第二篇『ウェルカムトゥようこそ異世界へ』下
さぁ、異世界モノでは欠かせない、異世界の町案内の時間ですよ
「終わったわよ、異常はなしね」
ラァワとケンが姿を現した。その頃コモドはというと、広げた紙に羽ペンを使って、何かを一心不乱に描いている。
「コモドさん、何を描いて……えぇッ!?」
彼が描いていたのは、ケンの似顔絵だった。モデル不在のまま、しかし本人が見ても驚くほどの精密さで描かれていた。
「おう、ケンちゃん丁度良いとこに来たな。右を向いてみてくれ」
「え、こう?」
「そうそう……あー、そうなってるのねふむふむ……」
ペン先をインクに浸しつつ、コモドの目はケンの横顔を観察している。取り出したペンの羽毛を少しだけ舐めると、一気にその続きを描き足し、そして
「よっしゃ完成! 早速だけどギルドに持っていって、似た顔がないか確認してくる。賞金ももらわないかんしな、そんでもって母さん、何か占い結果で面白いの出た?」
「大したことないわよ。とりあえずこんな感じ」
「お、どれどれ……」
コモドはラァワから紙を預かり読み始める。なお、この世界の文字は活字での再現が難しい故、翻訳した文で表記させていただくことにする。読者の方々にはあらかじめ御了承いただきたい。
『異世界より来たる者あり、その言葉に嘘偽りなし
齢十七にして 未だ人として成らず
鋼の刃を以て その道を斬り拓くべし
元ある世界に帰る法 ただ生ける道のみ』
一通り読むと、コモドは紙を畳んで懐に仕舞い込み、先ほどケンの似顔絵を描いた紙の余白をちぎるとつらつらと書き始めた。
「えーと、まず驚いたのが、そいつホントに異世界の人間だってことだよな、どうやって説明すれば良いんだよ」
「そうね、『アジトに囚われていた、身元不明の記憶喪失な男の子』で良いんじゃない? 私だってびっくりしたわよ、向こうじゃ同じ服着せた十代の子を、暑い季節に一つの部屋に押し込んで何やってるのかしら」
「最早信じられないよ、てか向こうも信じるかなそれ」
「何なら私の占い鑑定書を一緒に持って行きなさい。そうすれば信じてもらえるから。どちらにしても、この国で生きていくには戸籍の登録が必要よ。そうそう、コレも一緒に持って行って」
ラァワはもう一枚の紙を出した。
「『愛弟子制度登録用紙』じゃねぇか。なるほど、こうすりゃひとまず行くアテは決まるってことか」
「ま、愛弟子制度?」
「かつて俺を助けた、この国の制度さ」
解説せねばならない。愛弟子制度とは魔女が身寄りのない存在を引き取り、実の子同然に育て上げることを目的とした制度である。里子制度と言えば分かりやすいが、この世界における魔女は子を成すことが出来ず、なおかつ子を持つことを望む者が多かったために制度として、この国における孤児達の受け皿として活用しているのだ。そしてコモドもまた、この制度によって助けられた一人なのである。
「魔女はその体質上、子供を作ることが出来ない。けれど、実の子かどうかだけで家族ってのは決まるモノじゃないのよ」
「と、なるとケンちゃんは俺の弟か……」
「……とりあえず身寄りが出来たけど、老けた兄ちゃんだな……」
「何か言ったか?」
「ナンデモアリマセンヨー?」
「まぁ良い、とりあえずギルドの用事だけ先に済ませてくる。あそこは荒くれ者の巣だ、ケンちゃんにはまだ危ないし、買い物なら賞金受け取ってからの方が良いな」
「そうね、先に行ってらっしゃい」
コモドを送り出したケンとラァワ。ラァワは再び茶を淹れると、今度はクッキーにも似た菓子を用意した。形がカールしており、着物の前のように独特の重なり方をしている。
「いただきモノがあるけど良かったらどう? 『はおり』っていうんだけど」
「あ、はい、いただきます」
(はおり? 『羽織』かな……)
早速はおりを口に含んだケン。硬い。圧倒的に、硬い。必死の形相で噛み割ろうとするケンを見て、ラァワが口を開いた。
「お茶に浸すのよ。コモドが昔から好きなのよそれ」
「そ、そうだったんですかー」
(『歯折』じゃねぇのかコレ……ゆ〇りみたいなのを想像してたけど)
