第二五篇『迷宮鉄道暗黒経由地獄行』上
この物語は、武器を現地調達で入手するロマンを理解出来る方にこそオススメ致します。
インクシュタット近郊、森を通る一本道を四つ脚のゴーレムが駆け抜ける。その背には白衣をなびかせ、真剣な眼差しのコルウスが姿勢を低くめて乗っている。
「ミナージ君! 大丈夫ですか!!」
道の脇に逸れた、うっそうとした森への入り口にミナージはいた。
「……アジダハーカのウロコにやられたな、すぐに処置を行いますよ!」
やがて病院へと辿り着いたミナージは、その片足に何重にも布を巻き付けた状態で、父親たるウラルの隣のベッドへと寝かせられることとなるのであった。
「ミナージ! よく生きて帰って来た……!!」
「父さん……アジダハーカ、撃てたよ……あの弾で……!!」
「そうか……そうか……!!」
「ただごめん、今のおれじゃ、アイツらの本拠地までは行けそうにないや……」
「いや良いんだ! ミナージ、お前は道を切り拓いたんだ、後はコモドさん達に任せて休むんだ!」
先を急ぐ一行。下草を刈った跡が、まるで誘い込むかのようにハッキリと道を示している。
「中途半端に手入れしやがって。ゼーブルのヤツ、何考えてんだ」
「そうそう。さっきまでザックームやら何やらでボーボーだったクセに、ねぇ?」
「コモドさんコモドさん、あのボロ小屋が怪しくないですか」
そう言ってケンが指差した先には、まさにボロ小屋としか例えようのない建物が木々の間に埋もれていた。
「コレは……“視た”ことがあるわね」
そう言って、ラァワは一枚の占眼符を取り出して掌に置くと、水晶玉を載せて覗き込む。
「……ハッキリと映ってるみたいだけど、アレに比べりゃ随分キレイじゃない。一体いつ視たのよそれ」
水晶玉を見ながら、ラビアが尋ねる。
「二五年前よ。確かウラルさんの依頼で探ったモノね。こう言った方が早いかしら、ここは吸血ナビスの隠れ家よ」
「ナビスの隠れ家!? ウラルさん、ここで闘ったのか……」
いつかウラルから聞いた話を思い出しつつ、感慨にふけるコモド。
「……吸血ナビスといったら、あたし達まだ生まれる前の人だったよね」
「ラビア姐さんでギリギリだったはず」
「いやあたしも、その時まだイーゼルラントにいたから。覚えてなんかいないわよ」
「わらわに至っては地上におらんかったぞ」
「あらあら、見事に世代が別れたわね」
微笑ましい顔でカタックが呟くのであった。
「時に中年組の皆様、この小屋は関連ありそうかしら」
「中年組って、先生もこちら側だろ。んで、俺は怪しい匂いがプンプンしとると、思っとるけどね」
「私はそもそも中年どころじゃないわよ。で、ここだけど探る価値は十分あるわ。そもそも元々罠の集合住宅みたいなモノよ、ひょっとしたら良いモノが拾えるかもしれないわ」
住民のいなくなったであろう小屋の、二カ所ある扉を開ける。
「こっちはコレだけか? しかしこの紋様……クロだな」
コモドが開けた扉には、簡単なテーブルとイスだけが置いてあった。しかしテーブルをどかし、浮いた床板を剥がしたそこにはドクロを背負ったハエのレリーフが彫られた鉄板が見える。
「どうやら元はモノ置きみてぇだが……この鉄板開かねぇな。母さん、ちょっと頼んで良い?」
するとラァワは占眼符を持って鉄板に向かい合った。
「この鉄板ね……ん~、魔力遮断がかけてあるわ。中に何が置かれてるかは分からないけど、でも思いっきり“空洞”が見えるわね、扉と見て間違いないわよ」
