第二十篇『連邦じゃ二番目の響牙術士』上
この物語を読む前に、快傑ズバットの履修をお勧め致します
「ヴィブロスラッシュ!!」
「んぐ……!?」
放たれる青い揺らぎの刃。響牙術ヴィブロスラッシュ、コモドが得意とするはずのこの術技の標的は、なんとコモド自身であった。
「この国に、響牙術の使い手は二人も要らん。ゼーブルもビアルもきっとそう思ってるぞ」
「チッ……言ってくれるじゃねぇか……!!」
コモドの目の前に立つのは、青い装束に身を纏い、細身の剣の柄に竜の牙を提げた闘術士の男。その刃からは青い残滓が漂っていた。ヴィブロスラッシュはこの剣から放たれている。
「悪いが妹のためだ。死んでもらう!」
「妹もてめぇも無事じゃねぇぜ、ブラックバアルがどんな組織か知らねぇんだろ!!」
「聞く気はない。天肆の力か、ゼニさえ手に入ればそれで良いんだッ!」
刃先をコモドに向け、男は叫んだ。事のいきさつは、一時間ほど前に遡る。
「お変わりないですか」
「ええ、今のところは。そちらこそ大丈夫だったんですか」
ケンが横になっている病室にて、コモドとコルウスが話す。
「実はですね……清掃員の一人が姿を消しておりまして」
「姿を? 跡形もないのですか。ということは攫われた……?」
「いえ、それが……思ってたより厄介なことになっているんです。その清掃員、身元が全て偽造されたモノだったんです」
「何? ということは最初から存在しなかった……?」
「いえ正確には……同じ顔、同じ名前の女性なら存在するのです、しかもかの竜学者ファートンに拾われた弟子だというのです」
「あのファートンのォ!?」
清掃員の名札を取り出しながら、黙って頷くコルウス。
「以前にイリーヴさんをここに担ぎ込む直前に入って来たんですがね……探してはくれませんか。事件に巻き込まれていたなら気の毒ですし、最初から偽者だとしてもワケありでしょうし。何より……」
「裏がキナ臭い、即ち……暗黒組織の影アリか」
名札に書かれた名前を、コモドが確認する。
「サヴラ・ファートン……なるほど、偽名に使うにはちとおかしいな。むしろ先に潜入させて引き込み役に使ったんなら合点がいく。だとしたら、上手く調べればイリーヴの手がかりにもなるかもしれん……分かりました。引き受けましょう」
病院を後にするコモド。その後を付いて行くのは、ベッドに横たわるケンではなく、繭から出たラマエルであった。
「シケイダーは連れなくて良いのか?」
「いや、おるぞ。コレじゃ」
髪飾りのように付いた金色のセミの幼虫を見せながら、ラマエルは答えた。
「わらわにかかれば大きさ自在、色々と便利じゃぞ」
「なるほど」
「ところでコモド。連れてくのはケンではなく、わらわで良かったのか?」
「今ケンちゃん動かしたらダメだ。刀渡したけどあの目じゃ振るえねぇ」
「そうか。しかしわらわで力になるかのう」
「なる。間違いなく」
「また繭に戻ってしまうかもしれんぞ?」
「運んでやるから安心してくれ」
次の瞬間、ニタァとした笑みを浮かべ、ラマエルが返した。
「……重ぉいお姫様じゃぞ?」
「あん時はすまんかった許してたもれ」
パチンと音を立てて手を合わせコモドは頭を下げた。
「面白いヤツじゃ。ところでさっき言っておった、ファートンとは何ヤツじゃ?」
「ファートンってのは昔の魔女だ。んで、竜の有名な学者でもある」
「昔の、とは引退したんかえ?」
「亡くなった。二十年ほど前に。千年は生きてたらしいな。かなりのニュースになったぜ、マイア・ファートン死すってな」
「千年とな……わらわよりもちょいと年下ではないか」
「いや感覚おかしくなりそうだけど、普通の人間は三ケタも厳しいからな? っと、あそこだな」
コモドは紙に書かれた情報と、目の前の白亜の建物を見比べ始める。
「あれから二十年、キレイに保たれてるな」
「行ったことあるのか?」
「本にサインもらったことがあってな。実家行けばいくつかあるぜ。で、今は弟子達が上手くやっとるはずだが……」
近付いてゆくコモド。建物の近くでは、一人薪割りに勤しむ男がいた。
「失礼、ファートン邸に用事が御座いまして伺ったんですが」
作業の手を止め、まさかりを置いて男が近付いて来る。
「その感じからすると、ラァワ・アルティフェクス様のとこのコモド様で御座いますね」
「御存知でしたか、なら話が早いかな」