その後、話はコモドの話題に変わっていった。ケンから見て、コモドの外見はいかにも過去に何かしらあり過ぎた風貌をしていたためである。拾われたとはいえ母親よりも老け込んだ容姿、隻眼、濃い肌に所々見える傷跡、何よりもやたらに傾いた髪型、どれをとってもタダ者ではないためであった。
「あの子を拾ったのは三十年前、私が六十の頃だったわね」
「ちょっと待って色んな意味で!?」
最早この世界はケンに合わせる気すらないようである。
「魔女の一生は長いのよ? で、あの子はまだ五歳だったわ」
「だからちょっと待ってって! あの人今三五なのォ!?」
「あら、十五歳くらいに見えた? あの子喜ぶわよ」
「ンなワケないでしょう!!」
「冗談よ」
何事もなかったような表情で、静かに茶を口に運ぶラァワ。一方でケンは、茶を吹き出すリスクを恐れるあまりほとんど進んでいない。目の前の女性は、あと十年で一世紀を超すにも関わらず、外見は高く見積もっても二十代後半にしか見えない。
(平常心、平常心……)
「いやその、あまりに色々と理解を超えてて……」
「続きいくわよ。あの子の元々住んでいた村は隣国イレザリアの、国境近くにあったの。実に十数世帯しかない、小さくとものどかな村だった。しかし彼が五歳の時に、邪竜という恐ろしい怪物に襲われてね」
「邪竜? え、あの人、竜好きみたいだけど、竜によってひどい目に?」
「竜、で一括りにするには無理があるわよ。邪竜ていうのは本来野生下では存在し得ない、戦のために改造された竜のことを指すの」
「え、じゃあコモドは戦争で……?」
「いいえ、もっと悲惨なことになったの。結論からいうなら邪竜は兵器としては運用出来ずに、研究施設から脱走してイレザリア中のありとあらゆる場所を荒らしていったのよ」
「て、ことはコモドの故郷は……?」
「巻き添え、よ。あの邪竜は最後の一頭だった。本来竜は百年は生きる生き物なんだけど、邪竜は寿命が短くて、長くて五年しかもたないの。そして寿命を迎えるとそれまで以上に狂暴化し、見境もなく暴れまわるようになる。あの子の村を襲った個体がまさにそうだったわ」
幼きコモドの身に降りかかった悲劇に戦慄するケン。それでもなおラァワは淡々と話を進めた。
「わずか一晩で村は壊滅、生き残ったのはコモドただ一人。あの子は、自分の飼っていた竜の亡骸にすがりついて泣いていたわ」
「そういえば、飼っていたって言ってたような……」
「あの子に言わせると、飼ってた竜はルクターっていうそうね。邪竜にトドメを刺したのはルクターの牙だったわ。あの子を守りたい一心だったようね。そして、邪竜に深々と噛み付いたまま、私達が調査に出向いた時には死んでいた……」
ケンは思わず口元を押さえていた。わずか一晩の間に、これは色々とあり過ぎる、そう思ったためである。
「あの子は保護されたけど、身寄りがなかったことから私が引き取ることにしたの。名義上はあの子は私の弟子にあたるわね。そうそう、あの子の左耳に、牙がぶら下がってるのは見た?」
「見ました、見ました。何かアレで術を使ってたような」
「あの牙ね、あの子の飼ってたルクターの、邪竜にトドメを刺した牙なのよ。あまりに強い残留思念が入ってたからか、遺体を燃やした後も強い魔力の反応があってね。私が術の媒体に加工してコモドに持たせることにしたの。というか、コモド以外を受け付けないのよ、あの牙。加工するのも大変だったわ」
「加工しちゃって良かったんですかその牙……」
「結果的にはあの子を助けてるわよ? というかコモド自身に説得してもらったから大丈夫よ」
壮絶。そうとしかケンには言い表すことが出来ないコモドの生い立ち。幸せに暮らしていた生活が突如壊された痛み、苦しみはあの人の比ではないと、ケンは自身に言い聞かせていた。
「まぁあの子にはその後も色々あったんだけど……」
「ただいまー!」
コモドの声がした。玄関に入ってすぐにある、竜の口から流れる水で手を洗っている。
「おかえり、はおりが届いてるわよー」
「わーい、はおりだァァーー!!」
(え、子供っぽいなオイ!?)