魔力遮断のかけられている物体は、魔女の持つ占眼符を以てしてもその向こう側を視ることは不可能である。だがラァワはそこを逆に利用し、辺りごと見回すことにした。水晶玉を上に載せると、地下に視ることの出来ないエリアが広がっていることが確認出来る。ラァワをはじめとした魔女はその見通すことの出来ない部分を“空洞”と呼んでいた。
「なるほど、視えない箇所がヤツらの縄張りか。となると……後回しにした方が良さそうだ。向こうはどうだいケンちゃん」
手分けして扉を開けていたケンに、コモドが話しかけた。
「コモドさん、こちらは何か奥行があるみたいですよ」
一行は上がり込む。そして内部を見て、驚愕した。
「……ボロボロなのは外側だけだったか」
「以前に視た時と比べて……内部構造まで変わってしまっているわね」
「オマケにこの数のゴブリン……コレ絶対ブラックバアルのモノになってるじゃん……」
なんと内部はキレイにリフォームされいるのみならず、大量のゴブリン、即ちブラックバアルの戦闘用オートメイトが直立して並んでいたのである。よく見ればそれぞれ手足に鎖が付けられ、壁に結び付けられていることが分かる。数本の蝋燭で照らされた、薄暗くひたすらに長い廊下に、まるで互いに向かい合うように、ゴブリンは並んでいた。
「悪趣味なインテリアだこと……コレじゃ一人ずつしか歩けないじゃない」
顔をしかめ、ラァワが呟いた。
「コイツ……動けるのか? ヴィブロスラッシュか何かで一掃しとく?」
そう言って、コモドがピアスに付いた牙を弾いた、その時であった。
「え? 何? かき消されている!?」
「この匂い……魔力に干渉する香を焚いておるな」
鼻をひくつかせ、ラマエルが呟く。
「香だって!? 匂いなんか分からないよ!?」
驚いたケンが聞き返した。
「恐らくヒトには拾えん匂いじゃ。しかしそれでは、このゴブリンとやらも動けぬはずじゃぞ」
ラマエルの言った通り、本来魔動機械人形であるオートメイトは、魔力がなければタダの人形と化す。即ち、おびただしい数を用意してもいわばカカシにしかならないばすである。
「……あの鎖が少々気がかりだ。アレ多分拘束用じゃねぇぜ、領域の外から魔力を注いでる可能性がある」
「流石、魔動機械の専門家ね。でもどうやって確かめるのかしら」
カタックがそう尋ねると、コモドはポケットに手を入れ、小石を一つ取り出した。
「ケンちゃん、罠を見抜くにはコイツが一番だぜ。一発投げてみれば良い」
「コモドさん、いつの間に拾ってたのさ」
「外にいっぱいあったぜ。さて、どうなるか、なッ!!」
そう言ってコモドは、一番手前に立っているゴブリン目掛けて投石した。ガンッ、という音を立てて小石がゴブリンの機体から落下する。するとゴブリンの目に急に光が灯り、石の落下した地点めがけて手を繰り出したのであった。
「思った通りだな!」
「でもどうするのよコモドちゃん、このままだとアテクシ達進めないわよ」
カタックの言った通りであった。そして一体のゴブリンが動き出したことに連動してか、次々に他のゴブリンまでもが動き始める。まさにゴブリンの壁とでも言うべき罠の廊下、どう攻略するべきか。
「……攻防一体、一人を薙いだ動きで次の一撃を防ぎ、更に次の一体に備えるべし。ウラルさん直伝の、手甲剣の神髄だ」
「ウラルさんが聞いたら喜びそうね。では無力化は任せたわよ」
「さっきのように改造闘士が来る可能性がある、カタック先生とケンちゃんは外を見張っていてくれ。特にあの隠し扉のある部屋、あそこから誰か来るかもしれん」
「任せてちょうだい」
