第十四篇『緑眼の魔人はかつての友』下
この物語を読んだ後には、親友との再会をお勧めします。
向かい合ったまま、茫然とするコモドとイリーヴ。その様子を見た、ケンやラビアまでもが驚愕に包まれていた。
「コモドさんの……友達!?」
「アイツが……例のイリーヴ……ん、ケン君危ない!!」
押さえ込んでいたアカリナとリトアが、ここに来て遂に二人を押し切った。ラビアはケンをその場から突き動かすと槍のリーチの中に素早く飛び込み、
「三爪鉄掌、封身連撃掌!」
素早い連撃をアカリナ、そしてリトアの身に叩き込んだ。動きの止まった姉妹、次の瞬間にはその場に倒れ込むのであった。
「ハァ、ハァ、何とか打てたわね……」
「もう、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、それよりコモドのとこへ!!」
ケンはすぐさまコモドの元に向かい、刃先をゼーブルに向けた。
「ゼーブルッ!! 僕が相手だァア!!」
「よく会うな少年。早まるな、貴様もまたモノの数は入らぬのだぞ」
吼えかかるケンに対し、半笑いになりながら答えるゼーブル。
「黙れッ!! さっき聞いてたぞ。あんた、コモドさんの友達を殺した上に、こんな姿にして戦わせてたのか!!」
「そうだ。愉快だったぞ? 元々の親友同士が、互いの正体も分からずに! ふははははははは!!」
ケンの握る刀が震えだす。
「……ひどい。こんなのってないよ、どうしてそこまで出来るんだ……」
「それは“怪物”だからだ。貴様らの言うところのな」
ゼーブルは言いきった。最早ケンには次の言葉が浮かばなかった。
「この国の愚民共は皆そう言うのだ。所詮領地に沸いたウジ虫に過ぎぬクセにな。それよりも……」
弾指を鳴らしたゼーブル、するとたちまち複数のゴブリン達と、得物を手にしたビアルが姿を現したのであった。
「イリーヴを確保せよ。邪魔する者は抹殺して構わん」
「ハッ!!」
コモドの前で迫り来るゴブリン達を斬り払うケン。最早慣れたモノであった。
「大丈夫ですか、コモドさん!」
「何とか……ありがとよケンちゃん」
膝をつきながらも、かかってきたゴブリンを投げ飛ばし、手甲の刃を叩きつけた。その背後から、更にゴブリンが迫り来る。
「メニギスライサー!!」
コモドの後ろをとったゴブリンを、一瞬にしてイリーヴが斬り捨てた。
「イリーヴ……!」
「コモド、今まですまなかった」
「いや、良い。それより今は!!」
「分かってる。後で色々直してもらうからな!!」
力強く立ち上がるコモド。イリーヴ対策で改造を加えた手甲は、幸いにもその機能を発揮する機会を失った。しかし今、敵対するはずだった相手に背中を預け、共に巨悪に立ち向かっている。
「コモドさん……! イリーヴさん……!!」
話にだけは聞いていた、恩人の親友を前にケンが思わず声を漏らした。
「ケンとか言ったな。我の背中、そしてコモドの背中をしばし頼むぞ」
「はいッ!!」
互いに背中を預け合う三人。最早まともに戦えるだけの生命力は残っていないはずのコモドに、不屈の闘志と活力が沸いて来るのであった。かつて彼の拳がイリーヴの記憶の一部を引き出したように、彼にもまた不可思議な現象は起きていたのである。
「ビアル!! やっぱり組織の一員だったのね!!」
一方、再び対峙する、同じ触媒術の使い手が二人。
「また会ったな。今度ばかりは死んでもらおうか、鉄脚ラビア!!」
両者とも真上に何かを投げ上げる。
「化鋼術、飛来槍ッ!!」