コモドがすっ飛んできた。そしてはおれを一つ掴み上げるとダイレクトに口に運び、バリバリと音を立てて噛み砕いた。
「え、お茶なしでいけるの?」
「あの子だけよ、歯が折れるからマネしちゃダメよ」
「ハハハ、でもこの食い方が一番旨いんだぜ。それはそうと買い物はいつにする? 賞金もらって来たぜ」
「ああ、このリストをお願いね」
ラァワから渡されたリスト、そこに書かれていた内容を見てコモドが尋ねた。
「成人の儀式、行うの?」
「うん、今夜空いてるから。早めに済ませた方が良いでしょ? なので早速、必要な薬草を揃えて欲しいの」
「儀式に、薬草を使うのですか?」
「そうよ、お香を焚くの。普段使いの薬草なら庭で育ててるけど、儀式に使う薬草はちょっと栽培が難しいの」
「で、薬草以外は……」
コモドはリストの続きを確認する。
『ケンちゃんの武器、手甲、装備
魔女摂符、爆燃符を二束、占眼符を三束、治癒符を三束』
「私からも出すわ。何はともあれ、生きていなければ帰れないわよ」
「ありがとうございます!!」
「じゃあ、行って来るぜ。楽しみにしてろよ」
「行ってらっしゃい。書類のことは任せておいてね」
石を組んで造られた家から、町に繰り出した二人。外は快晴、現代日本と比べると幾分涼しい、大陸性の乾いた風が吹いている。コモドによる異世界ツアー、開始である。
「ここペンタブルクはインクシュタットの台所。スミナ河に沿って運ばれたあらゆるモノが運ばれて来る水上市場があるんだ。とりあえずそこに魔女用品の舟があるから買いに行こう」
多くの舟が川べりに付いている中、一つだけ明らかに怪しい舟がある。屋根をわざわざ黒く塗り、うねる蛇の飾りをあちこちに散りばめている。更に屋根のへりから何やら黒い布まで垂らしている始末である。
「大丈夫なの?」
「いつも買ってる店だ、ここの目利きは確かだぜ。それにあの黒い屋根も垂れ幕も、全ては品質維持のためのモノでな。魔女摂符に使われる染料と、今日買う薬草は実は陽の光に弱いんだ」
「それなら確かに安心だね、そっちの意味では」
「見た目の怪しさは目ェつぶってくれよぉ……ようおばちゃん、成人儀式の薬草セットと魔女摂符おくれー」
ペラリと垂れ幕をめくってコモドが声をかける。
「ひっひっひ、あたしゃおばちゃんじゃなくてお姉ちゃんじゃよ、ってよく見たらコモドちゃんじゃないの。ラァワ様は元気かえ?」
「元気にしてるよ」
「え、ラァワ、様……?」
舟にいたのはいかにも魔女っぽい老婆であった。コモドやラァワとは顔見知りらしい、だがラァワのことを「様」と付けることにケンは驚いた。
「おー、何か見慣れない子を連れておるね。新しい愛弟子かね」
「そうなる予定といったとこだね。ケンちゃん、アイサツ」
「あ、はい、そうです、ラァワ……様のとこに預かられることとなりました、ケンです、時々買いに来るかもです」
「ひっひっひ、面白い子じゃないか。覚えておくよ、ラァワ様には昔から世話になっとるからねぇ」
ケンはコモドにこっそりと聞いてみた。
「この婆さん、魔女じゃないの? ひょっとしてラァワさんの方がえらい……?」
「このおばちゃんは魔女じゃないよ、昔ながらの薬草屋さんさ。あと魔女は一般的には『様』付けで呼ばれる。少なくともダーメニンゲン連邦にある属国ではね」
「はい、薬草セットね。魔女摂符は如何ほど用いりかえ?」