相手が一対多数を強いる環境を用意するのであれば、全力でバックネットを用意する他ない。
「母さんとラマエルは他に罠がないか確かめてくれるかい。多分だけど、あの鎖を取り除けばいけるはずなんだが……」
「分かったわ。それじゃアカリナさんとリトアさん、倒されたゴブリンの後処理をお願いするわね。コモドも言ってたけど、特にあの鎖は何とかしたいわね」
「分かりました」
「最後にラビア。打ち漏らしたゴブリンをお願いしても良いかい?」
「そんなこと言って、どうせ打ち漏らさないんでしょう? まぁでも、キツくなったら言ってちょうだい。代わるから」
「ありがてぇ。じゃあ行くぞゴブリンども!!」
コモドはその隻眼でゴブリン達を見据えると、早速一番手前に並び立つゴブリンの間に飛び込んだ。たちまち、ゴブリンの腕が吹き飛び転がることとなる。途端に奥のゴブリン達までもがコモドにその手を向けた。残身をとるコモドの手甲が相手の手を受け止め、次の瞬間に蹴りが入る。
今、相手取っているゴブリンはこれまでとは別モノであった。指先が鋭く尖っており、更に蹴りを繰り出した足先からはナイフ状の刃が飛び出している。コモドの背後から襲い掛かろうとする一体に、ラビアの掌打が炸裂する。だがその手ごたえに思わぬ声が上がるのであった。
「重い!? コイツら今までのゴブリンとは違うわね!?」
「むしろ今までのが軽すぎたんだ。バラしたゴブリンを見る限り、中身がスカスカだった覚えがある」
コモドの観察眼が鮮明に物語る、悲しき量産機の実態。
「恐らくだが、コイツらこそが本来あるべきゴブリンの姿だろうぜ」
回し蹴りが炸裂し、四方を囲んでいたゴブリンを後ずさらせる。構えを直すコモドの眼前にゴブリンの鋭い貫手が迫る。コモドの右の手甲がこの一撃を逸らし、背後にいたゴブリンの目に突き刺さった。だが目をやられたはずのゴブリンがなおも手足を動かし襲い掛かる。一際大きく開いたコモドの目に、その様子が映り込んだ。
「機械人形とはいえ、戦闘用であるからには最低限の感覚は持ち合わせているはずだ。それがねぇ、ということは……」
相手の手を掻い潜って諸手打ちを浴びせながら、コモドは呟く。更に踏み込み、手甲から伸びた刃で両腕を切断、胴体に蹴り込むことでゴブリンを転がすのであった。だが何と、鎖に繋がった手はその場で浮き上がり、ガチャガチャと鎖を鳴らしながら直接襲い掛かって来たのである。更に胴体に残された脚までもが依然襲い掛かって来たのであった。
「クソ、厄介になりやがった!!」
「コモド、コレは一体どういうこと!?」
「少々趣味の悪い作り方をしてあるぜコイツら。本来なら胴体に仕込むべきコイツの本体が、俺の見立てじゃ壁の向こう側にあるってことさ。例えるなら、脳みそと臓器が体の外から手足を動かしているようなモンだぜ」
「だとするとキリがないわよ、壁をブチ壊せる何かがあれば……ちょっと待ってアレは何?」
ラビアが指し示す先にあったのは、ゴブリン達の並ぶ向こうにある、壁にかけられたレリーフであった。ドクロを背負ったハエというブラックバアルの紋を象ったそれの、まさにドクロの眼窩の部分が光っていたのである。そしてレリーフから伸びた壁の溝が、ゴブリン達の鎖にそれぞれ繋がっていたのである。そして、動いているゴブリンの背後ではその溝が光っていたのであった。
「……そうかそういうことか。アレが“本体”か!!」
「本体!? ちょっと何言ってるのよコモド!?」
急に見立てを変えたコモドに、ラビアは驚きを隠せない。