「申し遅れました、わたくしマイア様の弟子を務めておりました、ソラス・ファートンで御座います。現在新たに赴任する魔女がいないため、わたくしの手で館を管理しておる次第で御座います。して、そちらのお方は?」
「ラマエルじゃ。よろしゅう頼む」
「あー、例の天の繭から出て来た、という。お目にかかれて光栄で御座います」
ソラスと名乗ったこの男。背丈はコモドよりもやや低く、青い作業着に包んだその体格は中々にがっちりとしている。
「早速で申し訳ねぇんですが、この方を御存知で?」
「ほほう……? 嗚呼、サヴラならわたくしの、妹で御座います」
「妹ですか。えーと、妹弟子の方で?」
「実妹です。マイア様には一緒に拾われたモンで。サヴラに何があったかは存じませんが、案内致します」
扉を開けるソラスの後ろでコモドはそっとラマエルに尋ねる。
「コイツ大丈夫そうか?」
「今のところは分からんの。見た感じ、妹も嘘じゃなさそうじゃぞ」
リビングへと案内される二人。扉を開けると、予想外の人物がそこに座っていた。
「あらコモドちゃん、お久しぶりね」
「え、カタック先生!?」
茶菓子を口にするカタックの姿がそこにあった。
「では、呼んできますのでしばらくお待ち下さい」
席につくコモドとラマエル。その様子を見たカタックが声をかける。
「あらぁ、あなたが例の、天肆族のお姫様ね」
「え、あ、そうじゃ、わらわがラマエルなのじゃ」
「まさか生きてる間にお目にかかれるなんて思わなかったわぁ……」
「それはそうと、カタック先生は何でここに?」
茶を口にした後、カタックは答えた。
「平たく言えば食客よ。住まわせてもらう代わりに、ここの管理の手伝いとか、まぁ色々やっているの。嗚呼、お茶はいかがかしら、はおりもあるわよ」
いつか出てきたコモドの好物である菓子が、目の前に並んでいる。
「あ、いただきます」
「お姫様はいかがかしら?」
「わらわも良いのか?」
「……良いからもらっとけ」
「それじゃお願いするのじゃ」
急須を持って席を立ったカタックを見つつ、コモドはラマエルにそっと耳打ちした。
「良いか、お茶が来たら俺より先に手を付けろ。もし“やばそう”な感じがしたらすぐに置け。良いな?」
「どうしたのじゃ? そなた、あの者とは旧知の仲ではないのかえ?」
「……ここは敵の懐の可能性がある。偽名を使わせて清掃員として潜入させるくらい、ヤツらはやりかねん。それに先生にもいささかの疑惑がある。場合によっては即座に戦闘となるだろう。ただ先生は腕が立つ、いざとなったら動きを止めてやってくれ、良いな?」
そこに、茶を淹れ終わったカタックが戻って来る。
「お待たせぇ」
「ありがとうなのじゃ」
ティーカップを手にするラマエル、その様子をサッと目だけ動かしてコモドが注視する。そっとその鼻と触角を近付けると、ラマエルは茶を口に運ぶのであった。続いて茶を吹いていたコモドもスッと口にし始める。
「それにしてもコモドちゃん、あの夜はよく生き残れたわね」
「魔女集会の夜ですか」
コモドの目がやや険しい表情を見せる。
「一つ、伺ってもよろしいですかね」
「あら、何かしら」
「あの晩、先生は一体どちらに?」
「天文台よ」
「あの混乱の最中に、ですか」
「ええ、ゴブリンが入って来ちゃうもんで、対処しないといけなかったのよ」
「そうですか」
「何で助けに来なかった、とでも言いたげね?」
「……お見通しでしたか」
アリバイはほぼ完璧であった。
「聞きたいことがあるならもっと言ってちょうだい。時間がないのでしょう?」
目を閉じ、フゥと溜め息をついた後に、コモドは再び口を開くのであった。
「華月覇剣、御存知ですよね?」
「名前しか知らないわ、ホンモノに会えたことはないわよ」
「コモド、今何と言うた」
「何、ラマエル知ってんのか?」
聞く相手を変えようとした、まさにその時であった。
「コモド様。御案内致します」
階段を昇るコモドとラマエル、その間にソラスが話を始めるのであった。
「サヴラは、わたくしの妹は幼い頃より体が弱くてですね、マイア様にわたくし共々拾われなければ危ない状況で御座いました」
「左様で御座いますか。すると現在は、ファートン印の薬で生き永らえている、というワケですか」
「しかしそれも限界が御座います。いずれかの機を見て、キャンバスコットの医者に見せようと考えておるのです」