「嗚呼、爆燃符を二束、占眼符と治癒符を三束ちょうだい」
百万円札を思わせる大きさの紙束がコモドに渡される。内容を確認しながら、コモドはケンに教えていた。
「魔女摂符は一束百枚の単位で売られている。魔女によっては自分で作る所もあるけど、一般的には買って使うモノさ。全部で五種類、今回買った中では占眼符だけが、魔女にしか扱えないモノだったりする」
「え、魔女って付いてるけど普通の人でも使えるの?」
「うむ。爆燃符は着火材として使えるが、魔女が使えば火力が上がる。場合によっては術そのものの出力を上げることも可能だし、爆発させることすら可能だ。治癒符は貼り付けた箇所の治癒力を上げ、外気にある病の因子を防ぐことが出来る。魔女が使えば生き物でなくとも直せちまう。そんなとこかな。残りの二枚は、まぁそのうち教えるわ。メシにしよう、そこに旨いとこがある」
「食ったばっかじゃないのかよ、はおり!!」
「アレは単なる間食だ」
店外にイスとテーブルを用意した、リバーサイドを活用した店にコモドは案内した。テーブルに着くと、河を行き来する舟の様子がよく見える。河は途中で分岐し、大きな湖に流れ込んでいた。その様子を見て、コモドが語り始める。
「この河は俺の住むジーペンビュルゲンの方向にある闘竜の谷から流れ、途中でセピア湖に分岐する。セピア湖は蹄竜の生息地として有名でな、ここからの移動には蹄竜の力を借りるとやりやすくなる」
「蹄竜って、確か僕が日本の形描いた時に似てるって言ってた……」
「そうそう。あー、丁度そこにいるわ」
コモドが指を示す方向に、湖の上を駆け抜ける姿があった。大きさは現実世界でいうところの馬に似た姿、それもサラブレッド程の大きさであり、そんな巨体が何とバジリスクのように水面を走っている。
「蹄竜は一般的に青の脈の影響を受ける場所で生まれ育ち、冷気を放つ力を持っている。水面を走る時は蹄から放つ冷気を使い、あんな風に軽々と駆けていくのさ。力も強いし大きな荷物を持たせても良い。ただ青の脈の影響を受けた竜は陸に上げておくと体温が上がりやすく、気が立ちやすくなるのでマメに水に漬けてやらないといかん。野生だとあんな風に水辺からあまり離れようとしないんだ」
「へぇ……」
「アイツに乗って河を越えると爽快だぜ。最も、水上市場では厳禁な。舟が座礁しちまうから」
「お待たせしました、ガワ切りです」
店員が注文したモノを持ってきた。
「お蕎麦に似てるなぁ」
「ほう、そっちにも似たモンがあるのか。コイツはガワという植物の実を挽いて粉にして、水を加えて練ったモノだ。こんな感じに細長く切って茹でて、魚のエキスを付けて食べる。ガワそのものの葉っぱを、付け合わせに使うといけるぞ」
コモドがやったように、ケンがガワ切りを恐る恐るたぐると、つるっと入り込んで来た。魚のエキス、読者の方々にとっては魚醤に近いモノが少しだけ絡めてあったのだが、コレが口の中にふわりと香った。そしてガワ切りの生地を噛むごとに、独特の甘みにも似た味が広がる。魚のエキスに使われている塩味と相まって、最高のハーモニーを口の中で奏でた。
「旨い!!」
ケンはそう声を上げ、夢中で箸を進める。このような食文化から分かる通り、ダーメニンゲンでは箸は割とメジャーな食器であるらしい。振り掛けられたガワの葉は、ネギに似た風味でこれまたガワの旨味を引き立てていた。