「ラビア、俺は今までゴブリンの本体がそれぞれ別に用意してある、と思っていたんだがね。遠隔操作というモノは必ず操り手に見えるように動かさねばならん。だから何処から覗いてやがるんだろ、と考えるワケさ」
コモド自身も、ゴーレムに自らの動きをマネさせる方法を使っている。だからこそ分かる視点があった。
「あの一カ所であれば見ることが出来る。例えるならこのゴブリン一体はいわば“手”の一つに過ぎないということだ。そして人形に備え付けるべき感覚はこの床にもある……つまりこの廊下そのモノが実質的に巨大な機械人形の体内だってことさ!!」
『よくぞ見破ったな、死神コモド』
ゴブリン達の仕組みを看破したコモドに対し、あの低い声が響き渡る。
「ゼーブル!! 邪魔するぜ、それにしても中々悪趣味な内装じゃねぇか!!」
『所詮貴様には分かるまい、しかし仕組みを見破った貴様には特別に教えてやろう。我が本拠地の鍵は、奥にあるドクロの口の中にある。ドクロの両の眼窩を叩けば、ゴブリンどもも沈黙するぞ』
「フン、御親切にどうも」
『吾輩は待っておるぞ……ふはははははははは』
ゼーブルの声が止んだ。
「高みの見物か、本拠地に着くまでに疲弊させようって魂胆だろうな」
「遊ばれてるわねあたし達。しかも、遊び方の分かってない感じで」
「素直にブチ壊していては体力が持たん、掻い潜って本体叩いて黙らせるぞ!! スゥゥ……」
構えを変えたコモド。今やるべきは叩き潰すことではない。打ち返し、時には受け流して奥まで辿り着くこと。
「ハァァァァァ!!」
呼吸を整えた後に、コモドは突っ込んだ。打ち込んだ勢いをそのまま利用し、次のゴブリンの腕を受け止める。姿勢を低く落とし、足元を払うとゴブリンは転倒、鎖だけで支えられた格好となる。そのピンと張られた鎖に気付いたコモドはゴブリンの頭を掴み、その場で飛び越えるや否や背後にある鎖全てに手甲の刃を落とし、一気に切断すると沈黙したゴブリンを背後から持ち上げる。
「でっかい盾、調達出来たぜぃ」
目を見開き、口の片側だけを急な角度で引き上げ、異様な笑顔を見せながらコモドは不敵な台詞を吐いた。
「どぉりゃあああああああああ!!」
真横に並んでいたゴブリンが二体ともコモドに向かう。だが持ち上げたゴブリンの片足を持つと、まるでハンマー投げの要領で振り回し薙ぎ倒すや否や進みたい方向に投げ飛ばした。手足が外れ、頭部と胴体だけになったゴブリンを再び拾い上げると、コモドは最奥にあるブラックバアルのレリーフへと走る。ゴブリン達の手や足をしのぎ、ボロボロになった“盾”を投げ捨てると、飛び込むかのようにレリーフの前に転がり込むのであった。ドクロの眼窩に素早く二回、打ち込むことでゴブリン達は全員がうなだれ、止まった。
「ゴブリンの本気、見せてもらったぜ……」
開いたドクロの口から、姿を現したのはハエ型の機械人形であった。
「……こないだカタック先生が言ってたヤツだな。確か名前はルシーザだったっけ。あそこに持って行けば良いのか?」
件の鉄板のある部屋に集まったコモド達一行。早速、先程手に入れたルシーザを鉄板に近付ける。すると複眼に光が灯り、鉄板の上に停まると二つに割れて開き、奥には階段が見えている。
「占眼符でも見えなかった場所が遂に開いたわね」
「この先に、ヤツらがいるんだな」
するとルシーザが一人でに飛びたち、奥へと入って行く。
「案内でもしてくれるのかしら?」
「多分、罠よ。ペオルのことだし」
