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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
34/61

第十五篇『狂気と矜持の狭間で』上

この物語は多少の腐れ縁が御座います。御了承くださいませ

 目を覚ませばそこはベッドの上。さっきまで、国立公園の外れにいたはずであった。


「意識が、戻ったみたいですね」


 声の主は隣のベッドにいた。


「ウラル……さん? アレ……あの時、刀でゼーブルに突っ込んで行って、そこからの記憶が……」

「なくて当然です。何せあの時、傍に控えていたオートメイトから一撃喰らって、そのまま失神したんですから。しかしまぁ見事に顔を裂かれましたね。まぁすぐにコルウス先生が処置したので、痕は残らんでしょう」


 オートメイト、あのムカデとヒトを融合したような外見の機械人形のビジュアルがケンの脳裏に浮かんでくる。嗚呼、アイツにやられたのかと、彼は納得した。


「話を聞く限りそのオートメイト、ビストロンはかなりの高級品でしょう。一緒に運び込まれた、あの黒い人形を見る限りでもそれくらいは分かりますから」

「黒いオートメイト……そうだ! イリーヴさんは無事なのですか!?」


 ケンは身を起こして尋ねた。


「そこで、眠ってますよ」


 ウラルのベッドの向こうに、イスの上でうなだれたまま微動だにしないイリーヴの姿が見えた。特徴的な緑眼は光が灯っておらず、確かに目を閉じているようにも見える。


「嗚呼、よかった……あのまま、ゼーブルに操られてたらどうなることかと」


 だがケンの発言とは逆に、ウラルの表情は晴れぬままである。


「……ケンさん、コレは、こちらの耳に少し入って来た情報なのですがね」


 少しだけ目を閉じた後、ウラルは決断と共に口を開いた。


「良いですか、彼も彼で相当に深刻な状況にありますよ。何でも、コモドさんのかつての友人なのだそうですね、それも脳髄だけが中に遺された形で生きている」

「はい。あのカバーの下に見える脳味噌、アレがヒトとしての体の全てなのだそうです」


 目の光が灯らぬ今、却ってその向こうに収まる脳がハッキリと目に入る。


「私にも詳しいことは分かりませんが、オートメイトは使い手の魔力を以て動くんだそうですね」

「ああ、コモドさんがそんなこと言ってたような……」

「ありゃ脳に残った生命力だけで、なんとか動いてるようなモノです。しかしあの脳、肝心な生命力そのモノで無理矢理保っているんだそうです。血液交換すらしていないようでして……」

「えぇ……!? それじゃ、彼はこのままでは……!!」


 この世界に来たばかりで、魔動機について素人であるケンであっても、その続きは容易に想像できるモノであった。


「持ちません。まず、間違いなく。しかし何せ、脳があるのは頑丈に封じ込められたカバーの下。ラァワ様のような魔女であれば覗き視ることも出来ますが、開けてどうにかするには職人でないと何も出来ないのですよ。それくらいに精巧に作られているんです。今話したのも、ラァワ様とコルウス先生が調べた結果分かったことなんですよ」

「僕に何も出来ないのがもどかしい……!! せっかく、十年ぶりに再会できた親友同士だっていうのに!!」


 ダンッ、と布団の上にケンの拳が落ちる。


「……私も、同じ気持ちですよ。しかしどうにもならんのですよ、私ら素人には……!!」


 その隣の病室にて。噂されるコモドと、ラビアの姿はあった。二人とも、ベッドから身動きすることなく、顔も合わさぬまま会話を交わしている。


「ごめんコモド……あたしの脚、こんなんなっちゃった……」


 ベッドの近くに、見事に曲がった義足が置かれている。今のラビアでは、化鋼術を使って直そうモノならそのまま危ない状態にもなりかねない。今の二人の共通点は、ベッドから身を起こせぬ程に低下した生命力であった。


「こちらこそごめん、もう何もかも。俺は、君の友人を殺そうとした上に、今その脚を見ながら何も出来ねぇでいやがる。俺はもう、闘術士としても職人としても失格だ、情けねぇよホント……」