「良かった、良かった。勧めた甲斐があったぜ」
腹ごしらえを済ませると、二人は今度は武器の店に寄った。ケンがこの先生き残るには武器が必須と占いで出た為であり、そもここに来て早速危ない目に遭ったケンにとっては早急に用意せねばならないモノであった。一際大きな店を見つけ、ケンとコモドは入っていく。水路をつなげており、舟がいくつか行き来している。
「いらっしゃいませ、武器をお探しで?」
「ええ、今まで武器をロクに振るったことのないヤツでも割と扱い易いのはないかい?」
「難しいことをおっしゃいますねお客様……」
「悪い、だがコイツの手を見てやってくれ、納得すると思うから」
店主と思しき男性に、コモドはケンの手を見せた。
「でしたら……こういうのはどうです?」
彼が持ってきたのは、棚に置いてあった木の棒であった。どちらかといえば大きな魚をシメる時に使うモノである。
「もう少し出すから、もうちょい良いのない?」
「でしたら……」
男は木の棒の握り方をよく観察した上で、奥に入っていく。
「あんまり重いのはキツいしなぁ。第一携帯しただけでフラフラになるぞ」
「コモドと同じヤツってアリなのかな?」
「やめとけ、手甲剣は扱いが難しいぞ」
「お客様、こちらはどうでしょう。昨日入荷したばかりの、隕鉄で出来た月刀で御座います」
その四十センチ程の刀身には独特の紋様が入り、握ったケンは重さを感じつつも割と不便がなさそうである。月刀、現実世界でいうところでは、インドやネパールで使われるククリ、及びグルカナイフに酷似したモノであった。
「隕鉄だなんて中々珍しいモンが入って来ましたね」
「ええ、殺傷力の割には軽くて振りやすく、護身用としても、日用品としても使える優れモノです」
「そりゃ便利だ、俺もこっそり使わせてもらおう。しかし奥から持ってきたってことは、結構な値段がするんじゃないんですかい?」
「ええ、何せ隕鉄ですからね。最低でも五万エマス! 普通の月刀なら四ケタであることを考えますと、どうしてもこれくらいはいきます」
「どうするケンちゃん。ん、ケンちゃん……?」
コモドはケンの顔を覗き見た。その瞳は今、輝いていた。
「すげぇ、ダマスカス鋼だ……」
「いや、隕鉄。多分隕鉄に入ってた物質で模様が出たヤツだぞ、そんな名前のモンは知らんが、とりあえずいつまでも抜きっぱなしはやめなさい。ああ、コイツで決定しますわ、こりゃ相当気に入ってますから」
「ありがとうございます。つきましては、帯刀するための装具を買いに行かれることをオススメします、丁度そこに、大手の商団、エポラール商団が来てますよ」
「ありがとう!」
両手で刀を抱え、顔を輝かすケン。その様子を見たコモドは一言、忠告した。
「オモチャじゃねぇんだからな? くれぐれも町中で振り回したりすんなよ? あと時々貸せよ?」
「はぁぁ……」
「参ったな、まさか刃物で興奮するヤツだとは思わなかったぞ」
恐らくだがコモドは誤解をしていた。異世界に飛んだのをいいことに、ケンは今珍しい刀を手に上機嫌だったのである。例え日用品とされるモノであっても。つまりは、な〇う小説のような無双展開を期待していたのだ。
「おい着いたぞ。服とか帯とか買ったら帰るからな、おーい?」
ケンは刀を手にして喜んでいる! 現実世界の男子はいくつになっても刀を振るのは大好きだ!