「それほどに、状態が悪いのですか。でしたら何故に、清掃員として病院に……?」
「いえ、それは出来ないはずなのです。何せサヴラは、ここ数日部屋から出ておりませんので……」
「え、何? ということは、やっぱり勝手に使われたってことか! 顔と名前を!?」
ソラスの足が止まった。コモドから確認することは出来なかったが、彼の口元はニヤリと上がっている。
「いえ……勝手では、御座いません」
「コモド、何か急に、イヤな予感がしてきたぞ……?」
「勝手ではないのなら……元清掃員のサヴラさんってのは何モンだね?」
「……その秘密を知ろうとする者は、館から出すワケにはいかん!!」
次の瞬間であった。壁を構成していたレンガが次々に開き、矢が顔をのぞかせている。
「何、罠ァ!?」
「撃てッ!」
数段飛ばしで扉に近付き姿を消したソラス。扉を閉めると同時に、仕掛けられた矢がコモドに洗礼を浴びせるのであった。
「コレはまずい!!」
「わらわに任せるのじゃ! 天導術、エルアイギス!!」
素早くコモドの前に躍り出たラマエルは腕を伸ばし、胸の前で手を交差させるとその指先から無数の絹糸を発射、一気に巨大な繭を展開した。そしてコモドと自らを守る、いわば結界を作り上げたのである。カン、という音が次々に響き、矢が階段に落ちてゆく。
「今感じ取れたが、このレンガも階段も魔力を帯びておる。それも全て矢を隠すようにしてな。まさかわらわにも分かりにくい形で罠を張ってるとは思わなかったぞ」
「おいソラス! 何でこんなことしやがんだ!!」
扉の向こうを怒鳴り付けるコモド。
「騙して悪いが、そのお姫様をこちらに渡しな。そうすれば解放してやっても良い」
「わらわが目的じゃと! 何をするつもりじゃ!!」
「簡単なことだよ……妹を治せ。もし出来ないならば、あの御方に売り飛ばして治療費になってもらう!」
「わらわに治療をさせるだけなら、こんなことまでする必要はなかろう! そなたはわらわの前で、素直に頭を垂れることが出来ぬのか!!」
「決まってるじゃないか……治してもらった後には、我々の所有物となってもらう! 死神コモドの手元に置いておくなど、“あの御方”がお許しになることはないからなッ!!」
「どっちにしても売り飛ばす気マンマンじゃねぇか!!」
提示された交換条件は、とてもコモドとラマエルには呑めるモノではなかった。
「たわけたことを抜かすでない! わらわは売り物ではないぞ!」
「よし良い啖呵だ……おいカタック先生、ソラスが変なことしやがったぞ!! 早く上がって来い!!」
「無駄だ死神コモド! この階段室は、下の階には声が響かぬように出来ている。今頃は呑気に、茶でも飲んでいるだろうな」
ソラスの言った通り、カタックはリビングで茶を口に運んでいた。
「お茶、冷めちゃうわね。いただいちゃおうかしら、降りてきたらまた淹れてあげれば良いわね」
かくしてティーカップを流しへと運んで行くのであった。その頃一方階段室では。
「入念に準備しやがって、最初から俺とラマエルを誘い込むのが目的か!!」
「そうだ、“あの御方”の命令とあらば妹の名前と顔ぐらいは貸し出してやるの当然よ!!」
「ソラスとやら、さっきから言うておる“あの御方”とは、一体誰じゃ!!」
「ヘッ……こういうことさァ!!」
扉を開け、袖をまくり、右の前腕を見せつけるソラス。そこにはくっきりと、ドクロを背負ったハエが刻まれている。それを見たコモドの目がグワっと広がった。
「んな……ブラックバアルッ!? 暗黒組織だとォ!!」
「御名答、撃てッ!!」
再び矢の雨がコモド達に降りかかる。
「コレは一体どういうことなのじゃ!?」
「ソラスは……アイツはこないだの、ビアルの仲間だったんだよ!!」
「何じゃとぉ……!?」
困惑していたラマエルの目にも敵意が灯り、扉の向こうを睨み始める。
「てめぇ、魔女の弟子のクセして、何であんなヤツに……ゼーブルなんかに魂売りやがったッ!!」
「あんなヤツとは。こちらにとってはな、唯一の肉親を救えれば魔女でも何でも良いんだよ。最も、今は亡きマイア様に、そんな力などないがなァアア!!」
握り拳を固め、隻眼の目元をヒクつかせながら、コモドは怒りを口にする。
「てめぇ……死人の魂を愚弄すんのも大概にしろよな……ましてや、自分を拾った恩人にッ!!」
