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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
38/61

第十六篇『新月の闇が戦慄を呼ぶ』下

この物語を読みましたら、夜空に流れる何かを確認してみて下さい。

 望みの絶たれたガシムがビアルに噛み付いた。


「ならば知れたこと。貴様が外に出せるようになれば良い」


 次の瞬間、右手から放たれた何かが、ガシムの額に突き刺さる。


「ビアル……てめぇ……!?」


 ガシムは地に伏した。その額に生えていたモノ、それは注射器であった。しかし針の部分が棒手裏剣で出来ており、その溝を介して中身の緑色の液体が流れ込んでいく。その中身を占眼符で見たラァワが、悲鳴を上げた。


「オーク因子……!! ビアル、貴方なんてことを!!」

「所詮はいずれ粛清される身よ、ならば有効活用するまで。あと、そいつはただのオーク因子ではない……!!」


 むくり、と起き上がるガシムの体。だが様子がおかしい。


「教えてやろう、そのオーク因子には邪竜怪虫の体液と融合してある。ひとたび打てば邪竜に似た性質を持ったオークが出来上がる! 拙者はこの発明をこう呼んでおる……バアル因子!」


 注射器が落ちる。同時に、ガシムの体が急激に膨らみ、服を破って姿が変わり始めた。ヒレが生え、口は裂け、巨大な半魚人の如き姿にガシムの体が変わってゆく。


「ふん、中々相応しい姿になったではないか。そうだな、名付けて……バアルガシム!!」

「ウケケケケケ……」


 怪物、バアルガシムと化したガシムは、笑い声にも似た不気味な声を上げつつ、ランタンの光に攻撃を加えるコモドに真っすぐに向かって行く。足音に気付いたコモドがガシムに気付くと、その剛腕が互いの体を叩き付ける。ヘビー級ノーガードの痛ましい争いが始まった。


「ビアルッ!! 何てことをするんだッ!!」

「ふはははははは!! さらばだラァワ一家の諸君、もう会うことはないだろうッ!!」


 そう告げて、片腕を上げたビアルの腕輪から鎖が出現する。外で待機していたブラックネメアの腕に鎖を掴ませ、悠々と新月の闇の中へと消えて行くのであった。


「アイツ、ゼーブルに負けず劣らずの外道……!!」


 激突する二体、互いの腕が組み合った。ただの掴み合いなどではない。喰い込んだ爪が、トゲが、ヒレが、痛みと流血を以て辺りを暗く汚してゆく。まさに地獄が、この世に現れたかのような光景であった。


「それより、コモドを外に出したらまずいことになるわ! しかしこのままでは……!!」


 バアルガシムのアゴが、邪竜化コモドの肩に噛み付いている。溢れ出る血液が、石の床を赤黒く滴らせる。落ちた松明の火を踏みつけ、コモドの足が下がる。


「コモドッ!!」


 悲鳴にも似た声でラァワが呼びかける。と、その時、ケンの目にはあるモノが飛び込んでいた。


「そうだ、アレを使えば!!」


 ケンは落ちていた斧を二つとも素早く拾い上げ、うち一つを使ってガシムの足元を狙った。横投げで放たれた一撃が、その左腿に命中する。体勢が崩れ、ガシムの口が肩から離れた。するとつかさず、コモドの両腕がガシムの両アゴを掴む。喰い込んだ爪から更に赤が流れ落ちる。その腕を振り払おうと、ガシムもまた爪を立てる。


「これでコモドがやられる心配はないわね……」

「しかしどうするんですか、このままでは封印が!」

「一旦、外に出るわよ。掴まって、今ならいけるはず……!!」


 ケンの手をとり、ラァワは翼を展開すると一気に地上へと躍り出た。辺りが暗闇に包まれる中、大きく避けた裏庭の中から、わずかな灯りがこぼれている。


「式神符! 無事な封印符を集めてきて!!」


 投げ込まれた札が蝙蝠に姿を変え、崩れた石の扉へと飛ぶ。コモドの尾がかすめる。レ点を描く軌跡でかわし、同時に札を剥がす。ラァワの式神が飛ぶそのすぐそばで、コモドの両腕はガシムの両アゴを掴み、徐々に、徐々に力を込めてゆく。