 コモドの声には涙が混ざっていた。


「もう、俺みたいな怪物には近付いちゃダメだ。俺は怪物だよ、外道なんだよォォ……!!」

「コモド……貴方がいなけりゃ、あたしの脚はどうなっちゃうのよ?」


 良くも悪くも安定したラビアの声が問いかける。


「……話したことあったっけ。俺が闘術士やってる理由」

「職人としてだけでは、喰っていけなかったから。確かそう話してたような覚えがあるけど……?」

「そうだよ、でももう一つあるんだ。復讐だったんだよ。アカリナ達の爺さん、デングを探しだしてブッ殺す。そう決めていたんだ。……だけど、それが今となってはダメだった」


 弱りつつも確かに憎悪のこもった声で、コモドは語った。


「コモド、落ち着いて聞いて。貴方に救われた人間はいっぱいいるのよ? 何が死神コモドよ、あんたを怖がった悪党どもが勝手に言い出しただけじゃない!」

「あの二つ名のホントの意味はな。俺が加減が出来ねぇからなんだよ。いや許すことが出来ねぇんだ、だから赤枠付きの極悪犯しか相手にしなかった。殺すしか出来ないんだよ。不器用だからか? いや違う。俺の奥で囁くモンがいるんだ、殺しちまえとな」

「その囁き、アカリナ達に対してもそう言ったの?」

「ああ……そればかりじゃねぇ。今なら言えるよ、あんたに対してもだった。邪魔するならやってしまえってな」

「……ケンちゃんにも?」


 コモドの隻眼が閉じられ、そして口が開いた。


「出そうになった」

「重症ね」


 答えを聞いて、ラビアはバッサリと言い斬った。だが、その後に思わぬ言葉が続いたのである。


「……と、言いたいけどね。あんたは外道でも何でもないわよ。そうでなければ、何でルクトライザーは手を止めたのよ。ケンちゃんも言ってたわね、ゴーレムは作り手の分身なのでしょ。だったら貴方が貴方を止めたんじゃない。ホントは、いつでも立ち戻れるのよ」

「いや、ルクトライザーに止められなければ、俺は俺を抑えられなかった。確かにルクトライザーは俺だ、だがアイツは、闘術士になる前に作った……そうだ、十五の時の俺なんだ! 俺はもう変わっちまった、変わっちまったんだ!!」


 枕に顔を押し当て、コモドは頭を押さえながら声を絞る。


「ホントはな、俺は闘術士になっちゃあいけなかったんだよ。だけど辞められねぇんだ! 一度殺しを覚えちまって以降、俺は心まで怪物になっちまってたんだよ!! 殺しが……殺しがいつの間にか楽しくなっちまったんだァ!!」

「コモド……」


 ラビアは絶句した。彼女が思っているより、コモドの悩みの根は深かったのだ。


「ゴーレムの密造工場を潰して回った。最初はデングを追うためだった。そのうちゴーレムの密造そのモノが許せなくなっていった。しかし今となっては……そんなことは建前でしかなくなっていた。デングが見つからないイラ立ちが、アイツら殺すとスッキリ収まるんだ。それがクセになっちまった……」

「そんなことを、あたしと会う前からずっと続けてたのね……でもどうして、コモドの手からはそんな冷たさを感じなかったのかしら。あのね、あたしの脚を直す時の、貴方の手ね。いつも温かいの。ベッドで抱く時もそうだった。コモドの手って嘘つきなのかしら、いいえ手があたしに嘘つくなんて出来ないわよ。むしろ問題は……貴方自身を騙している、その歪み切った理性じゃないかしら」

「理性……?」


 困惑するコモドに、ラビアは言葉を続けた。


「……ねぇコモド。あたしと会った時のこと、覚えてる?」

「何だよ急に。……もちろん覚えてるさ、あんな印象的な客は他にいねぇからな」




 それは五年前に遡る。今とあまり変わらぬラァワの屋敷の裏庭にコモドは立っていた。腕に幾重もの布を巻き付け、木材で作られた独特なオブジェに対峙している。中国武術の鍛錬に使われる、木人椿を思わせる形の枝が動いて腕を合わせる度に、肘を当てる度にカポッ、カポッと独特な音が響いていた。