階段を下りたそこには、表のボロ小屋からは想像のつかぬ空間が広がっていた。地下にも関わらず異様な明るさ、壁に沿って溝が走り、先程のゴブリン部屋と同じく光を放っている。しかし、ゴブリンの姿だけは見当たらない。
「ラマエル、例の匂いはするか?」
「……しないのう。この感じなら術は使えそうじゃが」
「この広さだと、あちらも中で闘う前提で作られてるんじゃないかしら」
「だろうな。さっきのゴブリンの缶詰みたいな部屋は作るのにも手間だしな……」
先程とは違い、人間五人は横並びに歩けそうな幅の廊下が続く。途中、コモドは何度か小石を取り出しては投げ、わざと音を立てといった行為を繰り返していた。ゴブリンがいないだけで、この壁を沿うエネルギーが一体何処でどう使われているか、分からないためである。
「今のところ、罠が見当たらねぇな。しかしあのハエ人形、何処に飛んで行ったんだ?」
「……いたわ。しかも何か扉に留まっているわね。というか中に入れば結構“視える”わね」
「扉? 何かあるかもだ、探っとくか」
「待ってコモド! ……扉の向こうが視えないわ、慎重にお願いよ」
「例によって扉までもが魔力遮断付きか。同じ室内でないと視えないとは」
壁を背に、コモドはそっとドアノブに手を伸ばす。ガチャリと音を立てて開けたその瞬間、彼らを出迎えようとしたのは数発の矢であった。
「やっぱり罠じゃん!!」
壁に当たり、床に落ちた矢と扉の両方を見ながらケンは言った。
「ケンちゃん悪ぃ、その矢をこっちにくれ。間違っても矢尻持つなよ、毒塗ってありそうだから」
ケンから矢を受け取ると、コモドは中に向かって投げ込んだ。しかし矢の落ちる音だけが返って来た。
「扉だけか? ならありがてぇんだけどな」
中に率先して入って行くコモド。牙を弾いて指に灯した魔力の球を明かりとして使いつつ、内部の暗い部屋に足を進める。内部は意外にも広く、途中コモドはアカリナとカタックにも揺らぎ球を分け、更にラァワの爆燃符を使った明かりをも使った探索が行われる。
「酒樽か? 中身は果実酒のようだな」
棚と樽が敷き詰められた部屋。
「干し肉があるわね。この温度なら保存に適しているわ」
「蜂蜜に、お砂糖かしら? ペオルって料理出来たっけ……」
「キノコが干してある……うーん、食糧庫だったみたい?」
一通り調べた後、部屋を去って行こうとする一行。だがケンが上げる声が引き留めた。
「コモドさん、コレって何ですか?」
ケンが見つけたモノ、それは棚の中に隠すように置かれていた箱であった。
「……罠臭いな。一旦離れて、離れた位置から開けてやる」
するとコモドは部屋の外から牙を弾き、振動そのモノを箱に宿す。そのまま掌をかざして浮かせると部屋の外まで移動させ、今度は振動を再び指に戻す。そして襟から取り出した櫛に振動を宿すと、箱の蝶番目掛けて投げ付けるのであった。櫛の柄が刺さり、蝶番を破壊してコモドの手に櫛が戻る。蓋を開けると辺りには甘い匂いが立ち込めた。中には、紙で包まれた掌サイズの物体が平らに四十個も詰めてあったのである。
「凄い! お菓子のへそくりかな!」
「お菓子、好きなの!?」
ケンの歳相応な反応に思わず驚くリトア。だが一方で匂いに気付いたアカリナの顔が厳しいモノに変わる。
「確かに包み紙に入ってるけど、コレお菓子じゃないわ。爆薬よ」
「御名答だ。そしてやっぱり、蝶番に仕掛けがある。コイツ、素直に開けたら爆発する箱だぜ」
「それにしても、その爆薬はどうしちゃいましょ」
カタックに尋ねられ、コモドは包みの一つを手に取った。軽く紙をほどき、手で扇いで匂いを嗅ぐと、ひとつまみ指でとって口に含んだ。
