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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
37/61

第十六篇『新月の闇が戦慄を呼ぶ』中

この物語を読む前には、きちんと手を洗いましょう。

 エックスデー前日。コモドは工房にいた。紙を取り出し、扉に貼り付ける。


『持病につき、無期限の休業に入ります。長年の御愛顧、ありがとうございました』


 うつむいた顔を上げ、コモドは扉に鍵をかける。


「ケンちゃん。いきなりで悪いが、この工房は君に託すことにする」

「僕にですか……?」

「有効活用してくれて構わん。ただ俺が死んだら、コイツを持って役所まで行ってくれ」


 コモドの手には白い筒、ケンは受け取り中身を見た。


「コレは……!! 僕に何もかも相続させるって言うんですか」

「そうだ。ゴーレムだけじゃねぇ、せめて生きて行く者に遺すというのが『いなくなる者』の義務だと俺は考えているんでな」

「僕に抱えきれるとは思えません……」

「要らなければ売れば良い。生きてりゃどうしても先立つモノがあるだろう? じゃ、実家帰るぞ」


 竜にまたがり、涙をぬぐい、振り切るようにコモドは出発した。一瞬だけ工房の方を振り返る、赤銅色の隻眼から光る何かが宙を飛んで行く。その様子を見るケンの、心に浮かぶのは最初にコモドと出会ったあの日のことからであった。自分を助け出した強さと優しさと、容赦なく悪を狩る獰猛さ。ある時期から見せていた狂気。そして今さっき見せた過ぎ行く工房を見つめる目の悲しみと、ケンの前では善き大人であろうとする姿。わずか一か月の間に、ここまで記憶に残る人物が果たしていただろうか。


 しかし彼は今、ケンの記憶にはない姿を見せている。弱っていた。脳が委縮することによる身体的要因だけではない。死期が近付くという事実は確実に彼の心を追い詰めていた。キズだらけなのは外見だけではなかったのである。それでいてなお、ケンの前では善き大人として振舞おうとしている。そんな姿は最早痛々しくすらあった。


「仮眠とってくるわ」


 実家に着いて早々、ケンとラァワにその一言だけを残して、彼は自室に鍵をかけた。


「……ケンちゃん、ちょっと手伝ってくれるかしら」


 ラァワに呼ばれ、ケンはその後についていく。玄関に垂れたタペストリーをめくって指をあて、五芒星の形になぞる。すると魔方陣が壁に浮かび上がり、二人の立つ真横の床が開き、床を構成していた石材が階段となった。


「何コレ……こんな凄いの仕込んでたんですか!!」


 沈んだ表情を浮かべるラァワを知ってか知らずか、ケンの声は何処となく楽しげであった。見ようによっては秘密基地、ロマン溢れる仕掛けである。


「ついてらっしゃい。貴方にはまだ見せていなかった、『過酷な現実』がそこにあるわよ」


 階段を一段、また一段とラァワの足が降りる度に、壁にかかった蝋燭に火が灯ってゆく。表からではまず分からなかった、広大な空間が地下に広がっているのが分かる。大きな布袋がいくつか置かれており、『豆』『ガワ』といった穀物の名前が書かれている。更に奥へと歩いて行くとタルが置かれており、『焼き酒』と一言書かれていた。


「あのタルね、コモドの好物が入ってるのよ」

「お酒、ですよね……」

「やっぱ地下室はこうやって使うのが一番ね……着いたわよ」


 二人の前に現れる、巨大な扉。どう見ても人力では難しい重さのそれに、ラァワの手がかざされる。重々しい音と共にたちまち開かれたその中には!


「ここが、コモドの発作が起きた時に使う部屋よ。いくら暴れても外に危害は及ばない、安全装置といったところね」

「何なんですかこの変な染みとか、何か色々……!!」


 あちこちに付いた謎の染み。石材で出来ているにも関わらず、所々削れた壁。それら全てが、この石室で起きるであろう戦慄を物語っている。


「取れないのよアレ……下手に薬使って掃除したら石材がボロボロになるし……コモドには悪いけどあのままなのよ」

「こんな壮絶なことになってたんですか。新月の晩になる度に。こんな惨たらしい……」

「そうよ。もう、三十年も、ずっとね」

「三十年も……!?」


 そんな二人の様子を覗き見る者がいたとは、この時誰も気付くことはなかった。倉庫の袋に留まった一頭のハエが、地上に開いた出入口を伝って飛び去って行く。一方その頃、コモドの部屋では。


