第二二篇『改造闘士の三重奏曲』下
この物語を読む際には、ケガをしながらもカチコミを決意したあの日を思い出しながらお願いします。
魔女喰いの森の奥、一見なんの変哲もないボロ小屋に、ビアルが入って行く。テーブルをどかし、床板を一枚剥いだそこには大きな鉄板が仕込まれ、ドクロを背負ったハエのレリーフが彫ってある。
「開け」
手をかざし、そう一言唱えると鉄板は二つに割れて開き、奥には階段が見えている。降りて行ったそこに待っていたのは。
「ガウゥゥ……ガウゥゥ……」
「痛むカ? 痛むのでスカ? もうちょっとの辛抱デス、ビアル様が来ればきっと直してくれますカラ」
心配そうな声で、ヘルベンダーは声をかける。その目線の先には、頭を抱えて苦しむマードッグの姿があった。
「しかしカタックもえげつない一撃を与えてくれたモノデスネ。槍を足で投げて頭に突き刺すナンテ」
マードッグの頭に開けられた穴を見て、サイレーヌも声を出す。
「普通の人間ならもう直せなくなりますネェ……しかし我々の世代の構成員も、この三人が生き残りデスカ」
「こんな大ケガならまだしも……我々にとっては下らないかすりキズで皆、死んで逝きマシタ。嗚呼、改造さえしていレバ……」
そこに近付く足音。ビアルの姿を確認すると、三人は一斉に膝をついた。
「楽にしなさい。マードッグ、そこに横たわって」
そう言うとビアルはベッドの下から器具を取り出し、修理を始めるのであった。
「ビアル様の指令通り、コモドには伝えておいた。あの様子なら明日には現れるだろうな」
「足止めをすれば良いんでスネェ?」
「その暁には、あの少年を頂いてもよろしクテ?」
口元をニッと上げながらビアルは返す。
「そうだ、もし仕留めたならばお前達の好きにすれば良い。ただし、目的はヤツを誘い込むことだということを忘れるな。もしまずいと思ったなら、誘導だけしてすぐに退け、良いな?」
「誘い込んで一体どうするつもりなのですカネェ?」
「ゼーブル様には、対コモド用の切り札がある。それも三つだ。しかしおいそれと動かせるモノではない」
「三つもあって切り札とはよく分からないワネ。二つなら何となく想像つくんだケド」
「ブラックネメア、イリーヴ、あと一つは何ですカァ?」
ビアルの顔には、見た者が凍り付く程に恐ろしい笑顔が浮かんでいた。
「あと一つは……フフフ、究極の悪夢を見せてやると、ゼーブル様はおっしゃっていたぞ……!!」
「コモドッ!! 何処じゃ!!」
サイレーヌとビアルが撤退してから、わずか三分後。ラマエルとカタックが彼コモドの元に駆け込んで来る。二人が見たのは、コモドもケンも地べたに倒れ込んだ、最も見たくはなかった光景であった。
「コモドちゃんッ!! まずいわ、顔色が青くなっている、血が流れ過ぎているわね」
「ケン! しっかりせい!! ……こちらも昏倒しておるな、見たところ神経に負荷がかかっておったらしい」
「どうにか病院にまで、運ばないといけないわね」
カタックは素早くコモドを肩にかけ、持ち上げようとする。だがその瞬間、二の腕からドワッと血が溢れ始めた。
「まずいわ、下手に動かせばただでさえ貴重なコモドちゃんの血が……!」
「生命力が低下しておる……流れたらまずいのう」
「それもあるけど、コモドちゃんの血は希少な型なのよ。ストックが病院にあればまだ良いんだけど……」
「揺すらずに、病院まで運べば良いんじゃな?」
「あら、ラマエルちゃん何か考えがおありで?」
「うむ。ちぃと待っておれ。その間に、カタックにはケンを抱えていてはくれぬか」
するとラマエルはコモドの体を指を使って測り取り、呟く。
「搭乗三人、病院まであの距離ならば……カタック、近う寄れ。天導術、エルプレイン!!」
両手を胸の前で交差させたラマエルの翅が広がり、指先から放たれた絹と翅から振りまかれる鱗粉が合わさって四人を包み込んでゆく。
「全員、繭の中に……?」
「ただの繭ではないぞ。全員を繭に包んだ上で、病院まで飛ばすつもりじゃ。この繭の中ならある程度は処置も出来よう……よし、出来たぞ!!」
四人はたちまち巨大な繭に包まれた後、緑色に輝く蛾のような形のオーラを放つと、一気に空へと飛び上がった。
「コレは凄いわね……って、ラマエルちゃん顔色が悪いわよ!?」
「この術は……使い終わったら確実に繭の眠りに落ちてしまうのじゃ。だから気軽にパンパン使えないんじゃよ……!!」