「グルルルルル……!!」

「ケケ……ケケケケ!!」

「ガルォウ!!」


 コモドの尾が跳ね上がり、ガシムの脇腹を突き刺した。


「ゲギャァァアア!!」

「グルルァァアア!!」


 ガシムの手が脇腹に向かったまさに瞬間、コモドの腕に一気に力が込められた。ガシムの悲鳴にも似た声が部屋中に響き、下アゴから血が流れ始める。関節が壊されたのだ。


「ゲ……ゲゲゲ……ゲ!!」

「グゥオオオォォォン!!」


 更に力が入るコモドの腕。アゴが裂け始める。ブチブチと肉の千切れる音を立てながら、ガシムの体が徐々に動かなくなってゆく。裂け目が腹部まで達したその時、ガシムの死体は煙を上げ、泡と化して消えていくのであった。


「グルルルル……グルルルル……!!」


 眼前の敵が倒れてなお、コモドの様子は変わらない。近くを飛び回る何かに顔を向けている。


「邪竜はね、自らに害をなすモノがあれば優先的に排除しにかかる傾向があるのよ。でもそれがなくなれば、近くで動く何かに反応するの。光が動けば光に、音がすればその鳴る方に。ビアルが怪物を行使したのは幸いだったかもしれないわね、うかつあの時飛んでいたら……」


 目線を下で倒れている男に向けながら、小さな声でそっとラァワが解説をする。


「あのノギマーみたいになっていた……」

「今のコモドには敵も味方もない。あるのはただ恐怖と憎悪と、殺戮の衝動のみ。もし外に出したなら大惨事よ。せめて陽が昇るまでの間、ここに封じておかないと……あ、戻って来た!!」


 封印符の束を咥えた蝙蝠が、一気に出口へと上がって来る。コレを使えば何とか地下へと封印出来そうだ。しかし……!


「コモドさんッ!? 今来ちゃダメェッ!!」


 その後ろから、邪竜コモドの巨体までもが上がってこようとしていた。


「仕方ない子ね……封印符行けッ!!」


 蝙蝠は口から封印符を落とし、持ち主の指に合わせてコモドの行く手を塞ぐ。バチバチとした音を立てながらも、コモドの爪が何度も封印符により結界に立てられた。ついには頭部をそのまま突き上げて来る。


「くっ……このままでは……!!」


 歯をギリギリと噛み締め、額に汗を浮かべながら、ラァワは己の体内にある魔力を振り絞り結界を張る。しかし彼女の魔力は、生命力は既に危ない領域にまで達していた。弱まる結界、衝撃を与えられる度に封印符が崩れ、ボロボロと落ちてゆく。


「ギャッシャァァアアアア!!」


 咆哮と共に突っ込むコモド、その爪が遂に、封印符による結界を突き破った。


「もう……ダメか!!」


 観念して斧と刀を構えたケン、だが予想外な事態が、彼らを待っていたのであった。


「コモド!! 我が相手だ!!」


 声が響き、庭へと躍り出る黒の機体。緑の模様が闇を貫き、駆け込んでくる。


「イリーヴさん!!」


 その姿を見たケンが思わず声を出す。


「ラァワ様、結界を一度解いてくれ!! 押さえ込んでやる!!」

「……分かったわ、確実に頼むわよ!!」


 ラァワが結界を解く。コモドが遂に地上へと這い上がる。そこに突っ込むイリーヴ、コモドに組み付き、押さえ、出て来た穴に押し戻し、自らも落ちてゆく。


「今だ!! 結界を!!」

「行けッ!! 治癒符!!」


 落下してゆくコモドとイリーヴ。一方で放たれた治癒符が破れた結界に貼り付き、再び結界を形作ってゆく。


「イリーヴさんッ!!」


 石床に無造作に転がった二つの巨体。身長差一メートルはあろうかというコモドに対し、イリーヴの緑眼が睨み付ける。落下による痛みのためか、力が思うように入らぬ四肢を引きずり、目の前の何かに襲い掛かるコモド。そんな彼にイリーヴは、ヒトには出せぬオートメイトとしての力でコモドと互角に組み付くのであった。


「コモドッ!!」

「グルルルルルル!! グルルァガァアアア!!」

「ブラックバアルよ! 今この瞬間のみ、この機体からだに感謝する!! 親友の凶行を、止められるからなッ!!」

 