ラビアは付け爪を、ビアルは棒手裏剣を、それぞれ槍に変えて互いを狙う。そうして、コモド達とブラックバアル、総力戦にも近い構図で火蓋は落とされた。
「バーレルアイザー!!」
「ヴィブロスラッシュ!!」
かつてぶつかり合った技が今、並び立つゴブリンに向かって駆け抜ける。確実に数を減らしていく雑兵の姿を見て、ビアルは襟に手をかけ、叫ぶのであった。
「拙者の売りは化鋼術だけではないぞ。行け!!」
「ヒェーッヒェッヒェッヒェッ!!」
奇声と共に、ビアルの胸に刻まれた紋からビズトロンが出現、早速開いた指先を突き出すと、
「喰らえ、ビズトクロー!!」
鋭い爪が次々に発射される。たった今ビアルと対峙していたラビアどころか、コモドやケンにまで飛ばした爪が迫る。それを見たイリーヴがその前に駆け出し、バーレルアイザーを撃つ。迎撃されたビズトクローは次々にその場で爆ぜて散った。
「気を付けろ。アイツはただの機械人形じゃない。ブラックバアルの幹部が抱える、上級オートメイトだ」
「なるほど指先からベローネね、厄介なヤツ」
ラビアが飛来槍の一つを手に跳躍、ビズトロンに飛び掛かる。それを見たビアル、棒手裏剣の一つを取り出すと腰に下げた何やら染料に付け、素早く紋様を宙に描くと、
「紋章術、不動紋!!」
化鋼術とは異なる系統の名前を唱え、打ち込んだ。槍が地に落ち、次いでラビアの体そのモノが墜ちていく。
「貴方……まさか二媒体……!?」
「驚いたか? 並みの闘術士とはワケが違うぞ……!」
解説せねばなるまい。通常、触媒術の使い手は一種類の術触媒にのみ適正を持つ。コモドであればピアスに下げた竜の牙、ラビアであれば鋼の塊であるなど、使える術系統と触媒は個人個人で決まっているのだ。しかし何事も例外が存在する。
「不動紋ならここにも刻まれているぞ? フンッ!!」
「うがァ!?」
たった今、ビアルは化鋼術によって作り出した、得物の先端にある溝に充填した染料を触媒とした術を発動した。二種類の術触媒に適性を持ち、二種類の系統の術を使いこなす存在。それが二媒体と呼ばれる特異体質である。そして今放たれた一撃こそが、ビアルにしか出来ぬ技である。
「この不動紋を刻まれた箇所からは自由が奪われる」
グリグリと押し付けたビアルラッシュの先端が捉えたのは左の脇腹である。紋様が浮き上がると、ラビアはその場所を押さえて苦しみ始める。決して鈍器で突かれた衝撃だけではない。封じられつつあるのだ、左の脇腹の皮膚の下が、徐々に。
「その紋様から広がる魔力が心臓に達すれば、お前は死ぬ。叩き潰すまでもなくな」
「……紋章術は、魔力の供給元から断てば良い! 化鋼術、武創変幻、火尖脚砲!!」
ビアルは放たれた火炎弾を一蹴、更に一撃を加えることでラビアの鉄脚をねじ曲げたのであった。
「ラビアさん!!」
ケンが駆け寄ろうとした、まさにその時である。
「厄介者は何も人形だけではないぞ。宝眼術、破眼念爆!!」
突然の爆発がコモド、ケン、イリーヴを襲う。その場から散会する三人。そこにビズトロンが体に付いたムカデの一つを外し、投げ付けた。
「絞殺ムカデ!!」
「グワァッ!?」
巻き付いたのはコモドの頭であった。ギリギリと締め上げながら、ムカデは徐々に首へと向かっていく。
「グゥゥゥ……!!」
倒れ込み、地面にムカデをなすりつけようとするコモド。だがその顔にガッチリとしがみついたまま、ムカデが離れることはなかった。その様子を見たイリーヴは声を上げる。
「まずい、すぐに外さないと大変なことになる!!」
「何だって?」