輝く巨大なオーラの蛾が、病院に向かって真っすぐに飛行する。しかしその内部では、大量の冷や汗を垂らし、両手を震わせながら構えをとるラマエルがいた。
「持っておくれ……わらわの生命力……!!」
エルプレインは安全な繭の中に他者を入れたままの飛行移動を可能とする術である。しかし生命力の消費は彼女の使う術の中でも一際激しく、長距離の飛行には向いていない。
「わらわの繭の中じゃ、ある程度はキズが塞がるであろう、しかし病院まで着いたらすぐに運び込んでおくれ、頼めるか?」
「分かったわ」
「もうすぐじゃ、もうすぐじゃぞ……」
やがてペンタブルク総合病院の入り口に到達し、術を解除したラマエルはフラフラと院内に入り込むと、
「わらわじゃ、ラマエルじゃ! ケンが見つかったぞ……早く……コモドも……中へ……たの……」
言い終わらぬうちに彼女は、廊下に倒れ込むようにして繭へと変化してしまった。それから約一時間後のことである。
「ん……ココは……?」
コモドが目を醒ますと、そこは病室であった。
「あ、コモドさん!!」
「ケンちゃん……? そうか、倒れちまったのか俺……」
ケンの方が一足早く、目を覚ましていた。
「ごめんなさい! 僕が、僕が……!!」
「気にすんな、操られていたんだろ。相手はかなりの使い手だった、もし防げたら天才だよ」
ゆっくりと身を起こしながら、コモドはケンに尋ねた。
「カタック先生と、ラマエルはどうした?」
「カタックさんならさっき出て行きました。近くの宿にいるそうです。ラマエルさんは……」
そう言ってケンが目線を向けた先に、大きな繭が立っている。
「コモドさんの処置をしながらここまで運んで、運び終わったらそのままああなっちゃったって」
「目が覚めたら、お礼しなきゃだね。ケンちゃん、刀を見せてくれないか」
そう言ってケンの持つ刀を受け取ると、口に手頃なタオルを咥えてその場で抜き、刀身を見る。
「……相手を欺くためとはいえ、べっとりと血糊を付けちまった。ヒトの血は鋼を穢すんだ、工房に戻ったらちゃんと手入れしねぇといかん。しかしどれだけの時間が経ったんだ?」
「えと、ここに運び込んでから、大体三時間は眠ってたかと」
「三時間!? サビが浮いてねぇぞ?」
コモドの言った通り、通常の刀であればすぐに血を拭き取った後、適切な手入れをせねば一時間で赤サビが浮くこととなる。例え、間違って指先を引っかけてしまった場合でも同様である。
「ラマエルさんが、やってくれました。何でも、天肆族が隕鉄の刀を使えば、血糊は焼き払えるらしくて」
「また豪快な……ならせめて、油塗らないとな」
「それよりコモドさん、刀の心配より自分の心配をしないと……」
「何言ってんだ、れっきとした自分の心配だよ。その刀に守られるんだぜ、サビた刀じゃ守れるモンも守れねぇぞ」
「いやそういうことじゃなくて……」
「ケン君、それ某から説明しましょう」
「コルウス先生?」
病室に入って来たコルウスが口を開いた。
「コモドさん。残念ながら、貴方には今休息が必要です。出血多量で、ここからあと少しでも流れ出していたなら輸血が必要な状態だったんですよ」
「輸血が……!?」
「御存知だとは思いますが、貴方の血液型は希少なんです。ラマエル君の尽力と人工血液のアテがあったから良いモノの、コレが十年前ならどうなっていたことか……」
「……休息だけはサボれねぇな」
観念したかのように、コモドは再び横になる。
「実家に行ってくれ。俺の部屋に割と分かりやすいツボがある、刀に塗る油が入ってるから使ってくれ」
「分かりました……」
「それとこのキズが癒えたらすぐに行く……イリーヴの居場所が分かった」
「イリーヴ君の居場所が!?」
コルウスの驚愕の声が上がった。
「何処なんです?」
「魔女喰いの森」
「罠だッ!! あの時と同じ、吸血ナビスと……!!」
珍しく声を荒げたコルウスに、今度はコモドとケンが驚きの顔を見せた。
「……失礼致した」
吸血ナビスのかつての手口。自らへの追手を確実に仕留めるために関係のない姉弟をさらって人質にとり、罠を仕掛けた家におびき出して仕留めるというモノであった。
「いや、分かってんだ。あの時さらわれたの、そもそもお前さんだしな。しかも今回はあの時と違って組織、それも未だ全容の掴めぬ暗黒組織だ。現に、さっき闘った連中は今まで見たことのないヤツらだった……」
「見え透いた罠ですよ……それでもカチ込むつもりなんですかコモドさん!」