「イリーヴ……せっかく会えたのにな」


 仮眠をとる、と言って部屋に入ったコモド。しかし彼は今工具を手に、イリーヴと向き合っている。


「お前さんの持病もとうとう末期か。やはり十年って長いな」

「ああ……あの時俺が……」

「過ぎたことを言っても仕方ないだろ。それよりこれから一か月、どう生きるかじゃないのか」

「……ブラックバアルをブッ潰してやる、イリーヴのためにもな!!」

「その意気だ、コモド! ……あ、そこ違う」

「おっと、失礼」


 脳の萎縮しつつある者、脳しか残らなかった者、二人は奇妙な縁で再び親友として向き合っている。


「せめて俺の体と、アンタの脳味噌を合わせられたら、どれだけ良かったことか」

「流石に無理だ。我はコモドにはなれん」

「だな、ハハハ……」


 邪竜怪虫という生物兵器がもたらす悲劇の一幕がそこにあった。残される者、遺されるモノ、幼少期に受けた心身のキズに仕掛けられた時限爆弾がコモドの命の灯を、そして彼の周りの全てを吹き飛ばさんとしている。


「なるほど、そこが入口か」


 映し出された虚像を見て、確信する者がいる。


「ゼーブル様。ラァワのことです、恐らくは魔力を以てこの出入口も封印することで御座いましょう。しかしこの仕組みなら、数体のゴブリンがあれば突破も可能かと……」

「それでいこう、ビアルよ。それともう一つ……」


 懐から取り出す二つの注射器。中には膿を思わせる濁った緑色の液体が入っている。


「いざとなれば、ガシムかノギマーの首筋にコレを放て」

「コレは……!?」


 注射器の中身を見たビアルの顔が見る見るうちに恐怖に変わってゆく。中身を光に透かした彼の目にはハッキリと映ったのだ、中で蠢く影という影が。


「ゼーブル様、まさかオーク因子と邪竜怪虫を……!?」

「そのまさかだ。オーク因子に邪竜怪虫の分泌液を仕込み、更に各種動植物の形質を組み込んだ傑作よ。名付けて、バアル因子……!! 一度打てば例え生きた人間であろうとたちまち怪物と成り果て、死ねば骨も遺さず消滅する。今はその一つしかない、だが何処かで実験がしとうてな」

「わかりました……!! なるほど、バケモノにはバケモノを……」


 感心すると同時に、ビアルは恐怖を覚えていた。計画を考えれば合理的であると同時に、やはり脱走者や失敗した者には死が付きまとうこととなる。いざとなれば自分自身に打つことになる可能性も否定が出来ない。


「では、良い知らせを待っておるぞ……」

「ハッ!!」




 遂に、その夜は訪れる。沈み行く夕日を確認すると、ラァワはタペストリーの下を操作して地下室を出現させる。降りてゆくコモドの姿をケンが見つめている。その手に握るは数枚の封印符。


「コモドが部屋に入ったら、それを扉に貼ってちょうだい。貼る場所は示してあるから」


 コモドの入室を確認したラァワが指を鳴らす。重々しい音を立てて、石で出来た扉が閉まってゆく。筆で赤く示された枠に、ケンは素早く手の中にあるモノを貼り付けてゆく。全てが貼り終わるのを確認すると、ラァワは扉の前に立ち、前面に交差させた独特な手付きで印を結び始める。札と札を結び合わせるかのように光の筋が走り、遂には魔方陣の形を成した。