 コモドの振り上げた尾がイリーヴを打ち付ける。点滅する緑の目が、まるで痛みを訴えるかのように点滅する。


「バレルフッカー!!」

「ガギャアアアア!!」


 そう叫んで掲げたイリーヴの左腕に、大きく湾曲した刃が現れる。


「おとなしくしろ……ッ!!」

「グルルルル……!! グルルルルル……!!」


 コモドの尾に、刃がかけられる。グイッと引いた左腕、すると刃を繋ぐ鎖が姿を現した。コモドの爪が振るわれる度に、牙を剥く度に、鎖は絡みついてゆく。


「ラァワ様! 封印符を、直接コモドに!!」

「イリーヴさん!? 一体何を考えているんだ!? 自分ごと巻き込むつもりなのか!?」


 ケンは驚き、穴の向こうに声をかける。


「そうすれば我の力で抑えが利く、その間に地下室の修復を!!」

「……考えたわね、流石はコモドのお友達なだけあるわ。封印符よ行け、コモドを抑えよ!!」


 ラァワの号令一つで、結界を形作っていた封印符が次々に地下室へと飛び込んで行く。まるでピラニアの群れが取り巻くように封印符がコモドに飛びつき、その動きを封じ込めてゆく。


「ギャシャアアアアアア!! グルルァァアアアア!!」

「コモド! もう少しだ……!!」


 動きを封じられただ吼えるだけとなったコモドに、イリーヴは声をかけ続けていた。一方、地上では。


「ラァワさん! このままではイリーヴさんが!!」

「あの子がそう言ったのよ。それに……」


 ラァワの目はある方角を向いた。ケンも見つめたその先の、空は白んで明るい星が目立っている。


「明けの明星が輝き始めている……何とか保てるわね」

「え……?」

「邪竜怪虫は新月の夜に最も活発化するの。即ち、月や太陽の光には弱いってことなのよ。だから、空が白んでくる頃には……」

「グルルァ……グルル……!!」


 徐々に、コモドの声が収まってゆく。


「今だ、庭と地下室を!!」

「よし……ケンちゃん下がって。真魔術、ヘクセンリストア」


 そう唱えて手をかざすラァワ、するとまるで引き寄せられるかのように、地下室にこぼれていた土が地上へと戻って来る。まるで動画の逆再生を見ているかのような光景が、ケンの目の前で繰り広げられるのであった。


「す……凄い……!?」


 徐々に明けてゆく闇の中、目の前の光景に驚くケンは気付かなかった。術者であるラァワの顔はすっかり青ざめており、その場で座りながら術を行使していたということに。かざしているその手から、とめどなく血が流れだしているということにも。庭の様子がすっかり元通りになると、ケンは思わずラァワに駆け寄っていた。


「ラァワさん凄いよ!? ここまで出来るなんて!!」

「ふふっ……嬉しいこと、言ってくれるじゃ……ない……の……よ……」

「え、ラァワさん?」


 ここに来て初めて、彼はラァワの様子を見ることとなった。フラフラとその場に倒れようとするラァワの長身を、咄嗟に抱き起したケン。


「ラァワさん! ちょっと!?」


 彼女の顔からすっかり生気が失われていることに気付いたケンは何とか肩に腕をかけ、屋敷の中に戻って行く。


「すまないね、ケンちゃん……私の部屋まで、お願い出来るかしら……」

「わわ、分かりました!」


 何とか階段を昇り切り、ラァワの部屋の前に立つ。扉を開けると、目の前にある棚からビンを一つ取り出し、一気に飲み干したのであった。


「ハァ……ハァ……貴重なの、飲んじゃったわね……」

「今のは一体……?」

「魔女の秘薬、よ。コレを飲めばどれだけ生命力が低下しても何とかなるわ。最も、普通の人間には劇薬だけどね。それともう一つ、あの赤いアンプルを、お願い出来るかしら」


 ケンは言われたモノをラァワに手渡した。小さなアンプルであったが、何やら危ない雰囲気が漂っている。


「地下室に行きましょう……そろそろ、コモドの症状が収まり切る頃よ」


 復元された、コモドの封印部屋に向かう二人。最早慣れたモノとなった地下室への階段を足早に下って行く。待っていたのは、力なく座り込んだイリーヴと、彼に全裸でもたれかかって意識のないコモド、そして血まみれで倒れたノギマーの遺体であった。