ケンが聞くと、すぐさまコモドは返す。
「カチ込むに決まってんだろう!! 罠張ってるとは言え、ブラックバアルは今心臓の位置を晒したようなモンだ。俺にはもう時間がねぇ……どうせ次の新月には燃え尽きる命、だったら巻き添えにヤツらを焼き尽くすまで!!」
「だったらせめて治ってからにして下さい……暗黒組織の心臓を刺しに行くのに、サビた刀では不足だとは思いませんか!?」
そう言われ、コモドは沈黙した。
「刀の手入れも大切ですけどね、自分の手入れもキチンとしないとダメですよ。でないと、心臓を目前にして折れることになりかねませんからね」
コルウスがそう釘を刺した直後。突如バリンと大きな音が窓ガラスから響き、部屋に何かが投げ込まれる。咄嗟にケンを庇うコルウス、驚きのあまりベッドから落ちるコモド、動くことも喋ることも出来ないラマエル。投げ込まれたモノの正体をケンの目が見つけた。
「コレ……矢文?」
壁に刺さったそれをコルウスが見つけ、紙を外して中身を読む。
「何だと……コモドさん、貴方に宛てたモノです」
そう言うと、ベッドに這い上がって腰をかけているコモドに紙を渡し、窓ガラスの外を確認しに行く。
「……クソォ!! ゼーブルのヤツめ!!」
「え、ゼーブル!?」
そう言ってケンは紙を受け取り、読んだ。
『親愛なるコモド・アルティフェクス。ごきげんよう。貴様の残り少ない命に敬意を表し、特別に我々の本拠地へ招待する。ここ数日の因縁に決着を付けようではないか。
吾輩が身元を預かる、貴様の友人も首を長くして待っている。我々の所在地は魔女喰いの森、位置は以下の地図に示す。もし貴様の闘志が砕け、訪れぬまま朽ち果てたならば、我々が貴様を歓迎するために用意したありとあらゆる存在が、貴様の愛した者達とインクシュタットの町に恐怖と絶望をプレゼントすることとなるだろう。
どうぞ御家族、御友人と御誘い合わせの上お越し頂きたい。特に天肆族の高貴な姫君には是非とも御来場願う所存である。ペオル=ゼーブル・フォン・グリューネフェルト』
一通り読み終わって、ケンは戦慄しながら呟いた。
「来なかったら用意していた刺客を一斉に解き放つってことなのか……?」
「二択を迫るということだ。イリーヴを人質にとるか、それ以外が人質になるか。いかにもヤツららしいやり方だよ」
「しかもコレ、要は束になってかかって来いとは、この機会に一掃するつもりらしいですね……」
コモドのこめかみにビキビキと血管が浮き、隻眼のまぶたがピクピクと動いている。
「良いだろう、総力戦だ。母さんにもこの紙を見せてやれ。コモドにこんな矢文が来たってな!!」
「その必要はないわ、話は聞いたわよ」
三人が驚き、扉を見る。引き戸を開け、現れたのは他ならぬ、コモドの母ことラァワだったのである。彼女は紙を受け取ると同時に口を開いた。
「コモド、今の今まで随分とムチャをしたわね……決行日は任せるわ、ただしコルウス先生の許しが出た後よ」
そう言ってラァワはコルウスに目を合わす。相手は黙って頷いた。
「入念な準備が必要よ。私は出来るだけの情報を集めておく、姉様達にも協力を仰いでみるわね」
「他の面子はどうする?」
「ラマエルちゃんにケンちゃん、それからカタック先生は必ず行くべきね。それと……今回ばかりは私も行くわ」
「僕が……戦力なんかになるんですか……?」
「なる」
コモドは言い切った。
「君の持ってる『ダムート・ラシート』のカードを忘れたかい? ……いざとなったら頼んだよ」
「また操られるかもしれないのに!?」
「治す!」
「言い切った……」
「つうのもな、治し方分かったんだよ。だから安心して操られて来い」
「えぇ……」
「私もいるから。大船に乗ったつもりで操られれば良いわよ」
「ちょっとラァワさん!?」
良い笑顔を浮かべながら親指を立てるラァワに、ケンは却って恐怖を感じるのであった。
「それはそうと、コルウス先生。こちら注文の治癒符です」
「ありがとうございます。うち何枚が、コモドさんの分ですかね」
「それはこちらです、今使いますので別で持ってきました」
ラァワの取り出した包みには、薬草と治癒符が同時に詰め込まれていた。
「ケンちゃんも手伝ってちょうだい、コモドは斬られた方の腕を出して」
「はいよ」