「コモド、そろそろお水飲んだらどうかしら」


 革の水入れを持って、ラァワが姿を現した。


「ありがとう、母さん」

「試作品の試験は上手くいってるかしら」

「うん、もう少し動きを速くした方が良さそう。なんなら母さんも使ってみる?」

「やめとく、壊しちゃうかもしれないし……あら?」


 来客を知らせる、扉の音が響いていた。


「お客さんね。コモド、お茶の準備をお願い」

「あいよ。えーとマグカップマグカップ……」


 腕に巻き付けた布を外しながら、コモドは屋敷に入って行った。一方でラァワはブーツについたヒール同士を軽く打ち合わせ、その場から一瞬にして姿を消す。次に姿を現したのは玄関、扉の前であった。


「どうぞ、お入りください」


 そう言って弾指を鳴らすと、自動で扉が開いていく。玄関に置かれた蝋燭が次々に灯り、来訪者の影が見え始める。すると、一歩だけ中に入るや否やその人物は頭を下げ、指三つを合わせて腰を落とし声を上げるのであった。


「魔女ラァワの屋敷とはこちらで相違ありませんか」

「あら? そのアイサツは闘術士の間で交わすモノよ?」


 ラァワが驚くのも無理はない。相手がコモドならまだしも、魔女の屋敷でこの作法を行う者はいないからである。しかし、ラァワにはこの所作の真なる理由が、何となく掴めていた。


「いえ、本日は闘術士としてのあなたにお会いしたく参上つかまつりました、しがない小娘で御座います。お控えなすって」

「……あらあら。仕方ないわね」


 ゆっくりと頭を下げた後に、ラァワもまた同じ手を見せる。


「こちらこそ、今は闘術士と名乗るには少々はばかられる年寄りで御座います、お控え下さい」

「再三のお控え、ありがとうございます。手前生国を発しますは、緑も深きイーゼルラント。翼人族として生を受けつつも闘う者を求めてさまよう駆け出し者で御座います。名はラビア、姓はジュディオン。この度は、あなた様に御指導を賜りたく参上致しまして御座います」


 朗々と口上を述べて行く客こと、ラビア。その声は茶器の用意をしていたコモドの耳にまで届いていた。


「母さん? 今なんか色々と聞こえて来たけど?」

「……御指導とはつまり、闘術士としての試合を望まれる。そう解釈してもよろしいかしら?」

「左様で御座います。てなワケで……」

「ちょっと待ったァ!! 色んな意味で!!」


 颯爽と飛び出したコモド。吹き抜けの二階から舞い降り、ターバンを外して闘術士としてのアイサツの形に出る。


「お控ぇなすって! 手前生国を発するは、アフリマニウム輝く神聖イレザリア。齢五つの時に両親故郷を失い、魔女ラァワの手によって拾い上げられ生き延び闘術士としての道を歩む未熟者で御座います。名はコモド、姓はアルティフェクス!!」

「……イイ女同士のお喋りに割り込むなんて。無粋な男ね、ラァワ様?」

「あらあら、中々言ってくれるじゃない。ラビア、と言ったかしら……?」


 明らかに不審人物を見る目のコモドに対し、何処か余裕を見せているラァワ。


「母さん、相手が魔女だと知ってわざわざ御指導を仰ぎに来るヤツなんて普通じゃねぇぞ。あとラビアとやら、自分で自分をイイ女と言い切る方がマトモだった試しがねぇんだよなァ!!」

「あらコモド。そこまで心配だったら、貴方やってみる?」


 口角を片側だけニィィと上げて、コモドは笑う。


「へへッ! 何、軽く追い出してやるさ、こんな不審人物」

「言ってくれるねェ……でも、見てくれだけならあにさんの方がうーんと怪しいんじゃない?」

「何だと、てめェ……」

「コモド落ち着いて。とりあえず裏庭に行きましょう。もしコモドに勝てたなら、私が相手してあげる。それでどうかしら?」

「……良いでしょう。コモドと言ったね……ほーう、コレは楽しめるかも、しれないねェ……」


 ラビアの金色の眼は、まるで舐めるかのようにコモドの手に視線を送っていた。


「なな、何だその目はァ!! 気持ち悪ぃなてめぇ!?」


 その並々ならぬ視線に気付いたコモド、思わず手を背後に隠す。


「あら失礼……ふふっ」


 一方で、あからさまな余裕を見せるラビア。身長一九〇もの大男を、一六五からの視線が慄かせたのだ。


「ふぅん……これは面白い勝負になるわね」


 かくして、コモドとラビアは裏庭に出た。ラァワを審判とし、闘術士による試合が行われようとしている。


「試合形式はいかがします? 純粋に“手”を楽しみたいのなら、“組手形式”でいかがかしら」


 組手形式、それは純粋な格闘能力による試合形式である。闘術士の戦闘能力には、触媒術や魔動機械といった魔法能力の腕前だけが影響を与えるワケではない。それらの技術を支える身体能力、格闘技術があってこそ魔法能力は初めて輝くのだ。その格闘技術を互いに競い合う形で高め合う方法として、この組手形式は生まれた。