「森羅万象、全てを統べることわりよ。忌々しき我が子の化生を封じたまえ」


 絞り出すような声で、ラァワが唱え始める。その声に呼応して、魔方陣は徐々に光を強めて行く。


「月無き夜空に光あれ、短き命に祝福あれ」


 ケンは気付いた。ラァワの足元の床に、何やら液体が零れ落ちているということに。


「ラァワさん? 泣いている……!?」

「石の門よ閉じよ……けっか……うぅ……結界牢獄!!」


 肩で息をしながら、嗚咽の混じった声で術を発動するラァワ。貼り付けられた封印符が次々に分裂、増殖、扉を覆い尽くす。直後、ラァワの膝が石で出来た床を突いた。


「ハァ……ハァ……」

「ラァワさんしっかり!?」


 音を立てそうな量の液体が流れ落ちる。最早、涙なのか汗なのか分からない。


「これで……ゼェ……これでコモドは大丈夫……ゼェ……もうすぐ始まるわね……。水……ちょうだい……」

「は、はい!」


 ケンは近くの壁にかけてあった革袋を持って来た。受け取り、その中身を口に流し入れ、コルセットから小さな布を取り出すと口と顔をぬぐい、大きなため息をつく。


「これも最後になるのかしら……」


 立ち上がろうとするラァワにケンは無言で肩を貸した、その直後である。


「グォォオルルルァァアアア!! ウガァァアアア!!」

「ヒッ!?」

「始まった……!!」


 扉の向こうから響く爆音。思わず耳を押さえるケン。やがて部屋からは何かが削れる音が響き始める。


「ガァァァハァァァアア!! グルルァァァアアア!!」


 その咆哮は恐ろしくも何処か痛々しい響きを含んでいた。殺戮の衝動と同時に、激痛が体中を走っているのである。中でのたうち回っているのか、重い音があちこちから聞こえ始めた。


「コレが……コレが……!!」

「邪竜症候群……! 兵器開発禁断の領域に手を出した、愚かな大国の負の遺産よ。そして、それを常に背負わされるのは……」


 ラァワが続きを言いかけた、その時であった。


「ウッ!?」

「んなァ!? 待って、今のはコモドじゃない……!?」


 ドゴォン、という凄まじい轟音が、あらぬ方向から聞こえ始めたのである。


「まさか、コモドさん脱走した!?」

「そんなはずがないわ! コモドなら……まだ扉の奥にいる!!」


 占眼符を目にかざして、ラァワは確認した。そして目を閉じ、再び轟音が鳴った直後のことである。


「そこにいるのは誰ッ!!」


 ある方向に睨み付け、占眼符を放った。貼り付けられた札から映像が出る。そこにいたのは男が二人、真っすぐにコモドのいる部屋の方を見つめている。ターバンで顔を隠しており、腰には刀を差し、更には手斧まで提げている。


「ケンちゃん、身に覚えある?」

「分からないッ! 何だアイツら、一体何を考えてるんだ……!? ってうわッ!!」 


 轟音が更に響いた。直後、石の天井が遂に崩れて多量の土が流れ込む。その衝撃からラァワはケンをしっかりと抱えてかばうのであった。そして開けられた穴から、人影が滑り込んでくる。


「何者!」

「おやおや貴女がラァワ様ですか。そして……よぉ、こないだの意趣返しだぜ、侵入者さんよォ!!」


 ターバンで隠れた顔を表しながら、男は吠えた。


「意趣返し!? 侵入者!? ……あぁッ!? アンタあの時のアジトの!!」

「思い出してくれたかァ!!」


 もう一人が現れた。ケンが、今の世界に落下した時、初めて見た二つの顔であった。


「粛清されたんじゃなかったのかッ!!」


 刀を抜いて切っ先を向けながら、ケンが口を開いた。


「フン……その様子じゃ、随分とこちらのことを御存知のようだな、少年」

「しかも御立派な光りモノまで……死神コモドも随分と余計なことをしたみてぇだな」

「余計なことしようとしてんのは貴方達よ……! オドーン一味の生き残り、みたいね」


 コルセットに仕込まれた杖を取り出し、ラァワも構えた。


「ああそうだ。貴女は今夜のことで抽出刑となる、コモドによってな!」

「何ですって!?」

「やるぞ、ノギマー!!」

「おう、ガシム!!」


 二人は素早く、腰に提げた手斧を取り出し投げ付けた。


「ケンちゃん、下がって!」


 そう言ってラァワは斧に向かって手をかざすと、空中で斧の動きがピタリと止まる。


「まさか、手斧と刀だけで私を襲うつもり? それに抽出刑ですって? 何を考えているのかしら?」


 空中に“置かれた”斧に向かって、弾指が鳴らされる。止まっていた斧の刃が真っすぐに、投げた者の首を狙って飛来する。


「それを待っていた……!!」

「うッ!?」


 その場から身をかがめ、転がり込みながら二人はそれぞれブーツから何かを抜くと、ラァワの突き出した掌に向かって打ち込んだ。一瞬だけうめくラァワの、手を貫通して何かが刺さっている。その小柄にも似た暗器を見て、ラァワは顔をしかめるのであった。