「やるべきことが多すぎるわね……とりあえず……」


 ラァワは真っ先にイリーヴに近付いた。コモドの指先に、鼻に近付ける。


「息があるわね。助かったみたいだわ」

「良かった……」

「イリーヴ、コモドを部屋までお願い、出来るかしら?」

「もちろんだ。まかせておけ」


 ラァワが次に見たのは、ノギマーであった。


「この顔は確か、オドーン一味の一人ね。確か赤枠付きで手配書に書かれていたわ、持って行けばお小遣いにはなるわよ」

「じゃ、コモドさんがやってたみたいに、頭を落として持って行けば良い感じですかね……」

「そこまでしなくて良いわね、この占眼符を持って役所に行けば良いお小遣いになるわよ。しかしこれは何とかしたいわね……」


 そう言って、ラァワは石床の一部に向かって手をかざした。石が一人でに上がり、更に中の土までもがボコッと持ち上がる。


「あそこに放り込んでちょうだい」

「え……」


 一瞬だけうめいたケンであったが、すぐにラァワの指示通りにノギマーを運び、土の中へと入れた。


「で、この中身の出番よ」


 そう言ってラァワはアンプルの首を折ると、中に入った液体をノギマーの遺体に振り掛けた。するとジュウウと音を立てながら、溶解し始めるのが見える。


「ヒイッ!?」

「あとは、元に戻すだけ」


 そう言って指を鳴らすと、石床と土は何事もなかったかのように元通りとなった。


「そうそう。あの薬品も勝手に持ち出しちゃダメだからね。アレも貴重品なのよ」

「誰があんなの持ち出すと思いますゥ!?」

「欲しがる人は多いのよ? 魔女喰いの森にしか生えてない草で作る薬だからね……」


 空になったアンプルをゴミ箱へ投げ入れると、ラァワはケンの肩を借りつつ自室へと戻って行く。長い夜が、終わった。そしてコモドが自室のベッドで目覚めたのは朝、かなり陽が高く昇った頃のことであった。


「……生きている。しかしあと一か月か……」


 眠い目をこすり、自らの手を見る。血が付いている様子はない。周りの様子も見渡した。いつもの自室である。着替えと武器が彼自身がやるよりも丁寧に置かれ、部屋の隅でイリーヴが片膝立てて座りながら眠っている以外は、見慣れた実家の自室の光景であった。


「イリーヴ……おはよう」

「嗚呼。遅いぜコモド」


 いつもより何処か重い身を起こし、服を着込んだコモドがイリーヴに近付き、そして気付いた。


「イリーヴ……何だ、そのキズは? 俺が診た時はそんなモンなかったぜ!?」

「コレか? 愛想の悪い竜にな、思いっきりしばかれてな。尻尾でこう、バシィンと」


 イリーヴの機体のキズに、繊維状の装甲が覆い始めている。自動修復装置を作動させていたのだ。


「……すまねぇ。俺だ……いや何で俺が……!! イリーヴ、昨日の夜に一体、何が起こったって言うんだよ!!」

「知りたいか? その前に、ラァワ様の部屋に行ってやれ。話ならその後だ、キズが塞がらなくなっちまう」

「母さんに……? 分かった」


 廊下に飛び出し、足音をドタドタと立てながら、コモドは母親の部屋になだれ込んだ。ベッドに横になるラァワの姿がある。そもいつもなら自室にいる時間などではない。ましてや眠っている時間でもない。異常事態に気付いたコモドが遂に声をかける。


「母さん! 一体全体何が起こったって言うんだよ!?」

「コモドさん……良かった、ちゃんと起きられたんですね」

「ケンちゃん!? 教えてくれ、俺は、一体全体、何をやってしまったんだァア!!」


 扉を開けて入って来たケンに、コモドは問いかける。両膝をがっくりと落としながら、驚愕と絶望に染まり切った顔でケンのことを見つめている。


「……とりあえず、お茶にしましょう。さっきね、ラァワさんに頼まれて、淹れて来たんですよ。どうです、目覚めの一杯」

「いただこうか……」


 やがて話されることとなる一部始終。そして始まったコモド最期の一か月。改めて聞くこととなったブラックバアルの非道さ、自らの恐ろしさ、今生きているという運の良さを彼は噛み締めるのであった。




