場合はご覧の通りすぐに戻る。テントの中を荒らされちゃまずい、外に引きずり出すぞ!」
コモドはオークの爪を手甲で防ぎ、背を屈めると投げ倒す。ひっくり返ったオークのアゴを押さえつけると、
「ケンちゃん、そこの封印符をはがして、コイツにくっつけろ!」
指示を受けてケンはテントにあった封印符をはがし、オークの顔に貼り付けた。オークの動きが鈍くなる。コモドはその隙を突き、地面に引きずったままオークごとテントの外に出た。そこには先ほど廃墟にいた面々がテントに戻って来ている。
「何事かと思えば、テントにオークが!?」
「さっきの少年だ、まさかこうなってたとはな。それより中の様子は!?」
「ダメだ、人間は全部変えられちまったらしい。まさかと思って戻って来たんだ」
コモドに押さえられた手を払いのけ、貼り付けられた封印符を引き裂き、デルフだったオークは体勢を立て直すと咆哮を上げた。するとその声に応えてか、なんと廃墟の中からオーク達がゾロゾロと這い出て来る。
「仲間を呼んだか……ムッ?」
廃墟の中から一際大きな影が出現する。テントめがけて巨体は突進し、それに気付いた七人はすぐにその場から退避した。現れたモノ、それはオークに似た姿こそしているものの頭部には角が三本あり、その身長は実に五メートルもある。
「トロール!!」
トロールの出現に気が付いたデルフオークが、その巨体に近付いて行く。巨大な赤き目が近付いてきた姿に気付くと、これまた巨大な掌が彼を掴む。そして牙の並ぶ口をガバッと広げると。
「ああああああああッ!?」
思わず目を伏せるケン、顔が引きつるコモド、まさに鬼一口、この光景を見て気分良くする者など誰もいない。トロールはオークの血を口にべっとりと付けると、更にその足元からオーク達が集まり融合して行く。皮膚がまるで泡立つかのように膨れ上がり、やがてそこには身長十五メートルはあろうかという巨体のトロールがそこにあった。オークが融合したためか、全身にあの短い角が生えている。
「下がれッ!!」
一足で、テントがまるごと踏みつぶされる。四つ足になりながら、七人のうちの一人にターゲットを絞り込む。目が合った、そう明確に気が付いた一人が声を上げた。
「まさか、デルフ!?」
「何、あのトロール、食われたデルフの意識が出てるのか!?」
巨大な爪が下ろされる。散り散りにかわした面々に対し、コモドはケンを抱えてその場から跳んだ。それをトロールが見逃すはずがない。口からヨダレを数滴垂らしながら襲い掛かる。
「コモドッ!!」
「くそォ、コレでも食らえ!!」
メンバーの一人が手斧を投げ付けた。だが何と片手で落とされる。最早相手にすらされていない、デルフの意識が宿ったトロールは今やケンを食い殺すことに執心しているのだ。
「響牙術、ヴィブロスラッシュ!!」
揺らぎの刃を飛ばすコモド、しかし顔に命中したそれに構わずトロールは進撃する。
「か、硬い……!」
「どうすれば!?」
その声を受け、答えるようにコモドは呟いた。
「コイツの出番らしいな」
マントを脱ぎ、トロールの視界を塞ぐように投げ付ける。手当たり次第に手を振り回す巨体からケンをかばい、距離を取ると腰からカードを取り出し、正面に持って来ると、唱える。
「エメト、ルクトライザー!」
カードを挿し、魔方陣は広がる。飛び出した拳はトロールの腹部を捉え、パーティからその巨体を隔離する。拳で顔をぬぐうような仕草と共に、ルクトライザーの青い目が灯った。その存在に気が付いたトロールは後ろ足で立ち上がり、相手を上回る巨体を示す。爪を向けるトロールに対し、ルクトライザーの拳がその顔にぶつけられる。吹き飛ばされた相手は更にメンバーから引き離される。コモドがつかさず後を追い、その後ろからケンが着いて来た。そこに気が付いたトロールは、ケンを狙おうと起き上がるもルクトライザーが押さえつける。
「何という執念だぜ」
肘を下に向け、ルクトライザーは体重をかけてトロールの背中に落とす。馬乗りになり、アゴを押さえつけて肩を掴み、その背中をギリギリと引き上げる。キャメルクラッチ、その激痛からかトロールは相手の手を外そうと爪をかけた。それでもなおルクトライザーは力を緩めない。そればかりかある程度背骨をヒン曲げた直後、わざとトロールの背から降りるとそのままアゴを押して二つ折りにしてしまった。
「やったか?」