ケンはすぐさまコモドについたムカデを斬ろうとする。だが皮一枚の差でコモドの首が飛んでしまうだろう。ためらうケンをあざ笑うかのように、ムカデは更に首へと喰い込んでいく。
「早くやれよォ。すぐに切らないと、そのムカデが首をねじ切っちまうぜぇ? ヒェッヒェッヒェッ」
「どうすれば……」
「クゥゥッソォォォオオオ!!」
次の瞬間、コモドは手甲の手首にある刃をムカデの頭部に当て、ガリガリと削っていく。倒れたままでも、コモドの生命への執着が勝ったのか。わずかにムカデが頭部を上げた瞬間を狙い、ケンは刀の刃先を使って引っかけた。切断されたムカデが地に落ちる。だがコモドの顔には、真っ赤な痕が残っていた。そして、ムカデの爪が喰い込んだ跡から、血がダラダラと垂れている。
「大丈夫かコモドさん!」
「くそ、体が動かん……!!」
「……ムカデの毒爪か!」
「コモドッ!! いかん、生命力が、もう……!!」
今のが締め技が効いたのか、毒を入れられたためか、それらによりとうとう力が尽きたのか。コモドはその場から手足を動かせなくなっていた。
「フンッ!!」
「きゃあッ!?」
そこに、脇腹にビアルラッシュを喰らって飛ばされて来たラビアまでもが合流する。
「ラビア……大丈夫か……!!」
コモドが彼女の元に這い寄ろうとする。一方のラビアは脇腹を押さえたまま、言葉を発することが出来ないでいる。ひしゃげた肋骨、そして裂けた皮膚から垂れる血ががあまりに痛々しい。すぐさま駆け寄ったケンとイリーヴ、そんな彼らをブラックバアルの面々、ゼーブル、ビアル、ビズトロンが取り囲む。
「とうとう生命力が限界か。死神コモドよ、これから刈られる気分はどうだ?」
「ヒェーッヒェッヒェッヒェ!! ゼーブル様、コイツらやっちゃって良いんですかァ?」
「イリーヴさん……どうしよ……」
ケンは刃先を次々に向ける相手を変えながら狼狽していた。
「まぁ待て、もう少し面白いモノを見せてやろうではないか」
「恨むんなら拙者たちではなく己の運命を恨むんだな。ゼーブル様に戦いを挑んだ時点で、お前達は敗北していたのだ」
ビアルによる宣告が残酷に響く。
「イリーヴよ。そこの少年は貴様が殺せ」
「何だと?」
「宝眼術、複眼催眠!」
ボワァッと強い光が、ゼーブルの仮面の複眼から放たれる。途端に頭を抱え、イリーヴはうずくまり出した。
「イリーヴさん!!」
「まずい……ケンとやら、とにかく我から離れろ!!」
「しかし!!」
残された理性を振り絞り、イリーヴはケンを素早くコモド達の元に突き飛ばして距離をとろうとした。だがその進路方向に現れたビズトロンが、イリーヴの頭部を掴んでゼーブルの方を向けさせようとする。ゼーブルの複眼から放たれる赤い光がより一層妖しい色を強めていく。
「ヒェッヒェッヒェッ! 何処に行くんだァ?」
「イリーヴよ……ブラックバアルに生まれしモノは、ブラックバアルに還るが良い……!!」
「やめろ……やめろォォ……!」
「イリーヴ……耐えてくれ……イリーヴ……ッ!!」
無理矢理上体を起こし、コモドが声を絞り出す。ゼーブルの複眼催眠は、自らに従わぬイリーヴの脳に直接的な激痛を与えていた。
「うがァァ……アァ……」
ギリギリの抵抗を試みるイリーヴであったが、もしこの光に負けてしまったその時は。彼はかつてコモドと対峙した、ブラックバアルの冷徹な刺客へと戻ってしまうのだ。
「還れェ……ブラックバアルの元へェ……!! イリーヴ……貴様は名もなき機械人形、生まれし時から一介の機械人形なり……」
ゼーブルの低く唸り囁く声が、光に合わせてイリーヴの緑眼を通じてカバー下の脳に宿る理性を、人間性を、破壊せんと反響する。
