第十七篇『空より来たる眠り姫』下
作者はチート能力をよく分かっておりません。御容赦下さい
相容れない目的。片やその力を求め、もう片やその生命を絶たんと使命を受け、今や激突しようとしている。シケイダーの額にある三つの単眼が赤く光ったかと思えば、何と繭の周囲にも赤い円形の光が三つ現れ、その三点を起点にした赤い三角錐が構成されたのである。ケンとミナージが近付くことが出来なかった理由がまさにそれであった。
「結界を解け!」
「ジリィ?」
三角錐に囚われた繭を指差し、コモドが叫ぶ。しかしシケイダーは首を横に振ると手を前方に出し、
「やろうってのか?」
何と手招きして見せた。明確な挑発であったのだ。
「コモド兄さんダメッス!! まともにやり合える相手じゃないッス!! え!?」
シケイダーはコモドに対して挑発に使った手を今度はミナージとケンに向け、思い切り振って見せた。一瞬にして、コモドの隣に転がされる二人。繭からも遠ざけられ、全員がシケイダーの前方に集められたのであった。
「まずい……既に谷底がヤツの“支配下”に置かれたみたいッス……」
「だったらせめて脱出するぞ、ヤツに隙がないなら作るまで……!!」
早速ピアスについた牙を弾いてみせるコモド。キィンという音と共に青い揺らぎを指先に灯し、前方に構えて対峙する。だがシケイダーの複眼が光ったその時、まるで蝋燭の火を吹き消すように、コモドの指先から揺らぎが消えた。
「何!?」
もう一度牙を弾くコモド。だが指先には何も灯ってはいなかった。
「術を消されている……!?」
「生命力を浪費するだけか……クソ、視界が……!!」
眼帯を押さえるコモド。彼の眼帯は義眼の役割も果たしている。魔力を使って確保していた視野に、シケイダーの領域支配の影響が来てしまっていた。
「コイツ支配力を強めやがったな……!!」
改めて構えをとり、シケイダーを睨み付けたコモド。それを見たシケイダーもまた指を揃え、構えて見せた。
「空間支配は魔力によるモノ、打ち破るには……」
「かき消しきれない魔力を練り上げてぶつけるか……」
「魔力に干渉しにくいモノをぶつけるしかねぇな……例えば、鉛とか」
そう言ってケンを見るコモド。ハッとした表情を浮かべ、ケンはホルスターに手を伸ばす。
「勝利のカギはケンちゃん、君だ! アダーを出せッ!!」
「はいッ!!」
拳銃の弾倉を詰め替えるミナージ。アダーを構えるケン。
「三二一で散ってくれ、三方から攻めれば何処かに隙が生まれるはずだ」
「そして隙が生まれたら……」
「躊躇いなく撃つッス! 兄さん、お願いするッス」
「三……!!」
拳銃を構えるミナージ。
「二ィ……!!」
ターバンを外し、サイドテールの髪をバサリと出すコモド。シケイダーの注目をわざと集める算段であった。
「一ィ! 行けッ!!」
叫ぶと同時にシケイダーに突っ込むコモド。その場からそれぞれ二方に飛び出すケンとミナージ。
「うおりゃァッ!!」
三歩程駆け出し、アイサツ代わりとでも言いたげな両足蹴りを放つコモド。微動だにしないシケイダー、コモドの両足がぶつかると体をややひねるのみで、その場から一歩も動くことなく受け流すのであった。
「ハァッ!!」
「ジェジェッ!!」
コモドの掛け声と同時に手甲剣による一撃が襲い掛かる。前腕一つで受け止めるシケイダー、しかしその様子を見たミナージが驚愕する。
「そんな、刃が触れていない!?」
「何だって!?」
コモドは驚き、自ら叩き付けた刃を見る。確かに硬いモノに“触れた”感覚はある。だがシケイダーの腕とは何と二センチ程の幅が出来ていたのだ。
「くそッ、どうなって……何ィ!?」
「ジリリリリ……」
シケイダーは腰を落とし、まるで笑うかのような鳴き声と共にコモドの刃を上から押さえつける。途端に彼の手甲はまるで地面に吸い寄せられるかのように落下、そのまま貼り付けたかのように動けなくなってしまった。
「タルウィジャックだと……!!」
「コモドさん!?」
「あぐッ……ぐぐぐ……!!」