「オシャレするぞ! カッコ良い刀に釣り合うカッコ良いヤツになりたくはねぇか!?」
「あっ、はい、下さい下さい」
そこにやってきたのは、ケンと同じ位の背格好の少年であった。何人もいる店員の中でも、敢えてこの選択である。
「おおー、兄さん凄いね、カッコ良い刀だなー」
「でっしょおおおおおおおおう!?」
「じゃあそれを、しっかり固定する帯はいかがですかね! 例えばこんなのとか」
「良いね! こんな風に差したりすれば良い?」
「そうです、そうです!」
「あとこれ良いかな?」
ケンが興味を示したのは、現実でいうところの射篭手に似た装備であった。月が大きく描かれた、シャレた一品である。
「あー、コレ良いよ、ここに色々入るし、なによりオシャレ! あと格安!! どうです、連れのお兄さん」
「うむ、悪くねぇんじゃねぇかな。しかし少年、商売上手いね」
「ありがとうございます!!」
「仲良くしてやってくれよ、ソイツはこの辺に来たばっかりでな。そちらさんはこの辺によく来るの?」
「そうですね、あちこち回ってますよ。今夜、この河を遡って、イレザリアの方に行くんです」
「じゃ、またこの辺に来たら寄るよ。ところでおいくらだい?」
コモドが支払う一方で、ケンは早速買ったモノを身に付けつつ店員の少年と話をしていた。
「僕はケン。君は何て名前なの?」
「デルフっていうんだ。この店ともどもよろしくね!」
店から出た後も、ケンはデルフ少年に手を振っていた。いつまでも、振っていた。
「良かったな、早速友達が出来て」
「また来たら、何か買いに行こうっと!」
「友達つうかただの客じゃねぇか。賞金貯めなきゃ……」
銭袋の中身を見ながら、コモドは呟いた。慣れぬ場所での買い物は楽しいが、単なる散財にもなりかねない。
「今日はもう帰ろう。夕日が沈みつつある。今夜は俺の実家で泊まってくれ、成人の儀式を行うから」
「そういえば、成人の儀式って一体何なの?」
「やれば分かる。儀式前の子に内容を話すのは禁止でな」
「え……痛いのじゃなきゃ良いけど……」
「おいおいさっきの有頂天は何処にいった? まぁ良い。時間になったら呼ばれると思うから、先に帰って待ってなさい。俺は呑みに出ているから」
「何か、緊張するなもう……」
コモドが使っていたという部屋で、ケンは緊張で固くなっていた。
「ケンちゃん、準備が出来たわよ。私の仕事場に入ってちょうだい」
「あ、はい!!」
言われた通りに、部屋に入っていくケン。中は昼間にケガ等を診てもらった時に使ってたモノとはまた違う香りが、全体に漂っていた。蝋燭がより多く並んでおり、物々しい雰囲気を醸し出している。
「来たわね、扉を閉めてちょうだい」
そこには悩ましく脚を組んだラァワが待っていた。扉を閉めると、辺りに充満する煙のせいか、視界にもやがかかるケンにラァワは優しく話しかける。
「肩の力を抜いて。そう、何処にも力を入れてはダメよ。そしたらそこのベッドに腰かけてちょうだい」
ベッドに腰かけたケンに対面し、ラァワは手を目の前に差し出すと、この世界における祈りの仕草に使われる指を作った。そしてケンの額、左肩、鳩尾、右肩にそっと滑らせる。
「この祈りの仕草には二つの意味が込められているの。一つは月、もう一つは釣り針よ。片や安らぎを、もう片方は命を支えるモノとして水面の動きを意味しているの。さ、次は誓いの儀を行います。指を組んで、目を閉じて。そして今から言う言葉を繰り返してね」
「はい」
「『今宵、月と水面の下に誓います』はいどうぞ」