「クソォォ、こうなったら!!」
「おいケンちゃん……何を、考えてんだ!?」
次の瞬間、刀の腹を目の前にかざしながら、ケンはイリーヴの前に躍り出た。コモドは驚きと焦りから彼を止めようと声を出す。しかし驚愕するのはコモドだけではない。
「ゼーブル様の邪魔をするでない!」
得物を押し当て、けん制しようとするビアル。だがその真下をくぐり抜け、ケンは突っ込んだ。
「愚か者め、複眼催眠の威力を忘れたか」
「だからこうしているんだ……あの光、あの光を見なければ良い……!!」
「そうはいかないんだなヒェッヒェッヒェッ!!」
ビズトロンの爪が一閃、ケンはコモドの元に一瞬にして戻されることとなった。
「ケンちゃん!! ……しまった、意識がない……」
くっきりと顔に刻まれた爪の軌跡、ぐったりとして動かないケンの力なき瞳が絶望を煽る。もしこれでイリーヴまで敵になれば「詰み」である。だがどうしようもなかった。
「イリーヴ……殺せ……その少年を殺すのだ……!!」
更に暗示をかけるゼーブル。震えながら振り上げたイリーヴの右の鉤爪を、左腕が押さえ付けている。それでもなお彼の腕は、徐々に徐々にケンの元へと近付いていく。顔を左右に揺さぶり、何とか意識を保とうとするイリーヴ。だがその姿を嘲笑うように、ゼーブルは複眼から放つ光を強めていく。やがて、イリーヴの頭部カバーの下から煙が上がり始めるのであった。
「コレ以上の抵抗は無駄と知れ……貴様は機械人形……我が暗示に背けば、即ち……死!!」
「イリーヴッ!! ゼーブル、てめぇぇえええ!!」
顔中にキズ跡を浮かべながらコモドは絶叫した。もし今の状態でなければ迷わず斬りかかるところであろう。
「弱い竜ほどよく吼える、か。今のお前には相応しい言葉だな」
ビアルがそう呟いた、まさにその時であった。
「念水術、デュナムアッガー!!」
何者かの掛け声と共にビアルの足元、ゼーブルの眼前、そしてビズトロンの背後が次々に白い爆発を引き起こした。たちまち辺りは白く霞み、視界を奪う。
「ヒェェアアーッ!! 誰だァ!!」
辺りの景色が再び澄み渡る時、コモド、イリーヴ、ラビア、ケン、そしてアカリナとリトアは皆一カ所に集められ、ゼーブル達との間には白衣を着た男が一人、立っていた。長い髪を後ろで結び、胸元には羽毛を象った首飾りが光っている。その様子を目にしたコモドが、安堵と共に口を開くのであった。
「コ、コルウス先生!!」
「無事で良かった。ブラックバアル、コレ以上の狼藉はこのコルウス・カリブランタスが許さん!」
「ヒェッヒェッヒェッ!! コルウスとか言ったな、医者が一人で何をしに来たァア!!」
乱入者コルウスに、尖った人差し指を向けてビズトロンが吼えた。
「医者がケガ人の元を訪れる、コレ以上の理由などあるモノかッ!!」
「それに、一人じゃないわよ」
ゼーブル達の後ろに、もう一人の姿が舞い降りる。
「ラァワ!! お前もかァ!!」
魔女の姿を見るや否や、急激に感情的になったビアルが吼えかかった。
「フッ、貴様らの目的は救出か。面白い、やれるモノならやってみるが良い!」
「ヒェッヒェッヒェッヒェッ! オレ様が相手だ!! 絞殺ムカデ!!」
ビズトロンが絞殺ムカデに手を掛けると同時に、コルウスは白衣の内ポケットに手を差した。
「死ねェコルウス!!」
「ヤァッ!!」
短い掛け声と共に、手裏剣の如く打たれたメスがムカデを落とす。直後、首飾りに縫い針を一つ添えると、その針穴に水塊が形作られた。
「念水術、シアナレスター!!」