しかしそうなってもなお。トロールは腕だけを使って飛び上がると、ルクトライザーの後頭部に取りついた。顔に爪を立て、まさかの反撃に出る。振りほどこうと体をよじるも、相手の反撃が止む気配はない。
「キリがないな……ネシェク!」
カードに呪文を入力し、左胸のサモナーに挿し込むコモド。角状の部位から青い光が飛び、ルクトライザーの十字型の胸に入り込む。
「ゴーレムアーツ、ブレイカーテイル!」
コモドの掛け声に合わせて、腰から長い尻尾状の突起が飛び出しトロールを振り払う。その先端は三叉状に分かれており、手で掴んで本体から切り離すと巨大な矛状の武器に変わる。刃先をトロールに向けて振りかぶり、渾身の投擲が標的を貫き釘付けにした。いくら腕だけで動けても、こうなってはどうしようもない。
「オークの因子ごと焼き払ってやる、デレック!」
カードに吹き込まれた呪文が紋様を作り、サモナーに挿し込まれると角から光が走る。受け取ったルクトライザーの腰にあるバックル状のリングと竜頭型のエンブレムから青い炎が迸り、同時に目からも細く炎が噴き出し始める。
「必殺! ゴーレムアーツ……コバルトブレイザー!!」
コモドが両手首についたブレスレットを重ねると、ルクトライザーもまた同じポーズとなる。指をグワッと開き、両手で何かを抱えるような動きをとる。その動きに合わせたルクトライザーの両手の間にあるエンブレムが、一際鋭い輝きを放つ。
突き出された両腕が一気に広げられると、ルクトライザーの腰から真っ青な炎をまとったリング状の光が発射された。ブレイカーテイルが刺さって動けぬトロールに、青い一撃が命中する。
「ギシャアアアアアアアア!!」
悲鳴を上げるトロールの体中に炎が燃え移り、焼け落ちる。苦痛のあまりに真上に伸ばされた腕が、震えながら崩れ落ちてゆく。
「デルフッ!!」
その姿に、ケンの目にはデルフの姿がオーバーラップして見えたらしい。無意識のうちに彼は死んで逝った友人の名前を叫んでいた。炎に沈んでゆくトロールの体から、次々に手足が伸びては焼け散っていく。自ら融合したオーク達が焼けて逝ったのだ。そこに近付いたルクトライザーは得物であるブレイカーテイルを引き抜くと、自らを作った土の跡に歩いて戻って行く。
「メト!」
コモドがレバーを引くと、ルクトライザーは荒野の土へと戻って行った。同時にその本体たる光がコモドのサモナーに戻ると、彼はそっとその竜型の頭を撫でて言うのだった。
「おつかれ、ゆっくり休んでくれよ」
その隣で、両膝を突いたケンがその炎を見つめていた。今目の前で散って行った存在は、元はと言えばヒトであったモノである。それがこの世界では時に怪物と化し、ヒトを襲い、ヒトを食らい、そしてヒトに退治されて逝く。他の六人が祈りを捧げる中、彼だけはずっと、コモドが声をかけるまで、いつまでも炎を見続けていたのであった。その頬を、涙が伝うことも忘れて。
「ケン、帰ろう。今日はもう何もしなくて良い」
報酬を受け取ると二人はコモドの実家へと戻って行った。蹄竜の背に揺られる中、ケンが口を開くことはなかった。何か声をかけたかったコモドであったが、話しかけることが出来なかった。
「……ということがあってね。今日は預かって欲しいんだ。こんな時、どう声をかけたら良いのか分からなくて……」
「そうね。中々分かるモノじゃないけど、とりあえずお茶だけ出してみるわ。行ってらっしゃい」
ラァワにケンを預けるとコモドは外に出る。ラビアの義足のために、工房に赴かなければならないためだ。ジーペンビュルゲンに向かう竜の背で、コモドは独り言をこぼしていた。
「ケンちゃん、すまねぇ。俺、ホント、こういう時は無力だよな……」
「昔っからじゃないの、コモドが口下手なのは」
その後ろから、皮膜を広げたラビアが追いついた。途中にある森の木から飛んだらしい。
「得意な人に任せれば良いの。で、アンタの得意分野といったら?」
「……分かったよ、お礼として今日は念入りに診ておくぜ、その分がっぽりもらおうかな!」
「今日は壊しちゃいないわよ!!」
「分からないぜぇ?」
夕日を浴びたコモドの工房に、談笑しながら二人が入って行く。その様子を盗み見る、一人の影。
「コモド、手の内は見せてもらったぞ。楽しみにするが良い、フハハハハハ……」
~次篇予告~
あたし、翼人のラビア。どうもコモドの連れてた子、相当ショックだったみたいね。大丈夫かしら。
次篇『涙の数だけ強くありたい』で、会えると良いわね