「三爪鉄掌、ラビア・ジュディオン」


 右手を左手で包み、前に出す形で試合前のアイサツが交わされる。所謂、抱拳礼とも呼ばれる形である。


「真魔戦法我流、闘竜拳、コモド・アルティフェクス」

「あら、我流だなんて面白いじゃない」

「そちらさんからどうぞ、せっかくのお客様ですし」


 円を描くような両手の動きの後、指三本を大きく開いた手でラビアは構えをとる。


「早速で悪いけど、決めちゃうから!」


 初めの一撃は、稲妻を描くような足捌きから始まった。コモドの隻眼が、ラビアの鋭い動きを注視する。一瞬だけ、構えを変えて下がったその瞬間、ラビアの体は宙にあった。広がる皮膜、しかし直後には彼女の姿はコモドの頭上を通り過ぎ、その身を捻って彼の後頭部に狙いをつけていた。


「もらったァ!!」


 交差させた三本指がコモドの後頭部を狙う。その奇襲攻撃に試合は一瞬にして終わるのか。


「……と思ったかッ!!」

「何ィ!?」


 先程までコモドのうなじを捉えていたはずであった。だがコモドの隻眼が振り返ったかと思われた瞬間、ラビアの指は何とコモドによって手首ごとを押さえられていたのだ。


「トァッ!!」


 押さえた手首を捻り上げ、ラビアの体は宙を回りながら地に落ちた。


「見たところ、今のは三爪鉄掌の三之爪か。確か名前は……飛竜断裂翔ひりゅうだんれつしょう

「あら、よく御存知ね」


 着地した際の手の土を軽くはたいて、ラビアは立ち上がった。


「確か……翼人族の滑空技術で相手を飛び越え、背後から首筋を狙って斬る。俺なんかにはコレで十分、という解釈で合っとるかな?」

「正解、でも賞品はないわよ」


 コモドは口角の片側を少しだけ上げ、前頭葉の辺りを指でコツコツつつきながら口を開いた。


「三爪鉄掌ってぇのは確か、本来なら一つの手に付き三つの爪を付けるんだってな。そして両手の爪の数に合わせて六つの技があると本で読んだことがある。俺、一度見たモノは簡単には忘れねぇんだよ」

「男の自慢話ってあまり面白くないのよ? 知ってた?」


 この状態になっても、ラビアの口は相変わらずであった。


(ふむふむ、この子面白いわね。技を見切られると分かって、果たしてどう動くのかしら)


 静かに笑みを浮かべながら、何処か楽しそうにラァワは見ていた。


「じゃ、逆に見せてもらっても良い? 貴方の、闘竜拳とやら!!」

「良いだろう……俺のはな、どんな本を見ても載っちゃいねぇぜぇ!!」


 腰を落とし、背を低くかがめ、掴みかかるような手を前方にコモドが構えた。


「あら、中々あたしに得なやり方じゃない」


 再び構えをとるラビア。わずかに上がった口角、泣きボクロのある目元がかすかに笑っている。


「ダァァーッ!!」


 鋭い気合を上げながら、コモドが一瞬にして距離を詰める。交差するラビアとコモドの手、そして視線。一瞬にして、ラビアの指がコモドの手首に絡み、一気にコモドの体を引きつつ自ら懐に飛び込んだ。ラビアから繰り出された掌打をすり抜け、コモドの手が彼女の手首を掴み返し、一瞬のうちに捻り上げながら腰を落とす。ラビアの体が一回転、空中に躍り上がった。


「そこだッ!! 」


 地に落ちようとするラビアを抑え込まんと、コモドの手がラビアに向かう。だが!