次の瞬間、針を片手にコルウスは一瞬にしてビズトロンの背後に回り込んでいた。するとどうだろう、先程の水塊は細い糸状となりビズトロンの体を縛り付けている。
「ヒェヒェヒェェーッ!? 何だコレは!!」
シアナレスター。この術により魔力を帯びた水は、水としての柔らかさを保ちつつも鋼鉄より頑丈な糸となる。まるで蜘蛛の巣にかかったかのように、ビズトロンは全く以て動くことが叶わない。
「宝眼術、破眼念爆!!」
ゼーブルの複眼から光が走り、次々に視線の先に爆発の花を咲かす。その間をまるで蝶の如き身のこなしでラァワは飛び回る。
「真魔術、ヘクセンアロー!!」
指先から放たれる魔力の矢。術の応酬が続く。ゼーブルの背後からビアルは現れ、棒手裏剣を複数ラァワに向かって投げ付ける。
「今度ばかりは逃がさん。化鋼術、飛来槍!」
蝶を展翅板に磔にするかのように、ビアルの操る槍がラァワを狙い済まして追跡する。爆風を隠れ蓑に、ラァワは槍の一つを地上からゼーブルを狙って蹴り返した。前方に躍り出るビアル、槍を手に取り得意のビアルラッシュに変えたその姿に、狙いをつけてラァワは更に高く空に上がった。
「真魔戦法!」
「何ィ!?」
力の入った掛け声と共に、ラァワのコルセットから展開する翼が六枚に増えてゆく。
「ダムナントウィング!!」
背中を反らして一回転、姿勢を制御し真っすぐにビアルとゼーブルに狙いを定め、角度を付ける。次の瞬間、彼女の翼はそのどれもが全身を包み込み、魔力そのモノが螺旋を描くように形成された。スラリと伸びた片足を伸ばし、ラァワは一気に急降下を果たす。ダムナントウィング、それは魔力によって形成される翼を用いた、必殺の飛び蹴りである。
「ゼーブル様、お下がり下さいッ!!」
得意のビアルラッシュを二振り、十字型に合わせて迎え討とうと狙うビアル。互いの一撃が激突する。ラァワの蹴りがビアルの獲物から火花を散らしてゆく。押し続けるのみ、少しでも引けば飛ばされる。しかし長いようで、この駆け引きはあまりに短い時間しかかからなかった。
「グワァァッ!?」
着地するラァワ、飛ばされるビアル。ビアルラッシュに足のかかっていたラァワは、すぐにもう片方の足で蹴り込んでいたのだ。ヒール込みの鋭い一撃を受け、得物は地に落ち、守るべきだった主人にビアルの身体は激突しそうになる。
「ビアル!! ……仕方あるまい!」
ゼーブルは左の手袋を飛ばし、ビアルの肩を掴むと何とか激突させずに地に降ろした。その様子を見た、ラァワは胸元に隠した魔女摂符を指にとる。
「悪いけど、お遊びはここまでよ」
そう宣言し、取り出したるは封印符。
「真魔術、結界牢獄!!」
放たれた一枚の封印符は二枚、四枚、八枚と倍々に増えていき、魚の群れの如くゼーブルとビアルをたちまち取り囲んだ。
「魔女摂符など! 破壊してくれる!!」
満身創痍のビアル、しかしすぐさま拾い上げた得物で破壊を試みる。だが何度叩きつけても、何十枚にも増えた封印符による結界を崩すことは叶わなかった。
「コルウス先生、あとはお願い!」
「分かりました」
そう答えつつ、コルウスはズボンの尻ポケットから何かを取り出し始める。それを見たビアルの目が驚愕に染まった。
「黄金のサモナー!? お前、ただの医者じゃないな……!!」
「ただの医者、などこの世の中に存在しないと知れ」
サモナーの裏にあるカードケース、側面にあるスイッチ一つで飛び出したカードに呪文が吹き込まれる。
「エメト、アンビュランナー!!」