「ふん、弱い竜は吠える声だけは大きいモノさ……話は終わりだ、差し出さぬのであれば、そこで針山となって死ぬが良い!」
ダンッと音を立てて扉を閉めるソラス。矢の雨は依然、二人を襲い続けていた。
「クソォ……ゼーブルのヤツめここまで手ぇ回していやがったとは……!!」
「どうにか引きずり出さないとまずいのう」
ギリリと歯を噛み締めながら扉を見た後に、コモドは再び口を開いた。
「そうだな……おいソラス、ラマエルが欲しいんだな?」
「そうだ」
「差し出すつもりか?」
コモドの人差し指が、ラマエルの口元にあてられる。
「どうしても欲しいよなァ?」
「そうだ」
「差し出すつもりなのか?」
ラマエルに向かって首を横に振るコモド。そして扉に向き直すと、
「喉から手が出るほど、欲・し・い・よ・なァァア?」
「くどい!」
扉から衝撃が走る。ブン殴ったらしい。その様子に満足気な笑みを浮かべ、コモドは続けた。
「じゃあそこに引き篭ってねぇで、直に取りに来いやァ!!」
「その矢の雨の中を掻い潜ってか? 笑わせるな、そんな挑発には乗らん」
すると口元に軽く手をあてて、ラマエルが切り出した。
「くすす、そなた、まさか矢の雨の中はヤじゃ、とでも言うのかえ?」
「くどいと言っているッ!!」
二度に渡る殴打が扉から響く。
「じゃあ、止めてやるかの」
「え、出来るの?」
「まぁ見ておれ……天導術、エルベリース!」
指を伸ばし矢の飛び出る方へと向けたラマエル。すると繭を構成していた糸が次々にほぐれては飛び、指先から次々に糸が飛び出し、まるで泳ぐかのように空中を進むと、次々に矢の発射口を塞いで繭へと変えてゆく。空中を裂いて飛んでいた矢すらも、その先端を繭で包まれ落下していった。エルベリースは自分を守るための繭ではなく、対象物を拘束するために繭に閉じ込める技である。
「おお凄ぇ!」
「便利じゃぞぉ、何ならあの扉もくっつけてしまおうかの」
「良いねぇ、その間に一度逃げちまおう。それでカタック先生を呼んで来れば……」
だがその目論見は大きく外されることとなる。扉の向こうで、ソラスは廊下に立て掛けてあった剣を取ると、柄に下げられた竜の牙を弾き、その青い揺らぎを刃に灯し、叫びと共に振り下ろした。
「響牙術、ヴィブロスラッシュ!!」
錠前を吹き飛ばし、そのままコモドに向かって真っ直ぐに襲いかかる斬撃。咄嗟の判断で、コモドはラマエルをマントにかばい素早くうずくまるのであった。自分をすかして飛んで行く青い揺らぎの刃を見て、コモドは驚愕する。
「おいソラス! 今ァ……一体何の術を使いやがったッ!?」
「ほほう、死神コモドとあろう者が、響牙術ヴィブロスラッシュを御存知ないと? それはおかしいなァ!」
「何だと……てめぇ、俺と同じ、響牙術の使い手だったのか……!!」
「そうだ! そして死神コモド、お前も響牙術の使い手だということは分かっている。だが……この連邦じゃ二番目の腕だがな!!」
指二本を立てて突き出しソラスは宣言した。
「何ィ、二番目だとォ!? ……ほほう、俺も偉くなったモンだぜ。では聞こう、一番は誰だッ!!」
ソラスの指差す先は、己の顔であった。
「フッ……この“おれ”さ!!」
「そうかそうか、しかしこの国イチの響牙術の使い手にまで育てたのにこんなことされてちゃあ、マイア様が気の毒でならねぇぜ。きっと草葉の陰で泣いてらァ、恥を知りなッ!!」
「何とでも言え、以前からコモドとは一度、勝負がしてみたかったのさ……一人の闘術士としてなッ!!」
直後、再び牙を鳴らしたソラス。同じ響牙術の使い手として、天肆の力を求める者として、激突すべき時が迫り来る。かくして、物語は冒頭の場面に至るのであった。
「死神コモドめ、やはりかかりおったな」
暗がりの中、ゼーブルは茶を口に運びながら、浮かび上がる虚像に映ったコモド達の様子を眺めている。
「まさかこのゼーブルが、女装して潜り込んでいたとは思うまい。罠というのは幾重にもかけておくモノだ」
仮面を外したその顔は、まさにサヴラという女性の顔をしていたのであった。
「さて、化粧を変えるか……次になるべき姿は……」
ゼーブルの背後には巨大な鏡。化粧を落とした顔に再び、異なる飾りが加えられようとしていた。
日本で二番目で構わない、今より上手く書けるようになりたい