「甘いわね?」

「んな!?」


 いつの間にか、コモドの腰にはラビアの脚が絡みついていた。投げられてもなお、彼女は空中での姿勢を制御出来ていたのだ。そこから何と、体幹一つでラビアは一気に上体を起こし、相手の額に頭突きを一発入れるのであった。後ずさるコモドに対し、ラビアは再び脚を地に付け、駆け出した。空中に上がる体、右脚を前に突き出し迫り来る。


「イィィィヤァッ!!」

「痛ぇなァ……こっちからもいくぜェ!! トァァーーッ!!」


 コモドもまた駆け出し、両足を向けて飛び蹴りの姿勢に入った。激突する二者の脚、互いに弾き返す威力の応酬。落ちたのはコモドの方であった、両足を揃えた蹴りは着地が難しかったのだ。


「ふふっ……この勝負、あたしのモノ……はぅッ!?」


 無事に着地したラビアがコモドの元に向かおうとした、まさにその時である。彼女の右脚に、突如としてヒビが入り始めた。途端に崩れるその姿勢。眼前で起きた異常事態に、思わずコモドの声が上がる。


「あぁッ!? ごめんッ!!」


 駆け寄るコモドに対し、ラビアは皮膜を広げてその“脚”を隠そうとする。それを見た、審判たるラァワも声を出すのであった。


「試合中断! ちょっと、見せて御覧なさい」


 駆け付けたラァワが見たモノ、それはラビアの右脚が真っ二つに折れ、その断面から木材が顔を覗かせる何とも痛々しいモノであった。肌の色に見えた部分も全て塗装であり、まるで隠しているかのようにも見えていた。


「義足だったのね……」

「見ないで! あたしの負けだ、脚がこうなって以来はずっとこんなんだ!!」

「……何があったかは知らないけど、今はこのままにはしておけないわ。コモド!」

「分かってるよ母さん。ラビアさんよぉ、その脚診せてくれんか。直せるかもしれん」

「え……?」

「それにな。俺は闘術士である前に職人なんだ。放ってはおけんよ。さぁ……」


 軽々とラビアを両手で抱きかかえ、コモドは屋敷の中へと入って行くのであった。




「で、結局後々作り直してもらったのがあの脚よ。で、本題だけどね。あの時あたしの脚を直したの、アレは職人として理性からかしら。それとも、目の前で職人として活躍出来る機会が来たから咄嗟に出たのかしら。放ってはおけないって、あの時はどういう意味だったの?」


 病院のベッドで、思い出話から現代に繋がったラビア。


「……何だったんだろう。ただ分かるのは、母さんに特に言われなくとも同じことをしたってことだな」


 コモドは寝返りを打ち、ラビアの方に顔を向けていた。


「あたしね、あんたの“放っておけない”という言葉、アレは感情から来たモノだと考えてるの。もし理性で動いていたら、あんな怪しい客はこれ幸いと放ったらかしにしたはずよ」

「むしろ理性こそが助ける方に向かうと、俺は思うんだが違うのかい?」

「あたしはね、むしろ理性より感情による善行を信じているの。だってあの時、“助けたい”とは思わなかったのかしら?」


 ラビアの真摯な瞳がコモドの隻眼を向く。一度目を閉じ、仰向けに姿勢を変え、しばらく考えた後にコモドは答えたのであった。


「……思わなかった、と言えば嘘になるな。そうか、俺は俺に嘘をついていたのか、ずっと……」

「感情って常に正直なのよ、嘘というのは理性からしか生まれない。だからこそあたしは、あたしの“好き”という感情を貫くために旅をしているの。だからお願い……」


 身を起こし、近くにあった車イスに器用に腰をかけ、ラビアは隣のベッドに近付いた。そして布団の中にあったコモドの手をそっと取り、先日のように顔になぞらせて見せる。


「コモドも、自分を大切にして。あんたの中の、覚えてる限り最も小さかった頃のあんた自身こそが、守るべき感情なんだから。本当のあんたは、あの時のルクトライザーのように優しくて、もっと他人を思いやれるのよ」

「ラビア……すまねぇ」


 返事の代わりにそっと口づけを残し、ラビアはコモドの手を元に戻した。そして元のベッドに戻って行く。


「しかし不便ね……ホントに」

「先生が来たら、工具を持って来てもらうよ。リハビリ代わりに、直してやっから」

「早めにお願いするわ。それじゃ……お休み、コモド」

「お休み」


どんな形であれ、良い出会いは良い出会いなのです

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