残った左腕を地面に突っ張り、何とか身を起こそうとするコモド。手甲に含まれた流体金属を凄まじい重量に変えられ、自らの意思で制御が利かなくなっている。ギリギリと歯をきしませながら、コモドの隻眼がシケイダーの複眼を上目遣いで睨み付ける。
「その手を離せッ!!」
ミナージの拳銃が炸裂する。放たれた実弾が一発、二発とシケイダーを捉える。カン、と音を立てて転がり落ちる弾を見て、ケンは言った。
「ジジッ?」
「硬い!? 銃弾が、当たっているのにまるで効いてない……!!」
背後から放たれた銃弾に気付き、シケイダーが振り返る。額にある単眼が赤い光を放つ。次の瞬間、ミナージの体を一瞬にして、赤い三角錐が包み込んだ。
「しまった、ミナージさん!!」
ケンが慌ててその三角錐の結界を叩く。腰に提げていた斧を取り出し、力任せに叩き付けた。
「ケンさん、下がって!」
ミナージは背負っていた大型銃を取り出し、弾を一つ取り出すと素早く充填、斧の当たった場所に目掛けて引き金を引いた。一瞬にして、赤い結界に無数のヒビが入る。
「アリファ! 火の球くれ!!」
アリファの口から放たれた火球がついにシケイダーの結界を破った。一方でタルウィジャックを喰らって地面に貼り付けられていたコモドはというと。
「……よし、外れた!!」
自らを縛り付ける結果となってしまった手甲を今やっと腕から外せたばかりであった。
「スゥゥ……ッぬぅん!!」
「ジャーッ!?」
呼吸を整え、言葉に直しにくいうなり声に似た掛け声を出し、コモドは一気に地面に腕を突き、逆立ち状態で振り上げたつま先をシケイダーの顔に落とした。後ずさるシケイダーから悲鳴に似た声が響く。押さえているのは術を使う度に発光していた、あの単眼であった。その瞬間、コモドの目に、変化が訪れたのだった。
「視界が戻った……!? そうか、見えたぜ。アンタ、術を外に効かせるために、目の周りだけは守りが薄いんだな」
「ジジ……ジジジ……」
「いくら強力な術も、仕組みさえ分かればどうとでもなる。かかって来い、シケイダー!!」
「ジジジジ……ジャーッ!!」
激昂したシケイダーは単眼を光らせ、赤い三角錐を空中に作り上げる。コモドはやや後ずさりながら、落ちている手甲に足を掛けた。
「ジャーッ!!」
シケイダーは空中に作り上げた結界を、飛び道具としてコモドに放った。その瞬間、標的たるコモドの足元にあった手甲が彼の手に蹴り上げられ、そして!
「手甲剣技! タルウィファウスト!!」
解説せねばなるまい。手甲剣技とは文字通り手甲剣を用いた戦闘技術であり、タルウィジャックもその一つである。そして今彼が使用したタルウィファウストとは、手甲内部のタルウィサイトそのモノを己の意思で重量化、そのまま手甲ごと相手に向かって放つ奇襲技である。
飛ばした手甲は結界にぶつかったまま拮抗していた。コモド自身の手は印を結ぶような形をとっており、ありったけの思念を注ぎ込んでいるのが伺える。
「結界そのモノをぶつけるとは考えたな。だが使い方がなっちゃいねぇぜ。何故ならな……」
コモドはチラリと何処かに目を合わせ、叫ぶのであった。
「ケンちゃん、今だッ!!」
一瞬だけ、シケイダーがケンの方を向いたその時。額に命中する一撃、地に落ちる単眼、その向こうには一気に距離を詰めてアダーを構える、ケンの姿があった。
「領域支配は範囲を狭める程に効果を増す。だが狭まった結果が仇となったな!」
「ジジ……ジ……」
コモドの方を向いたシケイダーの顔面を、コモドの手甲が襲う。ついに地面に倒れ伏したシケイダーを、跳ね返った手甲を着け直したコモドは残身と共に見つめるのであった。同時にケンは斧とアダーを、ミナージは銃の先に付けたナイフをそれぞれ突き付ける。
「観念しろシケイダー!」
そう言われたシケイダーは四つん這いになり、背中を丸めた姿勢でうずくまる。
「降参……なのか?」
その時、外骨格で覆われたはずの硬い背中がまるで餅のように膨らみ、裂ける!