袖をまくり上げ、磨り潰した薬草を塗り付け、その上から治癒符が貼り付けられる。タルウィサイトによる切りキズと、アダーの鉛の矢により刺しキズ、そしてケンの刀によるキズの上塗りはかなりの深さに達していた。おまけに相手を欺くため、わざと血を絞った跡まである。改造闘士部隊のメンバーは、一度付けられたキズをひたすら狙って攻撃していた。
「あと少しで骨にまで達するところだったようね。止血だけではダメよ」
「治癒符使ってどれぐらいかかるんだ?」
「魔女が使って……んー、一晩ね」
「もしコレがしっかりと骨まで達してたら……」
「三日はかかるわ」
「骨髄だったら?」
「一週間。魔女呼ばなかったら、もう間に合わないわね」
闘術士の活動は、偏に魔女という存在に支えられていた。体捌き一つ間違えれば肉を斬られ、骨まで達し、場合によっては骨髄にまで影響が出る。時には四肢どころか目や耳すらも失いかねない。現にコモドの周辺の闘術士達には、身体に欠損を持つ者が珍しくはない。ウラルは右腕、ラビアは左脚、カタックは両目、そしてコモド自身も、闘術士になる前ではあるが右目を失っている。
「で、確認するわよコモド、多少寿命が縮むかもしれないと分かって、それでも行くつもりね?」
「行く。逃げて長く生きたところで、五日か十日の違いでしかねぇよ」
「他の人を行かせる、という選択肢もあるのよ?」
「関係ねぇ。イリーヴがいるんだ、死ぬ前にはせめてもう一度、親友として会いてぇんだ!!」
「闘うことになるかも、しれないわよ?」
「構わねぇッ!! それこそアイツが暗黒組織の手先になって、誰かを手に掛けるくらいなら! 俺が止めてやるんだ、でないと死んでも死にきれねぇ!! だから暗黒組織を潰した上で、安らかに死んでやるんだ。そう、決めたんだよ」
「……分かったわ、そこまで覚悟が決まっているのなら、もう私に止めることは出来ないわね。私が母親として、一人の魔女として出来ることはもう、一つだけ……」
一通り処置を終え、服を戻した後にラァワは口を開いた。
「この大きな長男の、願いを叶える助けを、全力でするまでよ」
「じゃあ母さん、手紙を配って欲しい。先生、ペンと紙をお願いしても良いですかね」
コモドはベッドに腰をかけたまま、机に向かう。数枚の紙に向かうと、一様に同じ内容を書きこみ始めた。
『力を貸して欲しい。ブラックバアルが本拠地と思しき位置を遂に明かした。罠だということは分かっているが、組織に致命傷を与える好機でもある。何よりも、囚われの親友を救い出したい。位置は以下に書き記す通り、決行日は二日後を考えている。もし力になってくれるのであれば、総合病院の前に集合して欲しい。待っている。コモド・アルティフェクス』
その晩、ラァワは自室にて、自前の杯に酒を注いでいた。それもコモドが好んで呑む、蒸留酒であった。
「ごめんなさいコモド、私としては止めたかったのよ。でも、あそこまで覚悟の決まった貴方を、私には止めることが出来なかった。代わりと言っては何だけど、貴方が愛したお酒を少し頂いても良いわよね……」
彼女の呑む酒は、涙の味がした。喉を焼くような強さが、待ち受ける喪失感という痛みを和らげる。
「……コモドがコレを好きな理由が分かった気がするわ。こんなにも、心に効くなんて」
机の引き出しにあった封筒を広げ、中身を見る。そこにあった写真には、長身で金色の目した男性と、小柄で褐色の肌に長い銀髪の輝く女性、そして彼女の手には同じ髪色の赤子が抱かれていた。
「フローレス……あなたの息子はとても立派に育ったわ。だけど、矢のように過ぎ行くせっかちさんだったの。どうか、どうか最期まであの子を見守って……そしてもしそっちにあの子が行ったなら、思いっきり抱き締めてあげて欲しい……」
遂に暗黒組織ブラックバアルが、その内部を明かそうとしている。引き換えにコモドと、彼の周りの人物の命を喰い尽くさんと目論み、悪辣な罠がその爪を研ぐ。コモド達と暗黒組織の、決戦の火蓋が落とされようとしていた。果たしてコモドは、その生命の灯が燃え尽きるまでに、暗黒組織を叩き潰すことが出来るのであろうか。
「ゼーブル様、矢文を届けて参りました」
クロスボウを携えたビアルが、ゼーブルの元に膝をついている。ビアルの報告に黙って頷きながら、ゼーブルは大きなツボの内部にその右手を突き入れていた。一行を待ち受ける、彼の仮面の下は今、如何なる表情を浮かべているのであろうか。
~次篇予告~
束の間の日常、嵐の前の静けさ。
死神の決意はやがて、九人の闘志を目覚めさせる。
次篇『潜入前夜の静寂の中で』 お楽しみに