魔女刺まじょさし……!! 久々に見たけど何てモノ持ってるのよ……!!」

「何なんですかそれ……?」

「魔女狩りで使われるモノよ……大方ビアルから受け取ったんじゃないかしら」


 魔女刺を手から抜き取り、先程顔を拭った布で溢れ出る血を押さえつける。


「魔女刺は純粋なアフリマニウムで作られてるのよ……くっ、結界が……!!」

「何だって、結界が!? うわッ!?」

「グラァァーーッ!!」


 アフリマニウムには魔女の体を侵す性質がある。その純粋なモノを素材とした魔女刺は、かすっただけでも魔女の持つ魔力を弱める効果が存在した。魔力が弱まれば結界もまた弱体化する。部屋で暴れるコモドの衝撃が、より強い振動を伴って石の扉を襲った。


「もうすぐだ……やはり結界一つに相当な魔力を注いでいたな!」


 既に勝ち誇ったかのように、ノギマーが発した。


「魔女刺ならホレ、まだまだいっぱいあるぜぇ!!」


 ブーツから数本の魔女刺を取り出して指に挟み、ガシムが迫り来る。


「ふざけんなッ!! アンタ達はコモドさんに何をしようって言うんだよ!! 町にでも解き放つ気か!?」

「そうだ。怪物は所詮怪物だというのを、その目でじっくり見るが良いさ!!」

「そしてコモドは怪物として討伐され、ラァワは責任を負って抽出刑!! お前は……そうだな。巻き添えで死ぬかおれ達に殺されるか、好きな方を選ばせてやるぜ!!」


 刀を持つ手を振るわせながら、ケンが再び吼える。


「待てッ!! 恨んでいるのはコモドさんと僕だろう、町の人までは巻き込むな!!」

「英雄気取りか! 滑稽な野郎だぜ!!」

「僕達に復讐したいんなら受けて立つ!!」

「復讐だと。確かにそれもあるがな……コレは“任務”だ」

「“任務”ですって……? 」


 ラァワが目を見開き問い質す。


「貴方達の身勝手な復讐ではなく、組織絡みのふざけた活動とでも言うのかしら?」

「ふざけた活動では断じてない。我々にとって邪魔なモノは排除する、ただそれだけだ」

「暗黒組織の活動がふざけてないだと。僕には、ゼーブルの悪ふざけに付き合わされてるようにしか見えないなァ!!」

「威勢が良いな。どうするノギマー」

「ケンとやら、お前はこちらで捻ってやる。ガシムは魔女をやれ!」


 石の扉から轟音が響く中、遂に刀を抜いたノギマーとガシムが襲い掛かる。ノギマーの刃とケンの刃がぶつかった。


「僕はもう……あの時の僕ではないッ!!」


 バキィンという音と共にノギマーの刃が弾かれる。激しい打ち合いが始まった。思わず足の下がるノギマーに、ケンの猛追が叩き付けられ、ギリギリと音を立てながら睨み合う。打ち合った刃を滑らせ、刀身の根元に付いた鉤にかけ、手首を捻る。ケンの方が一気に優位に立ったことに、ノギマーの顔が驚愕する。


「生意気なガキだなァ……!!」


 しかし直後、ノギマーの足がケンの腹部に突き刺さった。飛ばされるケンに刃を向け、ノギマーが斬り掛かる。直後、その手首に激痛が走り、刀が地に落ちた。驚くノギマーの視線の先には、アダーを構えたケンの姿があった。