「そうか、失敗したか」

「申し訳ありません、ゼーブル様……」


 アジトの内部にて、ビアルが報告する。


「所詮、アイツらはその程度だったということだ。しかし、バアル因子も改良が必要だな……」


 暗黒組織の悪辣さは留まることを知らず、例えコモドの社会的抹殺に失敗すれども、粛清対象の処理には成功するという目的は果たされていたのであった。ラァワの生命力を削り、ケンを追い詰めたのは最早“オマケ”に過ぎなかったのである。


「ゼーブル様、情報によりますとコモドの命は残り一か月とのこと。無理に排除する必要がないようにも思われますが……」

「一か月か……短いようでいて、長いな……」


 考え込み始めるゼーブル。退くべきなのか、敢えて攻め込むべきか。


「ビアルよ。ヤツはどう出ると思う?」

「一か月……あと一か月しか生きられぬと知って、仇敵をそのままにしておくか、ということですか」

「その通りだ。……やはり、身を隠すべきか。徹底的に」

「相手の出方次第……ですかね……拙者としては安全策を喫したいところですが……」


 手負いの猛獣程、危険な生物はない。ただ悪辣なだけの手段を無暗にとることは却って己の首を締めかねないであろう。インクシュタットを暗黒に包んだこの組織にも遂に転機が訪れていた。


「コモド一派……ラァワに関してはビアルにも因縁があろう? ケンはどうだ?」

「あの少年ですか。ノギマーと互角に切り結ぶ程には刀の腕を上げております。しかし術の類を身に付けた様子は御座いません……」

「ふむ……何かしらの術を身に付ける前に潰すのが賢明かもしれん。だが文字通り竜の尾を踏みつけるようなマネにもなりかねん。悩ましいところよ」

「コモドの尾、ですか」

「この先の処遇を決めるのは……どうやらコイツの動き次第となりそうだな」


 そう言ってゼーブルは、仮面の複眼から光を投影する。壁に映ったそのヴィジョンにあったのは、空を切り裂き天駆ける、楕円形の謎の飛翔体であった。


「ゼーブル様!? コレは一体……!?」

「湖月省、即ちこの国の魔女達の中枢が、たった今観測したモノを傍受してきたのだ。まだ、この国の民には知らされておらぬ」

「隕石……!? しかしこの隕石が何をもたらすというのですか」

「よく見たまえ……」


 ゼーブルの一言と同時に、隕石の構造が映し出される。内部には何と、うずくまる人影が見えていた。


「魔女の連中め、既にここまで読んでいたとはな。見たまえ、ヤツらが見抜いた通り……コレはただの隕石ではない。天の繭、即ち天肆てんし族が地上に現れるということだ」

「天肆ですとッ!?」


 ビアルは驚愕し、額に汗を浮かべながらゼーブルの映す虚像にかぶりついた。


「しかしゼーブル様! 魔女ですら見た者は少ない、謎の存在が何故今になって!?」

「理由など何でもよかろう? それよりこんな好機、次に訪れるのは数百年は先のことだろうな。しかも吾輩の持つ資料が正しければ……」


 ゼーブルが取り出した書物、そのページには四人の人物が描かれている。いずれもヒトの女性に近い姿をしており、身体の一部に昆虫に似た特徴を兼ね備えていた。その中に一つ、眉毛にあたる部分に櫛状の触角を生やし、大きな羽を持つ人物が描かれている。


「この個体は天肆族が抱える四つの“性”の中でも支配階級にある存在、天蚕てんさんだ。支配階級に相応しい、極めて強力な異能を操るという」

「となるとゼーブル様、コヤツを我々の手に落とすことが出来たなら……?」

「そうだ。ブラックバアルは永遠に続く闇の栄光を手に入れる。天の力によって!!」


 果たして、コモド達がこの状況を打開するのか、それともゼーブルによる闇の統治が完了するのか。全ての変化をもたらす存在が今、インクシュタットの空に迫っている。天肆族のもたらす力とは果たして何なのか。ゼーブル達はどう動くのか。巨大な力を前に、インクシュタット政府はいかなる判断を下すのか。審判の時が、訪れようとしている。


~次篇予告~

空に一閃、天の繭。そこに眠る存在がもたらすモノは何か。

天肆族、粉や名称だけが登場した存在が遂にベールを脱ぐ。

次篇『空より来たる眠り姫』にご期待下さい。

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