「違う!? コイツは……」
その殻の内部から広がるは四枚の翅、蠢く度に三人の闘術士をよろめかせ、羽ばたく度に己を宙へ引き上げる。空から見下ろすシケイダー、さっきまでのはほんのお遊びとでも言いたげであった。
「来るぞ!!」
爪を広げ、急降下するシケイダー。その場から散会するコモド達を、今度は素早い低空飛行で襲い掛かる。
「速いな……兄さん、揺らぎ玉を頼むッス!」
弾を用意したミナージはコモドに合図する。
「分かった、高く上がったところを狙ってやれ!!」
コモドは牙を弾き、生み出した揺らぎを弾にまとわせ素早く充填すると、ミナージは構えた。崖に留まり三人を見下ろすシケイダーと、スコープ越しに睨み合うミナージ。
「流石にこの距離では任せるしかねぇな」
「ミナージさん頑張って……!!」
「合体奥義、ヴィブロクラスター!!」
シケイダーが宙に舞ったその瞬間、ミナージの指が引き金を引く。ズドン、と重い音と共に放たれた青い揺らぎをまとう弾は、ある程度シケイダーに近付いたその瞬間にまるで花火のように散会する。それを見たシケイダーは一瞬で複眼を光らせ、散った弾を宙に止めた。地上でコモドの術を封じた時と同じく、弾は揺らぎごとかき消されていった。
「ああっ、向かって来る!!」
「やっぱりダメッスか……」
銃弾がかすりもしていないシケイダーを見てうなだれるミナージ。だがコモドはやや目付きを変えると、二人の前に躍り出る。
「……じゃあ、俺が喰い止めてやる」
爪を広げて突っ込むシケイダーにコモドが向かってゆく! 高度からの落下スピードを絡めた重い一撃を、まさか受け止めようと言うのか。
「兄さん無茶ッス!!」
「まずいやられる……!!」
そう二人が思った時、シケイダーは一瞬だけ仰け反ると、その落下軌道が変わった。見ると羽に穴が開いている。バランスを崩し、フラフラと落下しながらも爪を構えたまま、コモドに一矢報いんとするシケイダー。
「それを待っていた!!」
そこにコモドは大きく地面を蹴り込むと、自らも高く跳び上がり前方に手を突き伸ばし、何を考えたか直接掴みかかるのであった。彼の手が遂にシケイダーの顔面にかかろうとかというその時、コモドの脇腹をシケイダーの爪が刺し込む。痛みに歪むコモドの表情、だがその口元は不敵にも笑みを浮かべていた。
「血が付くということは、触れられるってことさ」
一言ボソリと呟いた直後、何と彼は刺さった爪を自らの皮膚の上から押さえ付けたのであった。シケイダーが慌ててその爪を見るも時既に遅く、コモドは羽に手をかけると身を捻り、シケイダーが下に来るようにして地面に諸共落下する。
「コモドさん!!」
駆け寄ったケンとミナージが見たモノ、それは脇腹を押さえながらフラリと立ち上がるコモドと、ボロボロの翅を引きずりながら片手を押さえるシケイダーの姿であった。その指先からは爪が消失し、変わりに青い液体がポトポトと流れ落ちている。
「肉を斬らせて骨を断つ……外骨格ごといかれる生爪剥がしは痛かろう……!!」
「ジャジャジャーッ!!」
痛みによる悲鳴か、シケイダーの鳴き声は何処か悲痛な響きを含んでいた。皮膚に喰い込み血と脂の巻いた爪を引き抜きながら、コモドの顔もまた苦痛に歪んでいた。
「な、何で翅に穴が……!?」
「当たったんだよ、ミナージの撃った弾がね」
解説せねばなるまい。拡散した弾は確かにシケイダーの力でかき消されていた。だが全てを消せたワケではなかったのだ。急降下するシケイダーの背後から、拡散していた弾の一部がコモドの響牙術の効果によってシケイダーを追尾、背後からその翅を撃ち抜いたのである。
「……だからこそ、俺はヤツが“降りて来る”のではなく“落ちて来る”んだと確信していたのさ。落ちながら術を使いこなせるヤツなんてそうそういねぇしな。さて……」
コモドはシケイダーの方に向き直る。
「覚悟しな。今の今まで手こずらせやがってよォ」
「ふうん……そう来るかァ……」
同時刻、雲の上の宮殿にて。コモド達の死闘を泉に映り込む風景として見ながら、ラマエルを地上を追いやった男――シュウは呟いた。
「このコモドという男、領域を操れない割に頑張るじゃないか。だが……」
口角が徐々にニヤリと上がってゆく。
「残念だったねぇ。そのシケイダーはまだ無傷と言っても良い状態だよ」
シュウの一言など露知らず、コモドはターバンを谷川で湿らせ、ビンと張ったまま背後から近付いてゆく。絞め落とすつもりらしい。だがシケイダーの様子を伺っていた、アリファが声を上げる。
「シャー! シャー!」
「え、どうしたのアリファ? ……コモドさん待って、何か様子が変ッス!!」
「何?」
「よく見て、折れた爪から、何か……!!」
それを聞いたコモドもまたシケイダーの様子に気付いた、その変化とは。
「ヒビが入っている!? あのかったいかったいシケイダーの殻に!?」