「今宵……月と水面の下に……誓います」
厳かかつ、幻想的な部屋の中で、ラァワの低めでありつつも伸びのある声と、落ち着きを取り戻したケンのいつもより低めの声が交互に重なっていく。
「『私、ケンスケ・セドは子供という殻を今脱ぎ捨て』はい……」
「私……ケンスケ・セドは……子供という殻を……今脱ぎ捨て」
「『一人の成人として、その羽を伸ばすことをここに宣言し』続けて……」
「一人の成人として……その羽を伸ばすことを……ここに宣言し」
芳香に時折意識が霞みつつみも、ケンは何とかその儀式の文言を口に出す。
「『その証として、魔女ラァワに私の精を捧げます』……ここまで」
「その証として……魔女ラァワに……私の精を捧げます……え?」
今、自分が何を言ったのか、ケンには一瞬分からなかった。しかしその答えが今、目の前で明かされようとしている。
「誓いの儀はここまで。よくぞ最後まで言い切りました。さぁ、貴方をオトナにしてあげる……目を開けて」
ケンが目を開けたその時、下アゴにラァワの指が絡み、黒く艶のある唇がケンの口を呑み込んだ。彼の唇を柔らかな感触が圧すと、ラァワの舌がぬるりと入り込み、歯の隙間をすり抜けてケンの舌にその身を絡め始める。
彼女が口を放した時にはもう、ケンは朦朧としていた。半開きの口、虚ろに開いた目、先程の接吻だけでも濃厚すぎる快感が彼を痺れさせる。
「ふふ、可愛いお顔。さぁ、儀式の最終段階よ……」
ラァワはケンに背中を向けると、ファーで包まれたそのドレス状の衣服に手をかけ、ずらしていく。そして彼の正面に向き直ると、そのままベッドに体を預けるのであった。
「あ、あっ、あぁっ、あああああああああああああああああああああああああああ」
その頃、コモドは酒を楽しみながら、一言呟いていた。
「ケンちゃん、今頃は、こってり搾られてるだろうなぁ。あの儀式は、要は魔女にとっての、食事にして味見だからね」
翌朝、鳥の声で目を覚ましたケンはその身を起こすと、朝食をとるコモドとラァワの姿があった。
「おはようッ!? ……ございまッ!? す……」
「もう少し寝てなさい」
「ちょっと、やりすぎたみたいね」
ケンは寝ていたベッドへと戻っていった。
「一体、どんだけやったんだ」
「んー、ここでまず一回」
ラァワの指は口を差している。
「それからここで一回……」
今度はその豊満な胸を指している。
「こっちで二回、あの子結構、良いわよぉ」
下腹部をさすりながら、ラァワは話した。魔女は子を成せない。その代わり、男性の精を取り込んで、生命エネルギーに変換出来るという能力があるのだ。
「そうかい、もう良いわ。ごちそうさん、お皿洗っておくから、仕事の準備してきてよ」
「ありがとう、気が利くわね」
だが、そこに突然、知らせはやってきた。窓が少し開き、赤い筒状の物体が投げ込まれる。それを見たラァワの表情が緊張に固まった。赤い筒、それは重大事件のニュースを知らせる、紙が入っているためである。
「どれ……『エポラール商団イレザリアにて襲撃される! オークの仕業か!? 調査団を緊急募集』なんだって、エポラールつうたら昨日ケンと買い物したとこじゃねぇか、おいケン、事件だ、大事件だァァアアア!!」
~次篇予告~
ラァワです。何とケンちゃんが色々買ったお店、エポラールがイレザリア領で大変なことに。この世界で初めて出来た、ケンちゃんのお友達は無事かしら。占眼符の結果は……今は黙っておきましょう。
次篇『声を涸らしてオークを斬れ』で会いましょう