「くそォ……!!」

「コレ以上やるなら……目玉を撃ち抜くぞ!」


 その横で、魔女刺を全て床に散らされたガシムもまたラァワに詰められていた。


「残念だったわね。大人しくするなら役所に突き出すだけで止めてあげるわ」

「へへッ……やっぱりバカだなお前ら」

「何が言いたいッ!!」


 追い詰められているはずである。にも拘わらずガシムも、ノギマーもまた不敵に笑っていた。


「ここまで来るのにまさか、人間二人の力だけで来たと、思っていたのか?」

「何だと!?」

「その通り! 今の今まで御苦労だったな、魔女ラァワよ!!」

「その声は……ゼーブル!!」


 しかしゼーブルの姿が見当たらない。キョロキョロと辺りを探すケンとラァワの横から、一頭のハエが躍り出る。そして天井に留まると再び音声が響くのであった。


「石の扉をよぉく見ろ! 最早封印する力などない!!」

「何ですって!?」


 コモドの入った部屋を見るラァワ。石室の扉になんと、大きなヒビが入っていた。


「あの時に与えた一撃で、既に扉は終わっていたのだ。あとは魔力を弱め、そして!」


 開けられた天井から巨大な黒い手が差し込まれる。鋭く尖った指先、黒曜石で出来たその機体に、ケンは見覚えがあった。


「ブラックネメア……!! ゼーブル自ら協力するか……!!」

「楽しみにするが良い、ふははははははははは……」


 高笑いと共に、ハエ型の魔動機は飛び去って行った。純粋な破壊力による一撃が扉に大きなキズを付け、扉に張り巡らされた封印符を無理矢理に剥がしてしまっている。怪物を封じた場所にゴーレムを用いて無理矢理に襲撃するという、誰も想定するはずなどなかった事態。それこそがゼーブルの狂った狙いだったのだ。


「グルルォォーーン!! ウゥゥガァァァアア!!」


 遂に扉から細かな破片が落ち始める。


「来たぞ……コレで良い!!」


 勝ち誇った笑顔でガシムが言う。


「シャアッギャアアアア!!」


 遂に、扉の欠片がケンの目の前に落ちた。崩れた砂塵のその中から、異形の巨体が浮かび上がる。


「コモド……さん?」

「ガルルルル……!!」


 唸り声を上げ続け、砂ボコリの中から遂にその姿が現れる。


「ケンちゃん……下がって!!」


 ラァワは、呆気にとられるケンの首根っこを掴み、無理矢理自らの後ろに下げた。


「見るが良い、コレがお前の恩人の、本当の姿だァァアア!!」


 ノギマーは顔を歪めて叫ぶ、その向こうには。身長三メートルはあろうかという巨体、その体はウロコに覆われ、その隙間からは赤い体液が常に滲んでいる。指先には鋭い鉤爪を湛え、不格好に膨れ上がった肩や背中がその破壊力を物語っている。その顔はヒトの顔に竜を無理矢理融合させたような形に歪んでおり、剥き出した牙が恐ろしくも痛々しい表情を浮かべていた。元のコモドの面影を残す部分は、潰れた右目と片側のみに生えた銀色のタテガミのみであった。


「本当に、コモドさん、なの……?」


 邪竜と化したコモドを前に、ケンは茫然とするばかりであった。


「コモド……ごめんなさい……!!」

「ギャッシャアアアアアアア!!」


 吼え猛るコモド、そこにわざと躍り出たノギマーが叫ぶ。


「こっちだコモド! ついて来い! こんな狭い石室で、痛みなんか治まんねぇぜ!!」


 その片手にランタンを掲げ、わざとその強烈な光をコモドの隻眼に当て始める。


「命知らずね! 邪竜の目はわずかな光にでも反応してすっ飛んでくるわよ!!」

「へっへっへっ!! こっちだ、こっちに来い!!」


 侵入時に使った縄ハシゴに掴まり、ランタンを腰に提げて素早く誘導しようとするノギマー。


「まずい、外に出される!!」

「させるか!」


 ケンは素早くアダーを吹いた、しかしその目の前にガシムが現れ矢を弾く。


「上がれ上がれ!! へへっ、新月の闇でこの光だ、ヤツは絶対に町に出る、そうすれば混乱は確実! ラァワもコモドもおしまいだぜぇぇぇえええ!! ……え?」


 地上へまんまと脱出した、と思われたノギマー。縄ハシゴと共に、真っ赤な血だまりと共に床に伏していた。


「おいノギマー? おい!! ……あぁッ!?」


 ノギマーが口を開くことは二度となかった。あらぬ方向に曲がった頭部に、歪んだ笑顔が貼りついている。


「そんな……そんなッ!!」

「行け、封印符!! そこの貴方、結界のこちら側にいないと、死ぬわよ!!」


 コモドは落ちたランタンの光に反応している。その間に結界を張ったラァワであったが……


「う、うるせぇ!! てめぇの施しなんて受けるモノか!!」

「そうだ、その意気だ、ガシムよ」

「何、もう一人だと!?」


 驚いたケンが真上を見上げる。途中で切れた縄ハシゴに、ぶら下がる人影。聞き覚えのある低音、そして剃り上げた頭がイヤでも目に入る。


「ビアルッ!! 今更何をしに来やがった!! ノギマーは死んだ、外には出られないッ!!」


遂に出てしまった、コモド邪竜態……!!

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