「……この味と香りなら問題なさそうだ。持って行こう」
「匂いはともかく、味って」
コモドの爆薬の“味見”に驚くケン。しかしコモドはさも当然のように、含んだ爆薬をプッと何処かに吹くと、開けた火薬を包み直してポケットに仕舞い込むのであった。
「そのまま突っ込んで大丈夫なんですか」
「嗚呼、コイツに包んでりゃ大丈夫だ。この紙には特殊な加工が施してある、着火でもしない限りは簡単には爆ぜねぇぜ。何ならケンちゃんも持っときな、何かと便利だぞ。爆破して良し、自分に巻いて脅しても良し、茶請けにも良し」
「ちょっと!? 確かに美味しそうだけど食べちゃダメでしょう!?」
「良い爆薬はな、上品な甘さで茶に合うんだぜ。少なくとも“味と香り”は覚えといて損はねぇぞ。まぁ口に含むとほぼ爆発しねぇけどな。しっかし何処か、ハデに使えるとこはねぇかなぁ」
賢明なる読者諸賢は、決してマネをしてはならない。
「ねぇコモド。しかしこの箱、随分と上底ね? ひょっとして二重構造になってはいないかしら」
「言われてみれば……試してもらって良い?」
ラァワが占眼符を覗くと、思わず笑顔でこう伝えたのであった。
「あらぁー!! コレ、コモドの大好物じゃないの!! 罠は視えなかったし開けてみなさいって!!」
「俺の大好物ゥ? はおりかな、でもこういうとこのは喰わねぇ方が良いぞ……?」
そう呟きながら、爆薬の入っていた層を剥がす。そこにあったのは。
「ナニコレ……でっかいアダー……?」
ケンがボソりと一言漏らす。箱に隠されていたのは、確かにグリップや引き金といったパーツの見える、物体であった。全長は四十センチ程、拳銃のハンドグリップに似た形は丁度ケンが持つアダーをそのまま巨大化させたような形をしている。だが筒を数本束ねたレンコンにも似た謎のパーツが目に入る。取っ手の付いた姿は何処となく、チェーンソーにも似ていた。
「凄ぇ!! ヒュドラ三六、最新型のマーギフルじゃねぇか!! コイツはホントに良いぞォ!!」
「……目ぇキラキラさせて、鼻息荒げて……」
「この人、ホントに三五歳?」
大興奮のコモド。アカリナやリトアに何か言われようと、その口はペラペラと止まることがない。
「コイツの売りは、通常のマーギナムにおける一発分の魔力を増幅することで、一秒間に三六発もの光弾をブッ放せるというとこさ。使う際にはこの銃口を、こう起こしてな」
折り畳まれていたレンコン状のパーツを起こし、更に変形させる。たちまちヒュドラ三六は、大型魔動光弾銃、即ちマーギフルとしての姿を示す。銃口も含めれば全長七十センチもある、小型のガトリング砲とも呼ぶべき姿が誕生した。
「火薬まで使った厳重な隠し方するのも分かるぜ、コイツは多少の爆風ではビクともしねぇからな」
「ラァワ様、この子そんなに銃がお好きなの?」
「いいえ、ゴーレムも含めた魔動機が好きなのよ。何せ最新鋭の研究にずっと携わってたのよ?」
「それにしてもゼーブルのヤツ、魔動機の趣味がかなり良いぜ。俺ちょっとは見直しちゃうなァ……」
「それはそうとコモドよ、そなたそのヒュドラをどうするつもりなのじゃ?」
「決まってらぁ、有り難く使わせてもらうぜぇ。見たところ撃つのに問題はなさそうだしな」
妙に慣れた手つきで、コモドはヒュドラ三六を元の姿に戻す。ターバンをほどき、自分の背中にくくり付け、マントに隠すと意気揚々と先を急ぐのであった。
今年の目標、ブラックバアル崩壊まで書く。