「それもヒビから何か光が……!?」
「まさか脱皮……?」
シケイダーの全身に、次から次へとヒビが広がってゆく。亀裂から漏れる光もまた強まっており、ただならぬ雰囲気を醸し出している。フラリとそのまま立ち上がると勢い良く両腕を広げ、次の瞬間には何と全身の殻が砕け、四方八方に飛び散ったのであった。
「うわッ!?」
「痛ッ!?」
「ぐあァッ!?」
咄嗟に両手で顔をかばう三人、特に至近距離にいたコモドは全身に破片を浴びてしまったらしく、その場でうずくまり体中から血を流している。そして外骨格を粉砕したシケイダー、殻の下から現れた姿はキズ一つない、闘う寸前の姿に戻っていた。コモドがその身を使ってへし折った爪までも、元に戻ってしまっている。
「コイツさっきまでの苦労を……」
「ぼやくなよミナージ、今度は二度と治らねぇようにしてやるだけだ!!」
体中に破片の刺さった痛々しい姿のまま構えをとるコモド。流れ出た血を、指で拭って口に含っでプッと吹き、背をかがめて果敢に挑みかかる。だがシケイダーは、コモドの攻撃をまるで何もなかったかのようにすり抜けるのであった。
「オイ待て!!」
「あぁッ!? コモドさん、繭が、繭が!!」
「え、繭が?」
ケンの叫び声に気付いてコモドが振り返る。そこでは何と、崖にめり込んだ繭が、動き始めていたのであった。
「天の繭が孵る……!!」
「と言うことは……いかん、シケイダーを止めないといけないッス!!」
「待てッ!! シケイダーッ!!」
咄嗟に駆け寄るコモド、ケン、ミナージの三名。だがその場で振り返ったシケイダー、元通りに再生した単眼を光らせ、御丁寧にも何重もの赤い三角錐の結界に三人を閉じ込めたのであった。
「おいてめぇ!! こんな狭いとこに野郎を三匹も詰め込むんじゃねぇ!!」
ガンガンと結界を叩きながらコモドが吼えた。
「ダメッス……コレでは弾が持たないッス!!」
「でも脱出しないと繭が!!」
「ジッジッジ……」
三人の見る先でほくそ笑むような鳴き声を放ち、シケイダーは繭へと向き直る。そして背中の外骨格を破り、翅を出現させると真っ直ぐに飛び掛かるのであった。
「もう、ダメか!!」
がくっとうなだれたコモド。ガンッと音を立てて結界を殴り付けたその時、不可解なことが起きたのであった。何とその一撃で、結界が何枚も一度に砕け散ったのである。それこそまるで、砂の城でも崩すかのように。
「すげぇ!! コモドさん鬼強ええ!?」
「いや、違う!! え!? 何で!?」
場違いにはしゃぎ出すケンに対し、違和感の拭えぬコモドは首を横に振りながら困惑するばかりであった。
「それよりアレ何ッスか!?」
そう叫んでミナージが指差す先にあったモノ、それは。
「シケイダーが……うずくまってる!?」
「違う、その向こうッス!!」
三人の目に映ったモノ。それは盛り上がった繭を遂に破り、姿を表そうとする何かであった。見る見るうちに広がる巨大な翅はシケイダーのそれを遥かに上回り、目玉型の模様が光っており、まるで睨みを利かせているようにも見え、何者をも寄せ付けぬ薄緑色の凄まじいオーラが広がっている。シケイダーは何と、その場から繭に近付くことが叶わなかったのだ。
「アレが……天蚕……天肆族の長……!!」
「でもこの支配力、シケイダーの比じゃないッスよ!!」
「二人とも下がれ、俺のマントを盾にするんだ!! アリファ、お前も来い!!」」
ただ立っている、それだけでも押し戻されてゆく感覚が三人と一頭を襲う。だが繭の脅威はそれだけではない。
「何だこの感覚は……? 恐ろしい力だと言うのに、変な安心感がある……!?」
「え、何で……何でオレは、あの繭にひざまずいて……?」
「二人ともどうしたの!? え、あの緑色のモヤモヤのせい……?」
違和感に気付いたケン。ふとシケイダーに目をやると、頭を抱えてのたうち回っている。
「シケイダーが苦しんでいる!? ちょっと二人ともこのままじゃまずい……」
「逆にケンちゃん、何で無事なんだ君は」
「分からない……分からないんだけど……まさかあの時と同じ……?」
「あの時って、リトアとやり合った時か? ……やはりケンちゃんは!!」
繭から遂にその身を起こす天肆。巨大な繭には見合わぬ小さな人型の体格から、これまた不釣り合いな巨大な翅の生えた姿が露わになる。繭から引かれた糸がその身を纏い、見る見るうちに服が完成する。繭から降り立ったその姿は薄緑色の髪、深緑色の眼、眉毛にあたる位置からは黄色い羽毛状の触角が生えている。
「これ、そこな人。そなたが地上の者か」
これが、天肆が発した第一声であった。
~次篇予告~
遂に地上に降り立つ天肆族。その力はコモドにとっての福音となるか
力を求める者と、力を奪わんとする者が激突する
次篇『竜の谷を脱出せよ』 お楽しみに