サモナーに挿入されたカード。魔方陣が広がり、コモド達の足元に移動する。たちまち盛り上がりだす土塊、上にある人間達をそのままに、四つ脚のゴーレム、アンビュランナーは完成した。自らも愛機に飛び乗り、コルウスは叫ぶ。
「アンビュランナー、病院まで急げ!!」
「じゃあ、私も戻るわね。良いこと、ゼーブル、ビアル! 貴方達に統治出来る程、この国は単純じゃないわよ」
そう言い残し、ラァワもまた翼を広げてコルウスの後を追うのであった。
「……フン、医者までもが吾輩に刃向かうか」
結界牢獄が解除される頃には、ブラックバアルの面々が残るだけとなった。
「ゼェ……ゼェ……とんだ国で御座いますな……まさか、ここまで骨のある連中が揃っていたとは」
「戻るぞビアル。ブラックネメアを修理せねばならん」
「ハッ!!」
「それと……そろそろビズトロンを回収してやってはどうだ?」
ビアルがビズトロンに近付いていく。背中に縫い付けてある針を見つけ、引き抜くとシアナレスターの糸はたちまち元の水へと還って行った。
「ビアル様ァァ……申し訳御座いませェん」
機械人形であるにも関わららず、今にも泣きそうな声を出しながらビズトロンは解放された。
「お前もすぐに直してやる。帰るぞ」
「いずれも深刻です。裂傷、火傷、骨折、陥没、締め痕、ムカデの毒、生命力低下、不動紋……」
自前のゴーレム上で処置に当たりながら、コルウスが呟いた。
「早いところ病室まで連れて行く必要があるわね。式神送っておこうかしら」
「お願いします。ところで、よく間に合いましたね。こんな事態、某には想像つきませんよ」
「元々危ない相が出ていたのよ。だから原因となりそうな要素をとりあえず一つ……この機械人形の悩みに付き合ってあげたんだけどね。それでも少し時間を遅らせたに過ぎなかったわね」
治癒符を何枚も取り出し、薬草を傷に盛った後に貼り付けてゆく。
「だから病院まで某を呼びに……コンサートの救護班にいて正解でしたよ」
「本当に、先生には感謝しております」
素早く縫い合わされる、ケンの顔の切り傷。その上に薬草と治癒符が貼り付けられる。
「しかしラビアさんの不動紋、中々イヤな場所にありますな」
「ええ、確実に心臓を狙ったわね。何とかならないかしら」
「薄く切除して薬草と治癒符を。ラビアさん、耐えて下さいよ」
ジーペンビュルゲン、森の小道、ペンタブルクと次々に駆け抜けながら、二人の懸命な処置は行われた。ゴーレムの四つ脚で駆ける振動の中でも執刀を施すその腕は流石と言うべきか、担ぎ込まれた五名は無事に病院へとたどり着いたのであった。
「機械人形は……コモドさんが元気になったらお任せ致しましょう」
「その方が良いわね。治療費は五人分まとめて明日の朝に払います、どうかお願いします」
「分かりました。今日のところはお休み下さい。引き続き、こちらで治療を行って参ります」
アンビュランナーに乗っていた患者が全員降りたのを確認すると、コルウスはメトを発動し土に戻した。
「この機会に、某も闘術士として復帰すべきか……それとも今まで以上に医者として活動するか……」
一人ぼそりと呟きながら、土で汚れた白衣を翻してコルウスは病院の門をくぐるのであった。暗黒組織ブラックバアルの脅威、それをまざまざと見せつけられる結果となったコモド達。ゼーブルの新戦力、ブラックネメアをどう攻略するのか。再会の叶ったかつての友、イリーヴの運命やいかに。
ひしゃげた鉄脚、刻まれた傷。
失ったはずの脚の痛みが語るのは、
かつて闘った相手との想い出と馴れ初め。
次篇『狂気と矜持の狭間で』お楽しみに




